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「私がソッカー部のマネージャーでいられる理由」(梶浦つばさ)

2019.11.02

梶浦平素より大変お世話になっております。
法学部政治学科の梶浦つばさと申します。

まず佐々木くん、誤解しか生まない紹介はやめて下さい。合っているのは、野村京平がゴリラ系DFなところだけです。
欅坂46をこよなく愛しすぎたが故に、現実とアイドルの区別がつかなくなり、こうなってしまったのでしょう。
半年後には彼も立派な社会人になると考えると、心配でしょうがないです。

ということで、ついに私の番が回ってきてしまいました。初めて書いた1年生の御殿場遠征ブログから、直近の神戸定期戦イベントレポート・山中合宿ブログまで、遠征や試合について書いてきましたが、自分のことを書き連ねるのはこれが最初で最後です。

この4年間、揺れ動く自分の喜怒哀楽の感情の殆どはソッカー部の出来事によるものでした。数十年前に同じ慶應義塾大学に通いラグビー部に所属していた父親が、大学時代を振り返る度に「大学時代の学部は法学部じゃなくてラグビー部だ」と言っていたのも、今では理解出来ます。

長くて、でもあっという間だったマネージャー生活。このブログを通して、マネージャーの私だからこそ考えていたこと、思うことが伝われば良いなと思います。

3年前の春、ソッカー部に入部した理由はいくつかありますが、簡単にまとめると、ソッカー部で何かを実現したいからというより、「4年間何かに全力で打ち込みたい、成長したい」という想いでした。だからこそ、早慶戦後に当時の主務・副務との面談で、なぜソッカー部なのか?という問いに対して、明確に述べられなかったのを今でも覚えています。「なんでソッカー部のマネージャーをやってるの?」4年間で何度聞かれたか分からないこの質問を聞かれるたびに、ソッカー部でないといけない理由を自問自答し、答えるのに苦労していました。
1年生の時の私は、とにかく目の前の仕事を全力でやる、それだけで精一杯で、正直選手のことやチーム状況まで考えられていませんでした。この部のマネージャーの仕事が室内業務メインであることに加え、ほとんどの人が初めましての環境で人見知りを発揮していたこともあって選手との関わりがあまりなかった私は、「チームの一員」であることをなかなか実感出来ませんでした。いてもいなくても変わらないのでは?と思いながらも、その事実から目を背け逃げるようにひたすら仕事をすることで、自分のモチベーションを保っていたように思います。

2年生になっても同じような状況が続きました。副務を決めるミーティングでは、部における自分の存在意義を考えるようになります。ありがたいことに「マネージャーは仕事をしているだけで十分部に貢献しているよ」と言ってくれる人もいますが、その言葉はしっくりきませんでした。なぜなら、自分で選んだマネージャーという道で、目の前の仕事をするのはごく当たり前のことだから。選手はサッカーに加えてプラスアルファで部への貢献を考えているのに、私は何も貢献出来ていないんじゃないかと悩むことが多かったです。

マネージャーである私の存在意義とは?マネージャーは勝利に貢献出来ていないのではないか?
答えのない問いを考える度にくじけそうになっていた私を救ってくれたのは、仲間の存在でした。

2年生の時の毎週・毎日のミーティング、新人戦を経て、3年生になってからは仲間との関わりが増え「チームの一員」としての実感を少しずつ持てるようになりました。次第に私の相談にのってくれる人、逆に私に相談して来てくれる人が増え、いつの日からか「頑張っているみんなの為に、自分を仲間の一人として受け入れてくれている人の為に、私も頑張りたい」、そう思うようになりました。そんな「仲間の存在」が原動力となっていました。

