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「今おもうこと」(笠篤史)

2019.11.08

笠僕が知っている人間の中で最もユーモアに溢れる男、綾部紀幸からバトンを受けました、経済学部4年の笠篤史です。高校1年生の時に初めてのりと出会ってから、7年の月日が経ちました。
ブログで彼のサッカー人生は「やや不調」だと言っていましたが、とんでもないです。のりは出会った頃からサッカーめちゃくちゃ上手いです。
のりは人の意見にあまり流されず、正に「我が道を行く」格好良い奴なので、いつか必ずビッグで立派なパパになると思います。のりの息子を抱っこするのが楽しみです。

ここからは僕のブログにお付き合い下さい。

まだ22年しか生きていないが、間違いなく人生で最も濃密な4年間だった。
本当に色々な経験をした。
一番下のチームで、本当に俺はサッカー部なのか?と思う位サッカーボールに触れずに走りまくったこと。
とにかく何でも良いから試合に出たくてフットサル部門に入部したこと。
やっと一個上のチームに上がれたと思ったら、レベルの違いに圧倒されて自信を失って直ぐにまた落とされたこと。
自主練をしていたらたまたま人数合わせでトップチームの練習に参加することが出来て、そこでチャンスを掴んだこと。
やっとの思いでBチームに上がったのに1週間で人生最大のミス、「動員事件」を起こして所属チームが1ヶ月以上なくなって雑用係に転落してしまったこと。
新人戦のメンバーに選ばれて、初めてトップチームの同期とサッカーをしてその上手さに衝撃を受けたこと。
BのIリーグで絶望的な状況から奇跡の残留を果たしたこと。
フットサル部門史上最高のチームで全国大会を戦って準優勝したこと。
トップチームに上がってまたサッカーがめちゃくちゃ上手い同期とサッカーが出来たこと。
トップチームで主力として活躍出来なかったこと。
頭の中で4年間を振り返りながら、とりあえずターニングポイントになった出来事を羅列してみて思った。

「ソッカー部に入部して本当に良かった。」

そう胸を張って言える要因は三つある。
一つ目は、一生もんの最高の仲間に出会えたこと。
二つ目は、自分の「詰めの甘さ」を痛感出来たこと。
三つ目は、学生でありながら社会人スタッフやOBの方々から多くを学べたこと。

まずは一つ目について。
しゅんと啓太郎がブログで既に触れていたが、こんなに恥ずかしい出来事を4年ブログで書くのは本当に嫌だけど、やっぱりこの出来事はソッカー部人生に於いて一番の転機だし、何より仲間の大切さを改めて感じた大事な思い出だから書くことにします。まだ読んでいなければ、是非2人のブログも読んでみることをお勧めする。(http://keio-soccer.com/official-blog/43197.html)(http://keio-soccer.com/official-blog/43203.html)

2年の夏、大学サッカーの行事である動員をサボって箱根に遊びに行こうとして、それがバレてしまった。前代未聞の大粗相で、当然先輩方から退部を命じられた。やってしまった直後は、何とか部に残りたいと思っていたから3人で死ぬ程取り返しを頑張れば残れるのではないかと考えていた。ただ、そんな甘い考えは通用せず、部に残る為には学年全員の取り返しが必要だと告げられた。正直その状況が一番辛かったし、情けなかった。これ程迷惑な部員は未だかつていなかったと思うし、当然同期全員が助けてくれるとは夢にも思わなかった。ただ、僕の同期は本当に優しかった。毎日ミーティングを行っていく間に、徐々に皆が取り返しを手伝ってくれるようになり、粗相から2週間後には同期全員が下田の緑道の草を刈って取り返してくれていた。その光景を見て、チームに残ることが出来たら自分の全てを同期の為に、ソッカー部の為に捧げようと決心した。
自分を助けようと手を差し伸べてくれる同期の仲間がいなかったら、俺達3人の為に真夏の炎天下の中草刈りをしてくれなかったら、今こうやって4年のブログリレーを書くことは出来なかった。大好きなサッカーを続けられなかった。そんなことをしてくれる仲間を持っている人間はそう多くないと思う。自分は大した取り柄もない人間だが、そこだけは胸を張って自慢出来る。同期の皆、ありがとう。そしてこの困難を乗り越えることが出来たのは、しゅんと啓太郎がいたから。
不名誉な3人組になってしまったけど、この先ずっと付き合うであろう3人組だと思う。あの時期を乗り越えた絆は半端じゃないと思うから。

