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「全力であれ」(杉本崇太朗)

2020.12.15

平素よりお世話になっております。
法学部政治学科4年 副将 杉本崇太朗です。

先ずは、関東リーグ開催につきまして、関係者の皆様の多大なるご尽力で、私たち学生にサッカーのできる日常を与えていただきましたこと、部員一同感謝の念に堪えません。
更に、保護者、OB、関係者の皆様のお陰を持ちまして、「第71回早慶サッカー定期戦」が無事開催できましたこと、厚くお礼申し上げます。
今後とも慶應義塾体育会ソッカー部へのご支援、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

去る時が来た。
慶應義塾体育会ソッカー部を卒業し、永遠に続くと思われたこの居場所を後輩に託す時が来た。
副将として後輩たちに伝えることは何かと考え、2つの事柄について述べる。

2020年12月5日、早慶戦。
早慶戦には先人から受け継いだ歴史と伝統があり、私たちは入部時から早慶戦を常に思考のどこかに置いている。「このために生きている」という憧れであり、「この一戦に勝たなければ」という重責でもある。この4年間、早慶戦を戦う者として相応しい生き方を心掛け、襟を正して過ごしてきた。毎日を学ばせていただいていた。

そんな気持ちで臨んだ2020年。新型コロナウイルスの猛威は、スポーツ界のみならず、世界中の政治や経済を混乱に陥れた。そんな中、私たちにできることは、希望を失わず、必ず勝つという強い意志を持ち、未確定なその時に向けて準備し続けるだけであった。
一時は開催が危ぶまれたが、関係者・スタッフの方々が歴史を繋ごうと力を尽くしてくださった。そのお陰で、私たちは早慶戦の伝統を継承する使命を持つことができたのだ。

私たちは「この一戦」に対し、「9連覇阻止」に挑む弱者ではなく、「この一戦」に勝つ強者でなければならない。サッカー人生で「この一戦」と呼べる試合はそうそうあるものではない。オリンピックで一度負ければ「敗者」となるのがスポーツの残酷さである。私たち慶應ソッカー部員にとって早慶戦は「この一戦」だけで評価される特別なものだ。

両校の学生・OBの誇りとプライドと意地を背負った「この一戦」。
大学の名を背負い、勝つこと以外取り返すことが出来ない試合を経験させていただけることは、身震いする程の幸せであり、我々部員は感謝を肝に銘じ続けなければならない。

後輩たちへ。
「私たち4年生には今年の早慶戦を取り返す機会はもうどこにもない。
今年の1-1の結果は9連覇の阻止はできても、勝利ではなかった。だからこそ言う。「この一戦」に全てを懸けろ。登録人数は限られ、出場チャンスは僅かにしか巡って来ない。出場叶わぬ先輩方を、悔しさに堪え仕事をこなす部員を、数多く見てきた。勿論私も場内警備をしながら遠くで歓声を聞いた年もある。皆、心の中に悔しさを秘めて、それでも「この一戦」に自分なりの方法で正面から挑む。

2020年の早慶戦は終わった。次はまた新しいメンバーが作られ、そのチャンスは誰もが持っている。自分の挑戦権を放棄せず、「この一戦」を手に入れるためにすべてを出し切れ。もしチャンスを掴めなかったとしても、腐らず、自分のやるべきことをやり、それをすべてやり切った先に自身の成長と、慶應の未来がある。早慶戦は全員が同じ方向に向かって、全員が同じ気持ちで遂行できてこそのチーム力が試される。早稲田大学ア式蹴球部への敬意を忘れず、全力で挑め、全力でぶつかれ。」

早慶戦前。部員全員に問われた「俺にとってサッカーとは」。
私は迷わず「世界を広げてくれたもの」と記した。
サッカーの楽しさを知ったのは5歳の時。マレーシア・クアラルンプールでサッカーに出会ったのは運命だったと思う。その証拠に両親は「海外駐在がなければ武道をさせようと思っていた。」と言っていたし、たまたま住んでいたコンドミニアムのテニスコートが近隣の子どもたちの遊び場で、そこに行けば誰かがボールを蹴っているという恵まれた環境だった。年齢も言語も国籍も超えてボールを追うことが楽しく、それは人生のすべてとなった。
しかし、楽しいだけのサッカーは幼少期の数年間のみだったように思う。むしろ私のサッカーは挫折と苦悩続きだった。

