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「後世への最大遺物 〜卒業ブログ 傾向と対策を添えて〜」(永澤隆彌)

2019.11.10

永澤平素は大変お世話になっております。
平方陸からバトンを受け取りました。商学部4年の永澤隆彌です。
ガメはSiriよりも速い情報処理能力を持っていて、何か知りたいことがあったら「Hey,ガメ」といえば即座に問題が解決されます(たまにいらないことまでも教えてくれるので無視すると表情で笑わしてきます、非常につまらないです)。ただ、彼にも苦手な分野はあるみたいです。ここでは深くは話せませんが、これだけは言いたい。ダーウィンに謝るべきなのはお前だ。




改めて自己紹介します。
リサーチ部門の永澤です。
リサーチの同期が誰一人として卒業ブログで「リサーチです。」と言っていないので言っておきました。そして、早慶戦前に書いた時も、リサーチの長っぽいからという理由でおそらく担当させていただきました。しかし、その時はCチームについて書きたいというわがままを突き通して、求められていることに応えませんでした。
「11/10 永澤」、、、なるほど。また役職に名前が負けた。だったらリサーチっぽいことを書いてやろう。
ってことで、自分なりに卒業ブログをリサーチしてみました。メインではなく、コラムみたいな感じで添えておきます。軽い気持ちで読み進めていただけると幸いです。
※参考文献:奥山大

卒業ブログ 傾向と対策
※下記の記載は、所属組織とは一切関係のない個人的な所感です。
また、あくまで傾向をまとめたものであり、内容に対する批判ではございません。

<2019年度これまでの総括>
2019年度の卒業ブログは近年稀に見る文字数バブル期である。平均文字数3168.68182、最大値4998、最小値1475を記録している。この文字数はここ2年で急上昇しており、今後も右肩上がりが期待できる。読む側の気持ちを考えると、もう少し端的にまとめたほうがいいのかもしれない。ただ、卒業ブログは気持ちよく卒業するための、いわば自己満足のツールだとしたら、それだけ熱い4年間を過ごしたと考えられる。これはポジティブに捉えてもいいのではないか。
参考までに僕らが被っている先輩方の数値も載せておく。
2018年度:平均2072.08333、最大値3840、最小値1004
2017年度:平均1570.55556、最大値3374、最小値642
2016年度:平均1749.96154、最大値2704、最小値815

<傾向> 箇条書きでまとめました!
・文頭に「長く拙い」という、思ってもいない謝罪
・4年間を1年生から振り返る系男子は、1年生の頃、だいたい「自分の為」にサッカーしている
・2年次のMTGでスタッフ候補から外れる人は実際にスタッフに就任した同期と自身を比較し、未熟さを痛感する
・担当時期の早さは、ブログ終盤における「まだ終わりじゃない」感や決意表明の熱量に正比例する

⇨ブログは以下3つのケースに集約される
1、4年間を振り返る日記系(特定のライバルや心に残る発言者が登場しがち)
2、後輩へのメッセージor4年についてこいという最後のわがまま系
3、社会に出る前に知れてよかった学び系
例外)近年は、大学スポーツ界の課題意識を述べるという“今”をいきている系多発!(特にア式蹴球部)注意しよう。

<対策> フォーマットに則って、実際に書いてみよう!
永澤.001

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※□は文量の比率を示している。近年、大量の増加が目立つので注意。

①カジュアルな部員紹介。
少しウケを狙っていこう。この後の本文とのギャップが読者の心を掴むはずだ。

②結論ファースト!
長くて拙い本文に入る前に、伝えたいメッセージを先に言い切ってしまおう。
(言い過ぎ注意。この後が気になるキャッチーなワードで本文を要約しよう。)

③次の要素を大切に、熱い想いを述べよう。
⑴あの時あの人のあの言葉
⑵「え、意外⁉」と思わせるエピソード
⑶過去からの変化
※過去の栄光や言い訳、遠回しの自慢は避けよう。

④ここがラストスパート!
自分の頭に浮かんだ人に「普段は恥ずかしくて言えない」メッセージを書いてみよう。
人ごとに改行。両親と同期はマスト。過去の指導者でトドメを刺そう!
※なるべくニックネームで書いてみること

⑤やっとバトンパス!
ここで再び緩急をつけよう。カジュアルに次の人を紹介することで「真面目で熱いのに、ウケも狙える!」という心の余裕を見せつけろ!

