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サッカーが出来る幸せ(大薗慶悟)

2018.06.28

大薗平素よりお世話になっております。総合政策学部1年の大薗慶悟です。今回のブログでは、私の高校時代の話をさせていただきます。

私は宮崎県から親元を離れ神奈川県の高校に入学しました。私の通っていた高校のサッカー部は入学当時から監督問題等があり、練習が無いという異例な状態からスタートしました。また、部活が始動したと思いきや、2年生や3年生とは全く関わることが無く、まるで別のチームであるかのような、あり得ない体制でした。そんな中でチームメイトが監督からパワハラを受けるトラブルに巻き込まれる等、沢山の問題が起きました。そして、私達はこの監督の元ではサッカーが出来ないと思い、ある種のストライキを起こしました。その結果、元々先輩方を指導していたコーチが私達を指導して下さることになりました。しかし、私達はグラウンドが使えない、使えたとしても隅だけであったりと十分にサッカー出来る環境がありませんでした。その後も5回も監督が変わる等、私自身もこのままサッカーをしていていいのだろうかと悩ませられる日々が続きました。

この状況のせいで仕方なくサッカー部を辞めていく仲間や転校していく仲間さえいました。気付けば最初40人いた同期もいつの間にか半分になっていました。「全国大会に出たい」というただそれだけの目標に向けて残ったメンバーで1日1日を大切に過ごしてきました。そんな中、私達は理不尽にも学校と監督側から「関東大会、インターハイでどちらもベスト8に入れなければ選手権には出さない」という条件を突き付けられ大会に挑むことになりました。関東大会では見事3位になる事が出来ましたが、夏のインターハイではベスト8を決める試合で逆転負けしベスト16に終わってしまいました。負けたと同時に私達の引退が決まったのです。

しかし、私達は選手権を目指しこの高校を選び入った為諦める事が出来ませんでした。インターハイで負けてからグランドは使えなかったものの、毎日部員全員で集まり話し合いをし、どうしたらサッカーをする事が出来るのか、どうしたら選手権に出る事が出来るのか等、全員一丸となって考えました。選手の保護者の方々も私達の為に全力を尽くして下さりました。学校側の最終的な答えが出るまでグラウンドの4分の1しか使えないという不十分な環境の中でも、全員が選手権に出る事だけを考え一生懸命練習に取り組みました。

選手権の直前に、私達が選手権へ出場出来るという発表がありました。グラウンドが当たり前のように使え、当たり前のように自主練が出来る環境を有難く思いながら毎日練習に取り組みました。私達は全力で予選を戦い抜き、決勝ではライバルである桐光学園と対戦しました。決勝戦では我らのキャプテンが退場するという絶体絶命の状況に置かれ、神様はどこまで私達を見放すんだと思いつつも、必死でゴールを守り抜き運命のPK戦に縺れ込むことになりました。両者4本目まで決め、迎えた5本目。緊張の一瞬に私は心臓が止まる感覚さえ覚えました。私達は難なく決め、相手のキャプテンの番が回ってきました。私は素直に「お願いだ。外してくれ。」そう願いました。次の瞬間、ボールは白く輝くバーの遥か上を飛び夕日の中へと消えていきました。ここで長い長いホイッスルが会場中に響き渡ったのです。こうして私達は目標であった神奈川県制覇、全国大会出場を果たす事が出来ました。応援席にはこれまで支えてくれた保護者、学校の先生方、辞めた後も応援してくれた仲間、OBの方々がいてみんなが讃えてくれました。優勝と共に、嬉し涙はもちろん、今までサッカーが出来なかった辛い時期のことなどが思い出され、「今まで辛かった」と号泣したのを今でも鮮明に覚えています。

私はこの高校サッカーを通して、沢山のことを学ぶことが出来ました。その一つは、どんなに辛い時でも前を見て進むことが大事だということです。これはサッカー以外にも通用することだと思います。「All is well」(きっとうまくいく)と物事をポジティブに捉えて前進すれば成功すると私は考えます。そして一番に学んだことは「サッカーが出来る環境を当たり前と思ってはいけない」ということです。この事は高校で痛い程実感しました。ソッカー部はとても素晴らしい環境です。この最高の環境下にいるからこそ、沢山のことを吸収してサッカーが出来ることに感謝し、この環境を最大限に生かしていきたいです。

拙い文章でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。今後共、ソッカー部へのご支援ご声援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
7月1日(日) 関東リーグ戦 第11節 vs日本体育大学
@Shonan BMWスタジアム平塚 11:30キックオフ

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