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2025.11.09 引退ブログ

「組織たる所以」(左貫龍之介)

平素より大変お世話になっております。今回、ブログを担当する商学部4年の左貫龍之介と申します。

相場、紹介ありがとう。
見た目は中2、頭脳は2浪でお馴染みの彼は、幾重にも重なった膝の怪我を乗り越え、学生トレーナーという立場から組織に貢献してくれています。本当にありがとう。下級生のころ、マックシェイク事件の主犯として地元松本までその名を轟かせていた相場が、今では学生スタッフ最高権威として「詰め」の先鋒役を担うまでになりましたね。詳細は伏せさせていただきますが、クレジットカードの使い方にはくれぐれも気を付けて。最後、一緒に最高の練習を創って、必ず残留しよう。

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5歳のころ、父が私に与えてくれたサッカーボール。気付けば、その虜となって17年が経っていました。生活の全て、私の全てであったサッカー。サッカーのおかげで、忘れられない瞬間に出会い、色鮮やかな感情に出会い、絶望の淵に追い詰められる経験に出会い、一生涯の仲間に出会うことができました。かつては見えないほどかけ離れた場所にあった「引退」の2文字も、儚いことに、目と鼻の先まで迫っています。サッカーが無い日常がどれほど空虚なものであるかは、引退してから気が付くのでしょうか。

サッカー人生の終止符としてこのブログを執筆するにあたり、何を書こうか迷いましたが、私には大下のような感動的なブログを書ける気はしません。「膝の怪我歴とブログの完成度は比例する」という巷で有名なことわざがありますが、幸いなことに、私は丈夫さが取り柄です。漱介の言う通り、無難なブログに落ち着いていると思います。

飾ることなく、現在の率直な気持ちを綴りました。まとまりがなく拙い文章にはなりますが、最後までお付き合いいただけますと幸いです。

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2022年3月。ソッカー部の門を叩く。

一体、どんな同期がいるんだろう。

マリノスが誇る天才。神奈川県得点王の狂犬。2種登録経験のある宮城のプリンス。エリート街道をひた走ってきた青髭。名門・國學院久我山の主将。名門・駒大高校の主将(仮)。関西プリンス得点王(自称)。
かたや私の出身は、埼玉のいち進学校。 経歴で見れば部内の中央値よりやや下、ちょうど五十嵐の1つ上くらいであろう。
同期のキャリアは、私には十分すぎるほど光り輝いて見えた。
これから4年間、彼らと渡り合っていくのか。1番下からのスタートかな。関係ない、這い上がってやる。そんな不安と好奇心を両手に握りしめ、1年目のシーズンを迎えた。

予想は良い意味で裏切られ、B1からのスタート。TOPチームから降格してきた先輩方に喰らい付き、藤平と交互にIリーグへの出場を続けた。夏場、私の反則によりB1が解体されるという珍事はあったものの、これまで経験しえなかったような強度で練習に打ち込めることは、毎朝4時に起床するという一般的に考えて正気の沙汰ではない苦痛をも自然と乗り越えさせた。

「俺、意外と通用するかもな。」

このままいけば来年にはTOPに上がれるかもしれない。こんな”雑草”の経歴を持つ私でも、関東最高峰の舞台で勝負できるかもしれない。
この淡い期待、言い換えれば「慢心」が、私の成長曲線に大きなブレーキをかけることを、この時は知る由もなかった。

2年目、始まりはBチーム。今年、必ずTOPに上がってやる。必ず関東リーグに出てやる。そんな強い野心を抱いていた矢先であった。いつも通りの練習を終えた5月末日、刀野さんが私と朔を呼ぶ。嫌な予感がした。

「明日からCチームでプレーしてもらう。」

言葉の意味が分からなかった。なんで俺なんだ。腹立たしい。情けない。突如として目の前が真っ暗になり、行き場のない負の感情が私の心を覆い尽くした。悠々と生い茂る若葉を横目に、銀ベンチでひとり、泣いた。部室へ戻っても涙は溢れるばかりで、帰路についた東横線、車内の電光案内が渋谷を示した頃、ようやく泣き止んだ。