<編集後記>
長く拙いこの文章を最後までお読みいただきありがとうございました。今回、様々なブログを読む過程で「これはやることに意味があるのか」という葛藤がずっとありました。自身の未熟さから、熱い4年間を綴ったブログの数々が誤解された形で伝わってしまうのではないか。実際に「そんなものやるなら、相手チームの分析をしていたほうがマシだ!」という声に現実を突きつけられることもありました。この作品を完成させることができたのは、決して「これを完成させるのだ!」という自分の強い意志ではなく、奥山大のあの言葉があったからに他なりません。
「朕が新儀は未来の先例たるべし」
この言葉を授けてくれた彼と、たくさんのブログを書かれた先代の皆様に敬意を表して、終わりの言葉とさせていただきます。

…と、まあここで終わりにしてもいいのですが、僕にはまだその勇気がありません。これが誰かがいう現状維持でしょうか。
ということでもう少しお付き合い願います。

卒業ブログ。これを書くということは本当に自分が引退するってことなんだ。書き始めてみると結構胸が熱くなってきました。

初めて読んだ卒業ブログは、プロ志望であった加瀬澤力さんのブログです 。セードス(=C2) であった自分に対しても分け隔てなく話してくださり、ふざけ散らかしている力さんの熱い内面を知ることができ、自分もより一層サッカーに打ち込みたいと思いました。実家から通える距離であるにも関わらず、両親に寮住みにさせてほしいと懇願し、それからは暇さえあれば、球蹴り・筋トレ・坂ダッシュ・ペース走・水泳・ヨガ&ピラティス・家畜のような食事管理・初動負荷トレーニング・アイスバス・ウイイレと、毎日のようにB309の住民とwork hardしてきました。これらを羅列して、あのトレーニングは良いだとか、あの食事法はオススメしないだとか言っても良いのですが、寮住みになって手に入れた自分の一番の財産をお伝えさせてください。私が様々な部員との関わりの中で手に入れた、一番の財産は様々な“ものさし”に触れたことです。あくまで個人的な意見ではありますが、後輩たちに伝えたい「後世への最大遺物」をここに書き留めたいと思います。

「自分の人生を生きるということは、自分が生涯を懸けて向き合う問いを見つけることだ」
引退を意識した途端、ふと脳裏に浮かんだフレーズでした。正解が存在しない、未来が予測不可能である。そんな時代に普遍的な解など存在しないから、後世にも存在し続けるのは、「解」ではなく「問い」の形をしているのではないか。そんな風に思いました。

僕は、後世に何を残せるでしょうか。その1つに伝統があります。これまで先輩方から引き継いできた伝統、引き渡す側になるのです。だからこそ言えることですが、伝統の本質的な素晴らしさは「時代の変化をくぐり抜けてきたこと」にあると考えます。それを「伝統だから」という個別の「伝統」自身の非本質的な理由から伝統を保護したとしてもそれは、「時代の変化をくぐり抜けてきた」という伝統全般の信頼性の根拠を揺らがすことになってしまいます。これは、後世に何を残せるか、という問いにも同じことが言えて、何を残すべきか、という問いに対する明確な答えは現状定義しえない。定義した場合、それは未来の最適解との乖離を生んでしまう可能性がある。人材の流動性が低いスポーツ界はこのような思考停止状態に陥りがちで、過去の成功モデルを信じ込んだ人間が権力を持ち、変革が進んで行かず、不祥事が起きやすいような構造を生んでいると思います。

しかし、これはスポーツ界に限ったことではなく、日本の大企業にも当てはまる話かもしれません。伝統的なマネジメントは機能しなくなり、その弱点が露出している。日本経済は1980年代まで安定した成長を続けてきましたが、バブル崩壊をきっかけに長期的な経済低迷に陥り、それ以降国際社会における地位を回復していません。この問題の構造の一部は、前述したスポーツ界の構造と酷似していると思います。バブル経済を支えた年配の方が伝統を押し付け、現状の課題認識と乖離があるまま、一向に変化が生まれない。このような現状を踏まえると、やはり後世に何かを残したいという思いは、ある種の押し付けであり、時に弊害となると言えます。

結局のところ、後世に一番に残したいと思えるものは、お金でもテクノロジーでもない。それは、その時代における価値を模索し、最善を尽くそうとする姿勢なのではないか。
下田で色々な人とこの部について話していくうちにこのような結論に帰着しました。
「後世に残せるものは何か?」そう問い続ける姿勢そのものが、一番残さなければならない価値なのかもしれない。僕が今、ソッカー部の後輩に残せるものも、「勝つためには何をすべきか」に対する答えではなく、「勝つために何をすべきか」と日々問い続ける姿勢そのものであると思います。「勝つために何をすべきか」4年かかっても良く分かりませんでした。だからこそ、 アイリーグ2部優勝、1部昇格という目標は潰えてしまったけどスパイクを脱ぐその日まで常に問い続けていきたい、というところで僕のブログを締めくくりたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

次のブログは落合祥也くんです。
僕らは関わりがないと思っている方も多いと思いますが、実は彼とは英語のクラスが同じでした。LINEも頻繁にします。トーク履歴を見てみると「〇〇の過去問もってない?」「今日の午後のトップ練アップロードお願い!」といったように!やスタンプをたくさん使い、それはそれは楽しそうなものでした。そんな彼のことを一途に想っている女性が僕のゼミにいますが、彼女に対してもやはりテスト前に「ノート見せて!」とLINEしているようです。彼女の気持ちに気づいているはずなのに。ゴシップたっぷりの祥也のブログに乞うご期待!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

