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「自分のせい」(落合祥也)

2019.11.12

落合平素は大変お世話になっております。
永澤隆彌からバトンを受け取りました。商学部4年落合祥也です。確かに、永澤とのLINEを振り返れば、過去問持ってる?、試合アップロード出来る?ばっかです。まあ、こんなLINEしかしていないけれど、英語が終われば、一緒に帰宅し、何だかんだ仲は良いと思っています。さて、こんなしょうもない話は放っておいて、本題に入りたいと思います。

4年生ラストブログリレーが始まってから、何を書こうか毎日、少しだけ考えていました。ですが、出番が回って来ても、特にこれといったものが中々思い浮かばなかったです。なので、本当は書きたくなく、自分の中だけに留めて置きたかったものを書こうと思います。誰にも自分の本当の気持ちを伝えなかった1年間の中で味わった悔しさを書こうと思います。

私は今年のリーグ戦は全試合、1年次は14試合、2年次は20試合出場しました。しかし、監督が変わった3年生の時は3試合しか出場することが出来ませんでした。更に後期リーグは2回ベンチに入っただけで、後はベンチ外でスタンドから応援をしていました。恐らく、自分のサッカー人生を振り返ってもこの年より一番情けなくて、惨めで、下を向いた年は絶対にないと思っています。

3年生の1年間はずっと試合に出れませんでした。サッカー人生でこんなに長い間試合に出れなかったのはこの年だけです。そして、この1年間が自分のサッカー人生に於いての一番の分岐点だったなと思います。

自分は周りに本音を言うのが苦手であり、人に対して弱さを見せるのは情けないと思っていたのでしませんでした。いつも陰で泣いていました。初めてベンチ外になった日、発表された時は平然としていましたが、帰宅途中、ベンチ外になったことを親にLINEで伝えた時、電車の中で1人で泣きました。ベンチ外なんて、自分の中で絶対にあってはならないものと思っていたので、悔しすぎて、どうしても我慢出来なかったのです。
後期リーグではひたすらベンチ外が続き、自分の中でベンチ外が当たり前なんだって勝手に思う様になりました。紅白戦で良いプレーをしても全くベンチ入りが出来なくて、辛すぎて、何を目指して頑張れば良いのか分からなくなっていました。仲間から「調子悪い俺がベンチ入って、祥也が入らないのは変。」とか言ってもらっていたけれど、自分に気を遣ってのこの言葉も、私は心の中で「そんなこと言うならベンチに入んなよ。俺と変われよ。」と思ってしまう、嫌な奴でした。そう思っている中、BチームとのAB戦があり、自分はサブ組でも先発で出れませんでした。更に、他のベンチの人はハーフタイム位で出場する中、自分だけ、残り10分程しか出場することが出来ませんでした。正直、この時、試合になんて出なくて良いと思っていました。見返す気力もなくピッチに出て、ただサッカーをしていました。その日は何人かの同期から励ましのLINEを貰ったのですが、何も頭に入って来ませんでした。次の日、自分はBチームに落ちるだろうなと思っていたのですが、落ちたのはサブ組で先発を出ていた2人だけであって、自分は落ちませんでした。意味が分かりませんでした。サッカーは好きだったけど、続けるのが本当に辛くなりました。
今だから言いますが、トップチームの同期の中で後期の終盤、学年目標を「全員でメンバー入り」と決定したこの目標も自分にとっては苦でしかなかったです。殆どの他の同期は毎回メンバー入りして、外れていたのは自分だけでした。自分のせいで目標を達成出来ないことへの苛立ち、情けなさと申し訳なさ、メンバーに入れないが故の監督への不満など色々なものが自分の中に積もりに積もって、寝る前はいつも吐き気に襲われ、眠れない日が続きました。同期にケガ人がいた影響もあり、残り3節と2節でメンバー入りをしたのですが、同期の代わりにメンバーに入っているので、学年目標を達成することは出来ませんでした。シーズンが終わって、目標を達成出来なかったことに対して、同期は「目標を達成出来なかったのはケガした俺らのせい」と言っていたのですが、自分からしたら「どう見たって、俺がメンバー入りをしていれば良かった話なだけであって、達成出来なかったのは俺のせいだろ」といつも心の中で思っていました。この話をする時はいつもスーッと何処かに逃げていました。同期に変な気を遣わせている自分がみっともなく、更にそこから逃げ出す自分に対して「カッコ悪」と感じていました。

