オフィシャルブログ

環境と人(佐藤隼人)

2018.11.12

佐藤隼平素はお世話になっております。
大学サッカー界No.1DFの鴻巣君からバトンを引き継ぎました、佐藤隼人です。普段はメロスでやらせてもらってます。鴻巣君ですが今季に入ってからの安定感は凄まじく、チームを牽引し勝利に貢献しています。その活躍たるや星3つ、いや7つ。まさにセブンスターです。
さて、鎮座すること早3年。色々想うことはありますが、私ながらに上手くまとめて述べたいと思います。チャンネルはそのまま、お付き合い下さい。

「環境が人を作る」
この言葉は今年までの経験から私が強く感じているものです。
高校受験時、一日中勉強し続けた日々は、私に勉強を習慣化させました。
高校ソッカー部での始発を伴う朝練は、親に起こされキレながら二度寝していた私を変え、今ではアラーム一発で起きた後、布団をたたみ部屋を軽く掃除して家を出ます。
体育会ソッカー部でのミーティングは、自分の未熟さを痛感させてくれました。義務教育と違い生活における指導者のいない環境においては、そういった自分の欠点を指摘してくれる同期の存在やミーティングは重要であったと思います。
リサーチでの役割は、私に責任感を与えてくれました。仕事における責任感は勿論、ここでいう責任感というのは、共に仕事をし戦った同期に対してのものです。リサーチは学年から出す最初の役職であり、その後、学生スタッフを務める人が多いです。実際、私の同期はそれぞれ副務、グラマネ、世界へとトビタっテしまいました。立場は変われど、一年間苦楽を共にした者として4年間支える。その責任感こそが私が体育会で得た一番大事なことかもしれません。しかし、今振り返ればその決意に対する後悔も当然あります。ただ、それ以上に、チームの模範となるべき同期と一年間密に過ごせたことは幸運であったと思います。彼らからは多くの事を学ばせてもらいました。
以上のように「環境」の変化は私の人生において重要な役割を果たしていると考えています。ただ、ここで私が言いたいことは、その「環境」は自ら選択し飛び込まなければならないということです。その勇気さえあれば常に成長し続けられると信じています。

「人が環境を作る」
この言葉は今年の経験から私が学んだことです。ここでいう「人」とはリサーチの後輩を指します。今年からリサーチも新体制を取り再始動しました。早慶戦以降リサーチとしても手応えを感じることの出来る試合が増えていきました。その原因は何でしょうか。新体制を取ったことに目が行きがちですが、私は今年からリサーチを担っている後輩によるものが大きいと感じています。語弊があればすみません。新体制としては1年目でありながらリサーチとしては最後の年。後輩に何が残せるだろうか。何を教えるべきか。そんな想いも持ちながら彼らと共有した1年間。多くを学んだのは私の方でした。彼らにはリサーチを行う上で一番大事な要素が備わっています。戦術眼、コミュニケーション能力、選手としての技術、…どれも正解のようで違います。「献身性」です。それが具体的に何を意味するかはあえて説明しません。というより言葉では説明出来ません。少なくとも私が彼らから感じたものは「存在意義」という何らかの理由に留まる小さいものではなくもっと意義のあるものです。
以上の経験において私が学んだことは、「環境」を作ることのできる「人」にならなければならないということです。体育会ソッカー部は今年より2部に降格しました。今、その「環境」に「人」を作る力は無いのかもしれません。つまり「人」が「環境」を作らなければなりません。「部員」が「ソッカー部」を作らなければならないのです。情けないながら、その役目は後輩達へと託すことになります。宜しくお願いします。
くどい文章になってしまいましたが大体私が伝えたいのはこんなもんです。

「環境が人を作る」「人が環境を作る」
皆さんの人生においてはこれらの言葉はどんな意味を持ちますか?一度これを機会に考えてみるのも面白いかと思います。
最後に、今に至るまでの「環境」と「人」、そして何より、試合前日に連絡をくれる(櫻井さん)ような歴代Rfamilyの皆に感謝して終わりたいと思います。ありがとうございました。
続いてブログを担当するのは塾高からの同期である飯塚です。バトンを引き継げるのも何かの縁かと嬉しく思います。選手として、学連として様々な経験をした4年間。最後のブログで、何を書いてくれるのでしょうか。

《NEXT GAME》
11月18日(日) 関東リーグ戦 第21節 vs立教大学
@立教大学グラウンド 14:00キックオフ

思い出(鴻巣良真)

