オフィシャルブログ

「For」(竹本海人)

2022.10.23

平素よりお世話になっております。商学部4年の竹本海人です。

宮澤開、紹介ありがとう。彼の第1印象は静かでよく分からないやつ。聞くところによると心を開くのに1年以上掛かるとか。未だに俺らのキャプテンとまともに喋ったことがないのにはびっくりです。彼とは彼の家でBBQをしたり、家に泊まったり、元CAのお母さんの極上飯を食ったりと楽しい思い出が溢れ出てきます。宮澤開といえば顔がデカすぎて部屋の温度を上げてしまうことで有名ですが、最近むくみ顔で笑うと目がなくなる人がタイプという女性がいたとか。なんか起きるといいね。

毎年楽しみにしていた卒業ブログでしたが、とうとう自分にも順番が回って来てしまいました。何か後輩に刺さるようなことを書きたいと思いつつも、そんな大層な考えも文章力も持ち合わせていないので、4年間を振り返りながら感じたことを書き連ねていこうと思います。箸休め程度に読んでいただけると幸いです。

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1年生
大半の1年生と同じように1番下のカテゴリーであるDチームに所属していた私は、入部当初からタジくん(R3卒)に試合に出させていただき、大学サッカーでもやっていけるという手応えを感じ、自分の可能性に期待をしていた。新人戦でTOPチームの選手に混ざって試合に出たり、Cチームの練習に呼んでもらえたりすることも少なくなかった。思えば大学サッカー最初のチャンスがこの時だった。高校からの同期である森や周りの仲間がチャンスを掴んでいく中で私はこのチャンスを掴む事ができなかった。前期のIリーグは全試合に出場していたが、後期は初めの1試合以外メンバー外になり、試合に出場できない期間が続いた。思い描いていた1年目とは全く違い、不完全燃焼で1年目を終えた。

2年生
Sチームで始まった2年目は周りのレベルが上がり、TOPチームに手が届く気がしてさらにサッカーへの熱は強くなった。しかしその思いとは裏腹に、コロナ自粛明け2週間程でIチーム降格。人生で初めてのカテゴリー降格だった。一緒に落ちた真聖と和樹と文句を言っていたのを覚えている。まあ真聖はすぐいなくなったけど。カテゴリー降格は悔しかったけれどサッカーは楽しかった。和樹とカッキー(R3卒)と組む左サイドは極上だった。あと前プレしかしていなかったけど岡田もいたな。初めてのカテゴリー降格はあったものの楽しい1年間だった。

3年生
まさに激動の1年だった。Bチームで始まった3年目はTOPチームの試合に呼んでもらえるようになった。4年間の間にあったチャンスの中で、掴み取る事ができたチャンスはこの1回だけだった気がする。いつものように人数合わせで呼ばれたTOPチームの練習試合で調子が良かった私は、遠征メンバーにサプライズで呼ばれた。あの時は多分スカして別に嬉しくないみたいな感じを出していたと思うけれど、本当は激アツだった。やっと掴んだチャンスだった。でも本当に厳しかったのはチャンスを掴んだ後だった。練習は強度が高く、走りも辛い。周りについていくのがやっとで、試合に出るどころか関東登録すらしてもらえなかった。それに加えて怪我をしてしまい、TOPチーム生活の半分を新汰(R4卒)の右腕として過ごしていた。復帰後はBチーム降格を言い渡された。そりゃそうだよなぁと思いながらも、TOPチームにまた戻りたいと強く思った。しかしその約3ヶ月後、C1チーム降格を言い渡された。TOPチームに戻るどころか遠ざかり、築き上げてきた自信が一気に崩れてなくなった。天と地を経験した3年目は自分の中ですごく考える事が多かった1年だった。

