オフィシャルブログ

「過去は運命、未来は可能性」(内桶峻)

2020.12.14

平素よりお世話になっております。慶應義塾大学法学部政治学科4年の内桶峻です。
自分のサッカー人生は前回のブログで割と書いてしまったので、今回は残り一試合となった関東リーグ戦最終節に向けた今の自分の思いを書かせていただこうと思います。

昨年、多くの仲間達が自分より一足先にサッカー人生を終えた。浪人した時に一度は本気で辞めてしまったサッカー。それなのに、同世代の皆よりも長く、本気のサッカーに取り組むことになるとは想像もしていなかった。高校3年時に、「5年後はどんなことをしていたいか」と質問をされた時、「サッカージャーナリストになってオリンピックの取材をしたいです」、なんて漠然と答えていた。でも、気付いたら、毎日の様にグラウンドに通い、23歳のおじさん、なんて周囲にいじられながら、息を切らしてピッチを駆け回っている。4ヶ月後、24歳のおじさんになるりんたろう(3年・暁星高/Dinamo Zagreb Ⅱ)はどうなっちゃうんだろう、と少し心配になる。入部当初は、毎日朝早く起きるのに精一杯だった。荒川も多摩川も越えて、毎日東京を縦断していたって考えると、早朝から大分移動している。今振り返ってみると、よくここまでやってこれたと思う。想像していた未来とは大分違ったが、悪くない。いや、むしろ凄く良い、幸せだ。

大学1年時には新人戦全国大会準優勝、2年時には早慶戦出場、3年時には関東2部リーグ優勝を経験した。そして今年は、関東1部リーグを戦っている。今回、同期のブログを沢山読んできて、自分は大した挫折もなく、大怪我に苦しむこともなく、自分の実力以上に恵まれたサッカー生活を送れていたことを実感する。サッカーがチームスポーツで良かった。1人の人間に出来ることなんて限られている。自分の場合は尚更だ。仲間のお陰で自分の力では見られない景色を何度も見ることが出来た。

結果だけ見れば、順風満帆な大学サッカー生活だ。ただ、精神的には苦しさを感じることも非常に多かった。浪人のブランクに苦しみ、先輩を差し置いて試合に出場しても、何も結果を残せない自分を不甲斐なく思うこともあった。慶應という歴史と伝統を背負うプレッシャーや、試合に出場出来ない多くの仲間を代表して試合に出ることに押し潰されそうな時もあった。

思えば高校時代から、こういった重圧を私は感じやすかった。責任感が強いんじゃない。ただ単に、臆病なだけだ。自分に自信を持てずに縮こまってしまう。周囲の目線が気になってしまう。

サッカーが上手くいかない時、私は広くて真っ暗な宇宙にいる様な気分になることがある。ピッチ上で果てしない孤独を感じる。見渡せば仲間や相手が必死に闘っているのに、自分だけ別世界にいる様な感覚に陥る。自分なりに精一杯頑張って必死にもがいているのに、まるで力は伝わらない。自分の無力さを痛感させられる。どんなに頑張っても報われない努力がある。サッカーの世界は広く、次から次へと上の世界が待っている。その世界の果てしなさを知り、途方に暮れる。

思い出した、こういう重圧から逃げたかったからサッカーから離れようとしたんだ。きっと、どんな重圧があっても、どんな状況でも、サッカーを最後まで楽しむことが出来る選手が上の世界へ行っても活躍出来るんだろうなって思う。

そして今年、サッカー人生ラストイヤーを迎えた。下級生の頃から多くの経験を積ませていただけたお陰で、今シーズンが始まる頃は自分のプレーにも自信が生まれていた。下級生が上級生を差し置いて試合に出るということは、大きな責任が生まれる。それは、自分が最高学年になった時にその経験の成果を発揮しなければならないということだ。今年一年は、同期や後輩の為に、という思いは勿論、卒業していった先輩の為に、という想いも強かった。
しかし、蓋を開けてみると、リーグ開幕戦で自分のミスから失点し、その後もそのミスを引き摺ったプレーをした。チームは勝利出来たが、心の底から情けない気持ちになった。チームを勝たせるどころか、自分のせいでチームが負けてしまわない様にすることで精一杯だった。公式戦出場経験のなかった同期や後輩達が活躍する一方で、私は自分を責め続た。自信を失いながらサッカーをしても、良いプレーが出来るはずがない。臆病な自分が邪魔をする。プレーが悪い原因が分かっていても改善する方法が分からなかった。自分に出来ることは、必死に頑張ること、それだけだった。頑張ることなんて誰にでも出来る。自分が試合に出てる意味はないんじゃないかと何度も思った。