「選手としての価値」(平方陸)

2019.11.10

平方4平素は大変お世話になっております。
経済学部3年、笠篤史よりバトンを受け取りました、経済学部4年の平方陸です。

笠とはカテゴリが違うながらも多くの時間を共にしてきました。
お互いに悩み事があるとお台場のタコベルに集合し、遅くまで語り合います。
ですが、基本的に彼の発言はテキトーでいつも結論は出ません。
そんなくだらない時間も実は結構好きでした。
笠のFリーガー得点王へのチャレンジが成功する日が待ち遠しいです。

さて、今回ソッカー部最後のブログということで4年間を振り返ってみた素直な想いを綴っていきたいと思います。
実はこのブログ、締め切りギリギリで書いてます。その為、非常にまとまりのなく読みにくい文章になることが予想されます。どうか寛大な心で最後までお付き合い下さい。

紹介にもあった通り、私は今シーズン応援隊長を務めている。

関東リーグの舞台に於いて、150人以上いる部員達を先頭でまとめ上げ誰よりも熱く声を枯らして選手に応援を届けるポジションである。
例年とは違いカテゴリ毎の応援から始まった今シーズン、内心ちゃんと盛り上げられるかどうか凄く不安だった。
しかし、そんなものは杞憂。応援部門を始めとする全部員、そして応援指導部、チアリーディング部の力で今では関東一、いや恐らく大学サッカー界で一番の応援が出来ていると感じている。

しかし実はこの応援隊長を務めることになった時、私は大きな自己矛盾を抱え中々素直に応援に打ち込むことが出来なかった。
大学2年のグラウンドマネージャーを決める学年ミーティングの際、C2チーム(現在のDチーム)に所属しており、選手としては0に近い状態だった私は、ほぼ必然的に候補の1人に選ばれた。
大きな原因は至ってシンプルで選手として活躍してる訳ではなく、候補に入らない理由がなかったからだと率直に思った。

ミーティングでは、当時応援部門に所属する2年生が私のみだったことから、「応援隊長を出来るのは俺しかいないから、応援を通してのリーダーシップと両立でチームを引っ張っていきたい」と同期の皆んなに伝えていた。

勿論これは本心で言っていたことだが、「応援を通して」「応援隊長として」という言葉を口にすることが多くなるに連れ、サッカー選手としての価値を高めていくという本来サッカー部員にとって一番大切で向き合っていかなくてはならないことから逃げてしまっている様に思えてならなかった。
また、そんな状況に自分がいることそれ自体が情けなくて仕方がなかった。

「もっと高いレベルでサッカーがしてみたい」

芝高校という全くスポーツの強くない、真面目で大人しい高校のサッカー部から選手として自身の可能性にチャレンジするラストチャンスと覚悟を決めて入部したソッカー部。
入部前、全国大会常連校やJリーグ下部組織など錚々たる経歴を持つ選手ばかりの新入部員リストを見た時の高揚感。最高にドキドキした気持ち。

そうした入部当初の希望に満ちた気持ちは、グラウンドもボールも使えずにただひたすら走るC2チームの過酷な日々の中で擦り減っていった。

どうすればこの部にとっていらないヒトにならないか?
この部に貢献する為の方法は?

必死になればある程余計に無様にピッチ外での存在意義を考える様になっていた。
今考えれば、最高にダサい負け組のメンタリティだったと思う。

そんな気持ちが大きく変わったのは、大学3年時、戸田さんの指導を受けたことがきっかけだった。

「俺はお前達一人ひとりの姿を写す鏡だ。だから、良いことも悪いことも全て言う。それを受け取ってどうするかはお前たち次第だ」

戸田さんは常日頃から私達にこんな言葉を掛けていた。

今でも忘れないアイリーグ後期の国士舘戦。あれだけ戸田さんにゾーン3(フィールドを3分割した一番自陣側)で反則は犯すなと言われたのにも関わらず、不用意なファウルで相手にPKを与えてしまい首位相手に勝ち点3を取り損ねた試合の後にはこう言葉を掛けられた。

「俺はお前に出来ないことは何一つ要求も提案もしてきていない。だから絶対に出来るはず、後は心底ガメ自身がCチームの中で自分にしか出来ないプレーで存在価値を示したいと考えているか。そこに懸かっている気がするよ。」

戸田さんという鏡には、自分に甘く、指示や要求を100%で実行出来ない未熟な自分の姿が写し出されていた。

このままじゃいけない。選手としての存在価値を結果で示さないと。

本気でそう思った。
それ以降、言われたことは全て携帯のメモに書き出し、毎練習それを確認してから臨んだ。
DAZNで配信される試合は必ず戸田さんが解説を担当するものを選び、少しでも自分に繋がるヒントはないか徹底的に探しまくった。
レアル・ベティスの試合が良いと言われれば、ほぼ全ての試合を研究し、CBのマンディ、バルトラ、シジネイの3人だけをひたすら見つめ続ける試合もあった。

