オフィシャルブログ

「行動力が欲しいです」(西川陸斗)

2020.05.26

平素よりお世話になっております。今回初めてブログを担当させていただくことになりました、法学部政治学科2年の西川陸斗です。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

世の中の人には才能に溢れた人、才能を遺憾なく発揮している人、所謂天才と周囲に呼ばれる様な人が沢山いるかと思います。それは例えほんの些細な、使う場面などない様なこと、ハングドラムのセンスがすごい!なんてことも才能の一つな訳です。

僕は自分にあるかも知れないサッカーの才能を信じて幼稚園の頃から現在まで本格的にサッカーをやってきているのですが、今まで「こんな奴に敵う訳ないじゃん!」と嘆きたくなる様な、そして同時に興奮してしまう様なサッカーの才能を持つ人を見たことがあります(2015年のU15クラブユースでセレッソ大阪の某選手が鹿島相手に無双しているのを見た時にはたまげました)。実際部内にも中々敵わないな、という天才がいるし、それに比べると自分は?となるのですが。
僕は中学受験で普通部から入った訳ですが、恥ずかしながら小学生の頃は、自分は天才かも知れないと思っていました(勉学面で)。所謂元自称スーパー小学生なのですが、大学で周りを見渡してみると馬鹿みたいに頭の良い人が沢山いる。部内でも同期の森本(2年・ 慶應義塾湘南藤沢高等部/エスタジオ横浜U18)は勉強の虫で、もはや君が成功しないで誰が成功するんだ、と思う程の天才なんです。

自分にはもしかしたら才能がないかも知れない。でも天才に勝ちたいなら何が必要なのか、と自分なりに考えた時に思い付いたのが行動力です。自分でも何か考えた割にありきたりな答えだなと辟易しますが、これしかないのかなと思います。
行動力とはご存じの通り、身に付いていると人生が豊かになると言われる様な、よく人に求められる力です。そして中々身に付かないものです。つまり「言うは易く行うは難し」です。
天才に勝つ為にはどうすれば良いか。僕は行動力の中でも特に「真似る力」が重要だと思います。
例えばサッカーに於いて、人を抜く時にメッシの様なドリブルでいとも簡単に相手をかわせる様になりたければその動きを真似て死ぬ程練習する。最初は猿真似でもその猿真似の精度がどんどん上がっていって気付けば習得して自分の力になっている。そうして真似て得た力の積み重ねが武器となって漸く天才に太刀打ち出来るのかな、と思っています。

才能に恵まれてないな、そう感じている人こそ特に行動力が大事になると思うし、その行動は自分の才能を発見する機会になり得るのです。ブログだって書いてみないとセンスがあるかどうかなんて分かりません。

そして、これだけ言っといて今の自分に行動力は無いです。苦手な英語を克服する為にやると言っているオンライン英会話は、半年程実行出来ていません。更にはこの部員ブログ、締め切りの前日になって漸く打っている始末です。
あと少しで成人するという年にまでなってしまいました。しっかり大学生の内に行動力を持った人間になるべく精進します。

そして最後に僕は早慶戦に出てゴールとアシストを記録する目標があります。この目標に向かって残り2年半悔いのない行動をとっていきます。

正直自分でも何が言いたいか分からなくなってきてしまいました。次ブログを書く機会があればもっと上手に書きたいです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

「当たり前」(鈴木隆弘)

2020.05.16

平素より大変お世話になっております。今回初めてブログを担当させていただくことになりました、法学部法律学科1年の鈴木隆弘です。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

私達の周りには、「当たり前」と思うことが多々ある。そして、普段私達はそのことを殆ど気にせずに過ごしている。では、この「当たり前」の価値について考えたことはあるだろうか?私は「当たり前」だと感じられることこそが、最もかけがえのないことであり、感謝すべきことだと考えている。「当たり前」の有難さは、普段は中々感じることが出来ない。現在の様に、「当たり前」だと思っていたことの多くが出来ない状況に置かれて、改めて「当たり前」の大切さを、私を含め多くの人が実感しているのではないだろうか。

最近は、全くと言って良い程サッカーが出来ていない。外出は殆どせず、1日の大半を家で過ごしている。家族以外と会うことは殆どなく、1人で勉強やトレーニング、趣味に勤しむ日々を送っている。元々1人でいることは嫌いではないのだが、1ヶ月誰とも会っていないとやはり寂しいものである。オンラインなどで部活の仲間と会話することは可能だが、実際に会いたい、一緒にサッカーをしたい、という気持ちは強まるばかりである。そして、仲間とサッカーをする、という「当たり前」だと思っていたことが、どれ程自分の中で重要だったかに気付いた。これはもっと身近なことに於いても言えるだろう。もし突然、誰も自分の食事を作ってくれなくなったら?家の電気が付かなくなってしまったら?想像するだけで恐ろしい。この様に「当たり前」は、私達にとってとても大切なものなのである。

