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脱・「いてもいなくても変わらない存在」(川上くるみ)

2022.10.25

「いてもいなくても変わらない存在」
何気なくグラウンドで耳にしたこの言葉を、いつしかすごく意識するようになった。

昨年の冬、私は3年間務めたマネージャーの役職を辞め、グラウンド業務専任のメディカルというポジションに就いた。恐らく私の役職名をこのブログを通して初めて知る部員も多いのではないかと思う。
役職を変えるということは想像以上に大変だった。3年間業務を行なってきた環境との明らかな変化、0からの仕事の確立、そして新しい人間関係の構築。1年間ではとても達成することが出来ないほど膨大なタスクと責任を抱えていたと同時に、自分で選択した道であったにも拘らず同期の中で自分だけ振り出しに戻ったような気持ちで、役職を変える選択をした自分を少しだけ憎んだこともあった。
大変情けない話ではあるが、グラウンドに出るようになった当初は週6回下田に来てトップチームの練習に参加するという生活リズムを送るだけで精一杯だった。周りの気を配るなど以ての外、練習中何をすればいいのか、どんな流れで練習が進むのか、どんなことを求められているのか。とにかく0から100まで分からないことばかりで、見事に足を引っ張っている自負まであった。
こんな調子で仕事を円滑に進められるわけもなく、ビデオの撮り損じなどといった安易なミスを連発してしまい、申し訳なさと、自分に対する怒りで帰り道に涙が止まらない日々が続いた。

最高学年のはずなのに、ラストイヤーのはずなのに、何もチームに貢献できない。
気づけば、自分は完全に「いてもいなくても変わらない存在」になっていた。

そんな期間が続き、一緒に仕事をさせてもらっている男子スタッフ達からも諦められているのではないかという不安で、必要以上に話しかけることを避けていた頃、1年生の夏以降細々と続けている部活ノートを見返す機会があった。
そこには昨年の冬に行なった学年スタッフミーティングで、とある男子スタッフから言われた言葉がメモとして残されていた。

「周りを見れば、必ず自分より頑張っている人がいる。その人を見ていれば自分ももっと頑張れると思えるはずだし、それが結果的にチームへの貢献に繋がる。」

当時の私にはこの言葉がぶっ刺さったのを覚えている。人を支えたくて体育会にスタッフとして入ることを決めた自分が、いつの間にかその目的を忘れており、自分ばかりにベクトルが向いてしまっていたことに気づいた。いかに自分が無力か、いかに自分の存在価値を見出すか、いかにいてもいなくても変わらない存在か。そんなことばかりを考えていて、周りを見る余裕など全くなくなっていた。
この言葉を再び目にして以降、「自分が何をできるか」というマインドではなく「自分より頑張っている人たちがそれぞれの立場で何をしているか、自分が何をすれば彼らにとってプラスになるか」ということを考えるようにし、常に一緒に働く仲間達をよく見るようにした。
すると、まさにこの組織には自分より頑張っている人ばかりであるということを再認識させられた。自分よりはるかに多くのタスクをこなし、かつ莫大な時間を部活に捧げ、常にチームのことを考え続けるグラマネ、コーチ陣。選手としての活動を時には犠牲にし、チームの先頭を走り続ける存在として130名の大集団を牽引する主務、副務。けして華やかな立場ではなくとも、資料作成から試合帯同まで多岐に渡るマネジメント業務を文句ひとつ言わず全うするマネージャー陣。責任という最大の重圧に負けることなく着実に毎公式戦の舞台を準備してくれる学連。そして誰よりも選手のコンディション状況に目を配り、自分のメディカルの仕事確立にあたっても常に親身になり相談に乗ってくれたトレーナー。

私の周りは、自分よりはるかに頑張っている人たちばかりだ。

だからこそ、メディカルという新しい役職をもらった自分にしか出来ないことをとことん突き詰めることに注力した。毎週のペースで増えていくテーピングの習得や初の試みであるGPSデータの管理、指の指紋が消えるほどの夏場のボトル地獄。いずれもラストイヤーにして初めて経験することばかりであり、地味な作業がほとんどであったが、自分より頑張っている存在が周りにいる限り、不思議とつらいと思うことも逃げたいと思うことも一度もなかった。
これは自分が担当を任されていたTOPのリハビリ管理においても同じことが言える。怪我をした選手がどんな気持ちでリハビリと向き合い、復帰していくのかの一部始終を間近で見るのは今年が初めてだった。「サッカーしてえー」と毎日ぼやきつつも地道に長期間のリハビリを行う選手や、こっそりテーピングを頼んでくる選手、また時には痛みを我慢して踏ん張る選手を間近で見る立場として、自分は自分よりはるかに頑張っている彼らの為に頑張ろうと思えたし、テーピングは必ず最短で出来るようになりたくて、家で猛練習した。そうして選手がリハビリ期間を経てグラウンドに復帰していく姿は、本当に私の原動力であり、メディカルという役職の中で最も嬉しい瞬間でもあった。