時間をおいて考えた。ふと、無意識のうちに限界を決めていた自分に気が付いた。下級生のうちからB1にいる、その「所属」に対する満足。他者と経歴や肩書きを比較し、順調にソッカー部での歩みを進められているという慢心。慢心は過信へと変わり、意図せずとも「この辺で良いだろう」と、弱い自分が顔を覗かせる。

そんな私が、評価されるわけがなかった。

少しでもうまくなるために。昨日より強くなるために。今日の練習に、目の前の球際に、120%を出し続ける。そんな当たり前のことが、いつの間にか疎かになっていた。

経歴など全く関係ない。以降、胸のつかえが取れたように日々新鮮な気持ちでトレーニングと向き合った。宮川さんと出会い、新たな知見をスポンジのようにぐんぐんと吸収し、Iリーグで実践を積み重ねる。そんなサイクルを繰り返せば、おのずとコンディションも上り調子。すると、夏の和倉遠征を契機にBチームへ復帰が叶い、Iリーグ拓殖大学戦では「すしざんまい」でお馴染みとなる伝説のゴラッソを記録した。躍進はとどまらず、シーズン後には天皇杯予備予選にて、惠風と健人のボールパーソンを横目にTOPチームデビューも経験した。

「所属」の満足からも脱却できた。慢心も残っていない。来年こそは、と強く意気込み、静かに闘志を燃やしながら迎えた3年目。中町監督が新たに就任し、新生TOPチームがスタートする。1月頭、全体LINEに1通の写真。新たなTOPチームのメンバーが並べられたホワイトボードの中に、私の名前は、どこにもなかった。

またBからか。昨年Iリーグをともに戦った多くの同期がTOPへの昇格を果たす中、明らかに置いていかれた。意識せずとも顔は下を向く。落胆する気持ちを無理やり心の奥底に押し込んで、吐きたいため息をぐっと堪えて、自分に言い聞かせた。

「大丈夫。このままやり続けていれば必ずTOPに上がれる。」

またしても、Iリーグ1部の舞台で戦った。18試合、全ての試合にスタメン出場。交代したのは合計24分間。全1620分中1596分、63番のユニフォームを身に纏ってピッチに立ち続けた。

にもかかわらず、シーズンを通して1度たりとも、TOPから声がかかることはなかった。

チャンスはいくらでもあった。早慶戦直前、鬼丸さんも、石田も、成貴も、ユンギも、大其も、真生も、TOPへとステップアップ。Iリーグ終了後には、藤井さんも、桑山も、昇格を果たしていた。

このままずっとプロIリーガーかもな。関東2部優勝を達成する絶好のチーム状況とは対照的に、生気を欠いた眼差しで、虚ろな気持ちが私の中を取り巻いていた。

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本人は覚えていないだろう。街場の哲学者は、ある日私にこう語った。

「進化とは、疑うことです。」
まずは、自己を疑う。疑うことによって初めて、自己の欠陥を抽出できる。そこに、修正を加えていく、この過程こそが進化である。このようなニュアンスであったように記憶している。

本人は覚えていないだろう。漢は、ある日私にサッカーノートを見せてくれた。

定量面・定性面からみた試合の目標。整理された自らのタスク。数値化された対人勝率。緻密な振り返りによる成果の発見、課題の摘出。次戦までに取り組むべき自主練。全てが書かれていた。

私は、”ただ試合に出ていただけ”であったことを痛感した。

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そして迎えた最終学年。代替わりもあり、ウェアの色は灰色から紺へと変わった。ようやく訪れたチャンス。舞台は誰も経験したことのない、関東1部。この状況に、奮い立たないわけがなかった。すべてを捧げるため、愛すべき浦和の街にも別れを告げた。

