オフィシャルブログ

「心が動かされる瞬間」(阿部真吾)

2021.10.28

平素より大変お世話になっております。日頃より温かいご支援、ご声援の程ありがとうございます。主務の小山彬よりバトンを受け取りました、環境情報学部4年グラウンドマネージャーの阿部真吾と申します。
彬、紹介ありがとう。彼とは、合宿所の学生スタッフ部屋で共に戦ってきました。彼自身のブログでは、主務であるという存在にいつも悩んでいたと書いていましたが、下田のヒーローとしてチームを誰よりも支えてくれた彼が主務で間違いなかったと、僕は思います。ひょうきんな彼は、下田のスタッフ部屋で後輩にこれでもかという程舐められていますが、舐められているのではなく、舐めさせているのだと思っています。そしてその後輩達が、彼をちゃんと尊敬しているところも知っています。僕がグラマネになることが決まった学年ミーティング後、彼はミーティングルームで様々な想いが溢れ号泣していました。可愛いですね。ちなみにその時、共にリサーチとして戦った宮崎(4年・学習院高等科)もいました。彼も泣いていました。2人が泣きすぎて、僕が泣けなかったのが記憶に残っています。
ここから僕のブログに移りたいと思います。ブログ楽しみにしてるよ、と言ってくれた部員の期待に応えられるように、一語一句大切に記します。僕がソッカー部で何を経験し、その時何を考えたのか、2021年10月28日の記録として残したい。その思いで記していきます。自己満足のブログですが、どうかお付き合い下さい。

<大きな転換点>
これまで1番支えてくれた人に、伝えなければならないことがあった。しかし、実家に帰って顔を合わせても、どう切り出したら良いのか分からなかった。

――選手を辞める――

5歳から始めたサッカー。気付けば当たり前の存在で、特別に意識することもなかった。しかし、いざその存在がなくなろうとするその局面においては、自分の感情が激しく動かされることを知った。いつか自然と、時間という制約によって終わりを告げられると思っていた、僕のサッカー選手としての人生に、自ら終止符を打つことの難しさに気付いた。
久しぶりに実家に帰り、昼食を取っていた時、唐突にその話は始まった。
「そういえば、グラマネ決めはどうなった?」
だいぶドキッとした。自分から話を切り出すタイミングを探し続けていたが、向こうから聞かれる形になった。恐らく、母親もある程度の心の準備をして聞いてくれたのかもしれない。僕は少しの間を置いて、「実は、グラマネになることになったよ。」と返した。その後の会話はあまり覚えていない。
母親にやっとそれを伝えた時、自然と涙が溢れ出した。何故だろう。涙が止まらなかった。自分でも、あの時の感情を明確な言葉で表現出来ない。母親を目の前にして号泣するなど初めてで、だからこそ自分に驚いた。これは一体何の感情なのだろうか。サッカー選手を辞める悲しさか。両親への感謝か。悔しさなのか。後悔か。どれでもない。自分がサッカーをもう選手としてプレーすることがなくなるという事実を前にし、それをこれまで1番近くで見守ってくれていた人に話した時、ただただ涙が溢れた。
22年間の人生の中でサッカーは、僕にとって常に、そして確実にそこにあるものだった。サッカーが僕の学生時代を彩り、僕を成長させてくれた。数えきれない程の出会いをもたらしてくれた。そして僕という人間を形作ってくれた。数あるスポーツの中で、5歳の自分がサッカーを選んでくれて良かったと思う。別にサッカーじゃなくても、同じように情熱を注いだかもしれない。けれど多くの経験をもたらしてくれたこのスポーツに感謝したい。
グラマネ決めのミーティング、最終候補者5人だけで合宿所筋トレルームにて最後に話をしていた時。僕が皆に向けて何を話していたかは正直覚えていないけど、その時塾高が外で紅白戦をしていた。そしてそれを眺めながら、他の4人にその時の思いを伝えていた。その瞬間の目の前の景色だけは覚えている。その景色は、人生で何度も見てきたような当たり障りのない光景だった。だけどその時の自分は、こんなに尊い光景はないなと、そう感じていた。その光景を眺めながら、ここでも涙を堪えた。
大学生程の強度はないものの、皆が本気で試合をしている。横幅7.32m、高さ2.44m。その枠に、ただボールを入れるゲーム。そんな一見単純な遊びに、感情剥き出しで本気になる。それを見る人が熱狂する。心を動かされる。先日の早慶戦もそうだ。両校の意地と意地のぶつかり合い。それを多くの人が見ようと集まってくる。そして1つのゴール、1つのプレーに一喜一憂して見守る。応援に応えようと、選手は奮起する。

