オフィシャルブログ

「しあわせもの」(宮崎諒)

2021.10.16

平素よりお世話になっております。法学部法律学科4年の宮崎諒です。
紹介文ありがとう晴!自分の趣味がなさ過ぎて小学生の頃の趣味であったプラモデルにしたことを思い出しました。晴とはドイツ遠征を機に一気に仲良くなり、彼は私が起こした「学芸大学道路の中央で大の字事件」の数少ない目撃者の1人です。詳しいことはその場にはいなかったが何故か詳しい廣田(3年・暁星高)に聞いて下さい。
さて、快(4年・國學院大學久我山高)から始まった同期のブログを読んでいると、自然とこれまでのソッカー部での活動を振り返り、初めて練習に参加した日のことが昨日のことのように思い出されます。

2018年3月29日。1年間の浪人期間を経ての入部となった私は、Dチームの練習に全く付いていけませんでした。ポゼッションの練習では自分がパスを受ける度にボールを取られ、同じチームのメンバーから厳しい声が降り注ぐのを必死に耐えていました。そして次第にボールを受けることが怖くなり、遂には自分に来たパスを避けるという奇行に及び、パスを出した先輩から「今、お前ボール避けただろ」と本気で怒られる始末。1年半ぶりのフルコートでの紅白戦では、何故かボランチを任されたことで開始数分で体力の限界を迎え、コンビを組んだ友己(4年・慶應義塾高)と後ろでCBを務めていた誉貴(4年・清水東高)に大迷惑を掛けました。このようなソッカー部での初日から3年半が経ち、卒業ブログを書く日が近付くにつれ、本気でサッカーに打ち込むことの出来る日が残り僅かとなっていることを身に染みて感じます。
今までの出来事を思い返していく内に涙が出そうになってきたので、そろそろ本題に入りましょう。

突然ですが私は大学に入ってから周囲に「すごい」と言われる回数が格段に増えました。
中学からの友人から
「慶應入って、体育会でサッカーやってるお前はすごいよ」
他にも、他大学の友人やソッカー部のポロシャツを身に纏う私の姿を見かけたマンションの知り合いの方からも言葉を掛けていただくことがありました。
「慶應の体育会のサッカー部なんだ!すごいね!」
部員の多くがこのような言葉を受けた経験があるでしょう。
しかし私はこのような言葉を受けると、「すごい」という言葉に何か違和感を感じることがありました。
自分は「すごい」のだろうか。
―好きなことに本気で打ち込んでいるから「すごい」のだろうか?―
いや、私は、所属しているサークルの活動に対して尊敬する程熱量を持って取り組んでいる人物を何人も知っています。
―ソッカー部=サッカーが強い=サッカーが上手いというイメージだから「すごい」のだろうか?―
それも違うでしょう。ソッカー部でも活躍出来るレベルにありながらサークルでプレーしている人を何人も知っています。
これらを見て分かるように、私は自分自身が「すごい」という言葉に値する等微塵も思いません。では、どんな言葉に私は値するのだろうか?最近その問いに対する答えが自分の中ではっきりと出てきました。
それは、「しあわせもの」です。
(急に何言ってんだこいつ。と思う人が多いと思いますが、とりあえず続きを読んで下さい。)
なぜ自分自身を「しあわせ」と評するのか、それにはいくつか理由があります。

まず、助けてくれる仲間の存在です。
4年間を振り返ってみると苦しいことの方が多かったと思います。1年生の時はシーズン通してDチームの公式戦のベンチにすら入れず、2年生の時は異国の地ドイツで竜一(4年・広尾学園高/FCトリプレッタユース)の深いタックルを受け、シーズンの半分をプレーせずに過ごし、3年生になると一時は憧れのTOP着に袖を通したものの数週間で降格。更にその後グロインペインを発症し、リーグ戦に出場したのは僅か3試合。そしてラストイヤーの今年はシーズン開始前の足の怪我とクーパー走の影響で前期リーグは全く試合に絡めず、ようやく後期から出番が増え、出場することが出来るようになりました。そしてこのようなキツイ時期に手を差し伸べてくれたのが大切な仲間達でした。自分が下級生の頃から増田先輩(R1卒)や八田先輩(R2卒)などは頻繁に話し掛けて下さり、社会人になった現在でも相談にも乗って下さります。後輩に目を向けると蛯名(2年・慶應義塾高/横浜FCユース)や牧野(3年・駒場東邦高/東京武蔵野シティFC U-18)は守備のコツなどを親身になって教えてくれました。また忘れてはいけないのが学生コーチ達です。三浦、蓮、横幕、秀太、本当にありがとう。ここには述べ切れない程感謝しています。
そして同期の皆。自分達の時間を使ってまで手を差し伸べてくれてありがとう。この恩は一生忘れません。どんなに練習やランがキツくても、疲れを忘れさせてくれる部室でのくだらない会話やジュースじゃんけんが何よりも好きでした。残り僅かとなったソッカー部での生活に全てを捧げて、1部残留を成し遂げよう。

