2026.06.08 部員ブログ
「ないものねだり」(有山凜生)
平素より大変お世話になっております。理工学部2年の有山凜生と申します。
理工学部は現在中間試験真っ只中であります。留年目前にも関わらず、ほとんどの授業で姿を見せない遠山くん(2年・専修大学松戸高)、理工学部なのに週2しか授業に行かなくて良いと自慢している霜田くん(2年・FC町田ゼルビアユース/都立八王子東高)、3人で留年せず4年間で卒業できるように頑張っていきましょう。
ソッカー部内では私の母校である志木高に対する偏見がさまざまなところから聞こえてきますが、私のこのブログを通し、愛する志木高に対するみなさんからのイメージを少しでも上げることができればと思っています。拙い文章ではありますが最後までお付き合いいただけますと幸いです。
部員ブログの執筆が決まり、何か面白いことやかっこいいことを書きたいと思いましたが、なかなか思いつかなかったため、今までのサッカー人生を振り返り、今の想いを正直に書きたいと思います。
私は小1の頃友達がやっているからという理由で地元の少年団でサッカーを始めた。チームは都大会に出られるか出られないかのような実力で決して強くはなかったけれど、サッカーをすることがただただ楽しかった。
中学校に上がる際、もっと高いレベルでプレーしたいからという理由でクラブチームに進んだ。上手い人との練習は刺激が多く、毎回ワクワクしながら練習に向かっていた。試合にもたくさん出させていただいた1年目、クラブユース選手権では東京都ベスト16まで勝ち上がりFC東京とも対戦した。小学校の頃雲の上の存在だった人たちと戦えることがとても嬉しかった。日に日に自分が上手くなっているのを実感し、このまま成長して高校サッカー選手権に出てプロになりたい。そう思っていた。しかし、2年生になった頃から徐々に試合に出ることができなくなった。サッカーが初めて楽しくないと思った。3年生の頃は、しっかりと公式戦に出たのは1試合だと思う。その1試合も当時三菱養和SC調布ジュニアユースで全盛期真っ只中だった保好(2年・桐蔭学園高)とマッチアップしてボコボコにされた。理由は明確だった、シンプルな自分の実力不足。しかしそれを受け入れて成長の糧にすることができなかった。自分の意志でクラブチームに入りたいと言ったが、「クラブチームになんか入らなければ良かった。部活で試合に出て楽しくサッカーをやっていれば良かった。」と部活で楽しくサッカーをやっている人たちを羨ましく思う日々。そんな中でうまく行くわけもなく私の中学サッカーはあっけなく終わってしまった。
高校に進む際、私は憧れの慶應義塾大学に入るため、慶應の附属校に入ることを決め、慶應義塾高校、慶應義塾志木高校を受験した。結果は見事どちらも合格。その中で私は慶應義塾志木高校への進学を選択した。自分が試合に出られそうで、サッカーを楽しめそうな方を選んだ。中学時代試合に出ることができなかった私は、また強い高校で競争することを恐れていたと思う。志木高では1年生の頃から試合に出させていただいた。試合に出る喜び、点を決める楽しさ、試合に勝った後の満足感、小学校時代に感じていたサッカーの楽しさを思い出したような感じがした。志木高は決して強い高校ではないため、1,2年生の頃はチームは県大会の1回戦で敗退した。自分の代では自分がもっとチームを勝たせる。そんな思いで3年生になった。3年生になって私はキャプテンになった。練習メニューを決めるのも、試合のメンバーを決めるのも全て私に任された。でも自分の代になってからは全く結果が出せなかった。志木高が10年連続で出ていた県大会にすら出ることができなかった。結果が出ない悔しさやチームメイトとのサッカーに対する意識の違いから私は不満を持つようになった。試合をして負ける度にもっと強いチームに行けば良かった、サッカーを本気でできる環境に行けば良かったと思うようになった。自分で志木高を選んだのに、試合に出ることができる高校を選んだのに、当たり前に試合に出ているのに、キャプテンもやらせてもらっているのに、今度は強いチームで切磋琢磨している人たちが羨ましくなった。私の高校サッカーは選手権予選での敗退をもってあっさり9月に終わってしまった。
