オフィシャルブログ

「奈七佐」(竹本奈七佐)

2021.06.29

平素よりお世話になっております。今回部員ブログを担当させていただきます、文学部2年の竹本奈七佐と申します。宜しくお願いします。

「奈七佐!あと2周だぞ〜!最後ペース上げろぉぉ〜!」
「奈七佐!そこで行かないでいつ行くんだ!」
クーパー走。これは昨年のソッカー部の入部テストである。12分間で3100メートル以上走ればクリアのテストだ。その入部テストに向けて、3年振りの運動も兼ねて井の頭公園で試しに走ってみた。足が上がらない。腕を後ろに振れない。12分間で2560メートルだった。
絶望だった。それでも、何故か毎日走った。

クーパー走の日。この日は、真夏で雨が微妙に降り、グラウンドがびしょ濡れで沼地の上にいるみたいだった。走るピッチコンディションとしては最悪である。死ぬ気で走った。脚が攣りそうだった。顔が酷かったらしい。
「奈七佐!あと2周だぞ〜!最後ペース上げろぉぉ〜!」
「奈七佐!時計見るな!とにかく走れぇ〜!!!」
何も考えず走った。そして、飛んだ。最後にヘッドスライディングで入り、倒れた。
この日はランマスター塩木さん(R2年卒)が一緒に走ってもらえたし、同期の皆の応援があったお陰で、ギリギリだったが、一発合格することが出来た。
この時自分は、この同期の皆のことを一生大切にしようと思った。
今でも疑問に思うことがある。塩木さんは服からリュック、サンダル、筆箱まで全てACミランなのに、塩木さんが当時、マネ部屋で読んでいた本が『THE REAL MADRID WAY レアルマドリードの流儀』だったことである。実は塩木さんはミラニスタではなく、マドリディスタなのかもしれない。今度、会った時に聞いてみようと思う。

1年生の頃、試合中に、「奈七佐!そこで行かないでいつ行くんだ!」
守備の部分で、淺海監督に指摘されたことがあった。この時、淺海監督に自分の名前を初めて呼んでもらえたことが嬉しかった。自分の名前を覚えていただけていたことが嬉しかった。淺海監督は、本当に選手のことを平等に見てくれているのだと思った。この日から今日に至るまで、なんとか毎日練習に通うことが出来ている。そして、淺海監督のいるトップチームのウェアを着て、いつか自分もプレーしてやると思っている。

自分が今もソッカー部に所属出来ているのは、クーパー走後に同期の皆のことを大切にしようと思ったからと、淺海監督が選手のことを平等に見てくれているから。この2つである。

最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共、ご支援ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
7月11日(日)「アミノバイタル®」カップ 1回戦vs神奈川大学
@非公開  11:30キックオフ

「慎君とカッキー」(今西裕大)

2021.06.16

平素より大変お世話になっております。今回初めて部員ブログを担当させていただくことになりました、経済学部2年の今西裕大と申します。何について書こうか非常に悩みましたが、今回初めての部員ブログは自分がソッカー部に入るまでの経緯と、この部での2人の先輩との出会いについて綴らせていただきます。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。

自分は小山内慎一郎君(4年・青森山田高)に憧れてこの部活に入部した。

中3の時に友達と観に行った選手権の試合が今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。市立船橋対京都橘の一戦は迫力満点の最高の試合だった。恐らく高校サッカーのファンだったら誰もが知る名勝負だ。この試合を観て以降、自分もこの大会に3年後、東京代表として出場すると心の中で誓った。

そして翌年の選手権決勝で青森山田と前橋育英がぶつかった。結果は5-0で青森山田の圧勝で大会は幕を閉じた。だが、この時記憶に残っていたのは青森山田の圧倒的な強さではなかった。それよりも2年生ながら、先輩に物怖じせず声を上げ続け、ゴール前で誰よりも身体を張り、ピッチで闘っていた選手がいた。それが小山内慎一郎君だった。自分の目標はそれ以降、彼のような迫力あるディフェンスでチームを支える活躍をして、全国の舞台に立つことになった。

だが、中高でのサッカー生活は選手権とは無縁すぎた。

中高を通して、自分は一回も一番上のチームで試合に出られなかった。その理由はただ一つ、下手くそだから。それは今でも変わらない。中高校生活は全く思うようにはいかなかった。ずっと一番下のチームでたった2週間だけAチームに在籍し、高3の夏前に部活を途中で退部した。中学から定期試験前にしか勉強せず、高3でそれが見事に回ってきた。両親にはサッカーでは未来がないと強く断言され、大好きなサッカーを途中で投げ捨てる形となった。退部を決断した日は数時間、ただただベッドで泣き崩れた。ここで自分の中の選手権は呆気なく終わった。