その後も、試合のメンバーが行うポゼッション練習への参加枠を争うメンバー外のボール回し組(通称:下田スレイバーズ)を経験する等選手として悔しい時期を過ごす時もあったが、努力の甲斐があったのかツキがあっただけなのか最終的にはスタメンを取り戻し、翌シーズンインをBチームで迎えることが出来た。

3年生の1年間が人生で一番サッカーを知り、深く考え、ひたむきに向き合い、上達することが出来た1年間であったことは明白だ。
この1年間があったのは戸田さんに出会えたという転機があったことだけでなく、「ピッチ外の存在意義を考え、選手としての価値追求から逃げていた」自分の弱さを知ったからこそだと思う。
選手として結果を残す重要性に改めて気づくことが出来た。

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だからこそ、ラストシーズンには全く納得がいかない。
もしこれがプロの世界で自分が監督なら今すぐに移籍リストに入れ、換金し新たな選手を獲得する。
1年生の負傷離脱によって辛うじて試合に絡み、完全に他力による出場だった前期。
「20番のところイケるぞ!」と相手ベンチから絶えず指示が飛び、自分のサイドに次々とスピードスターが投入された青学戦から始まり、出場試合より担架係の数の方が多かった後期。
Bチームのチャンピオンシップ進出が決まった時も、チャンピオーネの輪に加わることは出来ず悔しさを押し殺しながら脇でメンバー外練習をした。

全く結果で示せなかった。情けない姿ばかり見せてしまった。

残された試合はあと1試合。
いくら今年が大殺界(風水上、一番運気が下がりやることなすこと全てが上手くいかない年)であっても、さすがにこんな惨めな姿で終わる訳にはいかない。
何としても試合に出て、勝利に貢献して終わりたいと思う。

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このブログを読んでいる後輩諸君に、最後まで詰めが甘かった「しくじり先輩」として伝えたい言葉がある。
かの有名な革命家でソ連の初代指導者、ウラディーミル・レーニンの言葉だ。

最も危険なことは、敗北よりもむしろ自分の敗北を認めるのを恐れること

例え思った様に上手くいかなくても、自分の不甲斐なさに嫌気が差しても真正面から自分と向き合い続けて欲しい。

何の為にこの部活に入ったのか。目指す場所は何処なのか。
決して見誤ることのないようにして欲しい。
これを読んで少しでも明日への活力に変えてもらえることを願ってこのブログを終了する。

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次のブログは、永澤隆彌です。
彼(彼の部屋)には沢山お世話になってきました。夜な夜なお互いの近況報告をし、ピッチ内に勝るとも劣らずピッチ外の部分でも切磋琢磨してきましたが、先日遂に先を越されてしまいました。信じてたのに、、、
そんな余裕たっぷりのナガサが書くブログに乞うご期待!!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

「今おもうこと」(笠篤史)

2019.11.08

笠僕が知っている人間の中で最もユーモアに溢れる男、綾部紀幸からバトンを受けました、経済学部4年の笠篤史です。高校1年生の時に初めてのりと出会ってから、7年の月日が経ちました。
ブログで彼のサッカー人生は「やや不調」だと言っていましたが、とんでもないです。のりは出会った頃からサッカーめちゃくちゃ上手いです。
のりは人の意見にあまり流されず、正に「我が道を行く」格好良い奴なので、いつか必ずビッグで立派なパパになると思います。のりの息子を抱っこするのが楽しみです。

ここからは僕のブログにお付き合い下さい。

まだ22年しか生きていないが、間違いなく人生で最も濃密な4年間だった。
本当に色々な経験をした。
一番下のチームで、本当に俺はサッカー部なのか?と思う位サッカーボールに触れずに走りまくったこと。
とにかく何でも良いから試合に出たくてフットサル部門に入部したこと。
やっと一個上のチームに上がれたと思ったら、レベルの違いに圧倒されて自信を失って直ぐにまた落とされたこと。
自主練をしていたらたまたま人数合わせでトップチームの練習に参加することが出来て、そこでチャンスを掴んだこと。
やっとの思いでBチームに上がったのに1週間で人生最大のミス、「動員事件」を起こして所属チームが1ヶ月以上なくなって雑用係に転落してしまったこと。
新人戦のメンバーに選ばれて、初めてトップチームの同期とサッカーをしてその上手さに衝撃を受けたこと。
BのIリーグで絶望的な状況から奇跡の残留を果たしたこと。
フットサル部門史上最高のチームで全国大会を戦って準優勝したこと。
トップチームに上がってまたサッカーがめちゃくちゃ上手い同期とサッカーが出来たこと。
トップチームで主力として活躍出来なかったこと。
頭の中で4年間を振り返りながら、とりあえずターニングポイントになった出来事を羅列してみて思った。

