BRBお知らせ

■2015年度東京都3部リーグ 第3戦vs瑞光会(4-0勝利)

2015.04.26

2015/4/26(日) 15:00 KICK OFF

慶應BRB

瑞光会

4 2 前半 0 0
2 後半 0
得点者(アシスト者) 1分 慶應BRB 仲小路啓介(金房拓海)
30分 慶應BRB 遠藤智也(仲小路啓介)
54分 慶應BRB 塩津直樹
64分 慶應BRB 石川一将
警告・退場
慶應 先発 番号 ポジション 番号 慶應 SUB
辻 柾次 1 GK MF 19 野本 浩平
山田 慎 2 DF MF 29 毛利 惣治
山口 拓哉 4 DF MF 39  藤村 龍生
山村 祐樹 36 DF FW 28 塩津 直輝
佐藤 正和 26 DF TKO 46 田村 裕貴
金房 拓海 3 MF WJ 48 鶴岡 昇太朗
富永 晃司 37 MF
遠藤 智也 18 MF
山本 翔太 8 MF
仲小路 啓介 11 FW
石川 一将 9 FW
慶應 選手交代 OUT IN OUT IN
HT 富永 晃司  藤村 龍生 HT 仲小路 啓介  塩津 直輝
HT 遠藤 智也 野本 浩平
 HT 山本 翔太 毛利 惣治

戦評

東京都サッカー社会人リーグ開催地の面的広がりについては、既に国民一般に膾炙するところである。「都リーグの試合なのに何故今僕は海を越えて」。通称『うみほたるの問い』に自己崩壊を起こさないメンタルが第一に求められる世界。ゴルフ親父とデッドヒートだ常磐道、道を譲れよ行楽ファミリー関越道、近くて遠いぞガス橋一路。このような生活2-3年を経て、大宮健保ぐらいまでは23区、市原Vivaio Landぐらいまでならギリ都内と考える逞しき都リーガーが産まれる。皆さんが仕事で工場を視察中としよう。郊外なのにやたら近辺のコンビニやスーパー銭湯に詳しい者はいないか。そいつは都リーガーだ。嘘だと思うなら「それにしても富津は無いよね」と囁いてみればいい。戦友とも呼ぶべき絆が産まれるはずだ。

さて2015年4月26日。慶應BRBのリーグ第三戦会場は谷戸沢グランド。西多摩郡日ノ出町ときて東京サマーランドのさらに奥。夏の国の先に待つのは、斜面を拓いた処分場跡地のサッカー場である。2013年東京国体の遺産は、ついに都リーグに標高の概念を持ち込んだ。感慨と共に見やる多摩の山並み緑が萌えて。グランドは土だったが。触れ込みの天然芝ピッチはお澄まし顔で金網の向こうだったが。そちらはお預け立ち入り禁止だったが。帰ったらシューズが砂埃で真っ白になっていたが。

BRB集合。集合を掛けた古老の頬が既に緩んでいる。選手証揃ってっかの確認が、バーべーキューソース忘れてねえかと同じトーン。行楽日和。ぐるりの山々。だだっ広い駐車場。ここに着くまでで立派にひと冒険。間違いない。今日の敵はほのぼの感だ。ならば逆手にとってと監督・田村裕貴。アップは初手からサッカーテニス。目論見通り大いに盛り上がり、今日はもうこれで決着付けようぜと声も出始め、ほのぼの感が勝利への渇望へと無理なく変化する。山腹に漲る気迫やほど良く。抜かりなくキックオフ。

開始1分先制。ピッチ凹凸に苦しむ本日の相手・瑞光会ディフェンス陣の隙を逃さずFW仲小路啓介。これをサッカーテニス効果と呼ばずして。早い段階の1-0で、勝負の行方は次の1点に。BRBが再びこじ開ければ、そのまま勝利も強奪の流れ。瑞光会がFW26番を軸に同点にすれば、どっちに転ぶか分からない含み。果たして1-0のまま時間経過。BRBはピッチ状態に苦しみ、ゴール前の仕上げに工夫が見られない。これが続くと相手が自信持っちゃうんだよねー、こっちには焦りが出てきちゃうんだよねー。ベンチのしたり顔談義が花咲くばかりで時計は前半残り5分。嫌な雰囲気を打破したのはMF遠藤智也。本日のグランドに一人ほくそ笑み、アップ時から抜群の冴えを見せていたダートピッチのアデバヨールである。インドネシアとメキシコの大地が産んだボールタッチに凸凹は障害とならない。軽やかにドリブル突破すれば、最後は一直線のグラウンダーで突き刺す。人工芝世代の多い第七次慶應BRBに頼もしい男が誕生した瞬間。2-0で前半終了。