この時に自分は一生忘れることのない後悔の念に駆られた。だが、ベッドで号泣している最中にあのシーンが蘇った。頭の中で選手権で活躍していた小山内君のことを思い出した。今度はテレビで観た小山内君とプレーすることが自分の中の次の目標に変わった。そして、このことだけをモチベーションに、自分は彼が所属していた慶應義塾大学を受験することになった。結果的に合格をいただき、今ソッカー部に所属しているという現状がある。今でも小山内君と同じピッチに立つという目標が変わることはありません。必ず達成します。

そして、次に紹介するのが入部後、自分が一番影響を受け、感化された先輩、カッキーこと、R2卒柿沼亮祐さんである。柿沼さんは去年の途中まで橋本君(4年・横浜FCユース/希望ヶ丘高)とトップチームでスタメン争いを繰り広げていた天才レフティーで、昨年の途中から自分の所属している一番下のカテゴリーに落ちてきた。トップから落ちてきた初日の練習は本当に衝撃が走った。かなりキツイシュートのようなパスを足元にピタリと止める。針を穴に通すような正確なキック精度。プレスが掛かっていても、何も感じさせないような落ち着きと技術は目を見張るものがあった。

その日の練習以降、自分は柿沼さんに毎日のように頼み込み、自主練習に励んだ。今まで正しいと思っていたパスやドリブル、そもそものサッカー概念が全部打ち壊された。この独特なセンスはピッチ内だけではなく、人としてピッチ外でも学ぶ所が沢山あった。彼がソッカー部の一番下のカテゴリーに残してくれた財産は計り知れないと自分は身に染みて感じた。

以上の2名に留まらず、ソッカー部には本当に尊敬出来る先輩が数多いる。自分も今後は先輩方のような憧れられる存在になり、今季のスローガン、「Be a Hero」、誰かのヒーローになれるような存在になりたい。

最後に感謝の意を示したい方が自分には何人かいる。まず、同期のシオ(2年・暁星高)、高校の卒業式の日に俺の親父の所まで来て、「今西に部活入るように伝えておいて下さい」と言ってくれて本当にありがとう。この言葉のお陰で、クーパー走(ソッカー部の入部テスト)に何度落ちても、最後まで頑張れた。そして、迷惑しか掛けない自分をいつも支えてくれる両親には本当に感謝してもしきれない。

これから厳しい戦いが続いていくと思いますが、今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
6月20日(日) 関東リーグ戦 第10節vs桐蔭横浜大学
@三ツ沢公園陸上競技場  14:00キックオフ

「二浪マネージャーの姿勢」(風間隼)

2021.06.03

平素より大変お世話になっております。環境情報学部2年マネージャーの風間隼と申します。初の執筆となりますが、全力で紡ぎ出した言葉達ですのでご一読頂けますと幸いです。

私は、2年間他大学で過ごしてからソッカー部に入部しました。2年間仮面浪人をした、というよりは、1年目は授業にバイト、社会人サッカーを週に2日程度するという、ごく普通の大学生活を送っていました。それから大学2年目になって受験勉強を始めました。

私が2年目になって勉強を再開したのは、サッカーに本気で取り組みたいという思いからでした。本気で熱くなれる瞬間や、本気で熱くなれるものが、自分にとってはサッカーでした。そんな想いを持つ自分にとって、週に2日程度では満足が出来ず、一生サッカーに関わっていきたいという夢から離れていってしまっている感覚は、辛さを極めておりました。そこで、存分にサッカーに携われる環境を求め、早慶戦や関東リーグで熱く戦っているソッカー部に憧れを抱きました。こうした理由からソッカー部に入部するために大学2年生からの受験勉強が始まりました。

ただ実際には、本当にその判断がベストなのかと、懐疑的な目で見られることもあったように思います。また、2年目から勉強をするなんて始めるのが遅いのではないか、とか、サッカーのために違うことするなんてもったいない、とか、前例あんまりないよ、などという意見もあったかと思います。