2018.11.12

鴻巣こんにちは。最近悩み事が多すぎて、人生について深く考えすぎる挙句、哲学者への道まっしぐらな男、増田皓夫から紹介を預かりました、総合政策学部4年の鴻巣良真です。最後のブログは、私の心の中にある思いをそのまま綴りたいと思います。

今年の夏、一生忘れられない思い出ができた。早慶戦だ。等々力陸上競技場、18000人の観客、プロのような雰囲気の中、今年一番のベストゲームを、私がぶち壊した。1部リーグで圧倒的な強さを誇る早稲田相手に先制したものの、私のミスで逆転負けをくらった。私自身、4年目にして初めて出場のチャンスを掴んだ早慶戦。その最初で最後の早慶戦は、私のミスによって失点し敗戦、何も出来ずに終わった。仲間への申し訳ない気持ちなのか、自分への無力感なのか、理由はわからないが、涙がとまらなかった。私がやってきたことは間違っていたのかもしれない、そう考えるようになった。常に結果を求めてきた私にとってこれ以上にない「敗北」だった。

私の大学サッカーのスタートは、「溝渕雄志(現プロサッカー選手)を倒す、須田芳正(前監督)を圧倒させる」だった。当時トップチームの右サイドバックの絶対的存在であった溝渕さんからポジションを奪うことを目標としたものの、入部後すぐに溝渕さんの存在の大きさを目の当たりにするとともに、須田前監督からプレーを認めてもらえない現実があった。故に、日が経つにつれて目標は遠くなっていった。気づいたら、顔面スレスレで須田さんに怒鳴られ、気づいたら須田さんの帽子が物凄いスピードで飛んできて、気づいたら試合後に走らされていた。もちろん関東リーグに出場できるはずがなく、AとBを行き来する立場にあった。中学高校と試合に出続けてきた私にとって初めての経験であり最大の挫折だった。
それでも腐らずに自身と向き合ってきたことで、大学3年時に転機が訪れた。センターバックへのコンバートだ。怪我人が増え、私に最大のチャンスが訪れた。3回目のシーズンの初めの天皇杯予選でこのチャンスをがっちり掴んだ。監督に自身の成長が認められ、関東リーグに出場することが当たり前な存在に変化した。もがき苦しみ、2年間かけても超えられなかった大きな壁を3年目にして乗り超えたからこそ、今現在の私が存在していると自信を持っていた。

勘違いしていたのかもしれない。

よくよく考えてみると、溝渕さんからポジションを奪ったことは一度もない。関東リーグに出場できたのは、常に試合に出ていた2個上の先輩方が引退したからに過ぎなかった。試合に出場しても1部残留できず、2部に降格させてしまう実力しかなかった。結局、一番大切なゲームで何もできなかった。本当の意味での壁を乗り越えていなかった。私の大学4年間が正しかったと思えなくなってしまった。疑問が残ってしまった。

これが今の心の中の思いです。

結局、サッカーで何一つ結果を残すことができず不完全燃焼で終わってしまいました。それでも、慶應ソッカー部で過ごした4年間は、このブログでは語りつくせないほどの多くの経験をさせてくれました。考えの全く違う方々から多くの勉強をさせてもらいました。何より自分という人間を知ることができました。これからの人生において最も大切なものは何かを教えてくれた慶應ソッカー部での4年間は私の財産であること間違いなしです。
また、1年の時から活躍し常に私に刺激を与えてくれた同期、影でこそこそと努力をしていた同期、私に対して本気で叱ってくれた同期、プレー面についてアドバイスをしてくれる同期、怒鳴られているときに横で大爆笑している同期、私と同様に、須田さんから猛烈に怒鳴られている同期など、最高の仲間と出会うことが出来ました。一緒に苦しみを味わい、ピッチ内において全力でぶつかり、ピッチ外では全力でふざけあった同期達は一生の友です。

最後になりますが、慶應のユニフォームを着て試合できるのもラスト2試合になりました。本気でサッカーができるのもあと2週間です。何もかかってない試合だろうが、慶應のユニフォームを着る以上プライドを持って全力で戦います。笑顔で終われるよう最後まで自分の役割を全うします。