そして次に、尊敬出来るとある人物の存在です。
その人物は私が入部した時のお世話係でした。しかし彼からは初回の練習の開始時間さえ伝えられず、同期のカズ(4年・城北高)から教えてもらった時間にグラウンドに来ると「あ、時間言い忘れてたわ!なんで来れたの?」と驚きながら言葉を掛けてきた姿を見て、今まで味わったことのない不安に駆られたのを鮮明に覚えています。またピッチ外ではだらしなく、遅刻癖があり(時には練習にも?)、尊敬するポイントを見つけ出すのが大変な人物ですが、ピッチの中では誰よりも声を出し、誰よりも熱くプレーし、誰よりも仲間想いの選手でした。彼が4年生の時、残念ながら試合に出場する機会は限られていました。しかしそのような状況の中でも彼は不満を口にすることや落ち込む素振りは一切見せず、常に明るく振る舞い、なかなか勝てずにいたチーム全員を鼓舞して練習に臨んでいました。正直当時はそこまで尊敬はしていなかったと思います。しかし自分が最終学年となり、前期試合に絡めないという彼と同じような経験をしてから、いかに彼の行動が素晴らしく大変なものか身をもって感じました。彼は目標である関東リーグ出場は叶いませんでしたが、私にとってはどんな関東リーガーより格好良いプレーヤーだと思っています。なかなか彼のように振舞うのは簡単ではなかったですが、前期の途中から彼のように明るく振る舞い、同じ境遇の仲間を鼓舞してきたつもりです。部内の各方面から宮崎チルドレンと呼ばれている入江と慈英と茅野には私の姿が深く刻まれたことでしょう。

そして最後に、両親の存在です。
感謝すべきことを挙げるときりがないので2つだけ挙げます。まず1つ目は、サッカーに出会わせてくれたことです。サッカーというスポーツに出会っていなかったら、最高の仲間に囲まれた今の自分は絶対にありません。そして2つ目は、今まで一度も何不自由なく育ててくれたことです。朝・昼・晩の食事が必ず食卓に並んでいること。小学校から私立に通わせていただけたこと。受験・浪人の選択を受け入れ、塾の学費を払ってくれたこと。今までのスパイクやユニフォームなどのサッカーの用具代、遠征費、月々の部費を出してくれたこと。全てに感謝です。そして将来自分に子供が生まれたら、同じような暮らしをさせてあげたいと思う程幸せに思っています。ありがとうございました。

これら3つの存在に囲まれている状況こそ、私が自分自身を「しあわせ」と形容する所以である。

ここからはこの場を借りて感謝の言葉を伝えさせて下さい。

社会人スタッフの方々へ
サッカーに打ち込むには完璧と言っていい環境を提供して下さり、ありがとうございます。
特に友峰さん、ご迷惑ばかりお掛けして申し訳ありません。プレーが悪く、逆サイドから怒られた際は思わず震え上がりましたが、普段の優しい姿やジョークを飛ばす姿に助けられました。またランのお陰で諦めない気持ちに磨きがかかった気がします。
もっちゃんこと福本コーチ、ラストイヤー、一緒に過ごせてとても嬉しいです。現役やKSSの時とは違う厳しい一面を見せていただけたことで、自分の甘さに気付くことが出来ました。

学生スタッフの同期へ
今シーズン通してチームが厳しい状況にある中、一番チームのために大変な思いをしてるのはスタッフ陣だと思う。ありがとう。
綜一郎、プライベートで凹んでる時、「こういう時こそサッカーに全力を注ぐんだよ」っていうアドバイスのお陰で、その後試合に出られるようになったことは今でも感謝してる。チームのために時には主将として嫌われ役を買って出る姿は、尊敬するしかっこいいぞ!
彬、オフの日や就活とか一緒にいることが多かったけど、選手と主務の両立は本当に凄いと思う。これからも待ち合わせで頑張って俺のこと待ってくれ。
新汰と凜ちゃん、2人とも苦しい時期があったと思うけど、副将という立場でチームを纏めてくれてありがとう。
あべしんと友己、サッカーが上手くてTOPチームを目指せたであろう2人が選手としてではなくチームのためにグラマネになる決断を下したこと、本当に大きな決断をしたと思う。ピッチ内外のマネジメントありがとう。
誉貴、何度も大怪我から復活し試合で体を張ってる姿は頼もしい。最後に同じピッチに立ちたいな。

リサーチの皆へ
苦しいシーズン程リサーチもやってて責任感を感じると思う。それでも諦めずにチームの助けになっているんだという強い気持ちを持って取り組んでほしい。りょうすけ、カズ、隆、一緒にリサーチやれて楽しかった。

クーパーズへ
真聖、後は頼んだ。
秀、副リーダーとしてサポートしてくれ。

まるで受験の際に小論文のテストをクリアできた人物とは思えない程、纏まりがなく拙劣な文章となってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

次の担当は荘田真吾です。オンラインミーティングの際にはパソコンの画面にソッカー部で1番イケメンに映ると言われているまさにオンラインの申し子。そしてソッカー部4年最大派閥である“ヤマヒロ軍団”の影のボス!髪の毛が表しているように強い癖のあるナイスガイだ。是非彼の書くブログをお楽しみにして下さい!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

「瓜の蔓に茄子はならぬ」(大久保晴)

2021.10.15

平素よりお世話になっております。商学部4年の大久保晴です。

サンキュー大将。李君の生き別れの兄説が浮上している彼には、ピッチ内外本当にお世話になりました。来年の4月からホテルア○ヴェールは移転リニューアルオープンするとのことなので、Go Toトラベルを使って宿泊しようと思います。

