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2019.10.28 引退ブログ

「価値」(富澤嘉紀)

富澤2平素より大変お世話になっております。
今回ブログを担当させていただく法学部4年の富澤嘉紀です。
人からの飯や飲みの誘いを無効化するスペシャリスト佐藤嵩也からバトンを引き継ぎました。
他人に関心を示さず自分の世界観を持っている彼が来年より会社でどんな活躍を見せるのか、期待で胸が一杯です。

ブログを書き終えて、FWからCBに転身する程激しい変化のあった大学時代をまとめる文才がないことに絶望しています。非常に長く稚拙な文章になってしまいましたが、最後までどうぞお付き合い下さい。

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ブログを書くに当たってまずこの4年間の生活をノートに書き記してみた。ノートが何ページにも渡って思い出と共に書き記されたのを見て、いかに濃密な4年間を過ごして来たのかというのを実感した。1,2年の時の酷い生活を見て自分自身で笑いながら、ノートに様々な経験を書いていく中で、ブログの題材は”4年目について”に決定した。

本題に入る前に私の人となりの紹介も含め、4年目に入るまでのことを少しだけ書かせていただきたい。こんなことを書いても良いものかと思ったが、敢えて恥を捨てて赤裸々に書きたいと思う。
今でこそ言えるが、何故ソッカー部に入るという決断に至ったのかと言うと”何となく“だった。何となくサークルだと生活が怠けそうだから、何となく体育会の方が多く格好良さそうだから、何となくゴルフよりもサッカーの方が楽しそうだから入った。ただそれだけだった。

そんな覚悟で入ってしまった1,2年目の生活は本当に酷かった。有難いことにIリーグでは出場機会を貰えていたものの、練習はこなすだけ、日曜の飲み会をモチベーションにサッカーをしていた。幹事をやりすぎて「オーガナイザー」なんてあだ名も付けられた。(今では本当に反省している。)

そんな生活をダラダラと続けていた中、グラマネミーティングが始まった。Cチーム、Dチームの選手を候補者として投票をした中で、Cチーム、Dチームで唯一私だけが0票だった。更には不真面目四天王という称号まで与えられた。そう、私に対するチームメイトからの信頼は0になっていたのである。組織に於いて私は「無価値」だということを突き付けられた。チームに於いて、居ても居なくても変わらない、むしろ組織運営に於いて害となる存在になってしまっていた。そこで初めて何故この組織に居るのか、はたまた居るべきなのかということを考え、自らの生活を改めなければならないと感じていた。

危機感を感じていたそんな私に価値を見出してくれたのが、“早慶戦”だった。たまたま声を掛けられ、たまたま早慶戦の運営をやることになったのだが、今となっては私の人生を大きく動かす大事なターニングポイントとなっていた。ここでは省略するが、本当に様々な経験をした。サッカーをしているだけでは関わらない様な人々との出会いや価値観の変化は私にとって本当に貴重な財産である。死に物狂いで作業して集めた1万人以上の来場者が応援している姿は非常に感慨深いものだった。ピッチレベルから見たあの景色は一生忘れられない。
早慶戦を通じて組織の為に夢中となって行動していく中で徐々にであるが、私を信頼してくれる人が少し増えてきていた。目標を立て、そこに向けて全てを捧げることは自らの環境を大きく変えさせてくれるのだと初めて感じた。

この様な生活をしていた私も気付くと4年目を迎えていた。
早慶戦の経験を通じて、夢中になって全てを捧げることの素晴らしさを再認識した自分は最後の年、14年間続けてきたサッカーに改めて全てを捧げようと決意した。そんな中、機会あってCチームのキャプテンに就任することが決まった。1,2年の時にあんな生活をしていた自分がまさかカテゴリーキャプテンを務める等思ってもいなかったが、ラストシーズン全てを懸ける覚悟となった。

キャプテンをやるに当たって、自分自身どの様なリーダー像であるべきか考えた。
厳しいキャプテン?いや、自分は人に中々怒れない。盛り上げキャプテン?いや、最強のモチベーターグラマネ関がいるから任せとけば良い。様々なことを思い描く中で「納得感を持って信頼し合えるチームを作るリーダー」になろうと決断した。

グラマネ関、キャプテン富澤、副キャプテン高津というラインアップでCチームは始動した。分かる人には分かると思うが、凄いチームだなと私自身感じていた。練習が緩くなってしまうのではないかと危惧していた。しかしそんな心配は、杞憂に終わった。僕以上に関と高津の2人を中心に全員が厳しさを求め合い、ぶつかり合う程高め合っていた。(ちなみに副キャプテン決めの時、高津がやることに私だけ反対していたが、今となっては高津で良かったとつくづく感じている。本人が調子に乗るのであまり言いたくないが。)自分自身もチームのミーティングを開いたり、皆が抱える不満を関や指導者であるテソンさんに伝える等、言いたいことを言える合える様な環境を作ることを徹底した。そんな努力もあってか、チームは良い方向に進んでいった。

