2026.03.09 部員ブログ
「『幸』か『不幸』か」(居郷元)
平素より大変お世話になっております。
今シーズンの運営担当を務めます、経済学部新3年の居郷元と申します。
3月に入り、少しずつ季節の移り変わりを感じるようになりました。南国育ちの自分にとって、これまで無縁だった花粉症も、どうやらついに発症してしまったようです。春の訪れと共に、その辛さを初めて実感しています。
そんな、何とも言えないタイミングで、ついに自分の番が回ってきました。主将の文章の重みと厚みに圧倒されながら、自分は何を書くべきかを考えていました。
大きな理念や哲学を語ることができる程の人間ではありません。ただ、これまで自分なりに大切にしてきた言葉があります。今回はその言葉と向き合いながら、ソッカー部に入ってからの葛藤と、今の自分の現在地について綴ります。等身大の思いを記しますので、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
『人間万事塞翁が馬』。
人生の幸・不幸は、その瞬間には分かりません。何が良くて何が悪いのかは、振り返った時に初めて意味を持つものです。
これまでの自分は、この言葉にどこか救われながら歩んできました。
シンガポールで生まれ、転勤を繰り返しながらも、その都度ある程度は環境に馴染んできました。だから自分は「環境への適応力がある人間だ」と思い込んでいました。高校受験の際の面接でも、それを疑いもせず語っていたのを覚えています。
しかし、ソッカー部に入って、その自負は揺らぎました。
応援、ミーティング、規律、組織の空気。どれも想像していた以上に重く、簡単には馴染めませんでした。高校時代の同期が自然と環境に溶け込んでいく姿を横目に、焦りばかりが募っていきました。適応力があるはずの自分が、なぜここではうまくいかないのか。
もしかすると、自分は環境に強かったのではなく、単に自分に合う環境を選び続けていただけなのではないか。そう思い始めた時、自分の中にあった自信は、実は傲慢だったのではないかと気付きました。
『人間万事塞翁が馬』という言葉を、どこかで自分を守るための逃げ道にしていたのかもしれません。うまくいかなくても「これにも意味がある」と言い聞かせることで、本当に向き合うべきものから目を逸らしていた部分もあったのだと思います。
そんな中、部員として初めて迎えた早慶戦。
前日、ほぼ徹夜でパンフレットを詰める作業をしました。体は正直きつかったです。それでも不思議と充実していました。試合に出るわけでもない。それでも勝利のために自分にできることをやり切ろうと没頭している時間は、純粋に楽しいものでした。
その時初めて、少しだけ腑に落ちた気がしました。
自分は「適応」しようとしていたのではなく、「認められる場所」を探していただけなのではないか。組織に馴染むことよりも、自分がどう見られるかを気にしていただけだったのではないか。
勝利のために、自分がやるべきことに没頭していたあの時間は、評価とは無関係でした。ただ目の前のことに向き合っていただけでした。そこで初めて、自分は慶應を好きになれたのだと思います。
今も、すべてがうまくいっているわけではありません。結果が出ないこともありますし、自分の未熟さに向き合わされる瞬間もあります。それでも以前よりは、少しだけ考え方が変わりました。
何が『幸』で、何が『不幸』なのか。
それを今すぐ決める必要はないのだと思います。
目の前の環境に正面から向き合うこと。その過程で生まれる葛藤から逃げないこと。その積み重ねの先で、振り返った時に初めて意味が見えてくるのだと思います。
特別なことを語ることはできません。ただ、自分にできる役割を全うし、目の前の一瞬一瞬に没頭する。その積み重ねが、いつか振り返った時に意味を持つと信じています。
『人間万事塞翁が馬』。
この言葉を言い訳ではなく覚悟として胸に刻み、目の前の環境から逃げず、今シーズンを戦い抜きます。
拙い文章でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、よろしくお願いいたします。
《NEXT GAME》
未定