人生は迷路の様だと誰かが言う。ゴールが見えないまま、訳も分からずスタートした。上り坂や下り坂がある。分かれ道に出くわす度に選択を迫られる。でこぼこ道の先に行き止まりがあるかも知れない。先の見えない現実に不安になる。それでも、自分の足で前へ前へと進んで行かなければならない。

そういった意味では、ソッカー部での4年間は、私が迷路を歩いて行く上で多くの力やヒントを与えてくれた。ソッカー部には様々な目標、意志を持った仲間達がいる。自分より険しい道のりを歩いている仲間達がいる。それぞれの道を歩き、困難な道のりと闘っている仲間達を見ていると心が動かされる。

上り坂に遭遇するのは自分自身が試されているから。無駄に思える道のりは自分自身を強くしてくれる。でこぼこ道で転んでしまっても、またすぐに立ち上がればいい。行き止まりにぶつかってしまっても、時間をかければ壁をよじ登ることだって出来る。正しい道なんてその時には誰にも分からない。常に正しい道を選ぼうとする必要もない。大切なのは、自分の選んだ道を後悔しないこと、自分の選んだ道を言い訳しないことだ。

迷いながら入部したソッカー部。サッカーから逃げ出したくなることは何度もあった。それでも、この道を選んで良かった。他の道を選ばなくて良かった。一つひとつの経験が今の自分を作っている。一つひとつの選択が今、この場所に繋がっている。

弱気な自分で自分を守ろうとしていることが馬鹿らしく思えてくる。今の自分は自分に言い訳をしている。試合中に弱いメンタルを持ち込んでしまっている。宇宙を想像している場合ではない。自分に同情するな。逃げるな。自分を変えられるのは自分だけだ。

今年1年間、とても恵まれた環境でサッカーをさせていただいた。チームの為に自分を犠牲にしている仲間がいる。怪我や社会情勢によって理不尽にも希望を奪われた仲間がいる。自分を支えてくれる人がいる。多くの人の思いがピッチ上には溢れている。その思いを背負って試合に出られることに喜びを感じ、それを自分の力に変えていかなければならない。

あと1試合しかない。

いや、まだあと1試合ある。

誇りと感謝の気持ちを持ち、最終節に全てを出し切る。最終節、勝って残留しよう。

今の自分の前に存在しているのは一本の道だけだ。

最後に、これまで私を支えてくれた方々に感謝の気持ちを述べさせていただきます。届いてくれると良いです。

道に迷った時、大抵の場合、サッカーが私の歩くべき道を案内してくれた。
サッカーを通じて出会った仲間が、困難な道を一緒に歩いてくれた。サッカーがチームスポーツで良かった。こんなにも大切な仲間が周りには沢山いる。
多くの指導者の方が、私が道を踏み外さない様にアドバイスをしてくれた。一つひとつの熱いご指導が今の私になっています。ありがとうございます。
父は常に私の歩く道を先導してくれていた。私の父は高校で教師をしており、サッカー部の顧問だ。私のサッカーの基盤には父の存在がある。
母は常に私の歩く道を後ろから支えてくれていた。母はいつも私の成功を願ってくれている。そんな母の喜ぶ姿は私の原動力だ。

本当に多くの方に支えてもらった道のりだ。

そして、サッカーは私に多くの感情を教えてくれ、多くの経験を与えてくれた。
これからもこの経験を活かして自分の道を歩いて行こうと思う。

今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
12月19日(土) 関東リーグ戦 最終節 駒澤大学
13:30キックオフ @非公表

「人間の脳がサッカー選手に贈る2つの宝物」(稲川琢馬)

2020.12.14

平素より大変お世話になっております。環境情報学部4年の稲川琢馬と申します。拙い文ではあるかと思いますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