「ソッカー部に入部して本当に良かった。」

そう胸を張って言える要因は三つある。
一つ目は、一生もんの最高の仲間に出会えたこと。
二つ目は、自分の「詰めの甘さ」を痛感出来たこと。
三つ目は、学生でありながら社会人スタッフやOBの方々から多くを学べたこと。

まずは一つ目について。
しゅんと啓太郎がブログで既に触れていたが、こんなに恥ずかしい出来事を4年ブログで書くのは本当に嫌だけど、やっぱりこの出来事はソッカー部人生に於いて一番の転機だし、何より仲間の大切さを改めて感じた大事な思い出だから書くことにします。まだ読んでいなければ、是非2人のブログも読んでみることをお勧めする。(http://keio-soccer.com/official-blog/43197.html)(http://keio-soccer.com/official-blog/43203.html)

2年の夏、大学サッカーの行事である動員をサボって箱根に遊びに行こうとして、それがバレてしまった。前代未聞の大粗相で、当然先輩方から退部を命じられた。やってしまった直後は、何とか部に残りたいと思っていたから3人で死ぬ程取り返しを頑張れば残れるのではないかと考えていた。ただ、そんな甘い考えは通用せず、部に残る為には学年全員の取り返しが必要だと告げられた。正直その状況が一番辛かったし、情けなかった。これ程迷惑な部員は未だかつていなかったと思うし、当然同期全員が助けてくれるとは夢にも思わなかった。ただ、僕の同期は本当に優しかった。毎日ミーティングを行っていく間に、徐々に皆が取り返しを手伝ってくれるようになり、粗相から2週間後には同期全員が下田の緑道の草を刈って取り返してくれていた。その光景を見て、チームに残ることが出来たら自分の全てを同期の為に、ソッカー部の為に捧げようと決心した。
自分を助けようと手を差し伸べてくれる同期の仲間がいなかったら、俺達3人の為に真夏の炎天下の中草刈りをしてくれなかったら、今こうやって4年のブログリレーを書くことは出来なかった。大好きなサッカーを続けられなかった。そんなことをしてくれる仲間を持っている人間はそう多くないと思う。自分は大した取り柄もない人間だが、そこだけは胸を張って自慢出来る。同期の皆、ありがとう。そしてこの困難を乗り越えることが出来たのは、しゅんと啓太郎がいたから。
不名誉な3人組になってしまったけど、この先ずっと付き合うであろう3人組だと思う。あの時期を乗り越えた絆は半端じゃないと思うから。

少し脱線してしまうが、面白いエピソードがあるので紹介します。
2年の早慶戦、3人は取り返しとしてそれぞれ新丸子駅、武蔵小杉駅、多摩川駅の警備を行った。1日中警備と道案内を任されていたから試合を観ることすら出来ない過酷な仕事だった。そして試合終了後、3人で等々力に合流した時、しゅんは啓太郎にとても怒っていた。どうやら警備中に、啓太郎がコンビニで焼き鳥を買ってこっそり食べてしまった様だ。食事の時間を与えられてなかった為、僕も各自のタイミングで食べれば良いと思っていたが、しゅんは正義感が強く、食事をしていなかった様だ。啓太郎の行動に怒ったしゅんは、本気で叱っていた。焼き鳥を食べただけなのに。
その光景を遠くから見ていた八田が、3人の中でもダメな所を厳しく指摘出来るなべしゅんは責任感があって、学生スタッフに向いているのではないか?と思ったらしい。そして現在、しゅんは立派な学連幹事として、学生スタッフとしてチームに貢献してくれている。
やつ、しゅんはとてもお腹が空いていただけなんだよ。
いつも通りしゅんで小さな笑いを取った所で真面目な話に戻します。
りゅうさんの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕にとって、フットサル部門の同期は特別な存在だ。フットサル部門は、2016年に立ち上げられた為、僕達の代が1期生である。
サッカーとフットサルの二刀流を追求して、正直精神的にもコンディション的にも厳しい時期もあったが、同期とプレイするフットサルがとにかく楽しかったから続けることが出来た。試合に勝ったら仲間と喜びを分かち合ってハイタッチをして、ゴールを決めたら本気のガッツポーズ(http://keio-soccer.com/official-blog/43222.html)をする。その瞬間の為ならどんなに二部練がきつくても、試合よりもきついことがある試合前の四戸さんのアップも耐えられる。
慶應のフットサルサークルであるエルレイナさんに10点差以上付けられて大敗していたとは思えない程チームは急速に成長し、今では全国大会で二度の準優勝を誇る全国レベルのチームになった。フットサル部の同期とは引退してからもフットサルチームを立ち上げようと話す程めちゃくちゃ仲が良い。
少し脱線してしまうが、面白いエピソードがあるので紹介します。
実はしゅんもかつてフットサル部門に所属していた。しゅんの武器は何と言っても大きな身体から放たれる強烈なシュートで、それに気付いていた四戸さんは、キックオフ直後にしゅんがロングシュートを打つ「ドン」というサインを作った。
四戸さんは「ドン」は今後チームの武器になると考えていたのか、ある試合の前日練習で20分程費やしてサインの確認を行った。しゅんは強烈なシュートを何本も放っていて、翌日の試合では必ず点を取ると意気込んでいた。
しかし、前日練習後のメンバー発表で四戸さんの口からしゅんの名前が呼ばれることはなかった。
その結果、「ドン」は幻のサインプレーとなってしまった。
あれ程サインの確認をしたのに。
そして現在、しゅんはフットサル部門には所属していない。
またもやしゅんで小さな笑いを取った所で話を戻します。

