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出逢い(松木駿之介)

2018.11.23

松木平素は大変お世話になっております。

カメラを向ければ二重の妙なキメ顔をし、みんなで話をしていれば何かと自分の話に持っていく。そんなかわいい一面を持ちつつも、ピッチに入れば相手を切り裂くスーパードリブラーになる。彼とは1年時から常にポジションを争ってきました。ライバルの小谷春日からバトンを引き継ぎました、主将の松木駿之介です。4年生ブログリレーも私で最後になりました。長く拙い文章ではありますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

私は青森山田高校から慶應ソッカー部へと入部させていただきました。高校時代無名だった私は、「プロになる」という小さい頃からの夢を叶えたい一心でこの4年間を仲間と共に過ごしてきました。振り返れば言葉の通り、「あっ」という間でした。そして縁があり、来シーズンよりファジアーノ岡山でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせていただけることになっています。
圧倒的なフィジカルやスピード、テクニックを備えていない平凡な私が(オフザボールと集中力には自信があります)プロサッカー選手になることができたのは、吸収力があったからだと自分自身は考えています。ピッチ内外における様々な刺激から何を吸収できるかを考え、それらの刺激と向き合ってきました。サッカーで言えばプレーのジャッジ基準やオフザボールの動き、身体作りを年々変えながら過ごしてきました。ピッチ外で言えばサッカーへの向き合い方や時間の使い方、なんなら性格までもが少しずつ変わってきたかと思います。変化することで上手くいったこともあれば、もちろん上手くいかなかったこともありますが、”No Attack , No Chance .”です。成長することを求めて恐れずに取り組んできたという自負があります。
そして、その私の吸収力という強みを存分に引き出してくれたものが、今回のブログタイトルにも設定しました「出逢い」です。これまで同期の部員ブログを読んできましたが、多くの同期が出逢いに感謝をしていることが印象的でした。自分にとって一生懸命になれるもの、大好きなもの、つまり私たちにとっては「サッカー」が与えてくれた出会いはやはり特別な出逢いになるのでしょう。前置きが長くなってしまいましたが、最後のブログではその「出逢い」についてと、慶應ソッカー部への感謝を綴らせてください。

これまでの人生を振り返ると、「もし、あのとき、あの人に出逢うことができていなかったらどうなっていたのだろう。」という思考、感情が生まれます。私の人生は、面白い程に人との縁で幸せなものとなっています。ここには書ききれませんが、本当に多くの人との出逢いが私を変化させ、成長させてくれました。決してすべての出逢いが良いイメージだったという訳ではありません。中には強烈な反骨心を与えてくれた指導者や、日々刺激と悔しさを与えてくれたライバルの存在もありました。ただ、そういった人々と出逢えたのも単なる出会いではなく、心の底から出会う必要のあった出逢いだと感じるのです。
ソッカー部に入部してからも例外ではありませんでした。様々なバックグラウンド、性格、人間性を持った仲間との出逢いは刺激的なものです。サッカーへの考え方から組織での振る舞い方は部員の数だけあります。対戦相手の分析を行い、勝利のパーセンテージを上げる作業を夜な夜なしてくれるリサーチ部門。大好きなサッカーを続けたくても組織のためにサッカーを辞め、コーチとなり先導してくれるグラウンドマネージャー。自分自身の時間を割き組織の運営管理、組織マネージメントに徹する主務。他にも、試合に出れなくて悔しい気持ちもある中で声を枯らして応援してくれる仲間やマネージャーなどの存在は、今後もサッカーを続ける私に大切なものを教えてくれました。
「支えてくれる仲間がいるからこそサッカーができる。そして、そのサッカーで仲間に恩返しができる。」
プロの世界で言えば、これらはクラブスタッフやサポーター、スポンサーだと考えます。だからこそどんな状況であってもクラブのために魂を込めて闘わなくていけないのです。それがこの4年間は慶應ソッカー部でした。チームの勝利で一体となって笑顔が咲いた景色を見れたことは、主将として最高に幸せな瞬間でした。
そして指導者との出逢いは、直接私のサッカー人生を変えました。私をここまで押し上げてくれたのは、これまでに出逢えたすべての指導者のおかげです。