余談ですが、昨日の大将のブログに登場したネジの話は「LIMITLESS」という自己啓発本に収録されている話です。ところが、彼はこの本の存在を知りませんでした。普段から本好きを自称していただけに本当に恐ろしいです。本がパンパンに詰まった彼の家の棚が急にインテリアに見えてきました。

ここからは高校から入学して感じた慶應生の「ハングリー精神」について、後輩に向けて書こうと思います。

自分からサッカーを取ったら何が残るかを考えたことがある人は少なくないと思うが、聞くとよくある返答は、「いや、何も」だ。いやいや、そんなことあるかいな。謙虚さが美徳とされる日本だからといってそれはない。君達のほとんどが高額な学費を払うことの出来る財力を有する優秀な父親と、そんな父親のハートを射止めた容姿端麗かつ気立ての良い母親の元に生まれて、溢れんばかりの愛情を注がれ、基本的な衣食住にも困らず、眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能などサッカー以外にも何かしらの才能に恵まれているだろう。つまり明日、君達からサッカーを奪ったとしても、世間一般の人々が欲しがるものは既に持っており、日々の楽しみが減って少し暇になるだけなのである。だからこそ、何故わざわざ大学の体育会でサッカーをするのかを考えてほしい。その上でこの組織でサッカーをするという選択をするのであれば、意識的にでも闘争心を燃やすべきだ。言い方が悪いかもしれないが、そうでもしなければ持たざる者の必死さになど到底勝てるはずがない。カテゴリー戦で痛感していると思うが、失うものがない者達のパワーというものは凄まじいものである。

要は、「もっと貪欲にプレーしろ」ということだ。まだ1年だから試合に出られなくて当たり前、弱小高出身だから出られなくて当たり前、C2にはフットサルの選手がいるからスタメンを奪えないのは当たり前、4年生はラストだからスタメンを取られても仕方ない、Iリーグの相手が強いから負けても仕方がない。そのように納得する必要はなく、ただひたすら負けず嫌いを全面に出して、残りの期間を駆け抜けてほしいと思う。
今シーズンは結果が芳しくなく、ソッカー部は関東1部やIリーグ1部の舞台を崖っぷちで必死に守ろうとしている。最高学年の自分としては不甲斐ないところであるが、大学サッカー界全体で見れば挑戦者であり、持たざる者である。下克上のチャンスです。

OBのような感覚でここまで書いていますが、明日はIリーグ最終節であり、僕はまだ現役のソッカー部員です。お腹が空いているので明日のトイメンもぺろっと平らげてあげようと思います。皆で食らい付いて勝ちをもぎ取ろう。
エモーショナルな気分になると「感謝」や「恩返し」という単語が溢れてきます。不思議ですね。え?溢れてくるだけですよ。察してください。

僕はこういった場で自分のことを語るのが苦手です。もし聞きたいというもの好きがいるのなら、美味しいご飯があれば口を開くかもしれません。ご飯が口一杯に入っていて話せなかったらごめんなさい。2軒目に行きましょう。

次の担当は、宮崎諒です。 誕生日は4/17で、身長は183cm、体重は69kg、彼の趣味はプラモデルだそうです。僕は今そのことをホームページで知りました。座右の銘は捲土重来で、一度敗れた者が、巻き返すことの例えだそうです。彼の恋路のようですね。彼もまた、心中を聞かないと話さない側の人間なので、何を考えて4年間のプラモデル作りに勤しんできたのか卒業ブログは要チェックです!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

「え、お盆帰ってこられへんの?」(保田大将)

2021.10.14

ノボキ君、紹介ありがとう。大学生にもなって「公園でサッカーしようぜ」などと言われることがあるとは思いませんでした。いつまでも小学生のような心を持っていて下さい。他にも思い出は沢山あるけれど、思い出してみたらつまらないことや腹が立つことばかりでした。もう会いたくないです。

____________________________________

「いつこっち帰ってくるん?」
「ごめん!今年は帰られへんわ。」
「え、お盆も?お前全然帰ってこんやん。」

____________________________________

よく言う地元の友人とのこのやり取り。大学生になってから帰省したのは僅か3回だった。地元の友人達へ、薄情者と言いながらもいつも連絡をくれて本当にありがとう。

上京して出来た同年代の友人の多くは大学生だ。それに対し、地元の友人の多くは社会人として既に働いている。その彼らからすれば、わざわざ大学へ行ったのにひたすらボールを蹴っている自分の行動は意味が分からないと思う。奨学金で高額な学費を払い、1円にもならないことをし続けているのだから。

こんな話を知っているだろうか。
ある工場で重要な機械が突然止まってしまった。故障の原因が分からなかった責任者は業者を呼んで修理を依頼した。工場に到着した業者はネジを1本だけ回して機械を修理し、10000ドルを請求した。責任者はネジを1本回しただけなのに請求額が高すぎると文句を言ったが、業者はこう返した。
「ネジを回す作業1ドル。回すべきネジを知っていること9999ドル。」

知識には無類の価値がある。そして、知識を身に付けるためには何を経験したかではなく、どう経験したかが大事だと思っている。上記の話でいえば、ただネジを回すことに価値はない。多くのネジを回してきた経験からどのネジがどんな働きをするのかを知ることで、初めて価値が生まれる。「ただサッカーをするだけでは価値はない」この4年間で何度も聞いた言葉だ。皆の卒業ブログを読んだが、同じソッカー部で活動していたのに得たものがこうも違うのかと驚かされた。つまり、大切なことはどうサッカーと向き合うか。サッカーが上手くなるために、チームを勝利へ導くために、組織へ貢献するために試行錯誤し、もがき続けるという行動から得たことにこそ価値があるのだと思う。

