オフィシャルブログ

「Life is Contents」(登木昂大)

2021.10.13

平素より大変お世話になっております。プロKKポーカープレイヤー山田大敬よりバトンを受け取りました、環境情報学部4年の登木昂大です。
彼のマイハンドは、J9S(ジャックナインスーテッド)。ほとんどの確率で3ベットを仕掛け、相手が付いてきたら気合いに気合いを重ねて、トリプルバレル。
それでもブラフを読まれ、コールをされたら、お決まりの「キャーーー!」「コールしちゃぁダメぇぇ!」とトムブラウンの布川が出てきます。
そんなポーカー漫談はさておき、彼とは非常に長い時間を一緒に過ごしました。1年生の時ウイイレで彼に大勝したあの日から、よく下田で一緒にシュート練やバー当てをしたり、ヒッチハイクをしたりと色々な思い出が蘇ってきます。彼の行動力や、知識量、我の強さには、いつも驚かされてきました。人の心配をするより自分の心配をしろとどこからか飛んできそうですが、就活をしない選択をした彼はこれからサッカーの道を歩むのか、それともポーカーの道を歩んで行くのか、はたまた全く想像もしない道を自ら創り出して行くのか、どういう面白い人生を魅せてくれるのか非常に楽しみであります。
さて、毎年先輩方の卒業ブログを楽しく読ませていただいていたのですが、遂に自分が書く日がやってきたのかと思うと、いよいよ本気で打ち込めるサッカー生活も終わっていくのだなぁと、時の流れの儚さに虚しさを感じるばかりです。このソッカー部生活は非常に濃いもので、今まで楽観的かつマイペースに生きてきた自分にとっては、どちらかというと、楽しいことばかりではなく辛いことの方が多かったのかなと感じます。そんな4年間を振り返りながらも、残された期間をどう過ごしていこうか、文章を綴りながら考えていこうと思います。

このソッカー部には約150名という多くの部員がいますが、自分程勢いだけで入った人はいないでしょう。「早慶戦に出たい」、「プロサッカー選手になりたい」、皆それぞれの何かしらの目的を持って、慶應のソッカー部を目指し、入ってきた人ばかりです。一方で自分はというと、大海の中を彷徨っていたら、たまたま漂流したところがこのソッカー部だったという表現が適切なのかもしれません。広島県の田舎で育ち、大学の4年間を東京で過ごした父に人生設計を聞かれた際、「東京に行かにゃいけんじゃろう」といつものように言われていたので、小さい時から大都会東京に漠然とした憧れ、東京の男になりたいという潜在的な意識が植えつけられていたのでしょう。そこで得意の数学と小論文だけで入れ、更に自分で学びたい分野を学んでいける点に魅力を感じ、SFCを受験しました。部活は前の大学でフットサル部に所属していたこともあったので体育会のフットサル部に入りたいと思っていたのですが、慶應にはそのような組織はなかったので、ならソッカー部に入ろうと入部を決意しました。
本当に今思えば、こんな感じで入って大丈夫なのかと心配になりますが、本当に充実した4年間、また人生で最もサッカーが好きな4年間を過ごせたと思います。

しかし入部当初は覚悟を持って入ったとは言い切れないだけに、色々と驚くことがありました。初めて慶應のトップチームの試合を見に行った時の松木さん(R1卒)の獲物を狩るチーターのような迫力満点のプレスに驚きました。また4軍での初めての練習で、高校時代広島県3部で誰1人止めることが出来なかった、自分の最大の武器である、伝家の宝刀のカットインがこれでもかというくらい全く通用しなかったこと。そして最も驚いたのは、SFCの同期と初めて日吉のイタリアン、ドマーレに行った時のこと。これからの将来の夢を語っていこうという話になり、一人ひとりが夢を語っていきました。当時”不労所得”というワードに未来と希望を感じていた私は「株、FXで生きて行くわ」と、お調子者の青年なら誰しも通りそうなことを真面目に語っていました。その反面、Jリーグで活躍したい、育ててくれたチームに戻りたい、海外で活躍したいなど、プロサッカー選手への夢を真剣な眼差しで語っている同期の姿を見て、今までサッカーを呑気に楽しくやっていた自分とサッカーに対しての情熱に温度差がありすぎるなというのを身を持って感じました。
ただ、サッカーの実力も情熱もこんなに差があったのに、それでもこのソッカー部にいたかったのは、この状況をむしろ楽しみたかったからです。全国レベルの選手が集まるこの組織で、自分がどこまでやれるのか、どうすれば追いつけるのか、幼少期の頃からサッカーに対して真剣に取り組んではいたけど、どんな部分が彼らと差を生んだのか、この4年間でサッカーを楽しみながらも、トップチームで活躍することを目標に頑張ってその答えを見つけてみようと思いました。

夜1人で毎日のようにシュートの練習をしたり、筋トレをしたりとサッカーへの向上心はもの凄くあったのですが、そういう厳しい世界で戦ってこなかったせいなのか、はたまた自分の人間性に問題があるのか(おそらく後者)、ピッチ外の部分では本当に色々な方に迷惑をかけました。初回の練習で集合時にシャツインをし忘れ先輩に詰められ、練習を黙々とやっていたら主体性がないと怒られ、スコアの仕事も壁に寄りかかりながらしていたら友峰さんにお叱りをいただき、思い出すとキリがないくらい粗相、粗相未遂をしました。恐らく部員史上初である、母校同士の対決という形で感慨深い思いに駆られながら見守った、伝統ある神戸定期戦でも、前代未聞の大粗相をし、多大なる方々にご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした(この場を借りてもう一度謝らせていただきます。)。そんなこんなで3年生の先輩方や同期にも退部のイエローカードをもらい、次粗相したらレッドカードという状況まで追い込まれていました。毎日遅刻はしないようにとアラームを3つ構え、ビクビクしながら寝ていたのを思い出します。

