オフィシャルブログ

延世遠征(Aチーム)

2018.12.04

早いもので今年も師走となりました。皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、つい先日の関東リーグ閉会式をもって4年生が引退しましたが、休む間もなく新チームでの活動がスタートしております。Aチームは11月30日(金)から12月2日(日)の2泊3日の日程で、延世大学校との定期戦の為、韓国遠征に行ってきました。以下、その様子をお伝えしたいと思います。

初日は、延世大学校の練習場を借りてトレーニングを行いました。トレーニングの様子の前に、どうしてもお伝えしたいのは大学の規模です。延世大学校は、キャンパスがとても広く私たちが宿泊した寮から練習場までは歩いて20分程かかります。大学には121の学士課程、大学院には93の修士課程と博士課程、また特殊大学院には17の修士課程があり、5万人以上の学生が通う場所だと考えるとその規模にも納得出来ます。日本よりやや寒い中でのトレーニングになりましたが、一同次の日の定期戦に向け集中してトレーニングを行っていました。

中日はいよいよ定期戦当日です。OB戦は負けてしまったものの、現役戦は見事に勝利で終えることが出来ました。新チームの初陣を見事勝利で飾ることが出来たのは大変嬉しく思います。この勢いをこれからの新チームの活動に繋げていきたいです。なお、得点を挙げたのはかつて延世留学を経験した中畝楓流と杉本崇太朗。かつて大きな期待を背負って留学に来た2人が、途中交代ながらしっかりと結果を残してくれました。
試合後には、キャンパスから少し離れた会場にてレセプションが執り行われました。盛大な歓迎を受け、両校OB、現役部員共に交流を深められたと思います。

最終日は、荷物を片付け、最後の食事を摂ってから空港に向かいました。3日間、寮の食堂には大変お世話になりました。振り返ると、異文化に触れることが出来たフリータイムを含め、充実した時間を過ごすことが出来た遠征になったと思います。延世大学校との交流は長い歴史に支えられており、今後も継承していくべき大切な繋がりです。来年は、彼らが来日することになります。その際は精一杯のおもてなしをしたいです。

この遠征を迎えるにあたってご尽力いただきました延世大の皆様、ソッカー部OBの関係者の皆様、ありがとうございました。皆様のお力添えなしにはこの遠征は成立し得なかったと思います。大変有意義な遠征になりましたが、いつまでも余韻に浸っているわけにはいきません。今週末に控えた天皇杯予選に向け、部員一同精進して参ります。今後共、温かいご声援の程宜しくお願い申し上げます。

文責:奥山大

出逢い(松木駿之介)

2018.11.23

松木平素は大変お世話になっております。

カメラを向ければ二重の妙なキメ顔をし、みんなで話をしていれば何かと自分の話に持っていく。そんなかわいい一面を持ちつつも、ピッチに入れば相手を切り裂くスーパードリブラーになる。彼とは1年時から常にポジションを争ってきました。ライバルの小谷春日からバトンを引き継ぎました、主将の松木駿之介です。4年生ブログリレーも私で最後になりました。長く拙い文章ではありますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

私は青森山田高校から慶應ソッカー部へと入部させていただきました。高校時代無名だった私は、「プロになる」という小さい頃からの夢を叶えたい一心でこの4年間を仲間と共に過ごしてきました。振り返れば言葉の通り、「あっ」という間でした。そして縁があり、来シーズンよりファジアーノ岡山でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせていただけることになっています。
圧倒的なフィジカルやスピード、テクニックを備えていない平凡な私が(オフザボールと集中力には自信があります)プロサッカー選手になることができたのは、吸収力があったからだと自分自身は考えています。ピッチ内外における様々な刺激から何を吸収できるかを考え、それらの刺激と向き合ってきました。サッカーで言えばプレーのジャッジ基準やオフザボールの動き、身体作りを年々変えながら過ごしてきました。ピッチ外で言えばサッカーへの向き合い方や時間の使い方、なんなら性格までもが少しずつ変わってきたかと思います。変化することで上手くいったこともあれば、もちろん上手くいかなかったこともありますが、”No Attack , No Chance .”です。成長することを求めて恐れずに取り組んできたという自負があります。
そして、その私の吸収力という強みを存分に引き出してくれたものが、今回のブログタイトルにも設定しました「出逢い」です。これまで同期の部員ブログを読んできましたが、多くの同期が出逢いに感謝をしていることが印象的でした。自分にとって一生懸命になれるもの、大好きなもの、つまり私たちにとっては「サッカー」が与えてくれた出会いはやはり特別な出逢いになるのでしょう。前置きが長くなってしまいましたが、最後のブログではその「出逢い」についてと、慶應ソッカー部への感謝を綴らせてください。