中学3年の時、入試に合格して親元を離れることが決まったことと怪我したことを理由にサッカーを辞めた。時は流れ高校2年の夏休み、友人に家庭科の宿題を手伝ってほしいと依頼したところ、交換条件として一緒にフットサルチームへ体験参加することを提示されたのが、大袈裟ではなく本当に人生の転機だった。もしあの時、自分で宿題を終わらせるか家庭科の成績を諦めていれば、ここでブログを書くこともなかっただろう。友人T君、ありがとう。そして本気でフットサルに打ち込んだ結果、全国優勝などを経験させてもらい、大学でも本気になれることがしたいとソッカー部を選んだ。しかし現実は厳しく、結局私はサッカーで全く結果を残せていない。

何もかも上手くいかなかった1年生の頃、夜の部室で夢を語る同期の話を聞くことが好きだった。
初めてIリーグに出場した2年生の夏、良いプレーの出来なかった私に「お前はまだこれからだ」と声を掛けてくれた先輩がいた。
3年生の春、紅白戦での衝突で先輩を怪我させてしまった。グラウンドに復帰してすぐに謝りに行ったら、笑いながら「鼻高くなったわ」と言ってくれた先輩がいた。
4年生の春、「フットサルで全国優勝したいです」と言ってきてくれた後輩がいた。

4年間、ただ何も考えずボールを蹴っていたわけではない。前述したこと以外にも心に残っている出来事は山程ある。その経験は知識の種だ。何が咲くかは自分の考え方次第、意味がないと思えば何も咲かない。サッカーで大きな活躍が出来たわけではない。フットサルにしても、先輩達や四戸さんからの期待に沿う結果を残せたわけでもない。期待通りの結果を得られたわけでもない。ただ、沢山の出会いと経験をさせてもらったソッカー部生活は間違いなく充実していた。

世の中には美容師や大工、プロサッカー選手など多くの「プロ」が存在する。彼らは結果を出すために、文字通り自分を犠牲にする覚悟が必要なのだと思う。一方、学生が大事にすべきことは、目標達成のためになりふり構わず突き進んだ道中そのものだ。体育会に所属している以上、そう多く楽しい時間は過ごせない。無駄だと思う時間もあるだろうし、効率は悪いかもしれない。だけど、チャップリンは言っている。”Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.”と。

と、ここまで散々どんな結果を得たのかではなくどう過ごしたかが大事と書いてきたが、カテゴリーの主将としてやはり最後は「得たもの」に拘りたい。C2+フットサルの皆、最後のIリーグ絶対勝とう。難しい中で今シーズン一生懸命指導してくれた横幕(3年・慶應義塾高)と小森さん、増井さんを喜ばせたい。フットサルも絶対全国優勝しよう。3回も全国決勝で負けてこのまま終われん。四戸さんを胴上げしよう。

____________________________________

「ごめん、お盆もや。」
「しゃーないな、サッカーやろ。応援してるわ。」

____________________________________

今までは素直にありがとうと返事するのが何故だか照れくさくて、適当に返していました。なので、最後にずっと応援してくれていた家族や友人達にまとめて返信しておきます。

____________________________________

今までありがとう。恩を返せるようにこれから頑張ります。

____________________________________

さて、次の担当は大久保晴です。1年生の頃から仲が良いけど、未だに掴みどころの分からない変人です。そんな彼の最近の悩みは少し太ってしまったこと。部活を引退したらどうなってしまうのでしょうか。引退しても定期的に会おうな。マイペースという言葉がぴったりの彼が書く卒業ブログをお楽しみに!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

「Life is Contents」(登木昂大)

2021.10.13

平素より大変お世話になっております。プロKKポーカープレイヤー山田大敬よりバトンを受け取りました、環境情報学部4年の登木昂大です。
彼のマイハンドは、J9S(ジャックナインスーテッド)。ほとんどの確率で3ベットを仕掛け、相手が付いてきたら気合いに気合いを重ねて、トリプルバレル。
それでもブラフを読まれ、コールをされたら、お決まりの「キャーーー!」「コールしちゃぁダメぇぇ!」とトムブラウンの布川が出てきます。
そんなポーカー漫談はさておき、彼とは非常に長い時間を一緒に過ごしました。1年生の時ウイイレで彼に大勝したあの日から、よく下田で一緒にシュート練やバー当てをしたり、ヒッチハイクをしたりと色々な思い出が蘇ってきます。彼の行動力や、知識量、我の強さには、いつも驚かされてきました。人の心配をするより自分の心配をしろとどこからか飛んできそうですが、就活をしない選択をした彼はこれからサッカーの道を歩むのか、それともポーカーの道を歩んで行くのか、はたまた全く想像もしない道を自ら創り出して行くのか、どういう面白い人生を魅せてくれるのか非常に楽しみであります。
さて、毎年先輩方の卒業ブログを楽しく読ませていただいていたのですが、遂に自分が書く日がやってきたのかと思うと、いよいよ本気で打ち込めるサッカー生活も終わっていくのだなぁと、時の流れの儚さに虚しさを感じるばかりです。このソッカー部生活は非常に濃いもので、今まで楽観的かつマイペースに生きてきた自分にとっては、どちらかというと、楽しいことばかりではなく辛いことの方が多かったのかなと感じます。そんな4年間を振り返りながらも、残された期間をどう過ごしていこうか、文章を綴りながら考えていこうと思います。