後半も攻めるBRBと守る瑞光会の構図は動かない。ただし後半投入のメンバーに足元上等が多く、ねっちりとボールを回して引き剥がす戦術。しかしいかんせんなピッチ状態に加え、ラインを割るとそのまま遠くネズミの穴までおむすびころりん的な開放性立地もあって時間空費。3点目は19分。FW塩津直輝。ゴール前DFと1対1になるや、またいでずらして隙間を作って流し込む。一連の所作は、血の滲むような特訓の果てに掴んだ「リーガ・エスパニョーラ シュート3号」。しかし身体への負担もまた大きく、3点差のセーフティリードと共に無念の負傷退場。命を削ってボールを蹴る男の面目躍如ではあった。そして締めくくりはFW石川”スポーツ大臣”一将。至近距離からぶん回しトゥキック。何もそこまでな弾道がネットへ。ざわつくベンチ。何キックでも入ったのに。政治的なメッセージとか込められてないよね。ただの個性と結論してから大騒ぎ。4-0で残り6分。リーグ優勝に向けて得失点差も稼ぎたいBRBとしてはここから畳み掛けられるかが課題ではあったが、5点目はならずにそのまま終了。まぁいい。命短し勝利を喜べBRB。2勝1敗の白星先行で、他会場結果により自力優勝の芽も復活ときて上の上だ。記念写真もばっちり撮って、意気揚々の中央高速。さらに首都高。さらにさらに東名。誰も事故ってはならない。
 

写真

ほのぼのアップ風景。純粋に楽しい。

ほのぼのアップ風景。純粋に楽しい。

ベンチしたり顔研究所。山並みとの対比が標高を物語る。

ベンチしたり顔研究所。山並みとの対比が標高を物語る。

 

スタメンと斜面と緑と土と次長。頬は緩んでいる。

スタメンと斜面と緑と土と次長。頬は緩んでいる。

 

記念撮影。前列右端の彼は構図というものを理解していない上、「チーズ」で持ちネタを披露するタイミングも逃したのでやはり10番剥奪がふさわしいと思います。

記念撮影。前列右端の彼は構図というものを理解していない上、「チーズ」で持ちネタを披露するタイミングも逃したのでやはり10番剥奪がふさわしいと思います。

広報の好む一枚

広報の好む一枚

 

 

 

■2015年度東京都3部リーグ 第2戦vsSCあつしこジャパン(4-0勝利)

2015.04.19

2015/4/19(日) 17:30 KICK OFF

慶應BRB

SCあつしこジャパン

4 3 前半 0 0
1 後半 0
得点者(アシスト者) 26分 慶應BRB 毛利惣治(藤村龍生)
27分 慶應BRB 石川一将(藤村龍生)
35+1分 慶應BRB 仲小路啓介
47分 慶應BRB 塩津直輝
警告・退場 警告65分 慶應BRB 塩津直輝
慶應 先発 番号 ポジション 番号 慶應 SUB
辻 柾次 1 GK DF 26 佐藤 正和
上田 裕介 32 DF DF 16 伊藤 洋平
山口 拓哉 4 DF MF 18  遠藤 智也
山村 祐樹 36 DF FW 28 塩津 直輝
水澤 仁雅 33 DF
金房 拓海 3 MF
毛利 拓史 13 MF
藤村 龍生 39 MF
毛利 惣治 29 MF
仲小路 啓介 11 FW
石川 一将 9 FW
慶應 選手交代 OUT IN OUT IN
HT 上田 裕介 佐藤 正和 HT 仲小路 啓介  塩津 直輝
HT 水澤 仁雅 伊藤 洋平
 HT 藤村 龍生 遠藤 智也