これまでの人生を振り返ると、「もし、あのとき、あの人に出逢うことができていなかったらどうなっていたのだろう。」という思考、感情が生まれます。私の人生は、面白い程に人との縁で幸せなものとなっています。ここには書ききれませんが、本当に多くの人との出逢いが私を変化させ、成長させてくれました。決してすべての出逢いが良いイメージだったという訳ではありません。中には強烈な反骨心を与えてくれた指導者や、日々刺激と悔しさを与えてくれたライバルの存在もありました。ただ、そういった人々と出逢えたのも単なる出会いではなく、心の底から出会う必要のあった出逢いだと感じるのです。
ソッカー部に入部してからも例外ではありませんでした。様々なバックグラウンド、性格、人間性を持った仲間との出逢いは刺激的なものです。サッカーへの考え方から組織での振る舞い方は部員の数だけあります。対戦相手の分析を行い、勝利のパーセンテージを上げる作業を夜な夜なしてくれるリサーチ部門。大好きなサッカーを続けたくても組織のためにサッカーを辞め、コーチとなり先導してくれるグラウンドマネージャー。自分自身の時間を割き組織の運営管理、組織マネージメントに徹する主務。他にも、試合に出れなくて悔しい気持ちもある中で声を枯らして応援してくれる仲間やマネージャーなどの存在は、今後もサッカーを続ける私に大切なものを教えてくれました。
「支えてくれる仲間がいるからこそサッカーができる。そして、そのサッカーで仲間に恩返しができる。」
プロの世界で言えば、これらはクラブスタッフやサポーター、スポンサーだと考えます。だからこそどんな状況であってもクラブのために魂を込めて闘わなくていけないのです。それがこの4年間は慶應ソッカー部でした。チームの勝利で一体となって笑顔が咲いた景色を見れたことは、主将として最高に幸せな瞬間でした。
そして指導者との出逢いは、直接私のサッカー人生を変えました。私をここまで押し上げてくれたのは、これまでに出逢えたすべての指導者のおかげです。

もうひとつ。私がプロサッカー選手になるという夢を叶えるために必要不可欠だった、忘れられない出逢いがあります。それは、コンサドーレ札幌に所属する深井一希選手との出逢いです。
私は大学2年生の12月、練習中に軽い接触プレーで膝がロッキングしてしまいました。一瞬にして歩けなくなり、怪我の怖さを身に染みて感じたことを今でも鮮明に覚えています。幸いなことに周りの靭帯は傷付かず左膝半月板損傷、全治4〜5ヶ月という診断でした。しかし、大学3年の夏に開催されるユニバーシアード世界大会へのメンバー入りを目指し焦ってリハビリしてしまったこともあり、7月に再手術をすることになりました。再手術が決まった時、私は夢への挑戦を諦めかけました。「膝が治らない。もうフルのパフォーマンスに戻せないんじゃないか。」と不安に押し潰され、本気で就職することを考えていました。全日本選抜で共にプレーしていた選手は、ユニバーシアード日本代表として世界で金メダルを取って帰ってきました。周りの選手にどんどん差を付けられるという劣等感は、ポジティブで楽観的な私を自分でも驚く程に悲観的にしました。そんなときに希望をくれたのが深井選手でした。先輩の近藤貫太さん(H30年度卒)を通じて「諦めるなよ」とメッセージをくれたのです。私の再手術をどこかで知り、自分と似た境遇だったからでしょうか。関係を全く持たない私を気にかけてくれました。前十字靭帯断裂という、私とは比にならない大怪我を3度乗り越えプロとして活躍している深井選手の言葉は重く、一瞬にして私の消えかかっていた火を灯してくれました。
「プロサッカー選手だからこそできることは沢山ある。プロになってピッチ内外において多くの人々、子どもたちに夢を与えたい。」
私がプロを諦めずにリハビリを励み、ここまでやってこれた大きな原動力です。これもソッカー部に貫太さんが帰ってこなければ出逢えていなかったものだと考えています。
ずっと一緒になってリハビリと身体作りを指導してくださったトレーナーの三浦さんの存在も忘れられません。再手術が終わった後、復帰まで約1年かかってしまいましたが周りの人達の支えがあったことで復帰することができ、ひとつの夢を叶えることができました。約1年サッカーができなくなると面白いくらいサッカーが好きになるんですね。今はサッカーができるだけで楽しい。サッカーを続けられる環境を与えてくださったファジアーノ岡山に、心から感謝しています。幸せを噛み締め、お世話になった方々に恩返しができるよう、プロの世界でもフルファイトしたいと思っています。