ここからは二つ目について。
冒頭で挙げたソッカー部での出来事(ターニングポイント)を考察してみると、いかに自分が詰めの甘い人間であるか痛感する。上のチームに昇格しては直ぐ落とされ、トップチームに一番近いBチームに上がった1週間後には粗相でどん底まで落ち、フットサル部門では優勝までは届かず準優勝止まり、トップチームに上がっても主力として活躍することが出来なかった。「あと一歩」が自分の課題であることは明白だ。いつも惜しい所までは行くのに、最高の結果を手にすることが出来ていない。そんな自分に失望しているが、大学生の間に自分の弱点に気付けて良かったと思っている。ソッカー部に入部して、自分なりに目標を持って努力したからこそ、その弱さに気付けたし変わらなければいけないと強く思うようになった。そしてその第一歩を踏み出す為に、Fリーグに挑戦する。挑戦すると決めたからには、フットサルでは最高級の結果を残して自分の弱さを克服したい。「大学でそこそこ活躍して、Fリーグのチームに入団することは出来たけどそこまで活躍出来なかった選手。」いわゆる詰めの甘い選手には絶対になりたくない。
必ずFリーグで得点王になります。

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一つ目に比べて二つ目については極端に短いという小ボケをかました所で、三つ目にいきます。

ソッカー部は、多くの方々が携わってくれるお陰で成り立っており、僕達現役の選手達は感謝の気持ちを絶対に忘れてはならない。後輩の皆やこれから入部する学生は、浅海監督が常々仰っている「この環境は当たり前ではない」という事を常に頭に入れながらプレイして欲しい。
恥ずかしながら、僕はKSSで学生コーチ代表を務めている。紹介してくれた綾部は副代表を務めてくれている。
KSSとは、主に幼稚舎の子供達を対象としたサッカースクールである。ソッカー部OBの社会人の方々がコーチを務めて下さり、子供達の指導だけでなく僕達学生コーチの面倒もすごく見て下さった。ピッチ外の所で人間的に成長出来たのは、西さんを初め、社会人コーチの方々のお陰です。また、教える立場でありながら、子供達からも沢山学んだ。子供達は遠慮なくコーチ達のダメな所をズバズバ言ってくれるから、かなり傷付くこともあるが図星のことも多い。しっかり子供達の意見を取り入れて自分を見つめ直し、トレーニングに望むことが出来た。
また、ありがたいことに親御さんが学生コーチに焼肉をご馳走して下さる会を毎年開いて下さり、そこでもOBの方々の温かいご支援があることを再認識出来た。

ソッカー部を引退しても、自分に関わってくれた全ての人達への感謝の気持ちを忘れることなく、次のステップでもまだまだやれることを証明する。

バトンは我らが応援団長、平方陸に渡します。彼は普段皆から「ガメ!」と呼ばれているが、実はガメイロというあだ名を付けたのは僕です。とんでもなく適当に付けたのに、気に入ってくれて良かったです。今年の早慶戦の応援席は正に圧巻であり、先頭に立って引っ張っていた平方の姿は本当に格好良かった。彼がいなければ今年の関東リーグの快進撃は見られなかったと思います。そんな熱い男が書く最後のブログ、楽しみで仕方がありません。

《NEXT GAME》
11月9日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs関東学院大学
@日本大学グラウンド 14:00キックオフ

「息子ができたら、、、」(綾部紀幸)