戦評

設立から95年目を迎えた慶應BRB。さすがにこれだけ長いと関係者間でも何がいつの誰の話だかよく分からなくなってくる。「ほら、昔3部リーグだった時の」と言われてもこの31年間でも昇降格は16回。「3部だった時」の3部がどの3部かもよく分からないのだ。仕方ないからとエピソードに走るのも早計だ。「えーと、ほら、選手票提出ギリギリのタイミングでMさんが河川敷の下流の方に豆粒みたいな大きさで現れて、選手証の束を頭上で振りながら大慌てで走ってくる3部」「そのポロロッカは2部でも4部でもお馴染みすぎて・・・」「じゃー、あまりの暑さに後半からお互い前衛舞踏みたいになっちゃった優勝争いの3部」「それって会場が成田近辺で、パスポート見せろって言われてしょうがねえから審判証見せた時の?」「ふと見たらシンが練習用ユニのまま交代チェック受けてて戦慄したのって3部だっけ?」「それより3部といえば次の試合の審判したくなくて、雷がコロっと一鳴きしただけで『ここは人命優先で』とかもっともらしいことを並べ立ててさ・・・」。そら見たことか。もう話の目的は霧の彼方ではないか。さらに運営陣が軒並み40代に突入し、前置きの「えーと、あれがあれで」なども増え、「去年の」の指す去年が良く聞いてみると2012年だったりと、思いと言葉のギャップも無視できなくなってきた。ここはチームの歴史をある程度の塊で分け、数値化と順序化で乗り切ろうというマネジメント手法が、すなわち本日リーグ第2戦を迎えた2015年 第七次慶應BRBである。ちなみに第一次から第六次の概略は以下。本が書けそうだが、あまり売れないような気もする。

■第一次(1921-1960):設立から8度の天皇杯優勝を経て最後の天皇杯本戦出場(準優勝)まで。ほぼ神話の領域。
■第二次(1961-1983):公式戦の記録には現れない時期(おそらく非公式な親善試合中心)。
■第三次(1984-1990):都社会人リーグに参加。4部から1部まで毎年優勝で駆け上がるストレートフラッシュを決めるも1部在籍4年で2部に降格。
■第四次(1991-1999): BRBの歴史では珍しく昇降格の無かった2部時代。しかし毎年の中位ぶりに金属疲労が起き、最後は手続きミスによる失格で4部へ。今に続く広報活動も開始。
■第五次(2000-2009):4部から再スタート。昇格しては失格・降格を繰り返し、ゆっくり先細っていった爛熟の時代。サイドライン脇に我が子を置いて、相手へのケアと子供への愛想を両立する行為を「マークをぼかす」などと言っていた愉快な時代でもある。2009年に審判不足でリーグ除籍。
■第六次(2010-2014):さすがにこのままじゃまずいと大胆に再編成。再び4部から連続優勝で1部まで駆け上がるも関東までのロイヤルストレートフラッシュはならず。マグマのような思いがLB-BRB TOKYOとして噴火。

さて試合。六次に渡るこもごもはひとまず置いて、目指すは今次初勝利である。95年目を無事に迎えることが目的になってしまった開幕戦の反省を踏まえ、とにかく今日は勝利だけ、勝てばそれでいいという姿勢でキックオフ。相手はSCあつしこジャパン。チーム名由来を気にする暇があったら、一歩間合いを詰めろ馬鹿野郎と監督の田村裕貴。頼もしく選手達を送り出す。
前半はBRBが相手陣内で試合を進める展開。初戦敗北が落とした陰を払拭するまで25分。MF藤村龍生からのこぼれを最後はFW毛利惣治が押し込む。2名とも第六次からの生え抜きで、特に毛利は4部から1部まで全てのリーグで得点ありの古参兵。こういう展開で先取点がもたらす落ち着きまで計算済みだったか、1分後には石川”ナシメント”一将、お待たせしましたの初ゴールで追加点。開幕戦では栄光あるBRBの9番を任されながらも無得点に終わり、思い詰めた今節はサブユニ非所持で死中に活。相手と色が被ったらどうするとかそういうの聞きっこなしですよ! と雑音をシャットアウト。後はそういう別競技かのように、ピッチ狭しと押したり引いたり揉み合ったり。表情は終始わりと毘沙門天。あつしこ守備陣には災難な日となった。さらにロスタイムにはいぶし銀FW仲小路啓介・引いて守るDFライン手前から狙い澄ましたロングシュート左上隅。薄暮に描いた軌道は、これまで縣、中村、太田等が背負ってきたピッチ上の重しの役割を、今次”ガラケーのチャー”と共に担う覚悟の一筆。3-0。注文通りに前半終了。