本当にたくさんの出逢いが私を変化させ、大きくし、幸せな時間をつくってくれました。今後これまでの出逢いを糧に、プロサッカー選手として更なる夢に挑戦します。ソッカー部で過ごした4年間で学ばせてもらったことは、今後のサッカー人生、そしてその先の長い人生において大切なもののひとつであるはずです。
出逢ってくれた仲間に、指導者に、携わってくれたすべての方々に感謝しています。4年間ありがとうございました。

これからも出逢いを大切に、自分らしく謙虚に、熱く生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ソッカー部への感謝を綴り終わりたいところでしたが…どうしても謝りたいこと、後悔があります。

それは関東リーグ開幕前の決起会において、後輩のみんなに約束したことです。私は主将として、「後輩のために」昇格させると言い切りました。後輩のみんなに1部の舞台でやらせてあげたいという想いで挑みましたが、結果は付いてきませんでした。力が足りなかった、申し訳ない。これが数少ない大学サッカーでの後悔です。
3年生が中心となって、今年の経験を活かし来年昇格してください。応援することしかできませんが、慶應ソッカー部が1部の舞台に戻れることを4年生一同願っています。後輩のみんなに、「4年生のあの人と出逢えてよかったなあ」なんて思ってもらえる学年になれていたら嬉しいです。

明日、今年のチームの最後の試合です。先日怪我をしてしまい、私自身出場することはできません。残り90分、お世話になりまくったソッカー部への感謝をピッチで表現したかった。最後みんなとピッチに立てないことは寂しい気持ちで一杯ですが、よく私の母が口にする「難が有って有難う」です。きっと外から見ることで、また何かに出逢うことができる90分になる気がしています。
私や試合に出れない4年生の想いは試合に出場する4年生が表現してくれるでしょう。4年生の生き様を、最後ソッカー部に残そう。私自身ピッチに立つことはできませんが、仲間たちと一緒に思いっきり闘い、思いっきりサッカーを楽しみます。

頼りない主将だったとは思いますが、みんなに支えられて本当に素敵な時間を過ごすことができました。みんな、ありがとう。

最後、みんなで笑って解散しましょう。

バトンは後輩たちに繋ぎます。

 

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《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

僕とサッカーと松木(小谷春日)

2018.11.22

小谷24年ブログリレーのバトンを主務の松井から託された小谷春日と申します。最後のブログということでご高覧いただけると幸いです。

僕はたしかにここにいた。
結果や試合記録はずっと残り続けるものです。しかしその瞬間、僕がどんな想いを持っていたのか、またどんなことを感じていたのか。それらは僕の卒業と共になくなり、いつしか自分の中でさえも薄れていってしまう。
だからこそソッカー部での4年間について記しておこうと思います。

「藤枝東小谷主将、慶大へ。4年後の目標はプロ入り。」
華々しくスポーツ新聞の1面を飾り、地元の大きな期待を背に僕は上京しました。ソッカー部では入部して1週間でTOPチームに昇格しすぐに公式戦デビューを果たしましたが、ここで大きな挫折を知ることになります。

それは同期である松木の存在でした。お互いの実力を認め合い、4年後に共にプロ入りを誓い合った存在です。
朝、必ず自主練を行う松木に負けたくなく、
夜、必ず彼よりも長い時間グランドにいました。