停滞。そんなひと言に尽きる3年目の反省を活かし、自己を疑い続けた。なぜ今のプレーは上手くいかなかったのか。上手くいったプレーも、なんでそんな現象が起こったのか。偶然なのか、再現性はあるのか。そんな分析をノートに書き込み、成果と課題をひたすらに積み重ねた。岬ランも、ザンビアも、砂浜サーキットも、関東1部への強い執念と微量のカーボンソールがあったから乗り越えられた。何度ビルドアップでハマったか分からない。何度背後を取られたか分からない。ただ、着実に成長を実感できる、そんな日々だった。

そして、来たる4月19日。第4節・東海大学戦。
鮮やかな黄色の公式ユニフォームに袖を通し、初めて関東1部のスタメンを飾った。壮観な横断幕の数々、割れるような声援。これが関東リーグか。プロIリーガー目前だった私が、大きな目標を達成した瞬間であった。高ぶる気持ちを落ち着かせ、いざ、試合開始のホイッスルが下田の青空に轟いた。

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この日以来、私の時計は止まったままである。

この日を最後にスタメンの試合はなく、ベンチを温め続けた前期。東海戦、もし勝っていたら、俺の未来も変わったのかな。いや、終わったことを考えても仕方ないな。アミノ9位決定戦、駒澤大学戦。スタメンとして出場し、勝利という格別の瞬間を迎えたが、あくまでターンオーバー。後期に至っては、ベンチ入りは2試合のみ。出場は未だない。

振り返れば、今シーズンが最も苦しいシーズンであった。
何度Mr.Childrenの歌詞に励まされたか分からない。ジュニアもジュニアユースも高校も、レベルは劣るが、試合に出ていた。大学1年も2年も3年も、Iリーグだが、試合に出ていた。こんなにも試合に出られない日々は人生で初めてだ。

全国大会出場を掴んだ、アミノ明治戦。
歴史的勝利を収めた、早慶定期戦。
運営本部というピッチから誰よりも近い場所で、フィールド上の戦士たちが泣き崩れて喜ぶ姿を目の当たりにした。

私は、素直に喜べなかった。
このチームで、この学年で、勝てて本当に良かった。ただ、心の片隅にいつもある、ピッチで貢献できていない自らへの悔しさは、とても拭いきれるものではなかった。

関東リーグでベンチ外になった日は、運営本部が私のポジションとなる。選手入場前、スタートを切る11人の選手と固い握手を交わす。
「俺もピッチに立って戦いたい。」
そう言いたい気持ちを、喉元で
「頼むぞ、頑張れよ。」という激励に変える。

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改めて思う。やっぱり、試合に出ないと面白くない。

そして、完成された組織構造を持つ慶應ソッカー部だからこそ、試合に出ることがより一層価値を持つのだと感じる。

信じられない量の学年ミーティングを重ね、組織力の向上のため、はみ出る個人を厳しく指摘する文化がある。
ピッチ内の結果を最大化するために、ピッチ外で隙を作らない信条がある。
他人の見えない努力を知ろうと励み、リスペクトを持つ風土がある。
スポーツ推薦がないからこそ、多様なバックグラウンドを持つ仲間同士が本気でぶつかる毎日の練習に美しさがある。
選手を辞めるという大きな決断を下し、組織の舵を取るグラマネがいる。寝る間も惜しんで相手分析に従事するアナリストがいる。いついかなる時も選手を支え続けるマネージャーがいる。選手のコンディションのために何時間も下田に居続けるトレーナーがいる。円滑に試合が進むように働き続ける学生幹事がいる。

部員130人それぞれが苦悩や葛藤を抱えながら、ソッカー部という生き物を形成し、”チームの勝利”、ただそれだけのために行動する。

結果、「自分のため」に始めたサッカーがいつしか「誰かのため」にもなる瞬間がやってくる。

そんな「利他性」を持った個が結集し、「総和」で戦う組織だからこそ、想いを背負ってピッチに立つことに意義が生まれる。

それ故に、部員130人の代表という重責を担う選手は、途轍もなくカッコいい。

ーーーそんな選手に、私もなりたい。

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関東リーグも残すところあと1試合。勝てば、残留。
これでもかと言うほど、舞台は整っている。

