オフィシャルブログ

「己が下手さを知りて1歩目」(小林誉貴)

2021.10.21

平素より大変お世話になっております、商学部4年の小林誉貴です。

誰よりも意識が高く、真摯にサッカーに向き合う雄太には非常に刺激を受けました。多くの時間を共にした彼なしでは僕の4年間は語れません。戦術眼に優れる雄太にはピッチ内外において本当に助けられました。学校の定期試験の際も「雄太自ら先頭を行く刻、仲間達は鬼人と化す。」と言われ、多くの仲間達を救い、僕は彼のことを密かに王騎将軍と呼んでいました(キングダム第7巻参照)。こんな僕を4年生まで導いてくれてありがとう。そんな彼と共に関東のピッチに立つのは感慨深いものがあり、Dチームで共に過ごした1年間が思い出されます。パラ参加で、寝転がりながら2人でストレッチをし続けた日々も無駄じゃなかったのかなと。
また、あれは雄太の家にお邪魔した時のできご…あれ、このままだと僕の卒業ブログが雄太への愛を綴ったラブレターになってしまいそうなので、ここからは私の思いを綴らせていただこうと思います。

4年間で多くの怪我をしてきました。グロインペインを発症し、治ったと思ってはまた痛め、半年はサッカーが出来ず、公式戦の出場も1試合に終わった1年目。5月のIリーグ開幕戦前日に膝の靭帯を断裂。手術をし、やっとの思いで部分参加をし始めたところで12月に再断裂。1試合も試合に出ることなく終わった2年目。膝の怪我から1年半ぶりに復帰し、関東リーグに7試合出場することが出来たが、プレシーズンで肩の脱臼をし、再び離脱を余儀なくされた3年目。復帰し、開幕戦から出場出来たが、パフォーマンスが圧倒的に悪く、挙句の果てに6月に再度肩を脱臼、小さな怪我を騙しながら相変わらずチームの足を引っ張っている今に至ります。
いやーきつかったな~、たった7試合怪我なく出場出来ただけで喜んでいた昨年の自分が懐かしい。この4年間で一体どれだけの時間をピッチで走り回ることが出来たのだろう。数えると切なくなりそうなのでやめておきます。
やはり印象深いのは2年の12月、2度目に前十字靭帯を断裂した時です。
2年の5月、1度目の靭帯断裂の後はバカみたいにリハビリをしていました。
朝練→授業→ARMSでリハビリ→下田のトレ室で筋トレ→交代浴→ストレッチ→夜ご飯→睡眠。
この繰り返しの毎日でした。リハビリのメニューが終わらず、ARMSに4時間以上滞在していたことも頻繁にありました。死ぬ気でバイクを漕いでいる横で、はしけん(4年・横浜FCユース/希望ヶ丘高)がにやにやこっちを見ていたことにいらいらしたこともありました。慎(4年・青森山田高)と快(4年・國學院大學久我山高)の姿を見ることは少しずつ減っていきました。荒(4年・横浜F・マリノスユース/慶應義塾高)と清水(4年・Sockers FC Chicago Academy/William Fremd High School)の姿を見ることはとうとう1度もありませんでした。メニューがキツすぎて、トレーニング後に一生ここには来ないとロッカーで誓いながら、次の日もそのロッカーで着替えている自分がいました。

それでも再び右膝の靭帯は切れてしまいました。

何が悪かったのかは今でも分かりません。家に篭り、立ち直れない程のダメージを受けました。無理矢理にでも外に出してくれる仲間に助けられました。そんな自分に杉浦が、「リハビリも筋トレも頑張ってきたのに、神様はまたなんて残酷なことをするのだろう」とメッセージをくれたのを覚えています。これは理不尽なことなんだ。周りからの言葉と自分の積み重ねてきた努力を見つめ直す時に初めてそう思うことが出来ました。それからの足取りは軽く、気付けば前向きにリハビリを再開していました。
それ以外の怪我の時はどうだっただろう。
4年の6月の肩の脱臼。突発的な事故だ、しょうがない。そう言ってしまえば簡単だが、ビデオを見返してもそれだけでは片付けられない。自分よりも圧倒的にフィジカルが勝る相手に対して無理矢理体をぶつけに行った。というよりぶつけずには止めることが出来なかった。もっとボールが来る前から余裕を持っていれば体を当てなくてもクリア出来ていたかもしれないな。もう少し筋力があれば、もう少し器用だったなら、試合前に少しでも刺激を入れておけば。所詮たらればです。しかし、自分を見つめ直しても、実力不足だったのは明白でした。
「理不尽の多くは当人の実力不足で説明がつく。」
どこかで聞いた言葉がスッと体に染み込んでいくのを感じました。
ここまでだらだらと述べてきましたが、何が言いたいのかというと、理不尽と認定するハードルをちょっとだけ上げていこう、ということです。
もちろん本当に理不尽なこともあるでしょう。ただ、理不尽という言葉が口から零れ落ちる前に、一度で良いので自分と向き合い、見つめ直すことに価値があると思います。そして自分の実力不足に気付くことが出来れば、それは更なる成長の糧になる。また、向き合いに向き合った先にその事象を理不尽としたのなら、明日踏み出す一歩は軽く、大きなものになり、どうしようもないことだと前向きに割り切ることで、笑顔で歩き出すことが出来ると思います。
怪我や理不尽な要求を受けて苦しんでいる人がいたら、もう一度だけ自分を見つめ直してみて下さい。それは本当に道理に合わないことだろうか。自分の実力不足を認めて努力する道は、理不尽だと決めつけ相手が悪いと簡単に開き直るよりも、余程険しい道になるでしょう。
本当の意味での理不尽と出会うのは思っているよりも難しく、仮に出会うことが出来たらそれは実は幸運なことではないでしょうか。それが自分の実力の証明になると思います。