ピッチ内でも4軍でも試合に出れず、ピッチ外も最悪の1年間を過ごしていたのですが、自分としては少しずつではありましたが、プレー面においては成長を感じる瞬間がところどころでありました。0-1で負けていたCD戦で同点ゴールを決めたり(四戸さんがよくおっしゃる、ソッカー部で初めての「本気のガッツポーズ」でした)、キーパーからスピードでボールを盗み取ったり出来るようになってきました。またフットサルの全国メンバーに選んでいただけた時は死ぬ気で闘おうと思いました。(扁桃炎で入院しツイッターで見守る形になりましたが、、、)。2年生になって初めて出たIリーグでは、開幕戦でゴールを決めたりと、自分がどんどんと上手くなっている(というより速くなっているという方が適切かもしれない)ことに強い喜びを感じるようになりました。3年になりZチームに上がり、来年はトップで戦いたいという思いの元頑張ってきましたが、まだまだ思うようにはいってないというのが現状です。同じ広島出身ということで、色々と気にかけて下さる友峰さんに明治キラーとして急遽トップ練に2回程参加させていただき、チャンスをもらいましたが、貧血でランを断念したり、トップの高い強度についていけず、まだまだ実力不足だなと感じます。そして現在BでIリーグ全国大会を目指し奮闘中です。
ざっくり言うとこんな感じの4年間を過ごしてきた訳で、この厳しい勝負の世界で学んだことは多くあるのですが、やっぱり1番強く感じたのは、
「『勝ち切る』ってめちゃめちゃ難しいな」
ということです。
この勝ち切るというのは、ただ単にサッカーの試合で勝ち切るという意味ではないです。何試合で何ゴールする、この試合は絶対失点しない、絶対昇格する、絶対この大会で優勝する、などなど、チームや個人が設定した何が何でも達成したい実現させたい目標のことを指しています。やり抜く、GRITとでも言うのでしょうか?
周りの選手に比べて自分が足りなかったのはまさに、そのGRITの部分ではないのでしょうか。実際ドマーレで語った選手達は関東で活躍し、慶應の中心で戦っています。プロになった選手もいます。自分の目標に向かって何が何でもやり抜く。その力が幼少期の頃から、積み重なってこのような差に繋がったのではないのかと考えられるわけです。
自分にとって、この勝ち切ることの何が難しいかというと、惜しいところまでは行くけど、最後の最後の壁を超えるのが中々難しい。
(以下臨場感を持ってお書きします。)
去年のZチームのラストの公式戦となってしまったあの試合。勝てば全国への道が開かれるチャンピオンシップへと進める大事な国士舘大学との一戦。2-2のスコアのまま、延長戦に縺れ込んだ。後半の終わりから交代でピッチに入った自分に求められていたのは、とにかくゴール。決勝ゴール。ただそれだけだった。自分自身もスピードでかき乱して、ゴールを決めるというビジョンを持っていた。試合が拮抗する中、二度と忘れもしないであろうあのシーンがやってくる。
中盤でボールを奪った瞬間に、馬場君(R3卒)からパスが来ると信じて全力スプリント。馬場君からの息の合ったフライパスで裏へ抜け出した。すると、隣から走っていた相手DFが、俺がファーストタッチした瞬間に足元を滑らせ転倒した。目の前にはキーパーだけ。これを決めれば。。。。。
お察しの通り、左足で放ったシュートはコロコロと、ポストの左を掠めた。
そして無情にもその後スーパーゴールを決められ、2-3で敗戦。サッカー人生で最も辛い瞬間だった。4年生を引退させてしまった、、あの時は別に相手キーパーが大きく見えたわけでもなく、それよりも自分自身の中に何か取り憑かれた悪魔のようなものに負けた気分だった。ゴールという目標まで惜しいところまでは行く。でも最後決め切るところで力を発揮できない。まだまだだなと思う。

目標達成へ惜しいところまで行った先に現れるこの壁。この壁に幾度となくやられてきた。フットサルでは全国準優勝を3回、日本一を目の前に何度も悔し涙を飲んだ。サッカーでは、キーパーとの1対1を1976回外してきた。しかし、惜しかったなで終わっては何も残らない。残りの期間は、この壁をしっかり倒して、勝ち切りたい。いや勝ち切る。

『LIFE  is Contents 』

このブログのタイトルでもあるが、ソッカー部の4年間は、部員の数だけ十人十色それぞれのストーリーがあります。成功や失敗、ピンチや苦境を乗り越えたり、本気のガッツポーズをしたり、仲間との勝利の祝杯を上げたりと、笑いあり涙ありのソッカー部人生も、あと数週間で終わってしまいます。それぞれのストーリーを抱えながらも、最後後輩達に関東リーグ1部という舞台を残せるよう、皆で力を出し尽くして、絶対に残留という目標に勝ち切ろう。そして最高のハッピーエンドの作品にしていこう!そして個人としては、残りのIリーグ2試合でBを勝たせる得点を取って、全国に導けるよう、GRITして行きたいと思います。そして関東で活躍することにも諦めず頑張り続けたいと思います。同期の皆で、まだ何か、達成しきれていない何かがあるなら僕と一緒に頑張りませんか?

大変長く拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

さて次回の担当はフットサル部門の主将を務める保田大将です。誰とでもフランクに明るく喋る彼には、いつも楽しい時間が流れてます。彼とは仲が良すぎて、一緒に寮食をたくさん食べました。ただ最近は、コロナのせいもあって全然一緒にご飯を食べれていません。落ち着いたら、MCのお金で奢ってな!彼が何を語るのか非常に楽しみです!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

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