「ないものねだり」
私がソッカー部入部に際し、今までのサッカー人生を振り返った時、達成感のなさにはこの言葉が大いに影響していると感じた。
中学時代私は思う存分サッカーができる恵まれた環境にいたにもかかわらず、試合に出ることができないというだけの理由で試合に出ることができるチームに行けば良かったと後悔した。高校時代キャプテンを任され、毎週のように試合に出ることができる環境があったにもかかわらず、チームが弱いからという理由でもっと強いチームに行きたいと思った。
私はいつも自分の今ある環境に感謝してそこで全力を尽くそうとせず、自分にないものばかりを探してそれを羨ましがっていたのだと思う。
「置かれた場所で咲きなさい」
今いる環境や状況を嘆くのではなく、その場所で自分にできる最善を尽くし、自分らしく輝きなさいという意味であり、渡辺和子さんの本のタイトルにもなっている言葉である。今までのサッカー人生においてないものねだりをしてきた私にとって、大学サッカーで一花咲かせるにはとても大切な言葉であると感じている。正直今の環境に言い訳をして何も行動しないことは簡単なことだが、それでは現状は変わらない。私自身の今までのサッカー人生を振り返ってみると置かれている環境の中には悪い面がある一方、良い面も隠されていることが多々あったと思う。今ある環境をどのように捉えるかは自分次第だし、だからこそ今自分がいる環境の中でいかに良い面を見つけ、それに感謝し、その環境の中で全力を尽くすかがとても大切だと思う。
ソッカー部に初めて入った昨シーズン。サッカーをするにはこれ以上ないというくらいの恵まれた環境でサッカーができている。TOP、B1、B2、カテゴリーに関係なく先輩たちがその環境で全力を尽くす姿勢、チームを良くしようと努力する姿勢にとても刺激を受けた。個人としてはIリーグ9試合に出場させていただいた。カテゴリーは1番下のB2、ポジションは高校まで一度もやったことのないSB。うまく行かないことはたくさんあったけれどその中で自分にできることを見つけ、今までとは比べものにならない程成長することができたシーズンだったと思う。
昨シーズンとても印象に残っている試合がある。Iリーグ第6節、成蹊大学戦。直前の遠征でゴールを決め、調子も良かった私はスタメンで出場できるのだろうと勝手に思っていた。でも、前日に発表されたスタメンに私の名前はなくベンチスタートとなった。今までの自分だったら不貞腐れてそこで終わってしまっていたと思う。しかし、その試合は今の自分にできることを探し、アップもいつも以上に真剣にやった。すると後半開始から出場するチャンスをいただいた。自分としても今までで1番良いプレーができたし、チームとしても後半に1点を取り勝利することができた。今自分の置かれている環境の中で何ができるかを考え、行動することの大切さに改めて気付かされた試合だった。
今シーズンも正直うまく行っているとは言えない。出場した試合は新人戦の10分だけだし、自分の目標とする早慶戦出場からも遠いところにあると思う。それでも自分の目標のために今自分の置かれている場所でもがき続けるしかないと思う。Iリーグでメンバー外になって、審判をやることやオフの日の早朝から開催される学年ミーティングなど嫌なことはたくさんあるし、これから先もうまくいかないことはたくさんあると思う。それでもこのソッカー部という恵まれた環境に常に感謝し、全力で闘い続けることを誓う。
長く拙い文章になってしまいましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。今後共、ソッカー部への変わらぬご支援とご声援の程、よろしくお願いいたします。
《NEXT GAME》
6月19日(金) 「アミノバイタル®︎」カップ2026 第15回関東大学サッカートーナメント大会 3回戦 vs 未定 @未定 キックオフ時間未定