早速ではありますが、本ブログでは「人間の脳がサッカー選手に贈る2つの宝物」について綴りたいと思います。脳は最も身近な存在でありながら、その仕事量の多さに目を向けられる機会は少ないのではないかと思っております。私は大学のゼミでアスリートの脳活動を計測し、未知なるヒトの脳神経を明らかにすることを目標に日々活動しております。何十年も脳の調査を行う研究一筋の方には敵いませんが、サッカーの経験を持ち合わせながらサッカー選手の脳活動を研究することは、新たな脳活動の発見に一番近道なのではないかと勝手に思っております。脳は「司令塔」とも言われる役割を担い、日々私たちの生活を支えてくれています。大人の脳は体重のたった2%程ではありますが、外部からの多少のダメージで人は立つことすら困難になることもあります(脳震盪です)。未だ解明されてないことが多く、未知なる脳ではありますが、進化の過程において、ヒトの脳だけに特化した脳領域が2つあります。それは「表情」と「言語」を司る脳領域であります。皆様は、動物が笑ったり怒ったりしている表情を見たことがありますでしょうか。動物が会話しているところを見たことがありますでしょうか。動物が発する声には何かを伝える為に特徴があると言われたりはしますが、人間ほど意思疎通を図ることは難しいと言えます。人間が長い時間を掛けて獲得したこれらの脳領域はサッカーをするこの私に大きなエネルギーと気付きを与えてくれました。

「表情」
表情は一般に7種類あると言われています。それも、世界共通であると言われており、遠い島国に進む人も、日本の反対側に暮らす人も、笑顔は笑顔と認識することが出来、怒ってる顔には誰もが「この人怒ってる」と理解することが出来ます。6900もの異なる言語数がありながら、表情は世界の共通言語であることは大変興味深いことだと思います。
そんな特徴を持つ「表情」ではありますが、私は毎試合、仲間の表情に莫大なエネルギーをもらっています。ゴールキーパーというポジションは、一人ゴールマウスで孤独に立っているように思われますが、唯一、ピッチに立つ仲間の顔を全て見れる最高のポジションでもあります。勿論、味方の攻撃時には皆が前を見ているので表情は見れませんが、守備時には、仲間が自陣のゴールに血相を変えて、死ぬ気で戻ってきます。この仲間の表情を見て奮起しないゴールキーパーがいる訳がありません。これは日々の練習でも同じです。顔色変えて、死に物狂いでボールに飛び付く仲間を見て幾度となく火がつきました。私がここで言いたいのは、「あなたの歯を食いしばる姿は、誰かに必ずエネルギーを与えている」ということです。

「言葉」
人は言葉を扱う様になってから、集団で行動することや統率力、そして感情を抱く様になりました。そんな言葉ではありますが、私たちが自分を表現したり、仲間にコーチングする為には正しい言葉が求められます。しかし、常に正しい思考で正しい判断をし、正しい言葉で伝えることは難しいことだと思います。人間はロボットでもないので、思考があやふやになったり、記憶が曖昧になったりもします。これらの原因は、脳内に数百兆個存在するシナプスにあると言われています。シナプスは神経細胞の繋ぎ目に当たる部分ですが、これが実に曖昧であり、手前の神経細胞から指令が来ているに関わらず、次の神経細胞に伝えることを怠ったりすることがあるそうです。つまり、このシナプスの仕事が怠慢になったとき、人は思考があやふやになったりするのです。しかし、「思考のあやふや」というのは一見、悪いことの様に聞こえますが、絶対がないからこそ臨機応変に対応出来るという点では素晴らしい武器になります。記憶力も完璧で、今までの経験を機械の様に記録することが出来ても、全く新しい場面に遭遇したら何も出来ない人になってしまいます。不確実性の多い競技で尚且つ、状況が刻一刻と変化するサッカーならば尚更難しくなります。脳内の伝達は意外とあやふやではありますが、「臨機応変に対応する」ことには長けてると思います。対戦する関東1部リーグの相手で弱い相手などどこもありません。相手のサッカーに対し、応用を利かせて如何に対応出来るかどうかが、勝利を手繰り寄せる鍵となると思います。

以上、「表情」と「言葉」について綴って参りましたが、これらの脳の産物に気付くことが出来たのは、ソッカー部に身を置いたことで初めて実感出来たものだったと思います。今日に至るまで多くの方のご指導、ご支援をしていただいたからこそ、何不自由なくサッカーを続けてこれたと思っております。感謝は必ず1部残留という結果とともに申し上げたいと思っております。いよいよ、今週末には関東リーグ最終節を迎えます。昨年の4年生が繋いでくれた関東1部というステージを後輩に必ず残すべく、日々邁進して参りたいと思います。今後共変わらぬご支援ご声援の程、宜しくお願い申し上げます。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

《NEXT GAME》
12月19日(土) 関東リーグ戦 最終節 駒澤大学
13:30キックオフ @非公表

「僕のサッカー人生」(山田敦久)

2020.12.13

平素は大変お世話になっております。
法学部政治学科四年の山田敦久と申します。
拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。