このソッカー部には約150名という多くの部員がいますが、自分程勢いだけで入った人はいないでしょう。「早慶戦に出たい」、「プロサッカー選手になりたい」、皆それぞれの何かしらの目的を持って、慶應のソッカー部を目指し、入ってきた人ばかりです。一方で自分はというと、大海の中を彷徨っていたら、たまたま漂流したところがこのソッカー部だったという表現が適切なのかもしれません。広島県の田舎で育ち、大学の4年間を東京で過ごした父に人生設計を聞かれた際、「東京に行かにゃいけんじゃろう」といつものように言われていたので、小さい時から大都会東京に漠然とした憧れ、東京の男になりたいという潜在的な意識が植えつけられていたのでしょう。そこで得意の数学と小論文だけで入れ、更に自分で学びたい分野を学んでいける点に魅力を感じ、SFCを受験しました。部活は前の大学でフットサル部に所属していたこともあったので体育会のフットサル部に入りたいと思っていたのですが、慶應にはそのような組織はなかったので、ならソッカー部に入ろうと入部を決意しました。
本当に今思えば、こんな感じで入って大丈夫なのかと心配になりますが、本当に充実した4年間、また人生で最もサッカーが好きな4年間を過ごせたと思います。

しかし入部当初は覚悟を持って入ったとは言い切れないだけに、色々と驚くことがありました。初めて慶應のトップチームの試合を見に行った時の松木さん(R1卒)の獲物を狩るチーターのような迫力満点のプレスに驚きました。また4軍での初めての練習で、高校時代広島県3部で誰1人止めることが出来なかった、自分の最大の武器である、伝家の宝刀のカットインがこれでもかというくらい全く通用しなかったこと。そして最も驚いたのは、SFCの同期と初めて日吉のイタリアン、ドマーレに行った時のこと。これからの将来の夢を語っていこうという話になり、一人ひとりが夢を語っていきました。当時”不労所得”というワードに未来と希望を感じていた私は「株、FXで生きて行くわ」と、お調子者の青年なら誰しも通りそうなことを真面目に語っていました。その反面、Jリーグで活躍したい、育ててくれたチームに戻りたい、海外で活躍したいなど、プロサッカー選手への夢を真剣な眼差しで語っている同期の姿を見て、今までサッカーを呑気に楽しくやっていた自分とサッカーに対しての情熱に温度差がありすぎるなというのを身を持って感じました。
ただ、サッカーの実力も情熱もこんなに差があったのに、それでもこのソッカー部にいたかったのは、この状況をむしろ楽しみたかったからです。全国レベルの選手が集まるこの組織で、自分がどこまでやれるのか、どうすれば追いつけるのか、幼少期の頃からサッカーに対して真剣に取り組んではいたけど、どんな部分が彼らと差を生んだのか、この4年間でサッカーを楽しみながらも、トップチームで活躍することを目標に頑張ってその答えを見つけてみようと思いました。

夜1人で毎日のようにシュートの練習をしたり、筋トレをしたりとサッカーへの向上心はもの凄くあったのですが、そういう厳しい世界で戦ってこなかったせいなのか、はたまた自分の人間性に問題があるのか(おそらく後者)、ピッチ外の部分では本当に色々な方に迷惑をかけました。初回の練習で集合時にシャツインをし忘れ先輩に詰められ、練習を黙々とやっていたら主体性がないと怒られ、スコアの仕事も壁に寄りかかりながらしていたら友峰さんにお叱りをいただき、思い出すとキリがないくらい粗相、粗相未遂をしました。恐らく部員史上初である、母校同士の対決という形で感慨深い思いに駆られながら見守った、伝統ある神戸定期戦でも、前代未聞の大粗相をし、多大なる方々にご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした(この場を借りてもう一度謝らせていただきます。)。そんなこんなで3年生の先輩方や同期にも退部のイエローカードをもらい、次粗相したらレッドカードという状況まで追い込まれていました。毎日遅刻はしないようにとアラームを3つ構え、ビクビクしながら寝ていたのを思い出します。