前期を終えて6勝2分。目標としていた1分1敗を超える成績を残し、1部昇格に向けチームは素晴らしい結果を残した。自分自身は最終節を除く全試合メンバー入りこそするものの8試合中2試合出場のみ。全くもって満足のいく結果ではないが、それでもそれなりにキャプテンとしてまとめながらチームに貢献出来ていると思っていた。

しかし突然現実を突き付けられた。7月に行われた学年会で楽しい雰囲気の中、海徳に「Cチーム、Dチームの4年が試合に出てなさすぎる。特にキャプテンが出ないとか有り得ないだろ。」と全員の前で言われたのである。言われた瞬間はムカついた。練習とか見てねえのに何が分かんだよと思っていた。だが冷静に考えるとカチンときた理由は明確だった。図星を突かれたからである。自分自身が試合に出られていないことに目を瞑り、練習を盛り上げたり、環境作りをすることでキャプテンとして貢献出来ているという逃げ道を作り、自己肯定していたのである。

そこからキャプテンという立場を意識せず、一選手として今まで以上に全力で競争に臨んだ。夏の厳しいトレーニングも誰よりもやり切るつもりで取り組んだ。チームとしても昇格に向け「全勝」という目標を掲げた。

そして後期開幕。同じポジションの永澤の怪我もあり、チャンスを与えられた。突然舞い降りたチャンスを逃さまいという覚悟だった。
しかし結果は2試合連続引き分け。
しかも自分自身のパフォーマンスは最悪だった。2戦目の日本大学戦、前の試合の引き分けを取り返そうとチームは戦っていた。そんな中1点リードの後半35分、相手FWに背負われた私は抜かれる恐怖心から相手を倒してしまい、結果そのFKを直接沈められ、同点ゴールを献上した。

絶望した。全勝を掲げていたにも関わらず、テソンさん、関からチャンスを貰ったのにも関わらず、勝たなければいけない試合だったにも関わらず。自分のファールで、不用意なプレーで、昇格を遠のかせてしまった。直後に交代したがその後の記憶はあまりない。ただただ不甲斐ないプレーをした自分を責め続けた。

しかしそんな絶望の淵に立っていた自分を救ってくれたのが仲間の声だった。
理雄や鶴田を中心に沢山の仲間が声を掛けてくれた。眞木に関しては「あのプレーだけで負けた訳じゃないのに、何キャプテン感出して責任感じてるんすか。柄じゃないっすよ。」とまで言って来た。思わず笑ってしまったが、そんな言葉で少し心が楽になった。信頼し合ってるからこそこの言葉が刺さったのだと思う。

自分自身に幻滅していた中で、これだけの声を掛けてくれた仲間には本当に感謝しかない。
そして同時にチームの本質とは何なのかを再認識させられた。

これを一つ後輩達へのメッセージとしたい。
信頼関係を基に個人の足りない部分を補完し合い一つの組織となるからこそ、個人を凌駕する力を発揮出来る。ただ集まっただけの集団では“チーム”にはなれない。信頼から生まれる結束が集団からチームへ成長させる原動力となり、やがて大きなパワーを生み出すのである。
だからこそ“チーム”になる為の努力を惜しまないで欲しい。個人個人の意見をぶつけることを恐れず、言いたいことを言えるまで、信頼出来るまで議論をして欲しい。
私はチームとはそうであるべきだと信じているし、様々なカテゴリーやサッカー以外の環境を経験したからこそ自信を持って言える。偉そうに言ったが、このことを少しでも頭に入れといてくれると自分としても幸せです。

日大戦から負傷していたが、昨日ようやく復帰した。私は残り1ヶ月一選手として、昇格を信じて誰よりも引っ張っていきたいと思う。それがキャプテンとしての価値の証明になると信じて。

Cチームの皆へ
俺は本当にこのふざけまくれるメンバーが大好きです。最後のシーズンをこれだけ楽しく過ごせているのは幸せです。本当にありがとう。
最後にわがままを言わせて下さい。この前話した様に昇格は叶わぬ夢になりかけている。でも4年にはもう今年の昇格を信じるしか道は残されていない。だからこそ下級生には最後まで付いて来て欲しい。船を前進させる為に力を貸して欲しい。本気で目指すプロセスこそ皆の未来の原動力になるはずだから。
全員で最後まで戦い続けよう。

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最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。
次回のブログ担当は学連幹事の渡邉舜です。
大学時代一番長く共に過ごした彼が最初の私服登校で全身赤のコーディネートと共に日吉に降臨したあの衝撃の出来事が3年前かと思うと、時の流れは早いものだなと感じます。
茨城から上京した彼が果たして4年間の生活を通じて都会に馴染めたのかどうか、次回のブログで判断したいと思います。

《NEXT GAME》
11月3日(日・祝) 関東リーグ戦 第19節 vs立教大学
@国士舘大学グラウンド 14:00キックオフ

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