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サッカー人生への終止符(中島玲央)

2018.10.09

中島玲平素より大変お世話になっております。
きのぴーこと、桐蔭の奇才木下から紹介を受けました、今回の部員ブログを担当させていただきます、総合政策学部の中島玲央です。
最上級生としての最後のブログとして、現在の私を形成したサッカーと自身との繋がりを赤裸々に書かせていただきます。少々長くなりますが、最後までお付き合いください。

私とサッカーとの出会いは、小学1年生の頃、田舎の小さな町にある弱小サッカークラブに遊び心で入団したのがきっかけでした。サッカーのルールさえままならない中で、熱中しているうちに他の選手より抜きん出ていることに気づき始め、日々自身が上手くなっていく楽しさ、それ以上に自分のプレーで周囲の人をワクワクさせる喜びを感じるようになりました。それ以来、プロサッカー選手になりたいという夢を持ちはじめ、本気でサッカーに打ち込む毎日が続いていた一方で、現状にもの足りなさを抱くようになりました。
ここでプレーし続けてもスキルの向上に限界があると感じた私は、小学4年生の時に実家を離れる決断をし、Jリーグの下部組織に入団しました。優秀な選手が集まる高い競争力と厳しい環境の中でしたが、主力メンバーとして活躍し続け、己の能力はここでも通用することを実感していました。
小学6年生には全国大会第3位という輝かしい成績に貢献するなど、何の不満もなく順風満帆なサッカー生活を送っていました。
しかし、ジュニアユースに上がり、はじめて大きな壁にぶつかることになります。得意なプレーは全く評価されなくなり、大事な試合には出場できなくなり、中学最初の2年間はもはや「空」の状態でした。
サッカーから離れようか悩むくらい何もかも上手くいきませんでしたが、なんとか努力を続けていた私に好機が訪れたのが、中学最後の全国大会でした。同ポジションの選手が怪我を負い、代わりに出場した試合で今までの不満を爆発させるような最大限のプレーをすると、その後も出場し続け、結果的には全国準優勝、さらには一番可能性が低かった私がユース昇格を勝ち取りました。

晴れてユースに上がってからも、やはり簡単にはいきませんでした。最初は1つの公式戦に出場することさえとても苦労し、もがく日々が続きました。それでも2年生の時には不動のサイドバックとなり、トップチームの練習や練習試合にも参加させていただく機会が増えるにつれて、もしかしたら自分の夢が叶うのではないかという淡い希望を抱くようになりました。
しかし、プロという世界はそんなに甘くはありませんでした。3年生の夏に昇格できないことを監督との面談で言い渡されました。夢はうち砕かれ、目の前が真っ暗になり、サッカーへのモチベーションもどん底まで落ちていきました。目標がなくなり、「私にはサッカーが向いていなかったんだ。」と、その後の練習に意味を見出せなくなり、今後の進退に葛藤していました。
「サッカーを諦めようか。いや、ここで諦めてしまっては費やしてきた時間や苦労、努力が水の泡になってしまう。ここまで支えて応援してくた両親にも申し訳ない。」後者の感情が勝った私は、大学サッカーという舞台で夢に再挑戦する決意をしました。1年目からAチームの中心選手として活躍するビジョンを描きながら入部した私ですが、待ち受けていたのは理想とはほど遠い現実でした。
まず、Bチームからのスタート。自分の得意なプレーは評価されず、短所を指摘される毎日でした。今までとは真逆のサッカースタイル、慶應の欲しい選手像とはまるで違う。いろいろな要因がありましたが、監督やコーチの求める水準には決して達していませんでした。
1年生の夏終わりにAチームには上がったものの、公式戦に出場することは一度もなく、AとBとの当落線上で存在意義を見出せずにいました。プロなんて夢のまた夢。手の届かない遥か先にありました。
何とか腐らずにもがき続けていましたが、高校まではどこかでチャンスが巡ってきて、そこで結果を出せば現状を変えれることができたのに大学ではその機会すら掴めない。そのまま3年目が過ぎ、長期離脱も負い、もう公式戦に出られずに4年間を終えてしまうのではないかと半分諦めてかけていました。
しかしそんな最終学年の年、偶然にも監督が交代し、自身のオンリーワンを認めてもらえるようになり、4年目にして遂に関東リーグデビューを果たすことができました。あれだけ長い期間苦しんでいたのに、描き続けていたものが形として現れたのは一瞬でした。あの特別なピッチに立った時の感動と緊張感は今でも覚えていますし、一生忘れることはないと思います。

結果的に、「プロサッカー選手になる」という自身の夢を叶えることはできませんでしたが、幼少期から現在までを振り返ってみると、結局何が起こるのかわからないということに尽きるのではないでしょうか。「人間万事塞翁が馬」という言葉があるように、いつどこにチャンスが転がってくるかなんて誰にも予測できないし、絶好調の時もあれば苦難の連続の時もある。人生においても同じことが言えるのではないかと私は感じています。そのため、物事に一喜一憂せず、自分を信じてできる努力を精一杯継続すること、それができる人間が一流だということをサッカーを通じて学びました。改めて、私のサッカー人生は波乱万丈ではありましたが、誰も真似できない唯一無二の経験を積むことができたのは将来にとっての大きな財産です。引退まで残り2ヶ月を切りましたが、ここでしか味わえない瞬間を日々噛み締めながら過ごしたいです。

さて次回の4年生ブログは、自称イケメン、私に次いで勉強が大好きな静岡が生んだスピードスター、堤惠杜君です。乞うご期待下さい。

《NEXT GAME》
10月14日(日) 関東リーグ戦 第16節 vs青山学院大学
@日本体育大学グラウンド 11:30キックオフ

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