しかしポジションが被り、監督のファーストチョイスは松木でした。

人生で初めて試合に出られないという屈辱を味わい、毎日がモノクロの様で当たり前の日常が僕の目には眩しく映りました。ベンチを温めることしかできない自分が大嫌いで、1年間地元どころか実家にも帰りませんでした。1人でボールを蹴っている時だけが、唯一の素直になれる時間だったように思います。

それでもやっぱり僕にはサッカーしかなくて、やり続けるしかなかった。ピッチ上で勝利の瞬間を味わえないと、ピッチに立って自分を証明できないと、心の底から楽しいなんて思える訳がない。
その結果、大2、3では安定して試合に出られるようになり2年連続で全国の舞台も経験することが出来ました。同期の鴻巣、岩崎、中島とは監督に怒られた話だけでこれからも仲良くいれそうです。笑
はるぶろ

 

 

 

 

 

 

 

しかし次の挫折は、2部降格という受け入れ難い現実でした。10年間先輩たちが守り続けてきた1部の舞台を僕たちが壊しました。

その年は松木が大きな怪我をしており、誰よりも必死に声を枯らしていた彼に本当に申し訳なく思ったことを覚えています。同時に僕がプロサッカー選手を諦めるきっかけでもありました。
あの西が丘に乾ききった音で鳴り響いた試合終了のホイッスル、ひどく冷たいと感じた雨は今でも肌感覚として残っており、これからも忘れることができなさそうです。

そして現在、松木はプロ入りを決めチームのエースとして、また僕はビジネスマンとして生きる事を決め残り1節を迎えます。

僕の全てであり何もかもを教えてくれたサッカー、最高のライバルであった松木、愉快な同期たちがいなくなってしまうと僕の人生はこの最終節と共に終わってしまう、そんな気すらしてしまいます。何回考え直してみても未練しかない。

これだけ苦しい思いしかなかった大学生活でしたが、僕には支えてくれる多くの人がいました。
関東まで応援に来てくれる両親をはじめ、
ソッカー部関係者の方々、
生き方を教えてくれたザワさん、
もはや家族だと勝手に思っているちびれお家、
死ぬほど話を聞いてくれた悠人、
ケアをしてくれた三浦さん、さくらの方々、
高校の戦友たち、、、書ききれませんが
みんなの存在が僕の大きなモチベーションだった。本当にありがとう。

感謝の気持ちで締めくくるとしんみりするので、
最後に。

4年間の学生生活、どの瞬間も鮮明に蘇ってきますがやり直したいとは思いません。傷つきまくったけど、それだけサッカー、勉強、恋愛、遊び、全てに一生懸命だった。

たった1度のやり直しがきかない学生生活を胸に、僕はぐんぐん前に進みます。

まっさらな就活ノートに自己分析を始めようとした時、自分でも驚く程の大粒の涙が流れ出してスタバの店員に本気で心配されたこと、きっとあの日に僕の第2の人生がはじまりました。

舞台は違いますがユニフォームをスーツに、スパイクを革靴に変え、ずっと小さい頃からの夢であった「世界で活躍する人間」に僕は必ずなります。

そしてきっと松木も岡山の地で大輪を咲かせ、日の丸をつける男になります。

どんなに歳を重ねても、この底抜けのエネルギーは持ち続けます。

10年後、20年後、30年後、、、
僕はこのブログをどんな想いを持って読み返しているのか、
今からとても楽しみにしています。

何があっても負けるなよ。

まつしゅん、そして最高の同期と後輩たち
ラスト1節、
謙虚に、熱く、フルファイトしようや!