ピッチ内でも4軍でも試合に出れず、ピッチ外も最悪の1年間を過ごしていたのですが、自分としては少しずつではありましたが、プレー面においては成長を感じる瞬間がところどころでありました。0-1で負けていたCD戦で同点ゴールを決めたり(四戸さんがよくおっしゃる、ソッカー部で初めての「本気のガッツポーズ」でした)、キーパーからスピードでボールを盗み取ったり出来るようになってきました。またフットサルの全国メンバーに選んでいただけた時は死ぬ気で闘おうと思いました。(扁桃炎で入院しツイッターで見守る形になりましたが、、、)。2年生になって初めて出たIリーグでは、開幕戦でゴールを決めたりと、自分がどんどんと上手くなっている(というより速くなっているという方が適切かもしれない)ことに強い喜びを感じるようになりました。3年になりZチームに上がり、来年はトップで戦いたいという思いの元頑張ってきましたが、まだまだ思うようにはいってないというのが現状です。同じ広島出身ということで、色々と気にかけて下さる友峰さんに明治キラーとして急遽トップ練に2回程参加させていただき、チャンスをもらいましたが、貧血でランを断念したり、トップの高い強度についていけず、まだまだ実力不足だなと感じます。そして現在BでIリーグ全国大会を目指し奮闘中です。
ざっくり言うとこんな感じの4年間を過ごしてきた訳で、この厳しい勝負の世界で学んだことは多くあるのですが、やっぱり1番強く感じたのは、
「『勝ち切る』ってめちゃめちゃ難しいな」
ということです。
この勝ち切るというのは、ただ単にサッカーの試合で勝ち切るという意味ではないです。何試合で何ゴールする、この試合は絶対失点しない、絶対昇格する、絶対この大会で優勝する、などなど、チームや個人が設定した何が何でも達成したい実現させたい目標のことを指しています。やり抜く、GRITとでも言うのでしょうか?
周りの選手に比べて自分が足りなかったのはまさに、そのGRITの部分ではないのでしょうか。実際ドマーレで語った選手達は関東で活躍し、慶應の中心で戦っています。プロになった選手もいます。自分の目標に向かって何が何でもやり抜く。その力が幼少期の頃から、積み重なってこのような差に繋がったのではないのかと考えられるわけです。
自分にとって、この勝ち切ることの何が難しいかというと、惜しいところまでは行くけど、最後の最後の壁を超えるのが中々難しい。
(以下臨場感を持ってお書きします。)
去年のZチームのラストの公式戦となってしまったあの試合。勝てば全国への道が開かれるチャンピオンシップへと進める大事な国士舘大学との一戦。2-2のスコアのまま、延長戦に縺れ込んだ。後半の終わりから交代でピッチに入った自分に求められていたのは、とにかくゴール。決勝ゴール。ただそれだけだった。自分自身もスピードでかき乱して、ゴールを決めるというビジョンを持っていた。試合が拮抗する中、二度と忘れもしないであろうあのシーンがやってくる。
中盤でボールを奪った瞬間に、馬場君(R3卒)からパスが来ると信じて全力スプリント。馬場君からの息の合ったフライパスで裏へ抜け出した。すると、隣から走っていた相手DFが、俺がファーストタッチした瞬間に足元を滑らせ転倒した。目の前にはキーパーだけ。これを決めれば。。。。。
お察しの通り、左足で放ったシュートはコロコロと、ポストの左を掠めた。
そして無情にもその後スーパーゴールを決められ、2-3で敗戦。サッカー人生で最も辛い瞬間だった。4年生を引退させてしまった、、あの時は別に相手キーパーが大きく見えたわけでもなく、それよりも自分自身の中に何か取り憑かれた悪魔のようなものに負けた気分だった。ゴールという目標まで惜しいところまでは行く。でも最後決め切るところで力を発揮できない。まだまだだなと思う。

目標達成へ惜しいところまで行った先に現れるこの壁。この壁に幾度となくやられてきた。フットサルでは全国準優勝を3回、日本一を目の前に何度も悔し涙を飲んだ。サッカーでは、キーパーとの1対1を1976回外してきた。しかし、惜しかったなで終わっては何も残らない。残りの期間は、この壁をしっかり倒して、勝ち切りたい。いや勝ち切る。

『LIFE  is Contents 』

このブログのタイトルでもあるが、ソッカー部の4年間は、部員の数だけ十人十色それぞれのストーリーがあります。成功や失敗、ピンチや苦境を乗り越えたり、本気のガッツポーズをしたり、仲間との勝利の祝杯を上げたりと、笑いあり涙ありのソッカー部人生も、あと数週間で終わってしまいます。それぞれのストーリーを抱えながらも、最後後輩達に関東リーグ1部という舞台を残せるよう、皆で力を出し尽くして、絶対に残留という目標に勝ち切ろう。そして最高のハッピーエンドの作品にしていこう!そして個人としては、残りのIリーグ2試合でBを勝たせる得点を取って、全国に導けるよう、GRITして行きたいと思います。そして関東で活躍することにも諦めず頑張り続けたいと思います。同期の皆で、まだ何か、達成しきれていない何かがあるなら僕と一緒に頑張りませんか?

大変長く拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。今後共ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

さて次回の担当はフットサル部門の主将を務める保田大将です。誰とでもフランクに明るく喋る彼には、いつも楽しい時間が流れてます。彼とは仲が良すぎて、一緒に寮食をたくさん食べました。ただ最近は、コロナのせいもあって全然一緒にご飯を食べれていません。落ち着いたら、MCのお金で奢ってな!彼が何を語るのか非常に楽しみです!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

「エキセントリック」(山田大敬)

2021.10.12

平素より大変お世話になっております。平田賢汰より、慶應一(運を)持っている男と紹介に預かりました、総合政策学部4年の山田大敬です。違います。完全に実力です。

1.2年の頃は彼とは正直仲が良い訳ではなかったのですが、気付けばお互いハイレベルな冗談を飛ばし合い、我々を中心に部室が明るくなる関係にまでなりました。彼や周りのチームメイトのお笑いのレベルが4年目にしてようやく自分に追い付いてきたのかと思うと、関西出身者として非常に嬉しくもあり少しホッとしています。残り少ないソッカー部生活ですが、ピッチ外だけでなくピッチ内でも賢汰との名コンビぶりを見せつけていきたいと思っております。

