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「ソッカー部での4年間」(江本優貴)

2019.11.03

江本平素は大変お世話になっております。梶浦つばさより“泣き虫”と紹介に預かりました総合政策学部4年の江本優貴です。
紹介された新人戦の話は、全部員の期待を背負い、主将として出場した全国大会の予選のことです。予選敗退になりそうな危機をまさしと沼のゴールで逆転し、次に繋げることが出来た安堵感から思わず涙してしまいましたが、当時総監督を務めていらした福井さんから「何泣いてるんだ。お前はもう終わりか。」とお叱りを受けたことは今でも忘れていません。

今回は最後のブログなので、僕の4年間について綴らせていただきます。感極まってかなり長文になってしまいましたが、最後までお読みいただけますと幸いです。

今から4年前。初めてソッカー部の活動に参加したシーズンインミーティングの様子を今でも鮮明に覚えている。
150人を超える部員。学生によるチーム目標の発表、部則の説明、学生スタッフの決意表明に各部門リーダーの紹介。
プレイヤーとしてしか存在意義を見出していなかったユース時代とは、何もかもが違う環境だった。
入部して数日。夜ボールを蹴りに行くと、合宿所には対戦相手の分析をしている先輩や、試合に出られない悔しさを押し殺して応援メッセージのビデオを作る4年生の姿があった。スポーツ推薦がなく、個人のレベルでは他大学に劣るからと同期内でも厳しい言葉を掛け合って高め合おうとする先輩達を見て、“これが学生主体の組織か”と衝撃を受けた。
自身の成長だけがチームの力になると信じ、ひたすら自分と向き合ってきただけの私にとって、チームの為に動けるそんな先輩の姿が輝いて見えた。

自分もこのチームに貢献したい。自然とこんな熱い気持ちが生まれ、どうやったらチームに貢献出来るか(ソッカー部で言う存在意義)を毎日必死に考え続けるソッカー部生活が始まった。

ソッカー部員は、大きく2つに分かれる。何か役職を持ち明確なタスクを与えられている人とそうではない人。前者になれるのは仲間からの信頼と自分自身の強い意志を持った数人だけで、その他大勢はどうやってチームに貢献しようかと自身の存在意義を悩み続けることになる。
では、何故、存在意義を考えなくてはいけないのか。ただサッカーをしているだけではいけないのか。
それは仲間の人生を大きく左右する決断をすることで、立場に関係なく全員に責任が発生しているからである。

ソッカー部は2年次に同期から学生スタッフ(役職を持つ人)を出さなければならない。膨大な仕事をこなしながらチームのリーダーとなる主務、プレイヤーを一足早く引退し、学生コーチとなってもらうグラウンドマネージャー等、どの役職も自分の時間を削ってまでチームの為に尽くす大切な存在だ。
私達も長いミーティングを経て、重みある役職を仲間に託した。
日本一になりたい。でも、絶対的なエースがいない自分達は全員がもっと競争しないといけない。その競争の先頭で走り続けるのは、誰よりも姿勢で示せる塩木が相応しい。と。

日吉に住んでいる私は、組織を支える仲間の努力を見る機会が多かった。
だからこそ、仲間をスタッフに推した側の責任を感じ、今の自分は、今のチームは、それで良いのか。スタッフに負けない位頑張れているか自分なりに考え続けてきた。
高い練習強度に付いていけず、何度もトップチームから落とされたこと。本気で練習に取り組んでいるのかと仲間に指摘して、嫌われたこと。度重なる怪我で10年振りの降格をスタンドから見つめるしか出来なかったこと。
チームに貢献したい気持ちとは裏腹に、辛いことは沢山あった。それでも、チームの為に働いている仲間を見ると、常に自分も頑張らなきゃという気持ちにさせられた。そんな仲間の存在が原動力となって、3年後期から安定して関東リーグに出られるようになり、ピッチ外に於いてもチームの問題を解決しようと自ら動けるようになった。