以上のことが悔しかった1年間の中で一番きつかったことです。この1年間で何を学んだの?と聞かれても多分、耐えることしか学べてないと思います。人生の中でこんなに苦しみに耐えたことはないです。きっと、この1年は苦い思い出として、ずっと残り続けます。でも、こういう状況になったのは全部自分のせいです。前期スタメンで選ばれた日体大との試合で結果を残せば、スタメンに定着出来ていたかも知れない。結果を残せなかったのは自分に力がなかったから。チャンスは気付かない所できっと沢山あったと思います。チャンスを取りこぼしたのも、それに相応しい準備をしていなかったからです。現に今思うことは、ユースの時と比べて、サッカーに対する熱量が低かったと思います。勝負に対するこだわり、上手くなりたいという気持ち等、様々な熱量があの時と比べて上がらなかったです。これは大学サッカー生活を通して、ずっと感じていました。こんなものを持っていたから、必然的に試合に出られなくなったのだと思います。ですが、試合に出られない苦しみを知ったからこそ、色々なものを再認識することも出来ました。監督が変わったこともあり、私は運が良いことに今年は全試合に出場することが出来ています。あの1年間があったからこそ、試合に出れる喜びや大変さ、ずっと出ていたいという思いは一層強くなりました。サッカー選手であるならば、大好きなサッカーで試合に出て勝つことよりも楽しくて幸せなことはないと思います。

今は多くの4年生が試合に出ています。後輩達はきっとそれぞれ悔しさを抱えていると思います。悔しさがないなら、選手を辞めた方が良いと思います。試合に出れないのは自分に力がないからです。本当に良い選手なら、誰が監督でも使われます。愚痴や不満を言っても良いけれど、自分に矢印を向けることは忘れないで下さい。言い訳は進歩の敵です。好きでやっているサッカーにとことん向き合って、悔いのない日々を送って下さい。試合に出れない自分を自らの力で是非、見返して下さい。(特に普段は何も言わないけど、O.S君には期待しています。)後輩達へ、偉そうにすみません。

本当はまだまだ色々な気持ちを隠しているのでそれを知りたい人はご飯でも連れて行ってあげます。

最後に、直接では言いづらいので、この場を借りて、きっと陰でこのブログを見ているであろう両親へ感謝の気持ちを綴ります。幼稚園生から始めたサッカーも恐らく残り2試合となりました。始めてからずっと、余計な口出しをしないで自由にサッカーをやらせてもらい、遠征費や食事など、様々なサポートも文句を何一つ言わず、支えてくれて本当にありがとう。週末の自分の公式戦の試合をいつも楽しみにして来て、応援してくれてありがとう。小さい時から毎週末、欠かさずに自分の試合に来てくれていたからこそ、大学3年生の1年間、自分のプレーを見せることが出来なくて、ごめんなさい。親は優しいから、ずっと試合に出れてなくても、温かい目で応援してくれました。普段は観戦に来ないサブ組のJr.リーグを下田の陰で自分に言わずにこっそり見ていた親の姿は今でも忘れません。この時から、自分の為にやっていたサッカーが親の為にも、と思う様になりました。親にもう一度元気にサッカーをやっている姿を見せたいという気持ちがあったからこそ、辛かった3年生の後期をやり切れたと思っています。きっと、就活をやらないでプロを目指したのもこの気持ちがあったからだと思います。残り2試合で親に恩返し出来るとすれば、自分が楽しくサッカーをしている姿を見せることだと思います。残り2試合も頑張ります。

以上、何だかんだ長くなってしまい申し訳ありませんがこれで終わりです。同期の皆、最後優勝して笑顔で終われるように残り2週間、悔いのない日々を積み重ねていこう!

次のブログは学生トレーナーの花田佑です。同期からの信頼も厚く、誰よりも頼れる男です。練習後の行動はまるでAIの様にいつも同じ行動パターンをしています。トレ室でストレッチしながらスマホを見ているのであれば、高確率で波の動画を見ています。そう、彼は生粋のサーファーです。お酒を飲めば、ステップを踏み出す変な人でもあります。そんな彼もきっとこの4年間で様々なことを経験してきたでしょう。どんなラストブログになるか今からとても楽しみです。乞うご期待!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

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