選手を辞めたことで、色々なことが見えた。選手を4年間続けていたら、恐らく見えなかったことだ。ソッカー部という組織がどう成り立っているのか。どれだけの人の支えがあり今のこの環境が整えられてきたのか。偉大な先輩方が果たしてきた役割など。立場が変わり、そして学年が上がると更に見え方も変わった。
またグラマネとして、多くの痺れる瞬間に立ち会うことが出来た。昨年、秋葉(4年・慶應義塾高)や荻(4年・小山台高)がIチームからZチームに昇格した時や、Iリーグの國學院大學戦で千代田(2年・慶應義塾高)が劇的ゴールを決めた時は、特に印象深い。昨年のIチームは皆が素直で、そして個性的だった。あの時のIチームから、関東リーグや早慶戦に出る選手が1人でも出てくれたら、最高に嬉しい。
皆が目標とする舞台へ、愚直に着実な一歩を重ね続けて欲しい。明日は、今日の自分を少しだけ超えていこう。少しだけでいい。あまり自分に期待しても、明日の自分が新たに出来るようになっていることなんて、たかが知れている。ほとんどないかもしれない。だけど、小さくてもその着実な一歩を歩み続ければ、いつか届く時が来る。そう信じて疑わない奴が、最後に笑う。

<一つの舞台>
早慶の部員の多くは、早慶戦という舞台に憧れる。僕もその内の1人だった。大学1年で初めてその舞台を目撃した時、心が震えた。あそこに立ちたいと、強烈に思った。これが皆の言う早慶戦ってやつか、と思うと同時に僕にとって最大の目標になった。
2021年10月24日。負ければ、関東1部リーグ残留の道は断たれる大一番にして、伝統の早慶サッカー定期戦。僕が1年の時に目撃し、それ以来目標となった早慶戦。はしけん(4年・横浜FCユース/希望ヶ丘高)の劇的ゴールで、10年ぶりの勝利となった。あの瞬間、皆が飛び跳ねて喜んでいたと思う。10年間多くの人が願った瞬間を西ヶ丘で経験した。あの日あの場所は、皆が笑顔か、もしくは泣いていた。全ての人の願いや想いが叶った最高の瞬間であった。多くの部員が、心震えたと思う。選手としての目標になっていたあの舞台で、結果ピッチに立つことは出来なかった。それでもグラウンドマネージャーとして、あの勝利の瞬間に立ち会えたことを、一生忘れることはない。多くの人の力で作られる1試合。たった1試合のために、物凄い数の人が動く。そしてそのたった1試合が、大きな意味を持つ。チームを勢い付ける。
試合後の集合写真では、酒井(4年・慶應義塾高)から優勝トロフィーを渡され、「真ん中で写真撮れよ」と言われた。酒井は主将として慶應を引っ張ってきた1人のヒーローだ。強烈なプレッシャーを背負い、ピッチ上で誰よりも力強く戦ってきた男。あの日、前半に脚を痛めながら、フルタイムで走り続け、早稲田の攻撃を跳ね返し続けた。彼もトロフィーを掲げたかったはずだが、僕にそれを渡してきた。僕が掲げてしまっていいのかと思ったが、その瞬間は本当に最高だった。酒井、ありがとう。慶應が10年ぶりに勝ち取ったトロフィーは凄く重かった。
勝利の喜びを分かち合う瞬間は、何にも変えがたい。皆が心からの笑顔に満ちている。しかし、勝利して喜んでいるその同じ瞬間に、別の人は悔しさを滲ませる。スタメンの11人が選ばれると同時に、その10倍以上の選手が外される。ゴールに歓喜し涙する人と、絶望し涙する人がいる。その当たり前の事実を知った上で、強くありたい。
はしけんのゴールと、それに湧く観客のあの光景を思い出すと感じる。人の心を動かせるのは、結局人の心であると。彼の本気の本気のガッツポーズの写真を見ると、どれだけの重圧を背負い、どれだけの想いが込められたゴールだったのかを想像出来る。人の心を感じ取った時、僕らの心がまた動く。
はしけん、お前は皆のヒーローだ。プロの世界では、更に多くの人の想いを背負って戦うことになると思う。でもその重圧を楽しみ、跳ね返し、多くの人を笑顔に出来る。最高の瞬間を皆にもたらしてくれてありがとう。

