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兄を越えるために(山浦敬史)

2018.10.26

山浦平素より大変お世話になっています。Bチームのムードメーカーで、試合でキャプテンマークを巻くと大活躍すると有名なキムさんこと、木村からバトンを引き継ぎました、商学部の山浦敬史です。

いきなりですが、後悔とはなんなのか、どうすれば後悔のない人生にできるのか、ということを一度真剣に考えてみました。ネットで「後悔」と検索すると、初めに目についたのがKathryn Schulzという女流作家のスピーチでした。『Don’t regret regret』というタイトルの講演でした。
「後悔を感じないことは 実際には精神病と診断される特徴」で「後悔のない人生」を送るためには、「脳の眼窩前頭皮質に損傷を与えるロボトミーを行うしかない」と彼女は述べています。「もしも十分に脳が機能する状態で 十分に人間らしく人道的でありたいなら、後悔しないのではなく、後悔とともに生きることを学ぶ必要がある」。彼女は若い頃に彫ってしまったタトゥーを見せつつ教えてくれました。さて、なぜ、「後悔」から入ったのか。少しお付き合いください。

私は1年の夏にサッカーサークルから体育会ソッカー部へ転向してきました。体育会は強豪校出身が多く、都立進学校出身では活躍できないと、入学時にサークルを選びました。高校では主将を務め、10数年ぶりに都大会ベスト16まで進みましたが、最後の試合で0−10で負けました。越えられない壁があると感じたからです。
思えば、私の人生は挑戦する事から逃げ続けたものでした。とても頭の良い長男(でも変人です)や、サッカーで大活躍していた次男(ソッカー部OBの山浦新)を尻目に、自分はプロにはなれないだろうと、サッカーの強豪校ではない都立の進学校を選び、浪人してでも行きたかった東京大学に数点差で落ちた時にも、再挑戦する事は選びませんでした。兄と比較される事から逃げ、辛い事から逃げていました。
そんな自分を変えたいと思ったきっかけが、サークルの仲間に連れられて大学1年の時に観た早慶サッカー定期戦でした。実は、兄が何度も出場していたのにも関わらず、それまで一度も見にきたことがありませんでした。本気でサッカーと向き合い、大舞台で活躍する兄と自分を比べることが怖かったからです。(今でも後悔しています。この場を借りて兄に謝罪します。)
あの夏に観た早慶戦のことは今でも鮮明に覚えています。体育会部員の体を張ったプレーや、応援の部員までもが涙する姿を見た時、結果が出ないことを恐れ、挑戦から逃げている自分に気づき、たまらなく恥ずかしくなりました。逃げ続ける自分を変えたい、自分の壁を越えたいと思いました。逃げて後悔したくないと、翌日には入部を願い出ました。
入部直後の夏の走りでは、毎日のように吐いて倒れ、ボールを使う練習にすら参加できないこともありました。「あの山浦新の弟」として社会人や部員から見られ続ける毎日でした。(当時Cチームコーチだった冨田監督に、間違えて「新」と呼ばれることが何度もありました。)そんな時に支えてくれた同期には本当に感謝しています。途中入部なので、人一倍練習に真摯に取り組むのはもちろん、自分の強みや課題、チーム状況を分析し、FWからCBにポジションを変えてでも、自分の壁に挑みました。その姿勢が評価され、3年生ながらBチームの副将を任され、その後トップチームに昇格を果たしました。「いつかはあの早慶戦の舞台に・・・」。それが全ての原動力でした。しかし、順調に目標に近づいていると感じていた時にこそ、落とし穴が待っていました。

「右膝半月板損傷」
3年の11月に全治4ヶ月と診断されました。手術のために入院中のベッドの上で、Twitterを通してチームの2部降格を知りました。監督が交代し、新チームが始動し、着々と力をつけていく仲間たちが試合で活躍する姿を、ただ黙って見ることしかできない。そんな状況のせいか、焦ってリハビリをしては膝を痛めることを繰り返し、結局全治8ヶ月かかってしまいました。あんなに憧れていた早慶戦も、ついにはトップチームにおいてメンバー争いをすることすら叶いませんでした。
後期はBチームでIリーグに全試合出場するも、トップチームへの昇格も叶っていません。最後まで諦めていませんが、サッカーをするのが辛いと感じてしまう自分がいました。同期の堤や風間が関東リーグデビューを果たし、周りの部員たちが喜んでいる状況でも、私はあまり素直に喜ぶことができませんでした。自分に言い聞かせずにはいられませんでした。
ソッカー部への入部を決断し、自分と向き合い続けた4年間に後悔は無い。怪我などの過去に起きたことを嘆くのはまったく時間の無駄で、後ろ向きにならず常に前向きであるべきで、残りの期間で私にできるのは後悔のない人生にするよう努めることである、と。
そこで、「後悔」を考えてみたのです。(冒頭に戻ります。)

目標があって、夢があって、ベストを尽くそうとするなら、うまく行かないときに後悔して痛みを覚えるのは当然です。大切なのは後悔しないで生きることではなく、自分の後悔と向き合い、後悔とともに生きていくことなのです。後輩たちにはこの痛みとともにソッカー部での生活を頑張って欲しいと思います。
私自身も先日、トップチームへの昇格をかけ、やっとの思いで出場の機会を得たJr.リーグで、PKを外して負けてしまいました。大きな胸の痛みを感じています。

長くなりましたが、最後は、どんなに遠い会場でも欠かさず応援に来てくれる両親への感謝と決意表明で締めくくりたいと思います。
いつも応援に来てくれてありがとう。あと少しの間だけど応援よろしく。
残り少ない時間ですが、本気でサッカーと、自分と向き合っているからこそ感じることのできるこの痛みを楽しみつつ、トップチーム昇格、関東リーグ出場を目指して努力し続けます。

「山浦新の弟」ではなく、兄のことを「山浦敬史の兄」と呼ぶ人が多くなることを信じて。

さて、バトンはグラマネとして戸田コーチ率いるCチームを支え、私生活でも私の飲み友達である鹿島祐平の手に渡ります。グラマネとしての自信と共にお腹にぜい肉もついてきました。日本語より英語のほうが得意という噂もある彼ですが、きっと熱い想いを述べてくれるでしょう。
どうぞご期待ください。

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

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