4年生
ラスト1年は時間が過ぎるのがとても早く感じた。この1年は1番チームに迷惑を掛けた1年で、初めて誰かのために戦いたいと思えた1年だった。B2での山中湖では瀬賀とずっと「背中」と口にしていた。そのくせ2日目とかにはパラになって山の階段の前で「お前らスーパーだよ」って気まずそうに言っていた。4年の意地と言っておいて真っ先に離脱したのは本当に情けなかった。その2週間後くらいにCチームに降格した。なんか毎年気付いたら1番下のカテゴリーにいるのなんなんだろう。降格してからは特に迷惑を掛けた。あの時に宮澤と岡田の想いを初めて聞いて、自分のミスの重大さを感じたし、同時にこいつらと勝ちたいと強く思った。加藤と齊藤淨が何を言っていたかはあんまり覚えてない。とにかく難しい事が多いチームだったけれど、国士舘大学戦では極上FKと冷静すぎて怖くなるPKで1G1A。チームの初勝利に貢献できて嬉しい気持ちより安堵の気持ちが大きかった。4年間で1番難しかった1年だったけれど、結局サッカーは楽しかった。まだ終わってないけど。

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長々と4年間を振り返りましたが、私が伝えたいことは2つです。
1つ目は「誰かのために戦える人は強い」ということ。私はこれまで自分のためだけにサッカーをしてきました。試合に勝っても自分が楽しくなかったらつまらないし、極端に言えば試合に負けても自分が納得できるプレーができていたらある程度満足できる。そんな考え方でした。今でももちろんサッカーは楽しくてなんぼだと思っています。でもそれだけじゃいけなかった。今までの自分が見ようとしてこなかった、チームを支える人、チームのために自分を犠牲にしている人が嫌でも目に入るのがソッカー部です。選手を辞める決断をしたグラマネや学生スタッフ、数えきれない人がチームのために動いています。その人たちの分も頑張らなくてはいけない、期待に応えたい、その想いは自分を強くしてくれたと思います。自分1人だったら腐ってしまうかもしれない状況でも、何かもう1つ頑張る理由があれば、周りに自分を奮い立たせてくれるものがあったら、それは必ず自分の支えになると思います。どんな人にも上手くいかない時はあると思います。そんな時は自分だけじゃなく、周りを見る余裕を持ってください。思ってるよりも近くに頑張れる理由はあります。

2つ目は「自分を信じ続けてほしい」ということ。ソッカー部で大した結果を残していない私が言っても説得力がないと思うけれど、自分を信じることは大切だと思います。私は自分を信じられなくなったことがこの4年間で何度もありました。自分のパフォ―マンスが悪い時、評価に納得がいかない時、半年でTOPチームから1番下まで落ちた時、数えたらいくらでも出てきます。でもその時間がもったいなかったと思います。自分が止まっている間にも周りは進んでいます。それなら自分を信じてがむしゃらにやり続けるべきだと思います。自分と向き合う時間も時には必要だけど、どんなに考えてもいきなり身長は伸びないし技術もつきません。結局立ち返るところは自分にできることを全力でやるということです。自分だけは自分を信じて、疑わずにやり続けてほしいです。

試合を終えて
幸いにも試合を終えて、今の思いを伝える場をいただけました。
今日の試合、自分の中ではラスト1試合という感覚はなく、1年の中の1試合という気持ちでした。しかも3日前から調子は最悪。昨日のフットサルでも最悪のプレーをし、1ー8で負ける始末。「明日は行けるっしょ」って宮澤に言いながら自分に言い聞かせました。結局プレーは今シーズンでも1番悪いくらいの出来で、何もチームの力になれず、最後の最後で失点してしまい、0ー1の敗戦。試合に対して後悔がないかと言われると、間違いなく後悔はある。ゴール前でしたトラップミス、最後気持ちが攻撃に向いて20番から目を離したこと、キックが下手すぎたこと。小さなことを言い出したらキリがない。それでも自分たちが大学サッカーでこの思いを返せるチャンスはもうありません。今はまだこの先サッカーを本気でできる環境がないことに実感を得られていませんが、少しずつ実感を得ると共に、この後悔は大きくなっていくと思います。ありきたりな言葉ですが、こんな思いをみんなにはしてほしくないです。「まだチャンスはある」「今度取り返す」そんな言葉はいつまでも言い続けられるものではありません。今この時、この一瞬に、全てを捧げて後悔のない行動をしてください。森田、泣いてる暇あったら早くTOPで関東出ろよ。
こんなことを書いてますが、まだTOPの関東は続くし、練習も続きます。少しでも何かを残せるように、少しでも成長できるように、全力を尽くし続けます。