少し脱線してしまうが、面白いエピソードがあるので紹介します。
2年の早慶戦、3人は取り返しとしてそれぞれ新丸子駅、武蔵小杉駅、多摩川駅の警備を行った。1日中警備と道案内を任されていたから試合を観ることすら出来ない過酷な仕事だった。そして試合終了後、3人で等々力に合流した時、しゅんは啓太郎にとても怒っていた。どうやら警備中に、啓太郎がコンビニで焼き鳥を買ってこっそり食べてしまった様だ。食事の時間を与えられてなかった為、僕も各自のタイミングで食べれば良いと思っていたが、しゅんは正義感が強く、食事をしていなかった様だ。啓太郎の行動に怒ったしゅんは、本気で叱っていた。焼き鳥を食べただけなのに。
その光景を遠くから見ていた八田が、3人の中でもダメな所を厳しく指摘出来るなべしゅんは責任感があって、学生スタッフに向いているのではないか?と思ったらしい。そして現在、しゅんは立派な学連幹事として、学生スタッフとしてチームに貢献してくれている。
やつ、しゅんはとてもお腹が空いていただけなんだよ。
いつも通りしゅんで小さな笑いを取った所で真面目な話に戻します。
りゅうさんの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕にとって、フットサル部門の同期は特別な存在だ。フットサル部門は、2016年に立ち上げられた為、僕達の代が1期生である。
サッカーとフットサルの二刀流を追求して、正直精神的にもコンディション的にも厳しい時期もあったが、同期とプレイするフットサルがとにかく楽しかったから続けることが出来た。試合に勝ったら仲間と喜びを分かち合ってハイタッチをして、ゴールを決めたら本気のガッツポーズ(http://keio-soccer.com/official-blog/43222.html)をする。その瞬間の為ならどんなに二部練がきつくても、試合よりもきついことがある試合前の四戸さんのアップも耐えられる。
慶應のフットサルサークルであるエルレイナさんに10点差以上付けられて大敗していたとは思えない程チームは急速に成長し、今では全国大会で二度の準優勝を誇る全国レベルのチームになった。フットサル部の同期とは引退してからもフットサルチームを立ち上げようと話す程めちゃくちゃ仲が良い。
少し脱線してしまうが、面白いエピソードがあるので紹介します。
実はしゅんもかつてフットサル部門に所属していた。しゅんの武器は何と言っても大きな身体から放たれる強烈なシュートで、それに気付いていた四戸さんは、キックオフ直後にしゅんがロングシュートを打つ「ドン」というサインを作った。
四戸さんは「ドン」は今後チームの武器になると考えていたのか、ある試合の前日練習で20分程費やしてサインの確認を行った。しゅんは強烈なシュートを何本も放っていて、翌日の試合では必ず点を取ると意気込んでいた。
しかし、前日練習後のメンバー発表で四戸さんの口からしゅんの名前が呼ばれることはなかった。
その結果、「ドン」は幻のサインプレーとなってしまった。
あれ程サインの確認をしたのに。
そして現在、しゅんはフットサル部門には所属していない。
またもやしゅんで小さな笑いを取った所で話を戻します。

ここからは二つ目について。
冒頭で挙げたソッカー部での出来事(ターニングポイント)を考察してみると、いかに自分が詰めの甘い人間であるか痛感する。上のチームに昇格しては直ぐ落とされ、トップチームに一番近いBチームに上がった1週間後には粗相でどん底まで落ち、フットサル部門では優勝までは届かず準優勝止まり、トップチームに上がっても主力として活躍することが出来なかった。「あと一歩」が自分の課題であることは明白だ。いつも惜しい所までは行くのに、最高の結果を手にすることが出来ていない。そんな自分に失望しているが、大学生の間に自分の弱点に気付けて良かったと思っている。ソッカー部に入部して、自分なりに目標を持って努力したからこそ、その弱さに気付けたし変わらなければいけないと強く思うようになった。そしてその第一歩を踏み出す為に、Fリーグに挑戦する。挑戦すると決めたからには、フットサルでは最高級の結果を残して自分の弱さを克服したい。「大学でそこそこ活躍して、Fリーグのチームに入団することは出来たけどそこまで活躍出来なかった選手。」いわゆる詰めの甘い選手には絶対になりたくない。
必ずFリーグで得点王になります。

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一つ目に比べて二つ目については極端に短いという小ボケをかました所で、三つ目にいきます。

ソッカー部は、多くの方々が携わってくれるお陰で成り立っており、僕達現役の選手達は感謝の気持ちを絶対に忘れてはならない。後輩の皆やこれから入部する学生は、浅海監督が常々仰っている「この環境は当たり前ではない」という事を常に頭に入れながらプレイして欲しい。
恥ずかしながら、僕はKSSで学生コーチ代表を務めている。紹介してくれた綾部は副代表を務めてくれている。
KSSとは、主に幼稚舎の子供達を対象としたサッカースクールである。ソッカー部OBの社会人の方々がコーチを務めて下さり、子供達の指導だけでなく僕達学生コーチの面倒もすごく見て下さった。ピッチ外の所で人間的に成長出来たのは、西さんを初め、社会人コーチの方々のお陰です。また、教える立場でありながら、子供達からも沢山学んだ。子供達は遠慮なくコーチ達のダメな所をズバズバ言ってくれるから、かなり傷付くこともあるが図星のことも多い。しっかり子供達の意見を取り入れて自分を見つめ直し、トレーニングに望むことが出来た。
また、ありがたいことに親御さんが学生コーチに焼肉をご馳走して下さる会を毎年開いて下さり、そこでもOBの方々の温かいご支援があることを再認識出来た。

ソッカー部を引退しても、自分に関わってくれた全ての人達への感謝の気持ちを忘れることなく、次のステップでもまだまだやれることを証明する。

バトンは我らが応援団長、平方陸に渡します。彼は普段皆から「ガメ!」と呼ばれているが、実はガメイロというあだ名を付けたのは僕です。とんでもなく適当に付けたのに、気に入ってくれて良かったです。今年の早慶戦の応援席は正に圧巻であり、先頭に立って引っ張っていた平方の姿は本当に格好良かった。彼がいなければ今年の関東リーグの快進撃は見られなかったと思います。そんな熱い男が書く最後のブログ、楽しみで仕方がありません。

《NEXT GAME》
11月9日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs関東学院大学
@日本大学グラウンド 14:00キックオフ

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