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「選手としての価値」(平方陸)

2019.11.10

平方4平素は大変お世話になっております。
経済学部3年、笠篤史よりバトンを受け取りました、経済学部4年の平方陸です。

笠とはカテゴリが違うながらも多くの時間を共にしてきました。
お互いに悩み事があるとお台場のタコベルに集合し、遅くまで語り合います。
ですが、基本的に彼の発言はテキトーでいつも結論は出ません。
そんなくだらない時間も実は結構好きでした。
笠のFリーガー得点王へのチャレンジが成功する日が待ち遠しいです。

さて、今回ソッカー部最後のブログということで4年間を振り返ってみた素直な想いを綴っていきたいと思います。
実はこのブログ、締め切りギリギリで書いてます。その為、非常にまとまりのなく読みにくい文章になることが予想されます。どうか寛大な心で最後までお付き合い下さい。

紹介にもあった通り、私は今シーズン応援隊長を務めている。

関東リーグの舞台に於いて、150人以上いる部員達を先頭でまとめ上げ誰よりも熱く声を枯らして選手に応援を届けるポジションである。
例年とは違いカテゴリ毎の応援から始まった今シーズン、内心ちゃんと盛り上げられるかどうか凄く不安だった。
しかし、そんなものは杞憂。応援部門を始めとする全部員、そして応援指導部、チアリーディング部の力で今では関東一、いや恐らく大学サッカー界で一番の応援が出来ていると感じている。

しかし実はこの応援隊長を務めることになった時、私は大きな自己矛盾を抱え中々素直に応援に打ち込むことが出来なかった。
大学2年のグラウンドマネージャーを決める学年ミーティングの際、C2チーム(現在のDチーム)に所属しており、選手としては0に近い状態だった私は、ほぼ必然的に候補の1人に選ばれた。
大きな原因は至ってシンプルで選手として活躍してる訳ではなく、候補に入らない理由がなかったからだと率直に思った。

ミーティングでは、当時応援部門に所属する2年生が私のみだったことから、「応援隊長を出来るのは俺しかいないから、応援を通してのリーダーシップと両立でチームを引っ張っていきたい」と同期の皆んなに伝えていた。

勿論これは本心で言っていたことだが、「応援を通して」「応援隊長として」という言葉を口にすることが多くなるに連れ、サッカー選手としての価値を高めていくという本来サッカー部員にとって一番大切で向き合っていかなくてはならないことから逃げてしまっている様に思えてならなかった。
また、そんな状況に自分がいることそれ自体が情けなくて仕方がなかった。

「もっと高いレベルでサッカーがしてみたい」

芝高校という全くスポーツの強くない、真面目で大人しい高校のサッカー部から選手として自身の可能性にチャレンジするラストチャンスと覚悟を決めて入部したソッカー部。
入部前、全国大会常連校やJリーグ下部組織など錚々たる経歴を持つ選手ばかりの新入部員リストを見た時の高揚感。最高にドキドキした気持ち。

そうした入部当初の希望に満ちた気持ちは、グラウンドもボールも使えずにただひたすら走るC2チームの過酷な日々の中で擦り減っていった。

どうすればこの部にとっていらないヒトにならないか?
この部に貢献する為の方法は?

必死になればある程余計に無様にピッチ外での存在意義を考える様になっていた。
今考えれば、最高にダサい負け組のメンタリティだったと思う。

そんな気持ちが大きく変わったのは、大学3年時、戸田さんの指導を受けたことがきっかけだった。

「俺はお前達一人ひとりの姿を写す鏡だ。だから、良いことも悪いことも全て言う。それを受け取ってどうするかはお前たち次第だ」

戸田さんは常日頃から私達にこんな言葉を掛けていた。

今でも忘れないアイリーグ後期の国士舘戦。あれだけ戸田さんにゾーン3(フィールドを3分割した一番自陣側)で反則は犯すなと言われたのにも関わらず、不用意なファウルで相手にPKを与えてしまい首位相手に勝ち点3を取り損ねた試合の後にはこう言葉を掛けられた。