そして、学生スタッフの一役であるトレーナーを決める3年生の時のこと。遂に同期からの信頼を得て最終候補者に選ばれた。ただ、もっと嬉しかったのは「これまで同様、スタッフじゃない立場で引き続きチームに貢献して欲しい」と同期スタッフに言ってもらえ、候補から外れたことだ。
スタッフじゃない立場での役割を尊重され、感じる責任は増したものの、自身の存在意義を認めてもらえた様な瞬間だった。
トップチームの戦力として活躍する。ピッチ外でのスタッフではない立場での役割。3年目にしてやっと、少しだけ存在意義を見出せた気がした。

そうして迎えたラストシーズン。ずっともがいて、見出してきたはずの存在意義を見失うことになった。

2018年11月10日、ずっと希望していたトップ下を初めて任せてもらい自身の2ゴールでチームの残留を決めた日体戦の翌週。拓殖大学との関東リーグでサッカー人生一番の怪我を負った。調子が上がった時に起こった全治6ヶ月の左膝半月板損傷。僕の大学ラストシーズンは大怪我から始まることとなった。懸命なリハビリを経て何の違和感もない万全な状態で復帰出来たのは今年の5月。既に関東リーグも始まっており、活躍している仲間を見ると自分も早く出たくて仕方なかった。そんな中迎えた今季初の練習試合で再び左膝を捻った。またしても半月板損傷という悲劇、2度目の手術をすることが決まった。
全治3ヶ月の怪我ではあったが2ヶ月後に控える早慶戦にどうしても出たくて、無理をする決断をした。幸せなことに誰もが夢見る早慶戦のピッチに立たせていただけたが、その代償として膝が悪化し、8月に再び離脱。
今年出場させていただいた公式戦は早慶戦の15分と関東リーグの15分で計30分。1年の殆どをリハビリに費やすことになり、トップチームの戦力としての役割を失うことになった。
自分が出てチームの勝利に貢献したい。その一心で、毎練習前に痛み止めを飲み、グルグルにテーピングを巻いて掴み取った30分という出場時間。今シーズンは殆ど負けたことがないのに自分が出た2試合で2敗を喫し、自身も何も出来なかった。皆が作り上げてきたチームの歯車を途中から加わった自分が狂わせてしまった。そう思わずにはいられなくなり、8月に再び離脱した時にはもう復帰したくないとすら思った。

また、今シーズンはスタッフを中心としたチーム改革が進み、チームの状況を把握しにくくなった。それでも、自分なりに役割を考え続け、色々な行動を起こした。部室清掃の呼び掛け、TOP着の管理、早慶戦準備の手伝い。チームが緩いと感じる時には厳しい声を掛けたりもしたが、自分自身が何も貢献出来ていないのを自覚していたからこそ、当然仲間には響かず、口うるさい奴にしかきっとなれていなかった。皆に認めてもらったピッチ外での役割が、今ではチームの輪を乱しているだけの様に感じた。

これまでの3年間。今のままではダメだと、常に皆で危機感を抱きながら細かく目標を立て、最後の1年での昇格に全てを懸けてきた。そんな思い入れのあるラストシーズンは試練の連続だった。
人生初の手術を終え、長いリハビリが始まった日。2ヶ月間松葉杖をついた左脚はアスリートとは思えない程細くなった。みんながハードなトレーニングをこなす中、激痛に耐えながら膝が伸びる様になる為だけに全力を尽くす毎日。練習にすら行けず、ふとした時には開幕戦に間に合わない悔しさから自宅で一人涙を堪えられなくなる日もあった。
スタメンで出て絶対に勝つと意気込んでいた最後の早慶戦を2ヶ月後に控える5月。今シーズン初めて練習試合に出場した日は、半年のリハビリを乗り越えて楽しみにしていた気持ちが絶望に変わった。手術を告げられた診察中は涙を堪えるのに必死で、終わってすぐにトイレの個室に駆け込んで号泣した。
必死に頑張って、出場した公式戦2試合は全て負け、自分の頑張る理由が見えなくなった8月。自分が頑張ることで皆を悲しませてしまっているのではないか。そう思う様になってからは、もう復帰するのが怖くて、筋トレが必要なのに筋トレ器具に触るだけで涙が溢れ、下田から逃げる様に終電で実家に帰ったこともあった。元々泣き虫ではあるものの、22歳にもなった男が、人生で一番泣き、一番悩み苦しんだ。
一番楽しみにしていて、一番チームに貢献したいと願ったラストシーズン。
チームの力になりたいのに、全てが上手くいかず、チームに必要ないと言われている様だった。