次のブログは、リサーチという立場から慶應を支え続けてきたメロスこと、佐藤隼人です。彼の個性が発揮されると思われるブログをお楽しみに。

《NEXT GAME》
11月18日(日) 関東リーグ戦 第21節 vs立教大学
@立教大学グラウンド 14:00キックオフ

笑顔が幸せを運ぶ。そして僕はみんなを笑顔にする。(増田皓夫)

2018.11.09

増田2平素より大変お世話になっております。悪友である吉江からブログリレーのバトンをもらいました、商学部4年の増田皓夫です。最近吉江は人生の色合いが芳しくないようで心配です。吉江ママの戒め書が効いていないのではないでしょうか。(笑)
最近悩みごとが次々と出てきたり、事件を起こしてしまったりと、最終学年になってまで本当に自分を殴りたくなる毎日です。

さて、最後のブログという事なので、大学4年間の、いやサッカー人生16年間の想いを綴らせて頂きます。拙筆ではありますが、暫しお付き合い下さい。

「なぜ大学でサッカーを続けているのだろうか」
引退が近づくにつれ、よくこんなことを考えます。

留学や学生起業など自分を高める道はたくさんある。サークルやボランティア活動など他の課外活動で人生を謳歌する道もある。

プロの道を諦め切れずにいるのだろうか。就職に優位に働くと信じているのだろうか。
それとも、入部したからやめられないだけなのか。

僕の場合は、笑顔でいるためかな。心から笑えるのが、サッカーをしている瞬間だからかな。

社会という未知なる世界に飛び込む前に、必ず僕らはサッカーをする意味について考え、悩みます。しかし、そこに無理に意味を見出そうとばかりで、存在意義とか問うても、自分を見失っちゃうような気がします。本当はグラウンドでボールを追うのが好きなだけなのに、笑顔に自然となっているだけなのに、考えすぎているのかもしれません。

幼くして初めてボールに触った瞬間。4月の桜が教えてくれる「今年こそ活躍してやる」という高揚感。チームで勝ったときの達成感。ゴールを決めた時、パスが上手くつながった時、ゴールを死守した時の喜びを爆発できる瞬間。
大事なのは、そんな瞬間とか感情を、いつも心に秘めて楽しむことじゃないでしょうか。それを追い求めて、今まで奮い立たされてきたのではないでしょうか。
一番楽しまなければいけない僕達は、大事なものを大人になるにつれて、いつしか忘れてしまいます。

僕も何回も、何回もサッカーをやる意味を考えて、初心を忘れてしまうことが多くありました。度重なる大怪我、自分の実力不足、監督やコーチの評価、様々なものに苦しめられ、サッカーが好きで楽しくやることを忘れてしまいがちでした。

みんなの笑顔が見たい、それが僕の原動力です。みんなが笑っている姿、好きなことを楽しんでいる姿が好きなんです。笑顔に一番魅力があって、秘められた力があるから。そんな姿に助けられた印象的な経験があります。

高校時代、僕の人生における考え方の、分岐点ともなる経験でした。
高校3年になる直前に、大腿骨を骨折し、必死に松葉杖をついて、チームを応援しにいった時のことです。
僕の目に、光のように眩しく映る、応援隊長の姿がありました。今でも鮮明にはっきりと覚えています。彼は、怪我で何度も長期離脱を繰り返し、苦しんでいました。それでも先頭になって、一番ある意味バカになって応援をして、部員一同を笑顔にしていました。応援もこれ以上ないくらい、盛り上がりを見せて、チームも勝ちました。あの一体となって楽しんでいる瞬間は忘れられません。一つひとつの振る舞いで、他の人にどれくらいエネルギーを与えられるのか、体で感じ、視界がぐっと広がったような気がしました。
当時の僕は、医者に復帰までに1年かかると、最後の大会もおそらく間に合わないと、断言され、心理状態はメチャクチャでした。
しかし、その光景を見て、彼のような周りに笑顔を与えられる人間になりたいと強く思ったし、復帰を諦めないことを自分に誓い続けました。半年後、リハビリが上手くいき、不死鳥のように復帰した際には、みんなが喜んでくれて、たくさんの笑顔を見ることが出来ました。

こんな経験があったからこそ、誰かの笑顔のためにサッカーをしたいと思った。そして、それが結果的に自分の笑顔にも繋がりました。

4年にもなると「引退」という美しくも儚くも見える、終わりが見えてきます。だからこそ、楽しむという初心をより大事だと一層感じることが出来るのかな。

早慶戦という舞台を思い出してみてください。
応援する部員、学生が喜びを分かち合う瞬間。マネージャー、スタッフ陣みんなが当日に楽しそうにする瞬間。両校の選手が互いに誇りをかけながらも、サッカーを楽しむ瞬間。そんなイキイキとした瞬間に誰もが魅せられて、憧れの舞台になるのではないかな。

