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「#目の前のゴミを拾えるか」(廣田尚)

2020.10.07

 いつもソッカー部を応援してくださり、誠にありがとうございます。
 はじめて部員ブログを担当させていただくことになりました、環境情報学部2年の廣田尚です。

 『目の前のゴミを拾える人間になる』

 この言葉は、僕が高校3年間を過ごした暁星サッカー部の林先生の言葉です。林先生は、毎練習後に選手を集めてたくさんのお話をしてくださったのですが、その中でもかなりの頻度で登場した言葉です。暁星サッカー部のスローガンのような言葉になっていて、各種大会のパンフレットのチーム紹介欄に、決まってこの言葉だけが記されています。はじめは何を伝えたいのかよく分からなかった言葉ですが、今では自分なりに解釈出来ましたし、いまの僕を形づくる言葉の1つになっています。今回のブログでは、自己紹介も兼ねてこの言葉を軸にブログを書かせて頂きます。少々長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

  あなたはゴミを拾った事がありますか?
  日常の中で、不特定多数の人々が使う場所で、ゴミを拾ったことがありますか?

  ゴミを拾った時は、何故拾ったのでしょうか。
  知らない誰かの捨てたゴミなのに。あなたが拾わなくても誰かが拾ってくれるのに。

  ゴミを拾った時は、何故拾わなかったのでしょうか。
  ゴミが落ちていることに気づいたのに。拾って捨てた方が良いと分かっているのに。

 何故ゴミを拾い、何故ゴミを拾わなかったのか。あなたはどのように考えますか?色々な考えがあると思います。僕は、“その時に気分が良かったか悪かったか”に尽きると考えます。気分が良かったらゴミを拾うし、気分が悪かったらゴミを拾わない。人間なんてそんなもんだと思います。

 ゴミを拾うという行動は、決して当たり前ではありません。手が汚れるかもしれない、周りの人達から変な目で見られるかもしれない、誰かが代わりに拾ってくれるかもしれない、そもそも自分の捨てたゴミじゃない。拾わなくて良い理由は山ほどあります。それでも、ゴミを拾う。その判断を、ゴミを見つけてから通過するまでの数秒で行う。とんでもない自己犠牲です。これは何もゴミ拾いに限った話ではありません。電車内で妊婦さんに席をゆずる、駐輪場で倒れている自転車を起こす、道の真ん中に落ちているハンカチを目立つ場所にかける。様々なことでも同様のことが言えます。

 これらの“やらなくてもよいこと、でもやるべきこと”をどれだけ実行することが出来るか。それは、どれだけ自分の気分や感情をコントロールできるかに懸かっています。

 気分が良い時には、人は簡単に“やらなくてもよいこと、でもやるべきこと”をします。ポジティブで心に余裕が持てていて、「気分が良いし、少しぐらいやってやるか!」と思えるからです。僕で例えるなら、スーパーゴールを決めた試合の帰り道、大好きな三代目JSOUL BROTHERSのコンサート会場、友達と美味しいご飯を食べた後は、簡単にゴミを拾えます。

 反対に気分が悪い時には、人は滅多に“やらなくてもよいこと、でもやるべきこと”をしません。ネガティブで心に余裕がなく、「なんで俺がやんなきゃいけないんだ?誰かやってくれよ。」と思ってしまうからです。僕で例えるなら、チャンスを仕留めきれずに負けてしまった試合の帰り道、風邪を引いて体調が悪い時、何か大きな失敗をしてしまった時には、そう簡単にはゴミを拾えません。そもそもゴミが落ちていることにすら気づかないかもしれません。

 では、自分の気分や感情をどれだけコントロールすることが出来るか。逆説的ではありますが、これは、“やらなくてもよいこと、でもやるべきこと”をどれだけ実行することが出来るかに懸かっていると考えます。

 僕を例に挙げて説明します。僕は、イライラしている時には、血眼になってゴミを探します。そしてゴミを見つけ、拾い、ゴミ箱に捨てます。すると不思議なことに、心は平常運転に戻っています。平常運転どころか、ちょっと良い気分になっています。変態ですね。この変態の精神状態の変化は、心理学における認知的不協和という現象によるものです。

 認知的不協和とは、自分の考えと行動が矛盾したときに感じるストレスのことを指します。そして、人はそのストレスを解消するために、それまでの考えを改めることで行動を正当化しようとします。先ほどの変態の例で言えば、「イライラしている」という精神状態と「ゴミを拾った」という行動が矛盾しているので、かなりのストレスを感じます。このストレスから逃れるために、自らを説得しにかかります。しかし、「ゴミを拾った」という行動は変えることはできません。そこで「自分は良い気分だ」と認識を改めることで、「ゴミを拾った」という行動を正当化したのです。この理論を駆使すれば、いつでも良い気分でいることが出来ます。なんと便利な理論でしょうか。 

 この理論は、サッカーにおいても有効です。試合のスターティングメンバーから外れ、不貞腐れてしまった。だから、チームのために率先してアップの設営を手伝う。試合でミスを重ねて心が折れてしまった。だから、楽しく笑顔でプレーする。疑惑の判定で負けて、ムシャクシャしてしまった。だから、審判にしっかりと挨拶して感謝を伝える。ネガティブな感情になってしまった時にこそ、ポジティブな行動をとる。そしてポジティブな感情を手にする。このようにして、良い精神状態で練習や試合を重ねることが出来れば、自ずと結果はついてくるはずです。

 感情にそぐわない行動を取ることで、感情をコントロールする。そして、その感情に則って行動する。そうすれば、常にポジティブで心に余裕を持った状態でいることができると思います。その前向きな考え方や心のゆとりを、誰かのために使うことができると思います。そして、『目の前のゴミを拾える人間になる』ことが出来ると思います。

 ここまで、自分の大それた考えを、冗長表現だらけの文で書かせていただきました。一言申し上げておきたいのですが、僕は決して聖人ではありません。すぐにイライラします。それなりに消極的です。それによって、周りの方々に迷惑をかけることも多々あります。「なんか廣田イライラしてね?」、「なんか消極的になってるな」と感じた時は、数分待ってください。目の前のゴミを拾って、元どおりになった廣田が帰ってくるはずです。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。皆様の期待に応えられるように、日々練習を重ねていきます。今後ともソッカー部へのご支援、ご声援の程よろしくお願いします。

《NEXT GAME》
10月10日(土) 関東リーグ戦 第12節 vs中央大学
@AGFフィールド  11:00キックオフ

※一部の試合会場において、一般のお客様にご来場・ご観戦いただける予定となっております。尚、グラウンド非公表の試合は部員および保護者(人数制限あり・会場によっては来場不可)のみの観戦となり、一般の方はご観戦いただけません。

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