後半もBRBペースは変わらず。交代選手の活躍もあってボール保持率はさらに上昇。しかし今後の得失点差も見据えたかあつしこ守備陣の集中は切れず。ゴールライン上でのクリアやGKセーブもあって追加点に至らない。このまま終わると消化不良感が否めないよなーという懸念を吹き飛ばしたのはFW塩津直輝。BRB魂のソッカーの象徴は35m地点でFKを得ると、自らの生き様に模して「がむしゃらバナナ」と呼ぶ必殺のひと太刀。右上隅へ、我・ここにありの一発。俺が塩津だ! シとオとツだ! 4-0。試合終了。

本日2015年4月19日は第七次慶應BRBの公式戦初勝利の日。もう2~3点取れたとか、球際もっと厳しく行けたとか、野暮なことを言ってはいけない。人生も社会人サッカーも短いのだ。勝利を存分に噛み締め、噛み締めた後は表情を解く。さぁ。ある者は西へ、ある者は次の試合の審判準備へ、ある者は家族のもとへ。健全な都リーガーの日曜日。第七次慶應BRBのテーマは95年目にして始まったばかり。

写真

 

スタメン。真ん中の彼の意図が最後まで分からなかったのは、誰もそれについて触れようとしなかったから。

スタメン。真ん中の彼の意図が最後まで分からなかったのは、誰もそれについて触れようとしなかったから。

■2015年度東京都3部リーグ 第1戦vsFC Restars(0-1敗戦)

2015.04.18

2015/4/5(日) 17:30 KICK OFF

慶應BRB

FC Restars

0 0 前半 1 1
0 後半 0
得点者(アシスト者) 30分 FC Restarts
警告・退場 警告52分 慶應BRB 山村祐樹
慶應 先発 番号 ポジション 番号 慶應 SUB
前川 学 51 GK GK 51 佐藤 正和
水澤 仁雅 32 DF MF 8 山本 翔太
伊藤 洋平 16 DF MF 11 仲小路 啓介
山口 拓哉 4 DF FW 29 毛利 惣治
山村 祐樹 36 DF FW 28 塩津 直輝
金房 拓海 7 MF  SMBC  46 田村 裕貴
毛利 拓史 13 MF NMD 48 鶴岡 昇太朗
遠藤 智也 18 MF
冨田 太一 7 FW
野本 浩平 19 FW
石川 一将 9 FW
慶應 選手交代 OUT IN OUT IN
HT 水澤 仁雅 佐藤 正和 HT 石川 一将  塩津 直輝
HT 遠藤 智也 仲小路 啓介
 HT 野本 浩平 毛利 惣治

戦評

 

慶應BRBは設立から95年目のシーズンを迎えた。
ただし慶應BRBという名称をいつから使い始めたのかについては、実は内部の人間もよく分かっていない。古すぎて確かめようがないのだ。1921年の日本サッカー協会発足に合わせて「慶應ブルー・ソッカー」が設立されたことは間違いない。その後1936年に慶應BRBの名前で天皇杯(当時の呼称はア式蹴球全國優勝競技會)初優勝。これもお墨付きの事実。以降、慶應BRBが慶応BRBになったり、あるいは全慶応とか慶応クラブとかにしてみたりと、チーム名に関して大らかな時代が続く。名前が去年とちょっと違ってるくらいなんだ、そんなもん全国制覇で結果オーライだろとは豪勢な話だ。一方、現在こそ国民的関心事にもなる天皇杯とはいえ、第一回ア式蹴球全國優勝競技會当時の参加チームは予選を含めて20。酒場で急遽結成された「卵掛けご飯ストライカーズ」が御殿場の2泊3日大会に参加したところ意外に盛り上り、翌年は「玉子掛けご飯ディフェンダーズ」で参加、さらに翌年はちょっと上手い目の助っ人呼ぶのにその名前はないから「TKGオールラウンダーズ」で三度目の正直・初優勝、といった現世の寸劇と通じる何かがあったのか。もちろん古すぎるので確かめようがない。

肝心の試合に移らず長口上。目的は何か。95年目の大海をなお全速航行するチームに、なんで去年は1部なのに今年は3部なんですかとか波打ち際的なチャプチャプしたことを聞かせない雰囲気作りである。天皇杯が出来る前からボール蹴ってるチームに、今年の1月は慶應ソッカークラブって名前で天皇杯予選やってましたよねなどというヨチヨチした質問をさせない言論操作である。つまり慶應BRBは設立から95年目のシーズンを迎えた。慶應義塾体育会ソッカー部関係者が集う社会人チームで、そもこれぞソッカーなりと天下に布武する気概があれば、それは慶應BRB。生涯文武両道し、獣身いよよ究め、でもなかなか人心が養われなくてこれがまた、と嘯く黄色の集団。所属がどうとかレベルがどうとかに気を払う暇など無いのだ。