それでも、初めて全てを投げ出したくなって、完全に気持ちが折れたからこそ、4年目にしてやっと見えたものが沢山あった。今やるべきことは分かっているのに頑張れなくなる人間の弱さ。常に気に掛け励まして下さった四戸さん、最善を尽くし続けて下さった松永先生と三浦さん、いつも側にいてくれる同期を始めとする支えてくれる人の偉大さ。そして、どんな状況でも継続して頑張り続けられる人の凄さ。もう頑張れないと心が折れ、退部しようかと本気で悩み続けたけれど、TOPチームで中々出番が来ない3年生が練習後も筋トレルームにこもり、練習では気持ちを前面に出して頑張っている姿勢からはいつも元気を貰え、僕もまだ頑張れることはあるんじゃないかと思える様になった。

改めて自分の4年間を振り返ってみると、思い出されるのは苦しい思い出と自分の無力さばかりだ。それでも、心の底からソッカー部に入れて良かったと本当に思う。
もっと上手くなって活躍して、今まで教わった人に恩返しがしたい。そう思って入部した4年間は、ユースの3年間と比べると殆どサッカーを教わることはなかった。でも、大学サッカーはきっと、それでいいんだと思う。歴史を築いてきたOBの方の想いを知り、OBの方や地域住民の方の支えに気付き、歴史ある組織の伝統を守る責任を感じ、仲間の役割を認め、一人では生きていけないことを痛感する。だからこそ、サッカーに対して本気になれて、チームに貢献したいと強く思えた。今シーズンは気持ちが折れてチームのことなんか考えたくない時期もあったけれど、それでも頭の中は常にソッカー部で一杯で、大事なことは全てソッカー部から学ぶことが出来た。

そして、最高に素敵な出会いにも恵まれた。毎回一緒に復帰走を走ってくれ、夜の自主練ではシャツインしながら、「敵は己だ」と言いながら何故か自分を守るすね当てまで装着してパス練する主務の塩木。毎日1時間睡眠、レッドブル5本の異次元な生活をしながらも最高の夢の舞台“早慶戦”を創り上げようと自分の人生を懸けれる大。誰よりも当事者意識を持ってチームを引っ張ってくれた海徳とやつ。たまにお酒を飲んで酔った時ですら、テンポテンポ!と言いながら股関節を回し出すトレーナーのハナテン(花田佑)と日頃の悔しさを叫び出す熱い同期。
全員は紹介出来ないけれど、最高の仲間と出会えて本当に良かったし、“この人の為に”と思える人が溢れるソッカー部に入れて本当に良かった。苦しい思いをしながらも、愚痴を溢さずに頑張ってくれたスタッフの皆、リサーチの皆、本当にありがとう。

僕達に残された時間はあと3週間。正直、自分の存在意義はまだ見えていないし、また自分がチームをぶち壊してしまうのではないか。そんな不安すらある。でも、沢山皆に迷惑を掛けてきたこのチームでのラストシーズン、何も貢献出来ずに終わる訳にはいかない。だから、最後は今シーズンのスローガンである“有言実行”に全てを賭けようと思う。
「関東リーグに出場して、試合に勝つ。」
皆と本気で喜べるチャンスは人生で今しかない。だから再び痛み止めとテーピングに頼りながら復帰することを決めた。
練習すればするだけ膝はボロボロになっていく状態でチームの力になれるかは分からないけれど、僕自身、一度も勝てずに今シーズンは終われない。
だから、有言実行の為、そして存在意義を見出す為、引退するその瞬間までもがき続けたいと思います。

長々と書いてしまいましたが最後までお付き合いありがとうございました。

バトンはヒデに引き継ぎます。ピンクの風船以外に友達はいないんじゃないかというくらい常に風船を膨らませながらトレーニングに励む努力家のヒデには、いつも刺激を貰えました。きっと、普段は聞けない熱い想いを知れるはずです。お楽しみに!

《NEXT GAME》
11月9日(土) 関東リーグ戦 第20節 vs関東学院大学
@日本大学グラウンド 14:00キックオフ

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