《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

自分探しを終えて(松井隆明)

2018.11.20

松井平素は大変お世話になっております。
マネ部屋では毎週のように最新の言葉が更新されます。最近では「マジ?」というのを「ま?」と言うそうです。ついていけません。やはりおじいちゃんなのでしょうか。今シーズン主務を務めさせていただきました松井隆明です。

最後のブログは、私が大学で何を考えて過ごしてきたかについて書こうと思います。長い文章になりますがお付き合いください。

高校卒業前、自分からサッカーがなくなったらという疑問を突然抱くようになりました。受験もなく毎日をのんびりと過ごし、あまり充実感のない高校生活を送ってしまったためにこう感じたのだと思います。それでもここに入部したのはやはりサッカーが好きだからということと、ピッチ外を大切にする部だと知ったからです。ピッチ外とはまさにサッカーのない自分を表現する場だと思いました。サッカーをしながらサッカーのない自分をどれだけ高められるか、4年先を見据えて過ごそうと決めました。

しかし、現実は想像と違いました。
「別によくね?」「まぁ大丈夫っしょ。」 いろんな部員からこの言葉をよく聞き、どこか自分がマイナスにならなければ良いという雰囲気を感じてきました。同期は面白いのですがルーズでもあり、1年時は数多くミスとミーティングをしました。そんな雰囲気と同期から私は堅実さといった自分の個性に気づけました。一つの個性に気づけると2年ではリサーチを通して組織に何をもたらせるかを考えるようになりました。具体的な話は割愛しますが、組織の為に動くことが楽しく、案外こんな仕事にもひたむきになれるんだと感じました。しかし、堅くひたむきに取り組むと自分を追い詰めることもあり、さらに個性が自分の代のカラーとは違うと感じてはもう少し気楽に生きようかなと思う時期もありました。その中、私に副務という選択肢ができました。同期と話し合ってみると自分はこのままでいいと思えるようになり、個性を自分のスタイルに変えることができました。そして次の2年間はもっと自由に自分らしく活動してみたいと思い、経験したことのない仕事と自分の色を塗れる幹部という立場に魅力を感じ、副務を受け入れました。副務として1年間トップ練に参加し、毎日合宿所に泊まって部員と話した時間はとても充実していました。主務は想像を絶する慌ただしさの中で過ごしたからこそ、色を出せない時期もありましたがこれまで見えなかった弱さを知ることができました。
簡単に自分の4年間を振り返りましたが、後輩のみんなにもサッカーを第一にしつつ、先を見据えて過ごして欲しいと思います。存在意義という言葉の意味を恐る恐る探す必要はありません。周りの部員から個性に気づき、それをこの部にどう生かせるのかを考えてほしいです。それがこの部の為になり、自分の為にもなります。ミスがない=隙がないではなく、180人が個性を生かして部にアプローチできることが隙のない組織です。そんな組織を目指してください。今季で言えば応援部門や企画部門は彼らの個性を生かしたアプローチであり私にはできないことでした。

ここからは私が先を見据えて自分を探してきた過程で得られたものをいくつか紹介します。まずは以下をお読みください。

2017.11.18 関東リーグ最終節、降格が決まった日。
2018.7.7 早慶戦の先制点。
2018.7.16 降格したチーム体制の見直しや早慶戦の準備、日常業務に今後の進路。終わりが見えなかった半期が終わった日。
2018.11.11 4年早慶戦。

これらは私が鮮明に覚えている日です。自分の無力さに絶望を感じた日、幸せを感じた日、いろんな感情が入り混じった日。感情は違えどこれらはこの先いつ思い返しても自分を奮い立たせてくれる財産になると思います。思い出というのも学生として得られる大切なものの一つです。楽しい思い出も大切ですがそれらは「楽しかった。」で完結します。せっかくならこの先も自分を奮い立たせる思い出をたくさん得て欲しいと思います。

そしてもう一つ、以上の思い出からもわかるように4年早慶戦を除いて選手としての思い出はありません。私が出られなかった最後の公式戦、出場した同期は格好良かったです。16年のサッカー人生を思い返すと「こんな終わり方か」と情けなく思ってしまいます。同期もブログでサッカーでの後悔を綴っていますが、サッカー人生の最後にどんな自分を見据えているのか、その答えを大切にしてください。

最後が出会いと別れです。応援してくださる皆様、情熱を持って接してくださるOBの方々や社会人スタッフ、会場で声をかけてくださる保護者の皆様、3年間支え合った本田やいつも寄り添ってくれたメロスを始め楽しい同期、ついてきくれた後輩、励まし合った他部の友人。一方で、潟中を始め夢を追いかけて行った部員との別れ。多くの出会いと別れが自分の支えとなり、自分を見直すきっかけとなりました。