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そしてこの場をお借りして感謝の思いを綴りたいと思います。

同期
私はとても仲間に恵まれていると思います。入部から4年間でたくさんのミスをしたし、迷惑を掛けてきました。それでもソッカー部を辞めようと思わなかったのは、この同期ともっと一緒にサッカーがしたい、もっと一緒にいたいと思ったからです。最近自覚を持ち始めたノンデリで不快にさせた人がいたら申し訳ありせんでした。多分伝わってると思うけどみんなが大好きだから何も考えず発言しちゃいます。あと少し優しい目で見守ってください。でもドロの「お前まだこの部活いんの」だけは刺さるので控えてほしいです。

Cチームのみんな
落ちてきて早々みんなにデカ過ぎる迷惑を掛けてごめんなさい。初めは正直こいつらと残りサッカーするのかとか思ったこともあったけれど、今ではみんなとサッカーができて楽しいし、国士舘大学戦で勝利を掴む事ができた時は本当に嬉しかったです。このブログが出る頃には最後のIリーグも終わっていると思います。このチームで勝利を掴むことは簡単じゃないからこそ、最後くらい楽しく勝って終わりたいです。あと少しだけ力を貸してください。

両親
まず母さん。口うるさいし喧嘩することも多かったけれど、これまでずっと支えてくれてありがとう。高校の時は試合を見られるのが嫌で1試合見に来る度に1万円払えと言っていましたね。ごめんなさい。でもまだ未収です。
そして父さん。監督から「お前の父さんは小泉体育賞を取るくらい凄かったんだぞ」とよく言われました。あまり自分の話をしないからそんなこと知る由もなかったけれど、それを聞いてから密かに自慢の父でした。父さんの影響で始めたサッカーで私はここまで成長できたし、多くの仲間に出会えたと思っています。時間がある時には私に何も言わず試合を見に来ていたけれど、大体開始5分以内には気付いていたし、父さんの前で変なプレーはできないと少し緊張をしていました。
期待されていたような結果は残す事ができず、申し訳ない気持ちと情けない気持ちでいっぱいですが、私にサッカーをさせてくれてありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

親愛なる姉
ゆまには感謝しかありません。ゆまが私より先にソッカー部の扉を開いたことを聞いた時は入部を本気で迷いました。それでも家でもグラウンドでもたくさん助けてもらいました。先輩たちにもたくさんいじられたけど、ゆまがいたからすぐに馴染めたのかなと思います。引退しても起床確認してくれると言っていたブログの言葉を信じていたのですが、半年もしないうちに辞めていました。あと毎週日夜に同期の5、6人が家に来ていた1年生の頃、家でもマネージャーをさせてごめん。今何しているのかは私にも分かりませんが死ぬまで可愛い弟を助けてやってください。

最後に、誰かが部室で言っていた、「もう1度人生があったらサークルでバカみたいな生活を送るだろうけれど、その後もう1度人生があったらソッカー部に戻ってくるよな」という言葉。真理です。間違いないなと思ったし、自分もそうなると思います。良い思いよりも辛い思いの方が多かったかもしれない4年間だったけれど、ソッカー部の門を叩いて良かったと心から思います。引退までの残り少ない期間、最後まで貪欲に成長し、後輩たちに何かを残せる4年になりたいと思います。

長く、拙い文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回のブログは令和元年慶應のマネージャー第1号、大嶽真恋(4年・横浜雙葉高)です。迅速な返信と対応はソッカー部マネージャー随一です。1年生の頃から彼女の遊ぼう詐欺の被害に遭っているのですが、実際に彼女と遊んでいるのは副キャプテンと10番とカピバラと下品なGKくらいしかパッと思いつきません。詐欺の被害届がとんでもない数届いているので、1つずつ丁寧に対応してください。あとまた学年会やろうね。加藤抜きで。ソッカー部の誰よりもサラブレッドのマネージャーはどんな思いを綴るのか。乞うご期待。

《NEXT GAME》
10月25日(火)関東リーグ戦 第14節(延期分) vs立正大学 @非公開 18:00キックオフ

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