「下手糞の 上級者への 道のりは 己が下手さを 知りて一歩目」

我が家で国語の教科書より先に渡される人生の教科書「SLAM DUNK」に登場する名将、安西先生が言っていました。
自分の暗い部分には目を当てたくなく、自分のミスからは逃げたくなります。しかし、大事なことは自分を客観的に見つめ、現状を認めることです。幸いにもソッカー部では学年ミーティングなどを通して、ピッチ内外で自分を見つめ直すことが出来る機会が多く与えられます。当事者意識を持ち取り組むことで、それが習慣化し、些細なことでも自分にベクトルを向けることが出来るようになり、成長に繋がっていくのだろうと思います。
10年以上サッカーを続けてきましたが、最後まで上手な選手にはなれませんでした。20年以上人間を続けてきましたが、賢い人間にもなれていません。ただ自分と向き合い続けたこの4年間で少しだけ上級者に近付けたのかなと思い、それが今の結果や、自分を形成しているのなら嬉しいです。
確かな大志を抱いて入部したわけじゃない、ただここに来れて良かった。今は胸を張って言うことが出来ます。
最終節が終わった際に、笑ってもう一度この言葉を言います。そのために全てを尽くします。

朝の6時から学ランをホックまで閉めて駅からグラウンドまでダッシュしてくる26歳田嶋、取扱注意の主将、永遠のライバルである主務、勝った時にはち切れんばかりの笑顔で近づいてくる竜一、笑う眉毛、走る唇、馬、カピバラ、しのぉ。
個性的で大好きな仲間たちと毎朝会えなくなるのはさすがに少し寂しいですね。
また機会があれば一緒に面でも作りましょう。
杉浦も異国の地からカメオ出演ありがとう。
本当は同期全員にこの場で感謝なり思い出を伝えたいくらいです。いや、せっかくなので50音順で一人一言ずつ述べていこうと思います。
秋葉へ、んー、えーっと、、、
決して言葉が浮かばないわけではありませんが、やはり長くなりそうなので止めておきます。

最後になりますが、自分だけの力では度重なる困難を乗り越えることは出来ませんでした。
松柴さん、宮内先生、三浦さん、小池さん、ARMSのトレーナーの皆様のお力添えがなければ今の自分はありません。怪我ばかりする自分の身体的、精神的なサポートをしていただきありがとうございました。
監督、高橋さんを始めとする社会人スタッフの方々、殆どプレーもしていなかった自分を気に掛け、どんな時もチームの一員であると自覚させていただきありがとうございました。自分の実力の無さを実感するような言葉を何度もいただき、向上心を持ち続けることが出来ました。
かつくん(R3卒)、キナ(R3卒)の後ろ姿からどんな状況でも努力し続けることの尊さを学びました。自分が心を動かされたように、このブログが今苦しんでいる後輩達の力に少しでもなっていたら幸いです。
高校、大学で出会った仲間達、どんなに辛い時も力をもらっていました。皆の活躍が常に自分のモチベーションになっていました、ありがとう。
両親、どんな時も支えてもらい、どれだけ壁にぶち当たっても、立ち上がり笑顔で走ることが出来る強い心と体をありがとう。これ以上の感謝は全てが終わった際に直接言います。

次のブログ担当はグラウンドマネージャーの長谷川友己です。全く話したことがなかった彼と、どのタイミングでここまで仲良くなったのかは不明ですが、彼とも多くの時間を共有してきました。彼は僕のする一方的な漫画の話を3時間以上笑顔で聞き続けてくれる心優しき男です、一般的には変態というのでしょう。ただ、その優しさと、周囲の人間に価値を提供するために努力し続ける姿はかっこよく、僕を含めて力をもらった人は多いと思います。誰よりも熱いフットボールへの情熱を持つともきのブログ、必見です!

《NEXT GAME》
10月24日(日)関東リーグ戦 第21節・第72回早慶サッカー定期戦 vs 早稲田大学
@味の素フィールド西ヶ丘  17:00キックオフ

記事一覧

月別アーカイブ