きっと笑顔で楽しんでいれば、自然と幸せを運んでくれると思います。だからみんなには純粋にサッカーボールを追いかけることの楽しさをずっと心に秘めていてほしいです。

人生を振り返ると、僕はこれまで多くの人に支えられました。尊敬できる先輩、個性豊かな同期、だるい絡みに付き合ってくれる後輩。リハビリ、ケアをしてくれたトレーナー、医師の方々。サッカーとは何なのか考えさせてくれた監督、コーチ。会場に来てくれたり、励ましの連絡をくれたりと応援してくれる友人。そして普段は恥ずかしくて意地っ張りで感謝は伝えませんが、自由奔放に育ててくれた家族。これまで出会えた人や、一緒に生きてくれた時間が僕の財産です。
そんな支えてくれた人たちを笑顔にして、恩返しが僕はしたい。長い長いサッカー人生も、残り2週間、公式戦に出場できるのもあと3試合となりました。これまで迷惑を沢山かけてきましたが、みんなの想いを背負って、みんなの笑顔を見られるように戦いたいと思います。

次のブログは、 普段はいじられキャラ、サッカー中は王様のごとくプレーする世紀のモテ男鴻巣良真です!彼のユーモアに富みながらも、深く熱い想いが垣間見ること間違いなしです!お楽しみに!

《NEXT GAME》
11月10日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs拓殖大学
@栃木市立総合運動公園陸上競技場 11:30キックオフ

たかがサッカー(吉江竜太朗)

2018.11.07

吉江2平素よりお世話になっております。牛岡からバトンを受けました、法学部法律学科4年の吉江竜太朗です。ここ3ヶ月は、彼の胸めがけて1000本はボールを蹴りました。

根は真面目とイジられ、うるせえ。といつもいきり立っていましたが、やはり真面目な文になってしまいました。最後まで読んで頂けると幸いです。

引退まで、あと1ヶ月を切る中、ブログが回ってくる恐怖に怯え、私の幼稚園から続くサッカー人生を振り返ると、辛い事、悔しい事、残念な事ばかりが脳裏に蘇りました。

例えば、

・中3の時、初めて出場した全国大会で発熱の為、スタンドからビデオを撮り続け、私だけプレーをすることが出来ずにこの大会の為に買った新しいスパイクでコーチと2人でボールを蹴った事。

・高校生の時は、3年生の夏冬共に怪我をして試合に出場することが出来ず、ただ声を出し続けることしか出来なかった事。

・そしてこれらの悔しさをぶちまける為に大学でソッカー部に入部し、大学2年の春には関東リーグに出場するチャンスを掴みかけるものの、前日に怪我をし、そこから2ヶ月Dチームで活動した事。

・4年生の夏にCチームで力を貸してほしいと私を信頼して加入させてくれたにも関わらず、後期Iリーグで勝ち点4しか稼げず、最後はベンチから降格を見届けることしか出来なかった事。

・下級生の頃一緒に戦っていた他の同期は、関東リーグのピッチで輝いている事。(これは、嬉しいけど悔しい複雑な感情です。)

全て私自身の責任、力不足であり、こんなところで嘆いても仕方がないのですが、結果だけを列挙するとこういった有様です。

こうして振り返っていると、大学までサッカーをしていた事に後悔の念を持ってしまう程でした。
私の周りには、サッカーを辞め大きな成功を掴んでいる人や夢を見つけそれに向かって走っている人が沢山います。
彼らは、それまでの当たり前であった、生活のそのものだった、サッカーを捨てるというとてつもなく大きな勇気のいる事を遂げて今を生きているのです。
一方私は、やめる勇気すら持てずにサッカーを続けていたのかもしれない。
辞める人は腰抜けだと決めつけていたが、そうではなく、思考を停止させて、ただサッカーを続けていただけなのかもしれない。そう思ってしまいました。

しかし、ある同期が先日、「サッカーは人生において一部でしかない。プロサッカー選手になるなら違うけど、趣味のようなものだ。」と話していた事、そして須田前監督もよく「ソッカー部は人間教育の場」「たかがサッカーなんだから」と仰っていたことを思い出しました。
下級生の頃は何を言ってんだと思っていましたが、卒業して社会人になる事を控えた今、少し分かったような気がしています。