慶早戦前日。四年生で唯一、僕だけがメンバーから外れた。親や友人に観に来なくて良いよ、と連絡をする。最悪の気分だ。力不足は自覚していた。間違いなく現時点でベストな20人が選出された。そんなことは分かっている。ただ、自身の不甲斐なさに涙が止まらない。何の為にここまでやって来たのか。横たわるベットの上で、四年間のソッカー部人生がフラッシュバックして来た。

入部当初、誰にも負ける気がしなかった。数ヶ月でトップチームに上げてもらった。トップでは全く歯が立たず、夏の遠征ではひたすらに雑用をした。しかしこう言う弱肉強食の世界にこそ、僕は燃えていた。自主練習をすれば誰にだって追い付ける。そんな根拠のない自信にひたっていた。

二年生。前期は怪我に苦しめられつつも、後期はBチームで結果を残せた。残留を決めた決勝ゴールは今でも忘れられない。四年生の喜ぶ姿が嬉しかった。翌週には、関東リーグデビューを果たした。思い描いた姿に少し近付いた。このまま上り詰めてやる。来年は自分がチームを勝たせる、はずだった。全治未定の大怪我。治るかどうか分からない怪我のリハビリや治療は精神的にかなり堪えた。ただ四年ブログから分かる様に、150人の部員が各々の葛藤を抱えてサッカーをしている。そんな仲間を見ると、自身の未熟さに気付かされる。そして色々な人の支えを受けながら、プレー出来るレベルまで回復した。復活した姿を皆んなに見せる。そんな風に意気込んでいた。

三年生。現実はそこまで甘くなかった。明らかに身体が動かない。以前は普通に出来たプレーが出来ない。そう思って自主練習をすれば、その分だけ痛みが強くなる。正直、努力の仕方が分からなくなった。苦しかった。この状況を打開する道筋が全く見えなかった。自ずと退部が視野に入って来る。他にやりたいこともあった。そこで自分を繋ぎ止めたものは、これまで支えてくれた人達への恩返しの気持ちと、ほんの僅かな希望だった。ただ今は耐え時と分かっていても、サッカーが下手くそな自分に嫌気が差した。自分の中で決定的な何かが欠落していた。サッカーが突然楽しくなくなった。

四年目。関東でたったの1ゴール。大事な時期に怪我を繰り返した。困難な状況を覆す底力はもう残っていなかった。他の四年生は各々の形でチームに貢献していた。自分は最後までプレーでの貢献を追い求めたが、結局何も出来なかった。

この四年間、私からすれば大失敗だ。終わり良ければ全て良し、とよく言われるが、呆気なく引退を迎えようとしている。全員がハッピーエンドを迎えられる程、サッカーは甘くない。

部の皆んなには、真剣勝負をとことん楽しんで欲しい。
僕は胸を張って、ソッカー部人生に後悔は無いと言い切れる。それは毎日100%で取り組んだからではない。全力で取り組めなかった日もある。ただ何もかもが自分次第だからこそ、結果を受け入れられる。これこそがサッカーの醍醐味だと僕は思う。努力したか、しなかったか。全て自分次第、単純だ。これ程にしがらみのない真剣勝負は、先の人生ではそう多くはないのかも知れない。苦しかった四年間も、終わりを迎えようとしている今では尊く感じる。

そして真剣勝負には必ず痛みが伴う。怪我をした時。人の期待を裏切った時。存在意義を模索している時。その時は本当に苦しい。過去の栄光を振り返って、今の自分が如何に惨めかを自責する。でも大丈夫。数年後にはきっと良い思い出になっている。僕は少し悲観的になりすぎた。色々なものを勝手に背負いすぎた。もう少し前向きになれたなら、結果は変わったかも知れない。その後悔が一番大きい。だから後輩にはいつも前を向いて、出来ることから積み重ねて欲しい。苦しい時に笑い飛ばせる位の気概を持って欲しい。折角やるんだから、楽しくポジティブでいた方がマシだ。どうしても一人で気持ちを整理出来ない時は、仲間に頼ると良い。きっと助けになる。

僕は昔から完璧主義だ。勉強でもサッカーでも一番でないと満足出来ない。でも四年間でこの性格が必ずしも強みでないことを学んだ。こんなにも当たり前のことに気付くのが遅すぎた。チャンスを貰えるなら、もう一度ソッカー部の門を叩きたい。望み通りの結果は出なかったかも知れない。ただどんなに苦しくても四年間やり切った。だから僕は笑って引退する、完璧でなくとも。