今の自分は「脱・いてもいなくても変わらない存在」を達成出来ているのだろうか。
3週間後、もう一度自分に確認しようと思う。

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最後に、
「何かにチャレンジするということは、誰かが代わりに責任を負うということ。」

メディカルという役職に転向し、強く感じたことである。
私は3年間務めたマネージャーの役職を自ら辞め、最終学年という立場であるにも関わらず、外業務という新しい領域に挑戦させてもらった。新しいことにチャレンジしたという事実は表立って見える変化であり、一見その事実だけに目を向けがちだが、新たに何かに取り組むということは元々その人が担っていた責任を誰かがカバーしなければならないということでもある。自分のメディカルという立場を最後まで全うすることができたのは、同期であるまことまなが本来私が行うはずであった仕事や役割を代わりに担ってくれた上、時には感情をこらえながら、最高学年としてマネ部屋をまとめ続けてくれたからである。自分がマネージャー業を半分放棄する形となってしまい本当に申し訳ない気持ちも少なからず残るが、それ以上に最大限の感謝を伝えたく、最後に書くことにした。二人は間違いなく「いなくてはならない存在」であった。4年目にもなると面と向かってお礼を言うのもなんか照れ臭いので、きっとこのブログを読んでくれていると願い、最大限の感謝を伝えたいと思う。2人とも、4年間本当にありがとう。

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最後までお読みいただきありがとうございます。
部員ブログを担当させていただきました、メディカル4年の川上くるみです。まこ、普段からマネ部屋で1日1回は必ずしてくる99年いじり、きっとブログでもやるんだろうな〜なんて思っていたら見事にしてくれていました。このいじりも残り3週間かと思うとなんだか急に寂しいです。まこは、ブログの文章を見て分かるように、本当にまっすぐな心を持ったマネージャーです。やると決めたことは一切の妥協をせず最後まで全力で取り組みます。また、優しすぎる性格ゆえ、思ったことをそのまま相手に伝えるのが苦手なところもありますが、ラスト1年、まこが状況に応じてはっきり物を言うようになった姿には思わず感動することが多々ありました。

ソッカー部人生において最初で最後となるブログでは、最も挑戦が多かったラストイヤーにスポットライトを当てて書きました。私は普段から自分のことを周りに発信するのが少し苦手で、今回のブログもぎりぎりまで書く内容に迷いましたが、先日電車で後輩の山口紘生に「くるみさんって週何回来てるんですか?」なんていう今更すぎる質問を聞かれ(悪意がないのは分かってます!)、そんなにも自分は影が薄かったのかととてもショックを受けたので、最後のブログでは、私にしてはかなり率直な思いをそのまま綴らせていただきました。

本当の最後になりますが、
大学4年間、ソッカー部女子部から男子部への転部にはじまり、最終学年手前では役職の転向を経て、入学当初では想像し得なかったような波乱万丈のソッカー部人生を送らせていただきました。何かと未熟で、挑戦したがりの私を支えてくれた全ての皆様、本当にありがとうございました。名前を挙げたい人は山ほどいるのですが、皆さんへの感謝は残り3週間の部活を最後までやり切ってから個人的に述べたいので、ここでは皆様方への最大の敬意と感謝を申し上げて、最後の部員ブログとさせていただきます。

さて、次のブログリレーのバトンはマネージャー・倉橋真菜(4年・國學院大學久我山高)に渡ります。
まなは、ほぼ同時期に男子部に入部した同期であり、言わずと知れた広報の天才です。私は広報センスがないので広報系には一切携わってこなかった人間なのですが、そんな私からするとまなが撮る写真や、手掛ける広報作品はどうしてあんなにも毎回すごいものに仕上がるのか、1年生の頃から不思議でたまりません。
まなとは4年間、たくさん本音でぶつかり、時には喧嘩もし、時にはくだらない話で盛り上がったりもした貴重な存在です。意外と価値観が似ている部分も多く、まなの話を聞くと度々「わかるー」という言葉を連発してしまいます。
常に第三者的目線で周りを冷静に見ていた彼女、最後にどんな思いを綴るのか乞うご期待!

《NEXT GAME》
10月29日(土)関東リーグ戦 第20節 vs中央大学 @非公開 14:00キックオフ

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