勿論、サッカーを始めた頃は皆プロサッカー選手を目指し、懸命に努力を重ねるでしょう。しかし、大学生にもなると現実を知り、全員がプロサッカー選手になる事はあり得ません。
だから私は結果だけを見るのではなく、人生の一部に過ぎないサッカーが私に何をもたらせてくれたのかをしっかりと整理して、今後の人生の糧にする事が大切だと思います。

そして私が考えるサッカーが私の人生にもたらした産物は、チームスポーツで本気で勝利を目指し行動する中でリスペクトできる仲間、人に出会えた事なのかなと思います。

例えば、同期のGKたちです。GKというポジションはチームで1人しか出場できない為、競争がダイレクトに現れます。つまり、他のGKをバチバチに意識して行動するので他の同期よりもリスペクト出来る部分が多く見れるのです。そんな彼らからはどんな状況でも諦めない精神力や創造性とそれを芯を持って貫く大切さを学びました。そんな事を感じさせてくれた、熱すぎてうるさいくせに繊細なキックをする同期GKも、ふざけてるくせにスーパーなセーブをする同期GKも私の闘争心を駆り立て、サッカー人生を刺激的にしてくれた大切な宝になります。

また、サッカー人生最後の半年に、Cチームの監督である戸田さんの元で活動出来た事も幸せな事です。
本当に日本のトップ、世界で活躍する人は生半可な努力ではない。
言葉にしたら誰でも言えるし、当たり前かもしれませんが、それを目の当たりに出来たことは私の人生において大きな財産であり、一つの指針となることでしょう。
ソッカー部では、当たり前の事は当たり前ではなく、感謝をしろと良く言われますが、戸田さんが同じ組織で活動している事がまず当たり前ではなくとてつもなく幸せであると思います。
だからこそ、詳細は存じ上げませんが、昨日のような最後になってしまったのはリスペクトに欠けていると思いますし、選手一同残念でなりません。
すみません、脱線しましたが。

他にも、戦友ちびれおや、3年間一緒に暮らしたお馬さん、私のブレーキ役鈴木くん、拒否権を与えない小谷くん、哲学者への道を辿り始めたスピーカーなど素晴らしい同期、いつも面倒を見て下さる先輩達、私の可愛がりに付き合ってくれる後輩達は、一生の宝になるでしょう。

このような素晴らしい人々との出会いが私のサッカー人生で得る事が出来たものであり、サッカーをここまで続けた事は私にとって間違いなく有益であると確信しています。

サッカーを続けたことに後悔はありません。

だから最後に、2年以上話してない、堤くん。1年生の時から自主練をしてきて、先日関東デビューした事はとても嬉しいよ。

彼も僕の宝の1人です。

これから話すかは分かりませんが、陰ながら応援しています。

拙い文章でしたが、ここまでお付き合い頂き有難う御座いました。

次は、早慶戦で素晴らしいゴールを決め、ベンチではなくスタンドに一目散に走って行った増田皓夫です。
最近は専ら人生について思慮しているという彼の深く熱い思い、お楽しみに!!

《NEXT GAME》
11月10日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs拓殖大学
@栃木市立総合運動公園陸上競技場 11:30キックオフ

遠回りの先にあった幸せ(牛岡佑輔)

2018.11.06

牛岡タイシからバトンを受け継ぎました、商学部の牛岡佑輔です。
タイシにはよく下田から武蔵小杉駅まで車に乗せてもらい、様々な話をした思い出があります。そんな日々ももう残りわずかだと思うと、寂しいです。

先日、CチームのIリーグ残留決定戦で1-2で敗れ、2部リーグへの降格が決まりました。最後に後輩に1部の舞台を残すことが出来ず、言葉では語りつくせない悔しさと情けなさを感じています。
シーズンに入った直後にCチーム所属となり、目標としていた関東リーグの舞台からは遠ざかりましたが、CチームにはBチームと同じIリーグ1部の舞台があり、活躍次第で上にいくチャンスはいくらでもあると考えていました。また、昨年の経験から、Cチームが1部の舞台で相手と互角に戦うことは難しいものがあり、自分がFWとしてチームを勝たせようと意気込んでいました。
結果から言うと、合計得点は7得点、その内後期リーグではたった2得点に終わり、目標としていたIリーグ1部の得点王にも、チームを残留に導くという目標にも届くことはありませんでした。
今4年間を振り返ると、欲しかった結果を手にすることが出来ず、悔いはないと言ったら嘘にはなりますが、目標に向けて取り組んだ過程で得た学びや気付きはとても多かったのではないかと感じています。

