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「誇り」(西村晋志朗) 

2021.10.07

平素よりお世話になっております。吉田剛からバトンを受け取りました「ちゃそ」こと西村晋志朗です。
剛はフットサル部門流に言うと正に影のキャプテンです。Iリーグの前期、中々勝てていないチームを変えるべく、声を掛けすぐに行動に移せる凄い同期です。同じポジションの選手としても人としても尊敬しています。
剛が経緯が分からないと書いていた「ちゃそ」というあだ名ですが、普通部サッカー部の同期数人がふざけて「シンチャン」の「ン」を「ソ」に変え「シソチャソ」と呼び始めたのが始まりです。そして気付いた頃には「ちゃそ」しか残っていませんでした。今思うと本当にくだらない過程でつけられたのに、中学高校大学と皆に使ってもらえるあだ名になっていました。付けてくれた皆、使ってくれた皆ありがとう。
前置きが長くなりました。何気なく使われていたあだ名にも少しストーリーがあったように、私のソッカー部人生には書きたいことも書きたくないことも沢山ありました。そんな4年間を数千字に纏めるなんて不可能なので、とにかく今書きたいことを書いて、将来読み返した時「ソッカー部引退間際の自分はこんなことを思っていたんだ」と振り返られる、そんなブログにしたいなと思います。
少々自己満かもしれませんが最後までお付き合いいただけると幸いです。

〈8月7日〉
左膝前十字靭帯断裂、この日プレーヤーとしての私は引退となった。突然のことで頭が真っ白になった。付添いで病院に一緒に来ていた父が入院の手続きをしてくれている間、待合室で涙が溢れ出しそうになるのを我慢した。しかし怪我をしたことによって「あの時こうしておけば良かった」といった後悔はなかった。ターニングポイントだったと思われる瞬間を振り返りながら何故後悔せずに済んだのか探していきたい。

〈パラ昇格〉
私のソッカー部人生最初のターニングポイントは1年生の2ヶ月間、戸田さんが率いるCチームに帯同出来たことだ。2月に入部してすぐ、私は1年生練に参加していた。Dチームにすら所属が許されずどん底からのスタート。とにかく心身ともに苦しい日々を過ごしていた。Dチームに振り分けられてからもメンバー外で、スタメン組が全面ゲームをする周りで30分間走をする日々。「今年は試合に出ることも難しいのかな」と半ば諦めながら一日一日を過ごしていた。そんな中、Iリーグを控えるCチームの紅白戦が人数不足の状況となり、私を含むDチームのメンバー外が3人招集された。突如として訪れたチャンスに何か爪痕を残そうと気合が入った。しかし、いざ練習が始まるとそんな感情は消えた。とにかく楽しかった。いつもと違うメンバー、いつもと違う練習、何よりいつもは出来ない全面ゲームが出来た。心の底から楽しい2時間だったことを今でも覚えている。素直にその気持ちを当時Cチームの監督であった戸田さんに伝えた。すると後日グラマネから「明日からCチームで」と連絡が来た。当時足首を捻挫し、サッカーから離れていたにも関わらずCチームへ昇格してしまった。そこからの2ヶ月、後期のIリーグが始まるまで帯同した。たった2ヶ月、殆どの時間がパラ参加であった。なのに復帰後サッカーが上手くなっていた。これまで見えていなかったサッカーの奥深さを知ることが出来た。私のサッカー選手としての時計の針が加速した瞬間だった。そしてDに戻る日、私を上げてくれた経緯を戸田さんからこう告げられた。
「初めてで緊張もあっただろう中、一所懸命に取り組み、TRが終わった後に『楽しかったです』と笑顔で答える西村を見て、Cチームにと考えたんだよ」
私のサッカーに対する情熱・姿勢は決して間違ってはいないと自信を持てた出来事だった。