僕にサッカーを教えてくれた全ての方々、支えてくれた全ての方々に感謝します。そしてこの伝統ある組織でサッカーが出来たことに、一生誇りを持ち続けます。

この四年間でお世話になった人への恩返しは果たせなかった。特に、両親にだけは最後に晴れ姿を見せたかった。僕にとってサッカーだけが、家族に認めてもらえる手段だった。不自由なくサッカーさせてくれたこの四年間は絶対に無駄にしない。次のステージで必ず活躍します。

慶應を勝たせる。この目標を達成出来なかった以上、四年間で得たものは掛け替えのない出会いだったと思う。後輩、先輩方、そして同期。こんな僕と仲良くしてくれて、どうもありがとう。これからも宜しく。

最後に。サッカーには言葉では表せない経験をさせてもらった。数え切れない程の人々と僕を繋ぎ合わせてくれた。フランスでは一緒に人種差別を乗り越えた。一生忘れられない感動の瞬間を残してくれた。サッカー、今まで本当にありがとう。

拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうざいました。今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
12月19日(土) 関東リーグ戦 最終節 駒澤大学
13:30キックオフ @非公表

「大切な人へ」(前田悠太)

2020.12.13

皆さん、こんにちは。今回4年ブログを担当させていただくことになりました、前田悠太です。興味のある方に最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

大学4年間を振り返って何を思う。

私は即答するであろう、「ソッカー部に入部して良かったのかな」と。

大学1年。中学時代から見続けた早慶戦の舞台を夢見て慶應義塾体育会ソッカー部の門を叩いた。始めは1番下のカテゴリーでスタートしたものの、「100年に1度の逸材」(この噂が立つとTOPに上がれないとか。)とまで呼ばれ、Bチームにまで昇格した。

大学2年。順風満帆に見えたサッカー人生だったが、戸田和幸さんとの出会いをきっかけにどん底まで突き落とされた。尊敬していた人に人生初のカテゴリー降格宣告。もちろん今考えれば納得の降格だが、当時は訳も分からず、ただ夢から遠ざかっていく自分に無力さしか感じられなかった。

迎えた大学3年。幹部を決めるミーティングが始まり、チームに貢献出来ているかを強く問われた。現状、Dチーム。自身の存在価値はあるのか、自問自答の日々が続いた。こうして出した決断は「学連幹事就任」。現状を打破するには、何か自分を変えないといけないという焦りからだった。

後にこの決断が、私の大学人生を大きく変えることになるとは知らずに。

大学人生のあらすじはこれくらいにして、ここから答えの真意について入っていきたいと思う。

「ソッカー部に入部して良かったのかな」

夜ご飯を食べながらふと溢れた一言。いつも相談と言っても冗談交じり程度にしか話さないお母さんに聞こえるくらいの大きさで。
そして、こう続けた。
「チームに貢献するはずが、何をやっても自分の思った通りにいかず、チームの雰囲気を悪くしてるんだよね。結果的にただの迷惑な奴になってる。俺ってチームに要らないよね。入部する必要なんてなかったよね。」
思わず涙が出てきた。悔しかった。自分なりに精一杯やっていたという自負があったにも関わらず、全て否定された気分になった。もちろん、意識、自覚が足りないのは紛れもなく自分だとは思う。ただ、やっぱり悔しかった。正直、誰よりも部の為に行動はして来たつもりだった。翌日6時半練だったにも関わらず、深夜2時近くまで横断幕を作成した応援部門での活動。スタメン動画、試合結果報告画像等陰ながらに貢献して来た広報部門での活動。そしてもちろん学連幹事としての活動。他にも多くの時間を部の為に捧げて来たつもりだった。これだけの頑張りが一瞬にして散った儚さにもう部の為に頑張る気力も、部活動を続ける意味もなくなってしまった。張り詰めていた一本の糸が完全に切れてしまった。

他にも理由がある。
それは、学生スタッフでチームマネジメントについて話し合っていた時のことだった。
「もう無理だ。」
あれだけ部に向き合って考えて行動して来た奴の一言は自分の胸にも突き刺さった。それと同時に陰で支えている多くの人達の苦労が蘇ってきた。当たり前のように自分達が活動出来るように辛い顔一つせずサポートしてくれているマネージャー。毎週途方もない時間を掛けてトップチームの勝利の為に分析を続けるリサーチ部門。他にも多くの人がこの部の為に全身全霊を懸けて行動してくれていると私は胸を張って言える。しかし、このような表舞台に立たない裏方の頑張りが報われない現実がより自分から力を吸い取っていった。