さて、いよいよ自分に卒業ブログが回ってきたのですが、学校の課題は締め切りギリギリ、部活の掃除の集合時間には遅れる、肉バルでバイトをしていたときにはお客様のコートにラクレットチーズを掛けてしまうような自分に、前もって卒業ブログの準備など出来るはずもなく、気づけば前日の夜となっています。
それでもこのソッカー部での4年間はあまりにも濃く、大学生活の全てと言っても過言ではないもので、書きたいことが次から次へと湧き出してきます。その中から本当に伝えたいことを自分なりに纏めて書こうと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。

【ソッカー部生活の始まり】

2017年の夏。うだるような暑さの中、欅坂46の「エキセントリック」を聞きながら、Googleマップを片手に、当時高校3年生だった私は初めて”慶應義塾大学下田グラウンド“に降り立った。通っていた高校の内部進学を断り、自分の手で自らの未来を切り開こうと、ソッカー部の練習に参加した。初めて下田グラウンドでプレーしたとき、「大学の4年間はここでプレーするのだろうな」という何か直感めいたものが自分の中に生まれていた。ちなみに、その練習は私のサッカー人生18年間の中で最もきつい練習であり、翌日は東京観光などすることも出来ないくらい全身筋肉痛で、1日中布団に横たわっていた。今でも「エキセントリック」を聞くと当時の期待に満ち溢れた懐かしい感情と全身筋肉痛が思い起こされる。

練習参加後、中畝楓流(R3卒)の手厚いサポートのお陰で私は何とか慶應義塾大学に入学することが出来た。楓流には本当に感謝している。慶應にはスポーツ推薦がないため、これを見ている高校生でソッカー部に入りたいという方は、是非一度ソッカー部の練習に参加して欲しい。自分が楓流に受けた恩を次は高校生に返したいため、全力で入学のためのサポートをしたいと思う。具体的には篠原新汰(4年・FC東京U-18/都立駒場高)を紹介する。彼のサポートは一級品なのだ。必ずや合格へ導いてくれるであろう。
話が逸れたが、こうして慶應義塾大学に入学した私は、1mmの迷いもなくソッカー部に入部した。当然理由はプロサッカー選手になるためである。しかしこの考えだけでは不十分で、後々の自分を苦しめることになる。次章ではそのことについて深掘っていきたいと思う。

【ソッカー部での自分の存在意義】

私がソッカー部に入部した理由。それは紛れもなくプロサッカー選手になるため。しかし入部後ある衝撃の事実に気付く。新津(4年・上田高)も卒業ブログで触れていたが、「プロを目指している選手が数人しかいないこと」だ。中学・高校時代はチームメイトの殆どがプロを目指していた環境であったため、私にとっては未知で、何か“異様”な環境であった。
正直1年生の頃は、自分が活躍すること、TOPチームに上がることだけを考えてサッカーしており、チーム全体のことを考える余裕もなかった。2年生に上がってもそれは変わらず、自分がプロになるために何を出来るかという軸でいたため、自主練習や筋トレなど自分のためになると思ったことはいくらでも行ったが、チーム全体のために何かをしようと思うことは殆どなかった。しかし2年の後期ぐらいから徐々に疑問に感じていたことがあった。それは、

「あれ?俺この部活で何もしてへんくない?」

同期のハシケン(4年・横浜FCユース/希望ヶ丘高)や酒井(4年・慶應義塾高)は、関東リーグに主力として試合に出ている一方、自分は小さい怪我を繰り返し、Bチームでベンチにも入れない日々。ピッチ外でチームのために何か行動を起こすわけでもなく、唯一拘りを持っていたピッチ内の部分でもチームに貢献出来ず。このような状況で、プロを目指すためだけにソッカー部にいるようでは、自分の存在価値などないに等しいのではないか。そう考えるようになった。そんな中迎えたグラマネ決め。

グラマネ決めのタイミングでは自分はTOPチームにおり、自分に票が入ったり、ソッカー部への貢献について責められたりするようなことはなかったが、同期の一部が存在意義や貢献について厳しく問われているのを横で聞きながら、「自分もほんまは何にも出来てないなあ」と情けなく思っていたことを覚えている。あべしん(4年・多摩大目黒高)がサッカーを辞め、グラマネになる決断をしたその頃から、自分なりのチームへの貢献の仕方・存在意義を本気で考え、ソッカー部でプレーする意味が変わっていった。

こうして私が導き出したソッカー部でプレーする意味は、「練習では前向きに溌剌とプレーし味方に良い影響を与え、試合では自分がゴールを決め、慶應を勝利に導くこと」である。正直自分の性格や能力からして、ピッチ外で視野広く周りに気を配ることは難しい。それなら自分の適正であるピッチ内で、常にポジティブに明るく楽しくプレーし、チームメイトに良い影響を与えることで、自分の存在意義が見出されるのではないかと考えた。その延長線でプロを目指せば、自分の目標とチームへの貢献が交わり、相互作用的に私・山田大敬のソッカー部での存在意義が生まれてくるのではないだろうかと考えたのだ。
当初の私のように、チームへの貢献の仕方が分からない部員もいると思うが、自らの性格や能力を分析し、自分なりの貢献の仕方を考え、行動に起こすことが出来れば、個々人のソッカー部での存在意義が見出していけると思う。
ここまではピッチ外で感じてきたことを書いてきたが、次はピッチ内で全部員に伝えたいことを記していく。

【自分を信じろ】

全部員にサッカーをする上で伝えたいことがある。これは私が4年間で一度もぶらさなかったことだ。それは、

「自分を信じること」

自分のサッカーの能力を信じてやれ。どんなプレーヤーもどのカテゴリーにいる選手も、必ず良いところや得意なプレーがある。周りがどう自分を評価しようが、どれだけプレーを笑われようが、自分だけは自分自身を最後まで信じてやれ。