ソッカー部生活を振り返ると、自分を知り、いくつもの財産を得ることができ強く成長した4年間でした。最近引退が近づき、なぜこのような過ごし方を続けられたのかを考えるのですが、自分はまだ生かされている身だということを忘れなかったからだと思います。自分ひとりではここまで来られなかった。そう考える度に、目先の感情に流されずもっと未来の自分を見据えるべきだと思うのです。ここまで重く考える必要はないと思いますが、今シーズンを振り返って、目先の感情に流されることがなかったか全部員に考えて欲しいです。

この一人の学生の過ごし方を読んでどう思ったでしょうか。何か自分自身を考えるきっかけになってくれれば嬉しいです。

最後に、サッカーを16年も続けさせてくれたこと、慶應を受けたいと言えば応援してくれたこと、ソッカー部に入り、役職に就くとオフの日ぐらいは全て忘れて一人でいたいと家族までも拒むような自分でも見守り続けてくれたこと、親には感謝の言葉しか出てきません。ありがとうございました。今は次の目標が見つかりこの部で育てた幹に枝葉をつけています。これからもどこに行こうと見守ってほしいと思います。

拙い文章でしたがご高覧いただきありがとうございました。

次はチームNo.1のスピードスターの小谷春日です。1年生からトップチームでプレーしていた経験豊富な彼のブログに乞うご期待です!

《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

花よりも花を咲かせる土になれ(浜田真帆)

2018.11.20

平素は大変お世話になっております。
こんなに人から愛される力を持っている人は見たことがないという程、いつもみんなから愛のあるイジリをされている直木希翔からバトンを引き継ぎました、総合政策学部4年の浜田真帆です。

4年生ブログも終盤に差し掛かり、何をお伝えしようか大変悩みましたが、今回は私が四年間で考え続けてきたことと引退を目前に今思っていることを論理的に、とかは苦手なので気持ちで綴ります。
長く、そして拙い文章にはなりますが、読んでいただけたら嬉しいです。

「慶應ソッカー部のマネージャーになりたい。」

高校2年生の夏、初めてそう思うきっかけとなった出来事がありました。元々サッカーが好きだった私は、大学サッカーが特集されているテレビ番組を観て、慶應のサッカー部には、「グラウンドマネージャー」という役職があることを知りました。それまでチームスポーツをやってはいたものの、自分がスタメンに選ばれない試合は仲間を応援する気には全くならないし、ましてや誰か他の人の為に自分の身を削って行動しよう、だなんて思ったことはありませんでした。だから、ソッカー部のグラウンドマネージャーが、仲間やチームの為にプレーすることを辞め、部に貢献しようとする、そんなアツい人がいるチームの一員として一緒に戦いたい。そう思ったのが最初のきっかけでした。

2年後、念願叶ってソッカー部に入部することが出来たものの、マネージャーの業務内容は想像と全く異なるものでした。日頃、大好きなサッカーを見ることは出来ないし、リーグ戦も仕事次第では満足に試合が見られないこともありました。選手との関わりがあまりない分、チームの一員として戦っている自覚を持つことが出来ず、悔しかったことを覚えています。
特に、2年生時からは好調とは言えないチーム状況の中で、その悔しさは大きくなりました。選手たちの苦しい表情をマネージャーとしてこんなに近くで見ているのに、何も出来ない自分の無力さを感じました。
「マネージャーは戦力ではないのではないか。」「みんなが汗水流して必死に追い求める勝利に貢献出来ていないのではないだろうか。」
これについて、実は結構悩んでいました。

幸いにも、様々な立場からサッカーに関わっている知り合いがいたので、その悩みを解消するべくお話を聞きに行ったりもしました。Jクラブのホペイロ、ホームタウン事業に携わっている方、広報、リポーター、サポーター等々。色んな方のお話を聞き、1つだけ確かにわかったことがありました。
それは、サッカーにおいて幸せな瞬間とは、「勝つ瞬間」だけではないということ。サッカーに関わる人たちには、それぞれが感じるそれぞれの幸せがあるということです。毎日のマネージャー業務の苦難も試合に勝利したら報われると思い込み、私は当たり前のこんなことを忘れていました。