これが答えの真意である。

だが、もちろんここで話は終わらない。まだ続きがある。これで終わっては、ただ自分の頑張りを正当化しようとしている奴になってしまう。そんなことを伝えたいのではない。本当に伝えたいことはここからだ。
(お母さんとの話の続き)
私が涙ながらに話すと、長い沈黙の後、お母さんから驚くべき言葉が返って来た。
「もういいんじゃない、十分やり切ったじゃん。そんな悩む必要ないよ、見てる人は見てるんだから。悲しい顔は見たくないよ。」と。
この言葉を聞いた途端、一気に涙腺が緩み自分でも理解出来ない程涙が流れた。ほっとした。救われた。それと同時に、最大の後悔をした。

本気で自分のことを想ってくれている人の期待や応援を裏切ってしまったこと。

私は、とにかく多くの人の為に、多くの人に影響を、多くの人を笑顔に、という心構えでこれまで過ごして来た。しかし、多くの人の為に行動すればするほど、本気で応援してくれる大切な存在の期待や応援に気づかず行動してしまっていた。私はとんでもない裏切り行為をしていた。多くの人に良い顔をしようとするばかりに誰ひとりとして笑顔に出来ていなかった。本当に後悔した。もう一度、大学1年生に戻りたいとまで思った。でも、悩んでいる時間もない。とにかく変わるしかない。もう同じ過ちを繰り返さない。そう決意し、今に至る。

“努力を続けていれば、必ず見ていてくれる人がいて、応援してくれる人がいて、期待してくれる大切な人がいる。こんなにも大切な人を笑顔に出来ずに、誰ひとり笑顔にすることは出来ない。もう悩まない。目の前のことに全力を尽くすだけで良いのだから。”

幸い自分にはサッカーで恩返し出来るチャンスがまだ残っている。どんな形でもZチームの勝利に全力で貢献する。その様を最後まで見届けて欲しい。

このブログで、皆さんに伝えたいことは2つ。
1つは誰にでも大切な人は存在する。でも、それは当たり前なことじゃない。だからこそ、その人への感謝を忘れずに目の前の事に全力で取り組み続けて欲しい。まずは、ひとりを幸せに出来るようになってから。
2つ目は誰もひとりじゃないということ。だから、ひとりで悩まなくて良い。考えすぎなくて良い。必ず、助けてくれる人はいる。そう思えれば、自分のやること全てに自信が付くはずだ。最後まで自信を持って挑戦し続けて欲しい。

インカレを目標に始まったシーズン。前期終わって6位。誰もがインカレへの可能性を感じたと思う。しかし、現実そう甘くはなかった。後期開幕6戦未勝利。本当に辛かった。何をしても勝てないもどかしさに悩み苦しんだ。目標が遠ざかり、どうすればいいか分からなくなった。

このまま終わるのか。終わっていいのか。

思い出せ。どんなに苦しい時でもサポートしてくれたそばにいてくれた大切な存在を。自分に出来る事を全力で。
そして、残留の為に次節、必ず勝ってみんなで笑おう。



100人に嫌われるより
たった1人に嫌われた方が嫌

100人に好きになられるより
本当に自分を想ってくれる1人に好かれる方が良い



本題はこのくらいにして、最後に少し。

同期のみんな、後輩達、家族へ。
自分のサッカー人生はまだ終わってません。コロナ禍という難しい状況でいつサッカー人生が終わるか分かりませんが、最後の最後まで信じて戦い抜きます。体現します。今言えることはそれだけです。

Zチームのみんなへ。
開幕2連敗からやっとここまで帰って来た。
毎試合着実に成長出来ていると思う。
コロナという自分たちにはどうする事も出来ない現状もある。
でも、最後の最後まで信じて、自分達のやって来たことが正解だったと示そう。
その為に出来ることを一人ひとり全力で。
いつか報われる時が来ると信じて。
こんな一つひとつのプレーに一喜一憂出来るチームがあるか。
こんな最高なチーム他にあるか。
絶対に笑って終わろう。

最後までお読みいただきありがとうございました。
今後共ソッカー部への温かいご支援ご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》12月19日(土) 関東リーグ戦 最終節 駒澤大学
13:30キックオフ @非公表

「100万枚撮りのフィルム」(内藤舞)

2020.12.11

平素は大変お世話になっております。
法学部法律学科4年マネージャーの内藤舞です。
仲の良い友達にも、家族にも、多くを語ってこなかった私ですが、今回は素直な気持ちを綴ろうと思います。