確かにその通りかもしれませんが、夢や目標に向かう上では、このような意見は私にとってどうでもよく、だからなんだ。という話です。

この判断がベストな選択かどうかは自分で決めれば良いだけの話ですし、結果がどうなろうと、行動に移さなければ何も分からないと思います。自分にとって1番怖いのは、やりたいことがあるのにも関わらず、何もチャレンジをせずに、他人の頑張りを見てただ応援するだけの風間隼になってしまうことです。私は常に自分のより良い未来、目標のために突っ走っていたい、戦っていたいと思っています。この想いは、おじいちゃんになっても死ぬ直前になっても、変わらず持ち続けたい想いです。

また、サッカーのために勉強をする、ということにもあまり抵抗がありませんでした。「やりたことの為に、やりたくないことも全力でやる人にはきっと、想像以上の未来が待っています。」と、僕の尊敬するUVERworldというバンドのボーカルのたくや君が言っていました。私は勉強が全く出来ず、ただただ嫌いでしたが、この言葉を胸に、全ては自分の目標のため、未来のためと思い、あの時踏ん張ることが出来たと思います。それからというもの、どんなことがあっても、これはきっと自分の成長に必要なことだと思って、経験に意味付けをする癖が付いたように思います。

2年目からの勉強なんて始めるのが遅い、という意見に対しては、夢や理想を抱き、その目標に向かって走り出すのに遅いことはない、そう考えています。自分の夢や理想は、誰のものでもない自分だけの大切な想いであり、その想いを、世間から見て始めるのが遅いからという理由で、自分の中でなかったものにする、というのは、せっかくの限りある人生で勿体無いと思います。私は、掟のようなものが嫌いです。これはこうすれば成功する。このルートを辿ればその人は成功。など、そんなものはないと思っています。人はそれぞれのペースで、それぞれやり方で、自分にとっての幸せと成功を達成するべきだと思うし、それが他人から見て失敗でも不幸でも、それに関する物差しを持っているべきなのは紛れもなく本人だと思います。上述したことですが、世間の声、風潮・情勢を気にし、あれは無理これは無理だと自分で判断をして行くことは非常にもったいないことだと、私は思います。

もちろん、世間から逸脱することは、相当な覚悟が必要かと思います。でも、その覚悟があるのならば、生き方は全て自分次第であり、決めて行く権利はあるはずです。そう言った意味で私は、誰に何を言われようが自分を信じる強さを持っていたいと心から願っています。

先ほど挙げたUVERworldというアーティストに、かなり影響を受けた私を、このブログで綴らせていただきました。彼らは彼らの想いに愚直であり、誰にも期待されていない時でも自分たちだけは自分たちを信じ、進み続けた過去があり、今の輝きがあります。私は、いつかどこかで彼らにばったり会えた時に、私もあなた達と同じくらい、いや、あなたたちよりもかっこよく生きていると、胸を張って伝えることが出来る様に、理想に向かって毎日を死に物狂いで駆け抜けたいと思っています。

もちろん、その想いは部員に対しても同じです。たかがマネージャーではあるけれども、マネージャーだって熱く生き、毎週末全カテゴリーの勝利を祈りながら取り組んでいます。烏滸がましい話ではありますが、マネージャーが頑張っているから俺らも頑張ろうとか、そう思ってもらえるような存在に絶対になりたいし、ならなければならないと思います。

最近はこのような情勢の中で、なかなか会えない仲間達にも同じ想いを持っています。あなたの頑張りは私を頑張らせてくれています。いつもありがとう。私が頑張っていることがあなたのモチベーションになるように、妥協せず、日々頑張っていきたいと思います。また、いつも支えてくれる人達、私の道を遠くからでも応援してくれる人達、あなた達の想いが私をここまで強くさせてくれています。あなた達への感謝は常に忘れずに、これからもっと良い報告が出来る様に精進して参ります。

これから私は、広く深い人間になって、サッカーを通してなのか全く別のものになるのか分かりませんが、社会で困っている人を助け、笑顔に出来るような、そんな生き方をしていたいです。この未来の話は、もしまたブログを書く機会があれば、その時に記したいと思います。

まだまだ何も成し遂げていない私ですが、少しでも、何かを始めることに壁を感じていたり、ためらいがある人にこの文章が届くことを祈っております。“今の世間の評価やあなたへの批判は、あなたの将来を決めない。自分の想いに正直になり、自分だけの道で輝いていこう。”自分も決めあぐねていることは沢山あります。共に進んで行きましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
6月6日(日) 関東リーグ戦 第8節vs立正大学
@味の素フィールド西が丘  11:30キックオフ

記事一覧

月別アーカイブ