勿論、「当たり前」は多くの人の支えの上に成り立っていることを忘れてはならない。サッカーという点に於いては、多くの方々が私たちの為に尽力し、環境を整えてくれているからこそ、私達は何不自由なくサッカーが出来ている。サッカーをしている人なら「サッカーが出来ていることに感謝しろ」とはよく言われると思うし、私がそうである様に、多くの人がサッカーの出来る環境には感謝していると思う。

では、身近な部分に於いてはどうだろう。日常生活の中の「当たり前」に感謝出来ているだろうか。先程も述べた様に、私達にとって「当たり前」はとても素晴らしいものであり、尚且つ身の周りに数多くある。それを何気なく享受出来ているということは、とても幸せなことだと私は思う。そして、その「当たり前」を与えてくれる人達には感謝しなければならないはずだ。

ところで、自分もまた「当たり前」を誰かに提供する立場になり得る、ということ忘れてはいけない。もしかしたら、自分では意識していないだけで、既に自分は誰かの支えになっているかも知れない。そうでなくても、人は生きていく中でいつか必ず誰かの「当たり前」を支える立場になる。その時、その誰かの「当たり前」を奪う様なことは絶対にしてはならない。誰にとっても「当たり前」は大切なものであり、それらは常に尊重されなければならない。

〜が足りない、もっと〜が欲しい、と何かが手に入らないことを嘆いて生きていくのはつまらない。だが、「当たり前」の有難さを常に感じることが出来る様になれば、自分の周りにはこんなにも沢山の幸せがある、と思えるだろう。そういう人に私はなりたいし、ならなければならないと思う。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

「当たり前」(蛯名亮太)

2020.05.15

平素より大変お世話になっております。今回初めてブログを担当させていただきます、法学部法律学科1年の蛯名亮太です。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

どんな状況でも愚直にひたむきにプレーすることが出来る粘り強さ。これは、高校時代の監督が自分の強みとして評価してくれたことで、私にとっては「当たり前」のことだ。

私のこれまでのサッカー人生は決して輝かしいものではなく、失敗ばかりで常に周囲の期待を裏切り続けてきた。そんな自分でも唯一出来たことが、良い時も悪い時も変わることなく全力でプレーすることだった。この気持ちの粘り強さは、失敗ばかりのサッカー人生だったからこそ身に付いたものであると思う。前向きにサッカーに取り組んでいればきっと結果が付いてくる。そう信じてプレーをしていた。

しかし結局、大きな成功を手にすることなく大学でのサッカーが始まった。
「お前はこれからだ。大学で絶対伸びるから」
高校時代にお世話になったコーチの方が言ってくれたこの言葉を裏切らない為に、大学では絶対に結果を出すと心に誓っていた私は自分を高める為に努力をした。また、先輩の方々のことをよく観察した。先輩方の考え方や努力をする姿勢には、見習うべき所が多くあると感じていたからだ。大学サッカーが始まってから1、2か月だが、自分は努力出来ていて充実していると思っていた。

しかしある日、「人には努力に見えて本人にとってはそうではない状態が作れれば努力は報われることがある」という言葉に出会って私ははっとした。私が凄いと思っていた努力をする姿勢は先輩方にとっては当たり前のことであり、自分にとってはそうでないことで、これが先輩方と私の間にある差なのだと気付いた。同時に努力出来ていると感じている今の状態はまずいと思った。

自分の「当たり前」をグレードアップさせていき努力を努力と思わないこと。これがこの数か月の間に見つけた、私が結果を出す為に必要なことの一つだ。その日から、自分の中での当たり前の基準が変わった。今も少しずつではあるが自分の当たり前を進化させることが出来ている。

そんな私の原動力は感謝の気持ち、そして恩返しをしたいという気持ちだ。どんなに朝早くても、夜遅くても、身体のことを考えた手料理を作ってくれる母。毎回試合を観に来てくれる父。どうしようもない自分を見捨てずに指導し続けてくれたコーチの方々。これまで自分のサッカーの為に多くの時間と労力を費やしてくれた全ての方々の為にも、自分のサッカー人生を学びや経験だけで終わらせたくないし、感謝の気持ちを結果で表現したい。大学での4年間で自分の「当たり前」を常にグレードアップさせて必ず結果に結び付ける。

拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

「サッカーが出来なかった6ヶ月間」(宅野怜)