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敷かれたレールに乗っかる人生、飛び出してみるのも悪くない。
そう思った小学4年生の時、大好きだった学校と友達と離れ中学受験をすることを決めた。自ら扉を叩き、慶應の門をくぐった。

志望校は慶應一択だった。
それは、今思えば、慶應の体育会に入りたかったからだと思う。
幼い頃から春になると父と共に隅田川へ足を運び、冬の寒稽古、広い記念館の上座で多くの後輩の稽古相手をする祖父の姿を見てきて、慶應の体育会に入ることは私の憧れであり必然だった。「卒業後も、横だけでなく縦の繋がりを大切にする学校だから」と、願書の志望理由に書いたことは今でも鮮明に覚えている。

そんな想いを何処かに抱きながら、中学、高校時代とほぼ変わらないメンバーで毎日を過ごした。何でも分かってくれてる、したいことも見たい映画も、食べたい物も、ほぼ同じ。決まった時間割、座席、周りにはいつもみんながいて、休み時間も帰り道も何でもないことに爆笑して、部活動や学校行事に打ち込みながらも、争いも痛みも辛さもない、そんな居心地の良さに、安心感を覚えていた。ただ高校生活が終わろうとした時、ふと立ち止まり振り返ると、中学、高校時代、何を成し遂げたのか、自分は何を目指しているのか。将来の夢すらも決まっていなかった。

今まで色んなことに興味を持ち、色んなことに足を突っ込んだ。
悪く言えば長続きしない人生。
一番長く続けた水泳は受験で断念し、中学ではオーケストラと剣道、高校ではラクロス。中学で始めた書道だけ、今でも細々続けているが、残ったものと言えば、幅広く浅い経験だけだった。どの分野も何となく出来るけど、何にも自信がない。

狭き門より入(い)れ。私は再び門を叩いた。
将来の夢は決まっていない。
ただ、全力で何かを頑張ったと、4年後に胸を張りたい。
学生生活残された4年間で、自分が生きた証が欲しい。
マネージャーという立場の選択は、団体も個人も、スポーツも文学も、自分が主役になる経験を一通り経てして、クラス委員とか文化祭の責任者の補佐とか、小さな小さな、縁の下の下で、誰かが主役に輝ける舞台を作る立場の方がやり甲斐だったから。
誰かのそんな存在になりたいと思ったから。
中学受験期に抱いていた想いとは少し違う形で、体育会という組織に、そしてサッカー一筋で生きてきた150人の中に飛び込んだ。

多くの選手が、10年以上、サッカー中心の生活を送ってきていた。
私には考えられなかった。
長いサッカー人生、苦しい時期もきっと何度も乗り越えて、それでもサッカーが好きで、挫折を経験しもう無理かもしれない、やめたい、そう思っても、やっぱりやめられないサッカーに真摯に向き合っている。
自分からサッカーがなくなったら何が残るのだろうとみんなは良く言うが、ここまで一途に頑張ってきたその努力と信念は、羨ましい位の強みだと素直に思う。

刺激と衝撃はそれだけではなかった。
同じサッカー選手の集まりでも、多くの価値観があった。
今まで通ってきた自分の意見が、ミーティングで否定され、
信じてきた自分のデザインセンスが、全く理解されず、
将来を真剣に考え辞めていく部員や同期を見て、
自分にはない価値観や十人十色の考え方を知った。
今まで同じ価値観の中で、狭すぎる世界の中で生きてきたことに初めて気が付いた。

サッカーに人生を懸ける人も身近にいるこの環境で、
ここまで真剣に向き合うものがあり、隠れた努力を知ったから。
真正面からぶつかって、意見してくれる仲間に出会えたから。

全力で何かを頑張りたいと、いわば自分の為に飛び込んだ世界で、
この人達の為に、と思って仕事をしている私がいる。
長いサッカー人生の大事な最後の4年間を、
もしくはこれからも続くサッカー人生の大事なステップを、
悔いなくサッカーに捧げてほしい。
そんな大切な存在に、もっと全力になってほしい。
サッカーをしている時が一番輝いているみんなを見てきて、
私には持ち合わせない芯をしっかり持っていて、
素直に尊敬し、心から頑張ってほしい、と日々思っている。

だから、頑張っている人のメンバー入りが、活躍が、勝利が嬉しかった。
だから、悔しい時、苦しい時には、同じ様に落ち込んだ。
だから、気付けばカメラを手に取っていたし、自然と広報活動に力を入れていた。