もうひとつ。私がプロサッカー選手になるという夢を叶えるために必要不可欠だった、忘れられない出逢いがあります。それは、コンサドーレ札幌に所属する深井一希選手との出逢いです。
私は大学2年生の12月、練習中に軽い接触プレーで膝がロッキングしてしまいました。一瞬にして歩けなくなり、怪我の怖さを身に染みて感じたことを今でも鮮明に覚えています。幸いなことに周りの靭帯は傷付かず左膝半月板損傷、全治4〜5ヶ月という診断でした。しかし、大学3年の夏に開催されるユニバーシアード世界大会へのメンバー入りを目指し焦ってリハビリしてしまったこともあり、7月に再手術をすることになりました。再手術が決まった時、私は夢への挑戦を諦めかけました。「膝が治らない。もうフルのパフォーマンスに戻せないんじゃないか。」と不安に押し潰され、本気で就職することを考えていました。全日本選抜で共にプレーしていた選手は、ユニバーシアード日本代表として世界で金メダルを取って帰ってきました。周りの選手にどんどん差を付けられるという劣等感は、ポジティブで楽観的な私を自分でも驚く程に悲観的にしました。そんなときに希望をくれたのが深井選手でした。先輩の近藤貫太さん(H30年度卒)を通じて「諦めるなよ」とメッセージをくれたのです。私の再手術をどこかで知り、自分と似た境遇だったからでしょうか。関係を全く持たない私を気にかけてくれました。前十字靭帯断裂という、私とは比にならない大怪我を3度乗り越えプロとして活躍している深井選手の言葉は重く、一瞬にして私の消えかかっていた火を灯してくれました。
「プロサッカー選手だからこそできることは沢山ある。プロになってピッチ内外において多くの人々、子どもたちに夢を与えたい。」
私がプロを諦めずにリハビリを励み、ここまでやってこれた大きな原動力です。これもソッカー部に貫太さんが帰ってこなければ出逢えていなかったものだと考えています。
ずっと一緒になってリハビリと身体作りを指導してくださったトレーナーの三浦さんの存在も忘れられません。再手術が終わった後、復帰まで約1年かかってしまいましたが周りの人達の支えがあったことで復帰することができ、ひとつの夢を叶えることができました。約1年サッカーができなくなると面白いくらいサッカーが好きになるんですね。今はサッカーができるだけで楽しい。サッカーを続けられる環境を与えてくださったファジアーノ岡山に、心から感謝しています。幸せを噛み締め、お世話になった方々に恩返しができるよう、プロの世界でもフルファイトしたいと思っています。

本当にたくさんの出逢いが私を変化させ、大きくし、幸せな時間をつくってくれました。今後これまでの出逢いを糧に、プロサッカー選手として更なる夢に挑戦します。ソッカー部で過ごした4年間で学ばせてもらったことは、今後のサッカー人生、そしてその先の長い人生において大切なもののひとつであるはずです。
出逢ってくれた仲間に、指導者に、携わってくれたすべての方々に感謝しています。4年間ありがとうございました。

これからも出逢いを大切に、自分らしく謙虚に、熱く生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ソッカー部への感謝を綴り終わりたいところでしたが…どうしても謝りたいこと、後悔があります。

それは関東リーグ開幕前の決起会において、後輩のみんなに約束したことです。私は主将として、「後輩のために」昇格させると言い切りました。後輩のみんなに1部の舞台でやらせてあげたいという想いで挑みましたが、結果は付いてきませんでした。力が足りなかった、申し訳ない。これが数少ない大学サッカーでの後悔です。
3年生が中心となって、今年の経験を活かし来年昇格してください。応援することしかできませんが、慶應ソッカー部が1部の舞台に戻れることを4年生一同願っています。後輩のみんなに、「4年生のあの人と出逢えてよかったなあ」なんて思ってもらえる学年になれていたら嬉しいです。

明日、今年のチームの最後の試合です。先日怪我をしてしまい、私自身出場することはできません。残り90分、お世話になりまくったソッカー部への感謝をピッチで表現したかった。最後みんなとピッチに立てないことは寂しい気持ちで一杯ですが、よく私の母が口にする「難が有って有難う」です。きっと外から見ることで、また何かに出逢うことができる90分になる気がしています。
私や試合に出れない4年生の想いは試合に出場する4年生が表現してくれるでしょう。4年生の生き様を、最後ソッカー部に残そう。私自身ピッチに立つことはできませんが、仲間たちと一緒に思いっきり闘い、思いっきりサッカーを楽しみます。

頼りない主将だったとは思いますが、みんなに支えられて本当に素敵な時間を過ごすことができました。みんな、ありがとう。

最後、みんなで笑って解散しましょう。

バトンは後輩たちに繋ぎます。

 

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《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

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