2019.11.07

綾部福本拓海からバトンを受けました、商学部4年の綾部紀幸です。
タクミからの「大好き」のお言葉、しかと頂戴しました。母親以外に自分を愛してくれている人がいたなんて、、、感無量です。こんなに嬉しいことはありません。
彼とは文字通り裸の付き合い。寮のお風呂で長風呂をしながら、部のことからプライベートなことまで、4年間様々なことを沢山話しました。勿論、彼の不幸話も。
最近元カノが結婚した?その元カノの旦那が同じタクミって名前?時期的に考えて二股掛けられてた?
しょうがないじゃない。切り替えていこーぜ!人生嫌なことも何かと多い。不幸話も笑い飛ばして明日への活力に変えていきましょう。サッカー選手なんだから!
今年の4年生ブログリレーも折り返しを過ぎ、段々と終盤に差し掛かってきました。毎日読んで下さっている方なら、そろそろ義務感を覚え始め、少しずつ読むことに対するストレスを感じ始めている頃合いなのではないでしょうか。そんな方々には、今回は是非休んでいただき、何か他の有意義な時間に使っていただけると私としても幸いです。きっと皆みたいな素敵な文章は書けませんから、、、箸休め程度にお願いします。

サッカーを引退する日が差し迫ってきた今日だからなのか、「もし将来、自分の息子がサッカーをやりたいと言ってきたら、、、そんな時自分は何と答えるのだろう。」そんなことを最近考えます。きっとこの様なことを部室で言おうものなら、平方(経済学部4年)や渡邉舜(法学部4年)辺りが、「お前の場合、その前にやるべきこと(踏むべきステップ?)があるだろ!」と、何ともデリカシーのないクソつまらないツッコミを入れてきそうですが、今回ばかりは無視して話を進めたいと思います。

「息子ができたら、、、何と答えるのか。」これは非常に難しい議題です。
何故ならこの議題は、その人がサッカー人生をどう過ごし、何を感じてきたのか、そしてそれら感じてきたことを将来一番大切な存在になるであろう、息子に対してそれをどう伝えるのか。そんな様々な内容が詰まった議題だと感じるからです。私の場合、3歳からサッカーを始めていますが、良い面も悪い面も沢山経験してきたつもりです。そんな経験を数多くしてきたからこそ、いざ息子にサッカーを始めたいと言われたらと思うと、何と言うだろうかと分からなくなってしまい、考え込んでしまいます。
ちなみに私の幼少期に於いては、父にプロサッカー選手になりたいと伝えた時から、「目指すのは勝手だが、中学を卒業したら勉強するか自衛隊に行け。」そう言われて育てられてきました。何とも我が家の父らしい乱暴な言い回しです(笑)。この様に、息子の進路に対する父親の発言には、その父親の性格や人生観が表れるのではないでしょうか。前回のブログで既に書いてあるので詳しくは控えますが、父親とは馬が合いません。しかし、この様な言動の数々を振り返ることで、彼なりの息子に対する強い愛情を、たまに、一瞬、稀に、感じることが出来る今日この頃です。話を戻します。

私のサッカー人生、「ずっとやや不調。」そんな感じです。今振り返ってみても思い浮かぶのは、上手くいかなかった日々のことや、辛い思い出や後悔ばかりです。完璧なプレーが出来た日なんて数える程しかありません。
自分はサッカーに向いていないと感じる日も少なくありませんでした。小さい頃は体も小さくて、メンタルも弱く、対戦相手が弱いとホッとする毎日でした。それに小学校では将棋クラブに所属する様な子供でしたし、高校の頃はクラスで二番目に足が遅かったです。
そしてそんな日々が続くあまり、サッカー中心の体になっている自分は、全てのことが上手くいかなくなってしまいます。調子の悪い日は周りに八つ当たりしてしまい、そしてまた自己嫌悪になります。勉強も捗らず、LINEを開くと畳み掛ける様に、気になるあの子とのチャットには既読の文字が並びます。人生の何もかもが狂い始める、そんな感覚の毎日でした。
きっとこんな自分のDNAだから、自分の息子は自分以上に辛い思いをしてしまう、そう感じてしまい、先程の問いに対して、自信を持って答えることが出来ない、そう考えてしまうのです。

ですが逆に、サッカーには自分が誇れる大切な物を沢山頂きました。中でも自分が恵まれたと思うのは「人との出会い」です。
一生付き合えると思える友人。気の合う後輩達。尊敬出来る指導者の方や先輩方。
大学3年時には戸田さんと出会えました。自分史上最高の出会いです。詳しくは書けませんが、この出会いから「戸田さんみたいなカッコイイ大人になること。」という新しい将来の目標も出来ました。
他にも小さな出会いから大きな出会い、良い出会いから悪い出会いまで、それらサッカーから頂いた大切な物が私には沢山あります。そしてこれらの出会いは将来、自分の財産となり、武器となると確信しております。このことに気が付けただけでも、サッカーに出会えて良かった、好きであり続けて良かった、そう思えることが出来ます。

先程の議題に対する答えですが、もし息子にサッカーをやりたいと言われたら、、、何と答えるのか、、、、、
やっぱり良く分かりません。そりゃあそうですよね。息子、いないんですもん。(笑)
いつかその日が来た時に自信を持って答えれる様に、先程の財産を武器にこれからも戦っていきたいと思う、これが私の結論です。中途半端になってしまい、申し訳ありません。

そして皆には、人との関係性を大切にして欲しい、そう強く思います。それは気の合う奴も気の合わない奴も、好きな奴も嫌いな奴もです。そんな出会いや刺激を成長に変えて欲しいと思います。
嫌になったら陰で悪口言ってやれば良いんですから!!
マイナスなパワーはプラスに変わります。そしてそれはマイナスな面と向き合う所から始まります。愚痴とは言語化、良いじゃない。
綾部会でも開きたいです。美味しいご飯でも食べながら、先程の議題含め、皆の思いの丈を聞きたいです。勿論、自費で!!