「俺はお前に出来ないことは何一つ要求も提案もしてきていない。だから絶対に出来るはず、後は心底ガメ自身がCチームの中で自分にしか出来ないプレーで存在価値を示したいと考えているか。そこに懸かっている気がするよ。」

戸田さんという鏡には、自分に甘く、指示や要求を100%で実行出来ない未熟な自分の姿が写し出されていた。

このままじゃいけない。選手としての存在価値を結果で示さないと。

本気でそう思った。
それ以降、言われたことは全て携帯のメモに書き出し、毎練習それを確認してから臨んだ。
DAZNで配信される試合は必ず戸田さんが解説を担当するものを選び、少しでも自分に繋がるヒントはないか徹底的に探しまくった。
レアル・ベティスの試合が良いと言われれば、ほぼ全ての試合を研究し、CBのマンディ、バルトラ、シジネイの3人だけをひたすら見つめ続ける試合もあった。

その後も、試合のメンバーが行うポゼッション練習への参加枠を争うメンバー外のボール回し組(通称:下田スレイバーズ)を経験する等選手として悔しい時期を過ごす時もあったが、努力の甲斐があったのかツキがあっただけなのか最終的にはスタメンを取り戻し、翌シーズンインをBチームで迎えることが出来た。

3年生の1年間が人生で一番サッカーを知り、深く考え、ひたむきに向き合い、上達することが出来た1年間であったことは明白だ。
この1年間があったのは戸田さんに出会えたという転機があったことだけでなく、「ピッチ外の存在意義を考え、選手としての価値追求から逃げていた」自分の弱さを知ったからこそだと思う。
選手として結果を残す重要性に改めて気づくことが出来た。

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だからこそ、ラストシーズンには全く納得がいかない。
もしこれがプロの世界で自分が監督なら今すぐに移籍リストに入れ、換金し新たな選手を獲得する。
1年生の負傷離脱によって辛うじて試合に絡み、完全に他力による出場だった前期。
「20番のところイケるぞ!」と相手ベンチから絶えず指示が飛び、自分のサイドに次々とスピードスターが投入された青学戦から始まり、出場試合より担架係の数の方が多かった後期。
Bチームのチャンピオンシップ進出が決まった時も、チャンピオーネの輪に加わることは出来ず悔しさを押し殺しながら脇でメンバー外練習をした。

全く結果で示せなかった。情けない姿ばかり見せてしまった。

残された試合はあと1試合。
いくら今年が大殺界(風水上、一番運気が下がりやることなすこと全てが上手くいかない年)であっても、さすがにこんな惨めな姿で終わる訳にはいかない。
何としても試合に出て、勝利に貢献して終わりたいと思う。

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このブログを読んでいる後輩諸君に、最後まで詰めが甘かった「しくじり先輩」として伝えたい言葉がある。
かの有名な革命家でソ連の初代指導者、ウラディーミル・レーニンの言葉だ。

最も危険なことは、敗北よりもむしろ自分の敗北を認めるのを恐れること

例え思った様に上手くいかなくても、自分の不甲斐なさに嫌気が差しても真正面から自分と向き合い続けて欲しい。

何の為にこの部活に入ったのか。目指す場所は何処なのか。
決して見誤ることのないようにして欲しい。
これを読んで少しでも明日への活力に変えてもらえることを願ってこのブログを終了する。

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次のブログは、永澤隆彌です。
彼(彼の部屋)には沢山お世話になってきました。夜な夜なお互いの近況報告をし、ピッチ内に勝るとも劣らずピッチ外の部分でも切磋琢磨してきましたが、先日遂に先を越されてしまいました。信じてたのに、、、
そんな余裕たっぷりのナガサが書くブログに乞うご期待!!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

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