私はプロになることを目標に、このソッカー部に入った。1年目から関東リーグで得点を量産し、選抜に入って、大学在学時にはJリーグデビューしたいとも思っていた。しかし理想と現実には余りにもギャップがありすぎた。1.2年の時にはBチームとCチームを行き来し、ようやくTOPチームでプレー出来るようになった3年目もベンチ外の日々。プロになるため、勝負の年にもなる3年目に出た関東リーグは、2試合で63分。このような大学サッカー生活になるとは夢にも思っていなかった。
しかし、自分にとっては情けなく耐え難いソッカー部生活でも、自分を信じることだけは辞めなかった。「俺は絶対にTOPチームで活躍出来る。」「俺は他の選手には出来ないプレーが出来る。」常にこのように考え、前向きに行動し続けた。1年次はソッカー部員の誰よりも自主練をした自信があるし、2年次以降はプロのランニングコーチに指導していただき、ジムに通い自分の身体の弱点克服に取り組んだ。

なぜ自分を信じることが大事なのか。それは、自分を信じることで夢を諦めることなく、更なる成長のために努力出来るからである。人は自分に自信が持てなくなり、夢を諦めた瞬間に努力を辞める。
加えて、サッカーはメンタルがプレーを大きく左右する。恐らく多くの選手が、チームメイトや監督・コーチからプレーについて怒られると、萎縮してしまい本来のプレーが出来なくなると思う。このブログを読んでいる後輩達の中には、先輩に強く言われて落ち込み、サッカーを楽しめなくなる経験をしたことがある者もいるだろう。そんなことは全く気にするな。「こいつ何言ってんねん。」それで十分だ。
当然、人のアドバイスや説教に耳を傾けることは大事かもしれない。しかしそれによってメンタルが落ち込み良いプレーが出来なくなるくらいなら、自分のプレーを信じることを優先し、他人の声を無視することも時には大事ではないだろうか。(自分の場合は人の意見を聞かなすぎることもあるので、それは要注意だが。)

こうして私は、どれだけベンチ外の日々が続いたとしても、どれだけ「ひろは全然伸びてないな」と言われようと、自分自身を信じ続け努力を重ねて、サッカーを楽しんできた。この4年間で一度も私はサッカーを辞めたいと思ったことはない。こうした成果が実ったのか、ここ最近の関東リーグではスタメンで出させていただき、チーム最多のゴールを決め、慶應の勝利に貢献出来ている。私のソッカー部での存在意義もようやく形になって現れ出したのだ。

だから何度も言うが、自分だけは最後まで自分の能力を信じてあげて欲しい。そしてソッカー部での夢や目標を最後まで絶対に諦めないで欲しい。出来ない理由を探すのではなく、出来る根拠を最大限拾い集め、それを自信という武器に変えて欲しい。私は常日頃からビッグマウスとも取れる発言をしているが、それは決してふざけている訳ではなく、自分に自信を持っているからこそ、敢えて自分の中でのハードルを上げているのだ。周りからすれば私は変わり者かも知れない。変な関西人だなと思われているかも知れない。それでも全然問題はない。私は自分を信じ続け、そして「エキセントリック」であり続け、最後には慶應を勝利に導くヒーローになりたいと思っている。

ここまで長々と書いてきましたが、このように私が今、楽しくソッカー部でプレー出来ているのは自分一人の力ではありません。
共に切磋琢磨しながら、競争してきた同期。こんな変わり者の自分を理解し、優しく接して下さった先輩方や後輩達。自分の足りないところや良いところを伸ばそうとして下さっている、淺海監督を始めとする、社会人スタッフの方々。ソッカー部を支えている、マネージャーや学連・各部門の人達、グラマネ・学生コーチ・主務・副務。ソッカー部を応援して下さり支援して下さるOB・OG、サポーターの方々。全ての方々のお陰で、今の自分たちのソッカー部生活が成り立っています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
そして最後は両親。果たしてこのブログを読むかどうかは分かりませんが、これまで何不自由なく自分の好きなサッカーをやらせてもらって、日々サポートしてもらって、本当に感謝しています。卒業後もサッカーを続けていくのでこれからも一番近いサポーターとして応援していただけるとありがたいです。

ここに記した感謝の気持ちを体現するために、残りのソッカー部生活も全力で慶應の勝利のためにプレーします。そして自分の目標であるプロサッカー選手になることを絶対に達成し、皆様に勇気と感動を与えます。プロで活躍する自分の姿を見て、少しでも皆様の毎日の生活の活力になればと思っております。これからも応援よろしくお願いします。
非常に長い文章となりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

さて明日のブログは、登木昂大が担当します。神戸大学からやってきた異色の経歴を持つ彼とは、趣味が同じだったり、ヒッチハイクで日吉から関西まで一緒に帰ったりと、非常に長い時間を過ごしましたが、あまりの変人さに未だにその思考を理解することは出来ていません。恐らく部活内にもいないんじゃないかな。そのような彼がどのような思いでソッカー部生活を過ごしてきたのか非常に楽しみです。乞うご期待!

《NEXT GAME》
10月17日(日)関東リーグ戦 第20節vs流通経済大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

記事一覧

月別アーカイブ