全員で最高の1週間を創れば、必ず勝てる。その自信がある。

私は、誰よりも練習の雰囲気を作り、最後まで自己を疑い続け、死力を尽くす1週間にすることをここに誓う。

そして、最終節、ピッチの上で慶應の勝利に貢献する。

後期未出場の人間が、ピッチに立つことはそう簡単なことではないだろう。

でも、高ければ高い壁の方が、登った時気持ちがいい。まだ、限界だなんて認めちゃいない。

総和で、必ず勝利を掴み取ろう。

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長く拙い駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
最後に、お世話になった方々へ感謝の意を述べさせていただきます。

社会人スタッフの方々
多大なるご指導をいただき本当にありがとうございました。中町監督からは、サッカーの考え方だけでなく、漢としての生き様を学ばせていただきました。「漢が磨かれる瞬間は、責任のある立場で、責任のある仕事をした時」という言葉は私の胸中に深く刻み込まれています。仙台にて、監督の端正なお顔に真っ白なパイをお見舞いしてしまったこと、金鶴とともに改めてお詫び申し上げます。
大城さんにはB1時代からお世話になりました。時に発せられる厳しくも愛のあるご指導は、無意識下に緩んでいた自らを見つめ直す機会となっていました。
刀野さん、2年間Iリーグにて起用していただきありがとうございました。選手の心情を鋭く洞察し、的確に声をかけてくださる刀野さんに救われた選手は大勢いると思います。私もその中の1人であることは言うまでもありません。刀野チルドレン筆頭としての自覚を胸に、残された期間を死に物狂いで戦い抜きます。
2年次の宮川さんとの出会いは特別でした。「やらないことを決める」という考え方に触れ、選手として再浮上する契機を与えてくださいました。あのCチームでの経験が、今の私を形作っています。

先輩方
ピッチ内外において”ソッカー”を体現する先輩方に憧れていました。先輩方のご指導のおかげで、ソッカー部が持つ魅力に心動かされ、愛することができたと思っています。堀溝先輩の背中より大きいものを私は知りません。生き様を示し続けてくださりありがとうございました。先輩方が紡いできてくださった、ソッカー部のピッチ内外における伝統は大次郎に引き継ぎたいと思います。藤井さん、勝木さん、栗原さん、今後ともタコスにて、よろしくお願いいたします。

同期
この代で過ごした日々が一生の財産です。みんなからの愛しかないいじりのおかげで、何を言われても動じない精神力を身につけることができました。カズ、昂大、ありがとう。
バカのふりして緻密に計算された笑いを繰り出す宗悟も、2vs2ゴール前で「足が遅すぎる」と惠風から叱責を受けることも、まるで自分のベッドかのように私のベッドで爆睡をかます純太と文矢を見ることも。数え切れないほどの思い出が、何気ない日常が、終わってしまうことに少し寂しさを覚えます。
最後は笑って終われるように、そして何よりも紳と眞木のために、最後、意地を見せよう。

後輩たち
君たちの目に、私たち4年生の姿はどんな風に映ったでしょうか。私が下級生の時に見ていたような、頼りがいのある大きな4年生であったでしょうか。これからこの組織を生かすも殺すも、みんな次第です。100年続くソッカー部の良き伝統に、君たちの色を重ねていってください。
サーキット仲間の宮地、苦しみながらも前を向く伊吹、代表取締役の心太、ちょっぴり成長したユンギ、24で山中に行く真生、ベテランぶってる義仁、次期主将の晟那、特に書くことない川名。期待してます、頑張れ。
隆希、テイラー。2人で関東のピッチに立って。応援行きます。

運営担当メンバー
由祐、開幕戦はどうなることかと本当にヒヤヒヤしたけど、今ではすっかり信頼しています。学生スタッフになった日の初心を忘れず、馬車馬のように前線からプレスをかけ続けてください。
藤川、この組織の一員になってくれたこと、心から感謝しています。入部前の面談から溢れんばかりに伝わってきた情熱、学生幹事のマルチタスクを卒なくこなす器用さ、尊敬しています。これからも火の玉ストレートのような熱く真っ直ぐな想いで、ソッカー部を支えてください。
ついでだけど、貝田もありがとう。本当についでだけど、岡﨑もありがとう。