これに気付いてからは、みんなとの関わり方も、仕事との向き合い方も少し変えることが出来、大小沢山の幸せな瞬間を迎えることが出来たと感じます。自分の立場や仕事に誇りを持つこと。私と同じようにサッカーが大好きな仲間たちが、サッカーに真剣に向き合える環境作りを徹底すること。とにかく、まず自分が楽しむこと。
自分なりのサッカーとの向き合い方でソッカー部生活を楽しんでいれば、自ずと「チームの一員として」の幸せな瞬間は訪れる、そう実感することも出来ました。

例えば、応援部門に入れてもらったことも私なりのサッカーとの向き合い方の一つです。応援部門の選手たちはきっと、サッカーに対する悔しさを抱えながらも、夜遅くまで横断幕を作ったり、試合に出る選手のために声を枯らして応援してくれています。それなら、誰よりも近くで選手をただ純粋に応援出来ること、それが私の特権だと思いました。…そう思いながら部門に入ったものの、メンバーのアツさ、勢いには圧倒されっぱなしでした。彼らの応援に対するパワーにはいつも頭があがりません。
応援歌をみんなで考えた時間、沢山の応援歌を収録した時間、巨大な横断幕をヒーヒー言いながら作った時間。チームや誰かのことを思って行動するなんて、高校生の時の私には想像も出来ませんでした。人の為に行動をすることの楽しさを教えてくれてありがとう。熱い時間をみんなと過ごせたこと、本当に幸せでした。

 

このように、常にモチベーションとなり刺激を与えてくれるみんなに出会えたこと、そして支えてもらえていることが私の最大の幸せです。

まず、ここで言うことではないかもしれませんが、中高時代の友人たちにも感謝の気持ちでいっぱいです。ミーティングで急な予定変更にも、部活頑張って!といつも背中を押してくれました。中高女子校の超温室学校から、体育会マネージャーという時には凍えるこの世界に足を踏み入れた同士たちとは、抱える苦労も一緒でいつも励まし合っていました。みんなの応援のお陰で四年間頑張れました、ありがとう。

そして、遠方での試合や遠征にも応援に来て、試合についてだけではなく、マネージャーが作成する配布物を毎回大事に持って帰って来ては褒めてくれ、どんな時にも前向きな言葉で全力応援をしてくれた両親にも感謝しています。ありがとう。

最後に、ソッカー部のみんな。
仲間の為に声を枯らすことのかっこよさを教えてくれた人。私が困っている時には私の地元まで来て話を聞いてくれた人。お互いを鼓舞する為に食事に誘ってくれた人。いつもくだらない話で笑わせてくれた人。進路に迷っている時には何時間も話に付き合い背中を押してくれた人。四年早慶戦応援の為に近所に挨拶回りをしてくれた応援部門の後輩たち。かっこいい芸能人の話から真面目な仕事の話まで、沢山の時間を共にしたマネージャーの後輩たち。思い出すだけで息切れしそうなくらい、数えきれない程の苦楽を共にした美沙子と由佳子。
何にも代えがたい幸せな四年間をありがとう。

いつも一緒にふざけ合うみんなのサッカーをしているときの真剣な眼差しが大好きです。
大好きなサッカーがもっと好きになりました。
チームの一員として戦う、サッカーの楽しさを味わうことが出来ました。
本当に本当にありがとう。

ずっと先のことだと思っていた引退は刻一刻と近づいていて、あと4日で大学生活を捧げたソッカー部での毎日が終わります。
最終節で試合終了のホイッスルが鳴るその瞬間まで、スタンドで声を張り応援するみんなの声と可愛い太鼓三人衆が奏でる太鼓の音色を聴き、全力でサッカーを楽しむ選手の姿を目に焼き付けながら、ソッカー部の一員として戦う幸せを噛み締めたいと思います。

自分のことばかりのまとまりのない文章となってしまいましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

次のブログは、我らが主務・松井隆明です。
マネ部屋ではそのほのぼのした様子から“おじいちゃん”と呼ばれている松井ですが、明日のブログでは主務として、一選手として、この四年間を熱く深く強く語ってくれるのではないでしょうか。皆様、松井のブログにご期待ください!

《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

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