2Dではあるけれど、一瞬一瞬を形に残したい。
そしていつまでも覚えていたい。
みんなにもそうであってほしい、と強く願うから。
外部に、保護者の方々に、OB・OGの方々にもその勇姿を届けたかったから。
より多くの人に見てほしい、知ってほしい、興味を持つだけでもいい。
特別派手な企画には興味がなかったのも、バズる様なツイートを目指さなかったのもそんな理由だ。(もちろん、加工や言い回し一つ試行錯誤を繰り返した私のこだわりのせいで、広報部門のみんなには散々迷惑を掛けました。みんなごめん、付き合ってくれてありがとう。)

もがいて苦しんでそれでも粘り強くここで”ソッカー”をしている、
そんな、みんなの闘志が、一瞬一瞬が、撮り切れない程の瞬間が、私の原動力だった。
そんな、きっとみんなの当たり前が、誰かの心を動かしているなんて、思ってもみないでしょう。
主将や副将でなくても、特別役職がなくても、ソッカー部の一員であり、一人のプレイヤーであり、こうやって誰かの原動力になっているかもしれない。
どんなに朝が早くてもご飯を作ったり、予定はソッカー部中心であったり、家族の「一番」であるかもしれない。
卒業しても試合に駆けつけて下さる、激励を下さる、OB・OGの方々の、応援したい存在かもしれない。

中々普段は気付けないけれど、この全てが当たり前のことではないと、今思う。
まさにこの、横だけではなく、縦、斜め、たくさんの繋がりと支えこそが、慶應の体育会、そしてソッカー部の素晴らしさだと私は思う。
中に入ってみると当たり前と思ってしまうこの環境は、そういえば小学生の私にとっての憧れだった。4年間、正直七転び八起きだったけれど、あの時慶應を選んで、ソッカー部を選んで、届きそうで遠い存在だった狭き門を叩いて良かったと心から思っている。

この当たり前に感謝しながら、何処かで誰かの一助となり、輝ける舞台を作れていることを願って、あと数日最後まで走り抜けたい。

そして。狭き門より入れ。
「事を為す時に、簡単な方法を選ぶより困難な道を選ぶ方が自分を鍛える為に役立つ」
違う道もたくさんあったけれど、狭い門を叩いて入った世界で、出会えた広い世界で、結果として自分の成長に繋がり、最後に全力で頑張れたと胸を張って言えたら、何にも代え難い幸せだ。

—————————————
長くなってしまいました。
最後に少しだけ伝えさせて下さい。

フットサル部門のみんなへ。
普段は違うカテゴリー同士のみんなが心一つに熱く戦う姿や、二刀流で頑張りながらサッカーでどんどん成果を発揮している姿を見て、実はいつもうるうるしていました。
関東選抜も含め計3回の全国大会を経験させていただいて、たくさん助けてくれて、ありがとうの言葉をいつも掛けてくれて、本当にありがとう。あったかいみんなが大好きです。勝利の女神になれたかな。あと少し、最後まで一緒に戦います。

広報のみんなへ。
今年は自分のこだわりを少し捨てて、みんなに少しずつ任せてみたら、それぞれの才能を見つけました。練習や試合後で疲れているだろうに、文句も言わずに一緒に頑張ってくれてありがとう。このブログを読んで、誰かが想いを引き継いでくれたら嬉しいです。

マネ部屋のみんな、嫌な顔せずに付いて来てくれてありがとう。きっとこれから多くの壁にぶち当たると思うけれど、無駄なことは何一つないから、必要としてくれる人がいるから、たくさんチャレンジして下さい。

ママとパパ、小さい時から何事も自分で決断させてくれてありがとう。お陰で意志だけは強くなったけれど、学生最後のステージでやり甲斐を見つけたので、新しいステージでも、誰かが輝ける舞台作りをサポートする立場で頑張ろうと思います。

最後にはなりますが、日頃よりソッカー部をご支援いただいている全ての皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。最上級生としてのこの一年間は、例年とは異なる社会情勢の中で、OBの方々を始めとする多くのご関係者の皆様には不手際等で多大なるご不便をお掛けしながらも、変わらぬご支援ご声援を賜り、マネージャーとして組織を支える役割でありながら、多くの方々に支えられていることを身を以て実感致しました。今後共変わらぬご支援ご声援の程、宜しくお願い申し上げます。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

《NEXT GAME》
12月12日(土) 関東リーグ戦 第21節 専修大学
11:00キックオフ @非公表

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