寮生
亮友、グラマネ決めが始まった時の亮友の言葉が、当時2年だった学年の現状を大きく変えてくれたと本気で思っています。ありがとう。最近になり寮生にケーキを振る舞い続け、引退間際にもかかわらず後輩からの好感度を貪欲に上げにかかる姿勢、敬服しております。石田、早慶戦前日に1時まで語り明かした夜を忘れることはないでしょう。”ネガティブを打ち消すのはポジティブではなく没頭”、期待しています。成貴、とにかく来年は成貴にかかってる、頑張れ。由祐はさっき書いたから割愛。神志那、辻野の後釜は本当に高いハードルだと思うけど、ぜひ飛び越えていってください。空閑、関東リーグのリサーチに加え新人戦やIリーグの資料作成、全カテの練習にまで参加するタフネスには頭が上がりません。健康を第一に。山中、慶應の未来を背負って。寮長も背負って。ケリー、ナイジェリアとのハーフなのに、大きくJAMAICAと書かれたタンクトップを着るセンス、脱帽です。同部屋として活躍を心から応援しています。おそらく寮生全員の名前を書いたはずですが、誰か忘れているような気がします。まあ、日頃から愛を伝えてるから大丈夫でしょう。

大野先生
體育會に入った理由の一つに、大野先生への恩返しの想いがありました。サッカーの幅を広げてくれたのは間違いなく監督です。小松と三井を両脇に必ず母校へ伺います。

地元の友人たち
特に圭太、田村。(田口。)同期からはヤンキー認定されていますが、全くそんなことないのは私が一番よく分かっています。これからもいつも通り罵り合っていこう。もう少し、麻雀うまくなってね。

両親
これまで何不自由なくサッカーを続けてこれたのは、間違いなく家族の支えがあったからです。私の専属コーチ、そして1番のファンとして側にいてくれた父。未熟な私とぶつかることも数多くありました。それでも、試合会場に何度も足を運び、プレーに言及したくなる気持ちをノートにぶつけ、陰で私の活躍を最も願っていてくれてありがとう。今の私があるのは紛れもなく父のおかげです。苦しいとき、母が持つ数々の優しさに触れ、何度心が奮い立ったかわかりません。大舞台で活躍する姿を見せられなかったことは心残りですが、サッカーで得た多くの学びを少しずつ形に変えて、恩返ししていきます。これからもよろしく。

菜々
何度も新しいフィールドに飛び込み、誰よりもひたむきに努力を重ねる姿を見てきました。素直になれない性分のため中々伝えることはできませんでしたが、本当に尊敬しています。誰に対しても明るく気丈に振る舞うその影で、涙する夜があったことも知っています。人を頼って、菜々らしい幸せを築いてください。

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お待たせしました。次の担当は、主務史上最高傑作との呼び声高い辻野悠河です。

彼は一体いくつの顔を持ち合わせているのでしょうか。

選手として、試合を変える切り札的役割を担い、ピッチを縦横無尽に駆け回るその裏では、主務として膨大な量のタスクを軽々と捌き切っているそう。はたまたテスト期間に入れば、我らが商学部のブレインとして常に先頭車両に乗車され、多くの商学部生を卒業まで導いてこられました。そのうえ実はインスタグラマーとしてアカウントを育成しているとの噂も。謎に包まれたプライベートもかなり充実しているそうで、、。

「キャパシティ」という言葉が誰よりも似合う辻野、二人三脚でスタミに挑んだことも今では良い思い出です。常に多くは語らない、ミステリアスな彼が今、何を語るのか。

ブログリレーもアンカーまであと少し。辻野、頼むよ。

《NEXT GAME》
11月15日(土)関東リーグ戦 最終節 vs 東京国際大学 @東京国際大学第1グラウンド 14:00キックオフ

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