2015年4月5日、分かるだけで七度目となる仕切り直しとなる慶應BRBの開幕戦。舞台は東京都サッカー社会人リーグ3部5ブロックへと移った。当事者のみの純化されたピッチ。記念すべきスタメンを披露。GK・ちゃんと会話したの今日が初めてです前川学、ディフェンス右から、一人LB-BRBを不言実行・水澤仁雅、大学女子チームコーチと二足のわらじ伊藤洋平、李さんに叱ってもらいたい夜は山中湖で坂ダッシュ、この1本は貼番縫ってくれた高山さんの分!・山口拓哉、都リーグ生き字引の最年少記録を無意味に狙う山村祐樹、中盤には主将就任、出来る子なので皆で神輿に担いであげましょう金房拓海、雌伏の二年は無駄ではなかったまだまだ伸びるぞ毛利拓史、ちゃんと会話したの今日が2度目ぐらいです遠藤智也、確固たるサッカー観の直言居士にして得点源・冨田太一の4名、前線2名はまだ先輩モノマネ芸を披露しないという意味で首脳陣の期待を裏切り10番剥奪の野本浩平、グッさんが山中湖坂ダッシュなら俺は山中湖までダッシュしますよ石川”キング”一将。サブには人呼んで「ガラケーのチャー」こと鉄人・佐藤正和を筆頭に、選手最古参・悩んで悩んで最後に前を向き、結局今年も新種スパイクを買う男・毛利惣治、都3部を誰よりも知る仕事人・仲小路啓介、さーせんジブン今日アップでニクバしたっぽいですアハーン山本翔太、そしてどん尻に控えしは、労働サッカーの権化、人工芝でも消えない泥臭さ、怪我にも股抜きへの誘惑にもぶれない驚愕の克己心・塩津直輝。愉快な仲間を束ねるは2015慶應BRBの全てを背負う覚悟ありますけど配属先とかそういうのどうなのかよくわかんないっす田村裕貴監督、さらには慶應ソッカー95年が産んだニュータイプ・マネージメント男子・鶴岡昇太朗も控える万全の布陣。本部に構えるおっさん1名は、感慨深く背中を見送る。これが本日のハイライトになるとは気付かなんだが。

ハーフライン挟んだ相手サイドにはFC Restarts。腕に覚えのお兄さん方が、もういっちょやってみっかの玄人集団である。95年目とはいえ諸事情でチーム準備期間は3ヶ月の今季BRBとしては開幕戦で当たりたくなかったのが本音。結果0-1敗戦。前半、引いた相手に若さ任せのごり押しサッカーを試みるも10分ほどで勘所を絞られ、うまくいかない焦りの背後に落とされたボールでピンチ続出、誰も混乱を収束出来ないまま、雰囲気を漂わせていた相手10番に1点とられて前半終了。ハーフタイムに石川→塩津、野本→毛利、遠藤→仲小路、水澤→佐藤と4名のメンバーチェンジで攻める姿勢は見せるも、決定機もさほど作れず後半も終了。
人生賭けてる訳じゃ無いのに、見事にしてやられてこの胃の重さが社会人サッカー。心身くたくたなのに明日は仕事なのが社会人サッカー。これを1年続けて誰からも褒められないのが社会人サッカー。それを95年続けてきたのが慶應BRB。1敗しただけで潰れるようなら95年は続かねえ、この20年だけでも188試合84勝66敗38分の66が67になっただけだと強がって田園調布警察署前を左折、夜の環八と次節に向けてアクセル踏むのが2015年第七次慶應BRB。

写真

 

花曇りの集合写真。どうにもとぼける上、今いる俺達だけでここまで来たんじゃないという高邁な発想に対して「これ2014年の写真じゃないの?」という指摘もあって撮り直し検討中。

花曇りの集合写真。どうにもとぼける上、今いる俺達だけでここまで来たんじゃないという高邁な発想に対して「これ2014年の写真じゃないの?」という指摘もあって撮り直し検討中。