〈グラマネ決め〉
2年の終わり、私はグラマネになる寸前であった。最終候補5人の内の1人で、その中でも獲得票数が多い方であったと思う。今でもメモに保存してあるが、皆からの推薦のメッセージは胸が熱くなるものばかりで真剣に悩んだ。皆の期待に答える自信もあった。また1.2年生でのIリーグメンバー入りは、同期が試合に遅刻した粗相による繰り上がりでの1回きりという事実が、更に私の思考をグラマネになることへと傾けた。「グラマネをやります」ともし明日の自分がそう言えば、今日がグラウンドでボールを蹴る最後の日になる。毎日サッカーを辞めることばかり考えていた。毎日悩んで悩んで悩み続けていると次第にコンディションは落ち、サッカーがつまらないものへと変わっていった。そんなある日、父からこんなことを言われた。
「お前サッカー最近楽しい?笑顔でプレーしてる?」
その瞬間目が醒めた。明日のことを考える暇があるなら今この瞬間を楽しもう。もし明日の自分がグラマネになると決めたとして、サッカーをする最後の日の記憶が最悪な気分なのは勿体無い。とにかく笑顔でプレーすることだけを心掛けた。このグラマネ決めの当事者になれたことで「日々サッカーを楽しむ」という当たり前のことを思い出した。サッカーを本気で楽しむために、笑顔でいるために、怪我をしたあの日まで1日たりとも手を抜くことなく全力で走り続けることが出来た。

〈チャンス〉
恐らくソッカー部で真剣にサッカーに向き合っていれば、誰しも数回は立場をひっくり返せるようなチャンスが来る。1年生時のCチーム帯同の次に訪れたチャンスは、3年時に2試合Sチーム(当時はTOP、Z、S、Iの4チーム構成)に呼ばれたことだ。怪我人がWBに出たことや、スタメン選手のコンディション調整のための人員補填ではあることは重々承知していたが、3年生でまだ最下層のIチームに所属する私にとって最大にして最後のチャンスに思えた。大袈裟に聞こえるかもしれないが、サッカー人生全てを懸けるという強い気持ちを持って臨んだ。2試合とも会心のパフォーマンスだったが、その2試合ではSチームで上がることはなく、3年生の1年間は結局Iチームでプレーした。だが決して無駄ではなかった。今シーズンの初めBでコーチ陣と選手個々人で面談があり、その際、Bチーム監督である福本コーチから「怪我もあってコンディションが上がってこないから、本当はちゃそをCに落とすつもりだった。だけどSに来た時のあのパフォーマンスが出来ることを知っているから残した」と言ってもらえた。今シーズンはその期待に答えるために走り続けると覚悟を決めたシーズンだった。更にチャンスは続いた。TOPチームの練習試合に招集され、さらに1ゴール1アシストを記録した。試合後、友峰さんから「次は大学生相手にチャンスを与える。そこで同じパフォーマンスが出来たらトップにあげる」と言っていただくことが出来た。結局コロナによる活動自粛やシーズンインの時期が重なり、その次のチャンスが来ることはなかったが、3年生までは自分との距離がどれ程離れているのかすら分からなかったTOPチームが遂に指先で触れる距離まで来ることが出来た。

〈誇り〉
こうして振り返ってみて、何故後悔しなかったのか分かったことがある。私はこの4年間を誇りに思っているのだ。他人から見たら早慶戦や関東リーグに出ていない大学サッカー界によくいる選手の内の一人だ。しかし私はこの4年間に誇りを持ち、胸を張ってソッカー部の選手だと言える、そんな日々を送れていたのだ。

だからといって今の怪我を受け入れられた訳ではない。膝に残った手術痕を見る度になんで俺なんだよと思ってしまう。一人家でリハビリをしているとなんでこんなことしているんだろうと考えてしまう。サッカーをしている夢から目が覚めると自然と涙が流れてくる。それでも前を向くことが出来た。それは間違いなく皆のお陰だ。私が怪我をしてすぐ「お前のために戦う、お前の分まで戦う」と連絡をくれた同期、松葉杖でグラウンドに行った日に生意気にも「チャソ君あとは任せて」と声を掛けてくれた後輩、入院している間ラインをくれた先輩、そして夜中に泣き言を聞いてくれた親友。皆のお陰で今日もグラウンドに行こうと思える。皆が、私がグラウンドに行く理由だ、ありがとう。

〈感謝〉
このブログの当初の目的である今書きたいことは書き切れた。そうすることが出来たのもここまで私がサッカー人生を通じて出会ってきた人々のお陰である。その人達への感謝でこのブログを締めたいと思う。