拙い文章では御座いましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
次のブログを担当するのは笠篤史です。彼とは塾高時代からの同期で、出会ってから7年が経ちますが、私の知っている限りでも、潜ってきた修羅場の数は尋常ではありません。その分人間としての深みもあり、他の人にはない魅力が沢山ある、そんな男です。彼がどんなブログを書くのか注目です。

《NEXT GAME》
11月9日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs関東学院大学
@日本大学グラウンド 14:00キックオフ

「有難い」(福本拓海)

2019.11.06

福本平素は大変お世話になっております。ヒデからバトンを引き継ぎました、環境情報学部4年の福本拓海です。ここで言っておきますね。悪口を言っているのは愛情の裏返しではなくガチです。ヒデごめんね。めっちゃくちゃ楽しいから止めないよ!笑

というどうでも良い前振りは置いといて。
最後のブログということで4年間を振り返っても良いのですが、別に何も面白いことがないので後輩に伝えたいことを綴ります。
文才がないので伝えたいことが伝わらないかも知れませんが頑張ります。最後までお付き合い下さい。

皆さんは、今この場に居られることがどれだけ”有難い”か考えたことはありますか?
環境に慣れるとは怖いもので、慣れるとこの場に居られることが当たり前に思えてきます。
“有難い”とは言葉通り「有る」ことが「難しい」という意味です。
皆さんは、この場に居られることが当たり前だと思っていませんか?

ここから僕の話をします。
僕は去年、サッカー人生に於いて初めてサッカーを本気で辞めたいと思いました。夏以降はサッカーをやりたくなさ過ぎて、練習前に吐きそうになる毎日。家で一人でいると「何で慶應に来たんだろう」と考えながら泣いてばかりいました。何をやっても上手くいかない。上手くいかないから楽しくない。こういう時って嫌にもなりますよね。こんな日々が続いていました。
実はの話。今シーズンが始まった時もサッカーをするのは辛かったです。あと1年あるのかと気が滅入りそうになったことを覚えています。ですが、あることをキッカケに変わることが出来ました。

変わったキッカケは「感謝」することです。めちゃくちゃ簡単なことだと思われたかも知れませんが意外と難しい。僕は初めて感謝の気持ちが強くなり過ぎて泣きました。(詳しい話を聞きたい人は僕の所まで来て下さい。)
親への感謝、支えてくれた人への感謝、頑張る同期、後輩への感謝、挙げればきりがない程色々なことに感謝しました。
この時に、今、ソッカー部でサッカーが出来ていることが”有難い”と思えるようになったんです。去年の僕はこんな当たり前のことが分かっていなかった。自分が上手くいかないから。楽しくないから。自分のことばっかりになって”有難い”ことが当たり前に思っていたんです。だから、自分が苦しかった去年は楽な方に逃げていた。そうじゃない。自分のことだけになるな。どれだけの人に支えられているか考えろ。その人達の為に頑張れ。こう思うようになったことで僕は強くなった気がします。
「感謝」することはトップチームで試合に出れている人もDチームで試合に出れてない人も誰でも出来ることです。
後輩の皆には一度”有難い”を考えてみて欲しい。どれだけ多くの人のお陰でこの場に居られるか。ソッカー部に居られることは当たり前じゃない。今まで数え切れない程の人が支えてくれたから今がある。今どの立場に居ようが関係なくその人達の為に闘って欲しい。

最後に
実は、僕は関東リーグの試合前、応援席に挨拶する時、応援席を見て泣きそうになるのを我慢しています。150人の部員が、保護者が、OBの方が応援してくれている。こんな”有難い”ことはないなと。今年の応援は本当に凄いと思います。心の中で試合に出たい気持ちは全部員が絶対に持っているでしょう。でも、実は応援出来ることも”有難い”ことかも知れません。残り3節。”有難い”という気持ちを持って全員で闘おう。絶対優勝出来る。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回のブログは、他人の不幸話が大好きなノリ(綾部)です。僕自身、何度バカにされたのか分からない位不幸話を笑いに変えられたことか。その時のノリの顔は最高にイキイキしていました。何気に一番大好きな同期のノリが最後にどんな不幸話を笑いに変えてくれるのか楽しみで仕方がありません!

《NEXT GAME》
11月9日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs関東学院大学
@日本大学グラウンド 14:00キックオフ

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