大学入学後、関東リーグ出場を果たしたものの、2年次で左膝後十字靭帯損傷、3年次に右膝蓋骨骨折を負う。怪我と故障に苦しみ、4年次は苦悩の連続であった。副将としてチームを引っ張りたいという思いとは裏腹に表舞台に立つことができない。副将の役割とは、自分の存在意義とは、と問う日々が続き、自分の無能さに悩み、怪我続きの運の悪さを呪った。

常々監督から「学生スタッフ・副将はプレーイングマネージャーである。」とご指導いただいていた。「副将である以上、一般の選手ではない。自分を捨ててでもチームが勝つことを優先に考えろ。」と何度も叱責を受けた。
吹っ切れた。「自分のことより、チームのための仕事を全うしよう。」と覚悟を決めた。しかし選手としての自分が邪魔をし、なかなか体現できない。チームが勝てる為のアプローチを続けるものの、幾度となく監督に叱られた。しかし腹はくくっていた。叱られても叱られても、食らいついていこうと決め、本気でチームのためにできることを考えた。

そうした苦悩の日々を救ってくれたのは、同期の存在だ。
大学スポーツは学生主体で組織の運営が行われる。ということは、部員は選手ばかりではない。年次が上がるごとに、主務や副務、学生コーチ、トレーナー、学連などスタッフを務める部員を選出しなければならず、それはサッカーよりも部の運営を優先することを意味する。また、選手であってもチームは細かいカテゴリーに分かれ、自分のカテゴリーに満足できずもがく者もいる。

それぞれがいろいろな立場で様々な思いを抱え、それでも部のために何ができるかを必死に考え努めようとしている。年次が上がるほど自分本位な思考を消し、部全体への貢献を考えなければならない。
そんな同期とのなにげない会話や、気遣いのあるさりげない言葉にどれほど救われたか。どれほど助けられたか。
自分が助けるつもりになっていたが、同期は見守ってくれていた。助けてくれていた。それに気付いた時に変われたように思う。
「本当にありがとう。『チームのために』は最高の同期から学びました。」

後輩たちへ。
「今になって思う。ひとつの目標を失っても、次の目標を見つければ、またそこから始まる。諦めるな。不貞腐れるな。万事順調な人生なんてどこにもなく、サッカーは都合よく目の前にボールは転がってこない。人生は、サッカーは、自分の思い通りにならないのが当たり前で、失敗の連続だ。

しかし、目の前にボールが転がってこなくても、自分を見失うな。「怪我をした」「チームから降格した」「あいつに勝てない」という悩みや苦しみも、自分が自分に負けているだけだ。負けないためには、「今できることを全力でやる」を繰り返し続けるしかない。

全てをやり尽くして後悔のない卒業を迎えるには、今の自己定位ではなく、4年間サッカーとどう向き合ったが大切である。幸いにも君たちには時間はまだ残されている。全員、平等にカウントダウンは始まり、自分のプレーがすべて終わる最後の瞬間まで続いている。慶應ソッカー部としての誇りを持ち、全力で走り続けてほしい。最後のホイッスルまで。」

最後に、応援してくれた家族、名古屋グランパスユースサポーターの皆様、慶應義塾体育会ソッカー部関係者の皆様、そしてマレーシアでサッカーの楽しさを教えてくれたお兄さんたちに感謝を述べたい。
「応援、ありがとうございました。私は、1年生の時に書いたブログ『応援に足る人間に』に少しは近づいているでしょうか。」

そして度重なる怪我の中、小さなお子さんがいるにも関わらず、夜遅くまでトレーニングしてくださった三浦トレーナー。
「三浦さんの献身的な仕事ぶりに、限りなく助けられ、多くを学びました。私の4年間があったのは、三浦さんがいてくれたからです。そして、それを陰で支えてくださったご家族には、どんなに感謝してもとても感謝しきれません。」

 12月19日、リーグ最終戦。部員一同、必ず勝って残留を決め、お世話になった方々への恩返しとする。

「世界を広げてくれた」サッカーは今後も私の世界を広げてくれると思う。辛い怪我も、悔しい敗戦も、勝利の歓喜も、これからの人生を後押ししてくれると信じている。

《NEXT GAME》
12月19日(土) 関東リーグ戦 最終節 駒澤大学
13:30キックオフ @非公表

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