特に、4年間の集大成としてのラストシーズンは自分にとって、とても貴重でかけがえのないものになりました。Cチームを指導して下さった戸田さんと出会うことが出来て、多くの学びや気付きを得られました。戸田さんについては他の部員ブログでも紹介されているのでここでは割愛させていただきます。
解説業などで超絶タイトなスケジュールの中、常に選手やチームのことを考えて下さり、真正面から選手に向き合っていただきました。明確な意図が組み込まれた練習メニューや練習中の的確な指導やアドバイスにより、ときには叱咤されながらも、サッカーが上手くなっていることを日々実感していました(あくまで主観です)。そして「昨日よりも今日、今日よりも明日と、もっと上手くなりたい」と心の底から思える毎日を送ることが出来、幼少期に無我夢中にボールを蹴っていた頃の純粋な気持ちを再び感じていることに気付きました。

決して、それまでの3年間はサッカーがつまらなく、無駄なものだったと言いたいのではありません。
サッカーをする上で、当たり前ではない恵まれた環境や支えに有難みを感じながら毎日を必死に過ごしながらも、FWとして得点やアシストといった目に見える結果だけを追い求めてきたことから、いつしか純粋にサッカーを楽しむことを忘れている自分がいました。上に上がる為にはスタッフやコーチから評価される必要があり、そして人の評価を変える為に、一番手っ取り早いのが目に見える結果を出すことだと思います。私の場合、試合や練習で点を取り続けられている時は自信にもなるし、何より楽しくモチベーションは上がりました。しかし一度スランプにはまると自信はなくなり、焦り、せっかく仲間が作ったチャンスを決められない自分を責め、サッカーに楽しさを感じることはありませんでした。そして気付けば、過去の結果にすがり、「他人からの評価は下がっていないか」、「周囲に自分がどう思われているか」を気にしていました。自分がそんなことを考えている間に、人知れず努力をしている選手だっていたはずです。今思えば本当に馬鹿げていると思います。思考を働かせるべき事はもっと沢山あったのに。
結局のところ、当時得点によって積み重ね、スランプにはまっては崩れていた自信は、真の意味での自信ではなく周囲に評価されるための、周りの目を気にして自分を飾る一時的な見栄に過ぎなかったのだと思います。
そして気付けば、一サッカー選手としての自分だけでなく、一人の人間として他人に良く見られたいが故に見栄を張るようになりました。当然、偽りの自分を演じることは自分を苦しめましたし、とにかく自分に嫌気が刺しました。
自分を変えたいと強く思い、3年の夏前に頭を坊主にしてみたりもしました。今思えばあの決断は間違っていませんでした。(笑)外見をまず変えたことで、サッカーにおいても人間関係においても人にどう思われるかなんて気にもかけなくなり、少しずつ自分の内面にも変化が生まれ始め、一段階成長することが出来ました。

こうした経験は今思えば本当に馬鹿げています。とても低レベルな話だと思います。でもこんなくだらないことに神経を使って本気で悩んだからこそ、今こうして純粋にサッカーを楽しむことが出来てとても幸せな気持ちでいっぱいです。

結果だけを見れば、私の大学サッカー人生は失敗に終わりました。でもこれからも人生は続いていきます。11月末には現役を引退し、新たな人生に向かって舵を切ることになります。サッカー人生が終わったら、今一度しっかりと自分を見つめ直し整理したいと思います。大学で得られたモノを血肉とし、仲間と分かち合った喜びや、目標が達成出来なかった悔しさを糧に人生を歩み、いつしかお世話になった人達に何らかの形で恩返し出来るよう精進していきたいと思います。

次は、吉江竜太朗の出番です。普段はおちゃらけており、いつも部員の笑いの中心にいる吉江ですが、実は真面目で、ここぞという時には本当に頼りになる男です。最後のブログでどんなことを書いてくれるのか楽しみです。

《NEXT GAME》
11月10日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs拓殖大学
@栃木市立総合運動公園陸上競技場 11:30キックオフ

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