2020.05.12

平素より大変お世話になっております。今回初めてブログを担当させていただくことになりました、経済学部2年の宅野怜です。去年を振り返ると、気付いたらリーグ戦が始まり、夏休みの合宿を乗り越え、学年末試験が終わり、新シーズンに突入していました。あっという間に過ぎた1年でしたが、今回のブログではその内6ヶ月間サッカーから離れていたことについて書かせていただきます。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

高校1年生の冬に初めて左肩を脱臼しました。2度と左手が使えなくなると思う程の激痛で、倒れている所に笑いながら来た人、心配そうに駆け寄ってくれた人、来てもくれなかった人の3種類の人がいました。今でもその痛みと、周りの人達の対応を鮮明に覚えています。それ以来、人が怪我をしたら心配そうに駆け寄る様にしています。外れ方が酷かった為2年の冬にも肩が外れ、その際には、3度目の脱臼をした場合は手術をする様に勧められました。幸い3年の冬は肩が外れることはなく、2月から大学でのサッカー生活がスタートしました。夏休みまでは特に怪我はなく、気温が高いことから関節も固まっていないので、脱臼することはないと油断していました。その油断の結果、9月初旬の練習で3度目の脱臼をしてしまい、10月の終わりに手術をすることになりました。手術から完全復帰までは4ヶ月かかるので、計6ヶ月間サッカーが出来ませんでした。

6ヶ月間サッカーが出来ないのは初めての経験でした。後期のリーグ戦は丸々関わることはなく、チーム入れ替えの時期には腕を上げることも出来ず、年が明けてから漸く走れる様になりました。楽観的な性格をしているので、手術やサッカーが出来ない時期に対して深く落ち込むことはなく、漸く左手を思う存分に使えるとしか考えていませんでした。身体が自由に動かない苛立ちはありましたが、一緒にプレーしていた同期がトップチームに上がり、試合に出るのを見て、日に日にサッカーがしたくなりました。3月の初めに半年振りの練習試合に出場して、漸く万全の状態で復帰したのですが、翌月には緊急事態宣言により活動休止。4月、そして5月になった今も下田で練習することが出来ないのが現状です。

昨年9月からの9ヶ月間、サッカーをしていたのはたったの1ヶ月弱です。ただその1ヶ月弱の時間は自分にとってサッカーが楽しくて堪らない時間でした。今はまだ練習再開の目処が立っていませんが、その時までしっかり準備して、練習するのが楽しみで待ち遠しいです。

拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願いします。

《NEXT GAME》
未定

「ポジティブシンキング」(小林将太)

2020.05.10

平素からお世話になっております。コロナ禍による外出自粛が続く中、皆さんいかがお過ごしでしょうか。さて、今回初めてブログの執筆を務めさせていただきます、商学部2年の小林将太と申します。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

突然ですが、サッカーに限らず、スポーツをしていると様々な挫折を味わうことがあると思います。この様な時に皆さんはどう切り抜けるでしょうか。
私は、常にポジティブであることで切り抜けてきたと思います。これは特に意識してこうなった訳ではなく、中高の間にいつの間にか前向きになる癖の様なものが身に付きました。例えば怪我をしてしまった時には、復帰した時に本当に怪我をしてたのかと周囲を驚かせるということ等をモチベーションにしていました。勿論、人間である以上、怪我以外にも思う様にプレー出来なくなってしまう時に一瞬は落ち込むかも知れません。しかし、落ち込んでいる間は成長することが出来ません。その様な状況に置かれた時、一刻も早く前を向くことで成長出来るので落ち込む必要がないと考える様になりました。私がそこまで落ち込んでいる所を見たことがないのはこうした理由からなのです。ここで、一つ注意しなければならないことがあります。それは、ポジティブというのは時に楽観的に見られがちであるということです。ポジティブと楽観の違いは、原因を反省して徹底的に分析をするかどうかです。楽観とは、反省をしないからとても楽で、何も準備をしないので、すぐ忘れてしまうでしょう。その為、次に同じ様な状況になった時にとても不安になります。前を向く為の理由は何でもありですが、周りの人はこのプロセスを見てはいないので、単に楽観的ではないということは結果で示すしかないのだと思います。

ソッカー部での1年はあっという間に過ぎましたが、これから先の3年間、全てが思い通りに進む訳ではありません。壁に当たった時には、あくまでも結果に繋げる為ポジティブシンキングを武器に乗り越えようと思います。私の求める最終的な結果は、トップチームで試合に出てチームを勝たせるGKになることです。引退時の最後のブログで達成報告が出来る様、1日1日を無駄にしない様に生きたいと思います。

拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願いします。

《NEXT GAME》
未定

記事一覧

月別アーカイブ