オフィシャルブログ

「抱負」(竹内瑠架)

2020.10.13

平素よりお世話になっております。法学部法律学科3年の竹内瑠架です。私は昨日(10/12)に誕生日を迎え22歳になりました。そこで今後の抱負を伝えたいと思います。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると幸いです。

「目の前で赤の他人が車に轢かれそうです。あなたは身を投げ打ってでもその人のことを助けますか?」

多くの賢人が、本、講演会、生き方を通じて「他人の為に動け!」と、素晴らしい生き方を伝えてくれます。しかし、私は本や講演会で、その様な生き方を理解しても、結局自分の為に動いてしまいます。

『目の前のゴミを拾える人間になれ』
私が高校の恩師から耳にタコが出来るほど言われた格言です。目の前のゴミを拾うという行動は他人の為の行動のように思えますが、本質的には自分の為の行動なのです。詳細は廣田尚(2年・暁星高)のブログに記載されているので、是非ご一読下さい。

完全なる利他主義など、聖人君子でない限り非常に難しいことです。私達は利己主義を批判的に捉えがちです。利他主義を善とする考えが世に浸透したことにより、利己主義が悪とされる世界は、私達の自我を蝕んでいるように感じます。幸せでない人間が、他人を幸せにするなど出来るのでしょうか。

一番最初の質問に戻ります。

「目の前で赤の他人が車に轢かれそうです。
あなたは身を投げ打ってでもその人のことを助けますか?」

『 “助ける”と即答出来るようになること 』

これが私の今後の抱負です。

有言と実行では大きな違いですが、実行するなんて大それたことは言えません。助けると言えるようになることすら難しいです。

現在の私の答えは「助けられない」です。このような場面に遭遇した時、現在の私では明確な答えを出せない為に躊躇し、ただ目の前で赤の他人が不帰の客になるのを呆然と見届けることしか出来ないと思います。

目の前で人が轢かれそうな場合、思考する時間は0.1秒さえないでしょう。本能的に目の前の人の為に動かなければ助けられません。

つまり、助けると即答出来るようになる為には、利己主義から脱却しなければなりません。心理学者マズローの欲求段階説では、人間は、自分にベクトルが向いた欲求を満たしてからでないと、他者にベクトルを向けることは出来ないと述べられています。

しかし自分が幸せな状態であるだけで、自らの命と引き換えに、他人の命を救うことが出来るでしょうか。恐らく無理でしょう。他人を本気で想い、行動する揺るぎない信念を持たねば助けることなど不可能だと思います。

私は未熟です。他人は勿論、身近な人にさえ幸せを与えることが出来ていません。

ただ、私の進む道には明るい光が待っています。ひたすら自身の目指す道を走り、転んでは立ち上がり、また歯を食いしばって走る。これが次第に揺るぎない信念を形成すると信じ、走り続けます。

サッカーを始めてから16年が経ちます。恐らく来年が真剣にサッカーを取り組む最後の年となるでしょう。ありがたいことに私を応援してくれている人は沢山います。アポなしで励ましに家に来てくれる人達、粋な手紙を渡してくれる人達、真剣に相談に乗ってくれる人達。そしてどんな時でも支えてくれる両親。

私は幸せです。
次は私が皆を幸せにします。

私は応援してくれる人達の為にも、また立ち上がり、走り始めます。

そして、他人を想い、行動する揺るぎない信念を持ちます。

父のような人になる為に。

最後までお読みいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
10月14日(水) 関東リーグ戦 第4節 vs順天堂大学
@RKUフットボールフィールド  17:30キックオフ
※第94回関東大学サッカーリーグ戦【前期】第4節の延期分となります。
※無観客試合の為、ご観戦は出来かねます。

記事一覧

月別アーカイブ