<Be A Hero>
このスローガンに学年ミーティングで共感をもらった時は、素直に嬉しかった。日頃から応援してくれる人や、未来の慶應を背負うだろう学生やちびっ子、支えて下さる地域の方々、歴史を繋いできた沢山のOBの方々、家族や友人にとってのヒーローのような存在でありたいという想いを込めた。そしてヒーローとは、時に犠牲を伴う存在である。犠牲を払ってでも、果たしたい目標や夢、責任、使命がある人が、このスローガンにおけるヒーローだ。そのヒーロー像を、部員一人ひとりが、役職に関わらず追求する。そんなチームは強くなれると、僕は信じた。
時にはこの言葉だけが一丁前な風で、中身が伴わないこともあった。その時は自分が情けなく、スローガンを提案したことが恥ずかしいとも思った。でも、今年1年多くのヒーローを僕は目撃した。Iリーグ最終節にやっと今年初ゴールを決めて勝利に導く4年生、夜遅くまで緊急対応してくれるマネージャー、聞けば何でも即レスかつ確実な情報をくれる学連、相手チームの特徴を徹底して丸裸にしてくれるリサーチ、奮い立つ言葉を横断幕に刻んでくれる応援部門など、それぞれの与えられた役割や選択した道で、皆が皆輝いている瞬間に立ち会えた。皆がヒーローになろうともがくことで、それが誰かの目に映り、誰かの意識や行動が変わる可能性を秘めている。だからこそ、自らの行動には責任が伴う。そしてソッカー部員は、その責任を背負うことになる。ピッチ内外において、少しだけ背筋伸ばして、胸張って、1人のヒーローを演じる。誇りを持って責務を果たす。いつだって僕はそんな姿でありたい。

関東最終節、拓殖戦。持てる全てを懸けて戦う。全員の力で勝つ。試合に出る、出ないは関係ない。全員が力の限りを尽くす。無観客試合で、最後の瞬間を全員同じ場所で共有することは残念ながら叶わない。それでも皆の力が必要になる。ヒリヒリした試合をものにしよう。勝って、最後に笑おう。

ここからは大切な仲間や家族へ向けて、感謝の気持ちをお伝えします。
まずグラマネ部屋の住人達。毎日入れ替わり立ち替わり、合宿所の夜を一緒に守れて楽しかったです。ありがとう。ここの住人との共同生活が僕を支えてくれました。来年新たなメンバーを迎えて、合宿所2階の厳しさを教えてあげて下さい。若杉(1年・桐蔭学園高)が、そろそろあのLINEグループに入りたいそうです。誰か招待してあげて下さい。
そして愛すべき同期。個性豊かな皆と共にソッカー部で過ごしたことは、僕の一生の財産です。尊敬出来る沢山の仲間に出会えました。この代で入部し、この代のグラマネになれて本当に良かったと思っています。ありがとう。
家族。これまでいつどんな時も、支えてくれたこと。小さい頃からの大きすぎた夢を応援してくれたこと。常に1番の理解者として、僕の選択を尊重してくれたこと。本当にありがとう。
最後に、これまで多大なるご支援をいただき僕達の活動を支えて下さった沢山のOBの方々、そして厳しくも温かいご指導をいただきました友峰さんや髙橋さんを始めとする社会人スタッフの皆様、本当にありがとうございました。また、このような状況下において関東リーグや早慶サッカー定期戦の開催にご尽力いただいた多くの関係者の皆様へ深く御礼申し上げます。今後共ソッカー部の活動を宜しくお願い致します。

快から始まったこのブログリレーも、とうとうアンカーにバトンが渡ります。酒井綜一郎という男は、いつでも真っ直ぐな慶應の主将です。男らしいですが、基本的に怖い顔をしています。早慶戦のこどもマネージャーからのインタビューの際は、柔らかく優しい表情をしていたので、いつもその表情でお願いしたいところです。怖い顔は相手に向けて、威嚇に使って下さい。感情表現が豊かなところは凄いです。僕も見習います。彼はこの部で間違いなく誰よりも熱く、自分自身と向き合い、そして組織と向き合っていたと思います。彼が主将だからこそ、今もチームは意地を見せることが出来ています。慶應を背負い、常に最前線で戦ってきた野獣のような彼にバトンを託し、最後の想いを見守ります。
酒井、ラスト頼んだ!

《NEXT GAME》
10月30日(土)関東リーグ戦 最終節 vs 拓殖大学
@非公開  14:00キックオフ

記事一覧

月別アーカイブ