マネージャーの役割は何かと聞かれたら、多くの人は「選手を支える立場」と答えるでしょう。しかし4年間で私自身が選手の支えになれた自信はなく、むしろ私の方が選手に支えてもらってきました。人の為に頑張れることの楽しさ・嬉しさに気付けていなかったら、ソッカー部でマネージャーを続けられていなかったと思います。困った時、悩んでる時、悔しい時、相談にのってアドバイスをくれた人、ひたすら話を聞いてくれた人、笑わせてくれた人、時には怒ってくれた人、本当にありがとう。

大学生になるまでは困難からいつも逃げて無難な道を歩んできた私にとって、この4年間は喜怒哀楽の感情が入り乱れるいばらの道でしたが、なんとか続けることが出来、そして大切な仲間に出会えました。周囲の人の支え無しでは絶対に続けることが出来なかったのは確かです。

まずは家族。
弟がサッカーをやっていなければ、ソッカー部に入ることはなかったかも知れません。ソッカー部に入ったことで、梶浦家のもめごとの種で高校生の頃は大嫌いだったサッカーも、今では家族を繋ぐ大切な存在となりました。
子供が選手な訳でもないのに試合を見に来てくれて、いつも笑顔で話を聞いてくれる両親、ありがとう。
サッカーだけには真剣な弟、たまに見に行く試合で見るその姿に元気付けられていました。6歳年下ながら尊敬しているし、誰よりも応援しています。

次に中高からの友達。
私の周りにはそれぞれの道で悩みながらも全力で取り組んでいる、誇らしい友達がいます。同じ体育会で頑張る人、好きなことに全力でストイックに取り組んでる人、夢を追いかける人、海外留学に挑戦した人、資格獲得の為に毎日勉強している人、他大学に行き勉強に励む人。
みんなの姿を見て、話を聞いて、私も頑張らないとと刺激をもらってました。特に辛かった1,2年生の時、みんなと会ってくだらないことで笑い合う時間が私にとって必要不可欠でした。

最後にソッカー部で出会った仲間。
みんなが思っている以上に、私はみんなと一緒にいれる時間が楽しくて大好きで、いつも感謝の気持ちでいっぱいなんです。ソッカー部での経験は辛いことも沢山あったけれど、かけがえのない仲間に出会えたこと、それだけで入部して良かったなと思えます。これ以上言うとバカにされそうなのでやめておきます。

支えてくれる全ての人のおかげで、何にも変えられない大切な4年間となりました。
今の私にとって一番嬉しい瞬間は、チームの一員として認められている、”みんな”の中に入れている、そんなことを感じる時。その瞬間は、試合に勝ってハイタッチする時、練習後に話している時、一緒にご飯を食べている時、私の日常にたくさん溢れていて、みんなと過ごす日常は、私が頑張る原動力となっています。

こうやって、チームの一員として日常を過ごせるのもあと3週間。
関東リーグ優勝のかかった試合は残り4試合。
今でもマネージャーが勝利に向けて貢献出来ることがあるとは自信を持って言えませんが、試合の準備をミスなく行うというマネージャーとして最低限のこと、そして勝利を信じてその想いを伝えるという、今の私だから出来ることをしていきたいと思います。
そして、支えてくれる全ての人への感謝の気持ちを忘れずに、自分に出来ることを最後まで考え続け、大好きな仲間と共に笑顔でソッカー部生活を終えたいと思います。

長く拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

このブログのバトンは、私にたくさんのきっかけを与えてくれたえも(江本優貴)に渡します。
私のことを「泣き虫」とか「メンヘラ」とか言ってきますが、2年前の新人戦全国大会グループリーグvs東北選抜戦、前半を0-1と先制される厳しい展開の中、後半に逆転し勝利を収めた途端、決勝トーナメント進出が決まった訳でもないのに泣いていたり、3年の石川遠征のスピーチでは話しながら急に涙ぐんだりする君も、私と同じくらい泣き虫です。
そんな真面目で熱いえもはどんなブログを書くのでしょうか?

《NEXT GAME》
11月3日(日・祝) 関東リーグ戦 第19節 vs立教大学
@国士舘大学グラウンド 14:00キックオフ

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