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教育の場としてのスポーツ(山村桂介)

2018.10.20

山村平素より大変お世話になっております。
同じCチームのメンバーとして苦楽を共にする北川からバトンを受け取りました、法学部政治学科4年の山村桂介と申します。 今回は私がブログを担当させて頂きます。
大学4年になり就職活動を経験したり、あらゆる活動の終わりを迎えたりしております。そのような状況下で、私が今頭の中で常に考えていることをこの場をお借りして皆様にお伝えしたいと思います。そして、皆様がこのブログを読み終えた時に自分にとってサッカーとは何か、なぜサッカーを続けているのかということを真剣に考えるきっかけになっていただければ幸いです。

『何でそんなにサッカー好きなの?』『何でそこまでサッカー続けられるの?』
幼少期から現在に至るまで長年サッカーを続けている学生は、これらの質問を就職活動の際に必ずと言っていいほど耳にすることになると思います。また、我々Cチームの選手達はCチーム監督の戸田和幸コーチから『プロじゃなくてアマチュアの人間が何で大学生にもなってサッカーをしてるのかよく考えろ』と言われたこともありました。正直、これまで私は、サッカーを続けてきた理由なんて『ただ、サッカーが好きだから』としか考えていませんでした。大学生にもなってサッカーをしている理由も同様です。しかし、私はなぜここまでサッカーを続けてきたのか。サッカーを続けてきたことで得られるものはあったのか。ただ好きだからという理由だけで続けてきたサッカーが社会に出た際にどう役に立つのかと、サッカーを続けてきたことの意義を近頃、真剣に考えるようになりました。そこで、今回のブログを通じて『学生がスポーツに打ち込む意義』について私が考えていることを少しお伝えしようと思います。

まず、体育会の学生として活動する上では『競技力の向上』と『人間力の向上』の2つが求められると思います。『人間力』というと曖昧な表現になってしまうのでここでは『人間力』を『精神的タフネスさ』や『考えて行動する力』などの総称としておきます。私は、学生がスポーツに打ち込む意義はこの後者の『人間力の向上』にあると思います。日々、真剣にサッカーをしていると自分のプレーが不甲斐なく監督やコーチに強く指摘されたり、怪我で長期離脱してしまったりという経験は誰にでもあると思います。しかし、大事なのはそこからであり、その現状を受け入れ、監督やコーチに指摘された理由や怪我を負ってしまった原因を分析し、そこから這い上がる為に自分には何が必要なのかを考え、行動を起こす。そして、失敗をしてはまた考え直し行動する。おそらく真剣にスポーツをしている人の大半がこのサイクルを自然と行っていると思いますが、この行動こそがスポーツを続けることで鍛えられる人間力であり、スポーツに打ち込む意義なのではないかと思います。
勿論、サッカーを通じてできた仲間のことを考えればそれも1つの意義だと思います。中学時代のチームメイトとは今でもよく会いますし、塾高サッカー部のメンバーに会うと家に帰ってきたかのように落ち着きます。ソッカー部の学部が同じ仲間とはテスト前になんだかんだ異様な結束力を発揮して修羅場を切り抜けますし、戸田さんの下で切磋琢磨し苦楽を共にする仲間もいます。日を追うごとにCチームの後輩を好きになっている自分もいます。確かに仲間の存在もスポーツに打ち込む意義だと思いますが、サッカー人生が終盤に差し掛かりこれまで自分がサッカーに費やしてきた時間をふと振り返ってみると、人としての基礎づくりこそスポーツに打ち込む意義のように思えます。『俺はプロになる為に中学で勉強を辞めて全ての時間をサッカーに費やしたけど、ここには(グラウンドを指差して)社会で必要な全てが詰まっていると思うよ。』戸田さんが集合の際に何度か仰っていた言葉の意味が理解できます。

大学4年の4月。就職活動解禁と共に様々な学生や社会人の方にお会いしました。体育会で日々真剣にスポーツに打ち込んでいる学生や体育会出身の社会人の方も大勢いましたが、中には「この人相当勉強してきたんだろうな」と思うほどその知識量の多さや論理的思考能力の高さ、頭の回転の速さなどに驚愕させられる方も大勢いました。社会に出たらこのような人達と一緒に働き、時には争うことになると思うとゾッとします。しかし、我々、体育会の学生には失敗をしたりダメ出しをされたりしても折れない不屈の精神や、考えたことを行動に移すチャレンジ精神、常に上を目指そうとする向上心など、組織や社会の中で生き抜いていくための礎ができたのではないかと思います。そして、この礎を確固たるものにし、その上で知見を広めたりスキルを磨いたりすることが優秀な方々に追いつき、追い越すことに繋がると信じています。私自身、このような根性論はあまり好きではないのですが、約20年間費やしてきたサッカーに意味を見出した時このような結論に至りました。
正直、プロにならない限り競技の上手い下手はあまり関係なく、大事なのはその時起こした行動に自分の考えや意図があったか、だと思います。勿論、体育会の部員である以上、競技力の向上に心血を注ぐことは大前提です。しかし、競技力の向上と同等又はそれ以上に人間力の向上を図ることが体育会という社会に出る一歩手前の段階では特に大事になってくるのではないでしょうか。

ここまでつらつらと持論を述べてきましたが、このように物事を考えるようになったのも、決して安いとは言えない部費を毎月毎月文句一つ言わずに払い続けてくれている両親のお陰です。最後に両親へ感謝の言葉を述べて終わりにしたいと思います。
いつもありがとう。

最後までご覧いただきありがとうございました。
次回のブログは、最近、筋トレに目覚め共に駒沢公園のトレーニング施設に行くことになったJ―Poeこと伊東駿です。

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

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