偉大な先輩へ
1年の時、若干荒れていた自分を見かねてアドバイスをくれた先輩、本当にサッカー上手くなったねと声を掛けてくれた先輩、私の姿勢を認めてくれた先輩、グラマネになるかどうか迷っていた時に相談に乗ってくれた先輩、怪我をしてすぐ連絡をくれた先輩。4年生として過ごしたこの1年間先輩方の偉大さを改めて知ることが出来ました。先輩たちの背中を一生追っていつか追いつきます。これからも宜しくお願いします。

後輩達へ
仲良くしてくれた後輩達ありがとう。そっちはご飯を食べたいだけかもしれないけど、「チャソさん飯奢って下さいよ!」って言われるのは結構嬉しかった。コロナが落ち着いたらいつでも誘ってほしい。
一つ伝えたいことがある。この部にいるとソッカー部に入ってまでサッカーをする意味を常々考えさせられると思う。特に下のチームで苦しんでいる選手はそう考えがちだ。だけどサッカーをする意味なんて「本気のサッカーを楽しむ」それだけで十分だ。その代わり黄色のユニフォームを着て、荒鷲のエンブレムを背負っている自覚を持って戦ってほしい、ピッチ内外で。皆の活躍を期待しています。

最高の同期へ
この前のミーティングでも言ったけど、サッカーのない日々は本当につまらない。きついランメニューをもう走らないでいい、ミスして「質!」と怒られることもない、次の日を考えてコンディション整える必要がない、とてつもなく楽な毎日だ。だけどゴールを決めることも、チームのために走ることも、体を張ることも出来ない退屈な毎日でもある。だから存分にこの半端なく大変なソッカー部での日々を楽しんでほしい。辛い時こそ笑顔で乗り越えてほしい。俺も出来る限りサポートするから何でも言ってくれ。
皆と本気でぶつかって本気でサッカー出来たことは一生の自慢だ。ありがとう。

指導者の方々へ
サッカーの楽しさやソッカー部の格好良さを教えていただいたKSSのコーチ、部活の厳しさをこれでもかと教えていただいた普通部の山田さん、私の良さを引き出してくれた塾高の学生コーチや高校ではトップになれなかった私に「晋志朗、早慶戦に出ろよ!」と、グラウンドでお会いする度に声を掛けて下さった大方さん、サッカーの奥深さを知る機会を下さった戸田さん、下手な私に沢山のアドバイスを下さった四戸さん、今シーズン信頼して使ってくれたBのコーチ陣、怪我をした自分に声を掛けTOPチームに招集して下さった友峰さんを始めとしたスタッフの方々、そして同期の2人のグラマネ。私のサッカー人生に関わって下さった全ての方々のお陰で、選手として人として成長出来ました。ありがとうございました。

家族へ
自分が大学で全く活躍出来ない中、塾高のAチームで活躍してくれた弟、めちゃくちゃ刺激になった。毎日朝練に俺が寝坊しないように起こしてくれるなどサッカーに集中出来るように環境を整えてくれた母。そして毎試合カメラ片手に試合を見に来てくれて誰よりも私を応援し期待してくれていた偉大な父。早慶戦出場という最高の形で恩返し出来なかったことは悔しいけど、家族のお陰で16年間楽しくサッカーが出来ました。本当に感謝してもしきれません。恥ずかしくて直接言えないからこの場で書きます。ありがとう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。書きたいことが次々と浮かんできてこんなに長くなってしまいました。それだけこの4年間に真剣に深く向き合えていたとポジティブに捉え、このブログを終えたいと思います。

さて明日はカワムこと川村祐生が担当してくれます。彼と私は中学からの同期で結構付き合いが長いです。グラマネ決めの時「ちゃそはもう沢山仕事をやってくれている。こんなにチームに貢献しているんだからグラマネじゃなくて選手をやらせてあげたい」と言ってくれた時は泣きそうになりました。
普段はクールで感情を読み辛く、何を考えているのか分からない時もある彼ですが、応援部門団長を務めるなどアツい一面を持っています。そんな彼が何を書いてくれるのか皆さんお楽しみに!

《NEXT GAME》
10月9日(土)関東リーグ戦 第19節vs筑波大学
@非公開  11:00キックオフ

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