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「ソッカー部の仲間」へ (林草太郎)

2017.11.15

林草
平素は大変お世話になっております。愛媛の小さいおじさんからバトンを受け取りました、主務の林草太郎です。

残り1節となった関東リーグ戦。それと共に16年にも及んだ僕のサッカー人生も終わりを迎えようとしています。
そこでいくつか言葉を紹介しながら、僕のサッカー人生最後の4年間を少し振り返って今思うことを綴りたいと思います。
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「リサーチには絶対なるなよ。」

勇哉が退部する際に僕に残した言葉です。
リサーチミーティングの際、候補者に僕の名前が挙がり、周りに推されるならと就任することを考えていました。
チームへの貢献。思い通りの1年を過ごせず、壁にぶつかりサッカーの限界を多少感じていた僕にはリサーチが少しばかり良いものに見えていました。
その時言われたこの言葉に、自分の気持ちを見透かされている様な気がしました。
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「副務になることは自分のサッカー人生から逃げることだと思う。」

2015年3月24日。2年生になる直前、副務を選出するミーティング期間の開始前に日記に記した言葉です。
リサーチにならず、役職に逃げずにサッカーで勝負することを考えていた自分は当初こう考えていました。
この日は根岸という同期がソッカー部を辞めました。
根岸の言った「ソッカー部の仲間」という表現は僕にとっては新鮮でした。
この部における存在意義は「Aチームに上がること、馴れ合いをしてはいけない。」本気でそう思っていました。
「逃げ」と「仲間」。相反するものが自分の中で複雑に渦巻いたのを今でも覚えています。
これを機に大学の体育会でサッカーをする意味を考え始めました。
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「スパイシーな人生、カラフルな人生」

2015年7月28日。同期だった颯亮との対話。
こんなよく分からない言葉に胸を躍らせたことを今でも覚えています。これは確か日吉キャンパスの食堂でのことでした。
「副務=逃げ」という方程式が崩れ、「副務+トップ=?」という考えに変わったのです。どうせソッカー部に入部したなら最高の4年間にしたい。
その日から僕は副務になることを前向きに捉える様になりました。
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「副務もやって、トップチームで一緒にサッカーしようぜ。」

同期の田中健太が僕に掛けてくれた言葉です。
「副務とかじゃんけんで決めれば良くない?」と発言していた彼から出る言葉に動かされるとは思いませんでした。これは一生の不覚かもしれません。
ミーティング終わりの何気ない食事中の一言でしたが、僕にとっては非常に大きな言葉でした。
なぜか出来る気がしたし、やってみたいと思う様になったのです。同期なら分かると思うけど、健太の言葉ってそういうところがあるんです。
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「模擬スタミ(スタッフミーティング)にて、学年として現状何も出来ていないことを実感した。甘さを思い知ると同時に、孤独を強く感じた。」

2015年9月30日。同期がやってくれた模擬スタミで、同期、そして自分の至らなさを痛感し書いた日記です。
まさか同期達に孤独を味わされるとは思いませんでした。
その直後急に具合が悪くなり、お手洗いに直行しました。溜まりに溜まったストレスや見て見ぬ振りをしていた不安が一気に溢れてしまったのかなと思います。
スタミで上手く繕う為に用意された言葉、自分を納得させる為だけに自身を騙していた気持ち。
なぜ真面目にやるべきことをやってきただけで副務をやらなきゃいけないのか、何で自分がこんな思いをしなければいけないのか。
最初で最後の副務を辞めたいと思った瞬間です。
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「俺はAチームに上がるよ。颯亮も付いて来いよ。」

グラマネミーティングの投票で多くの票を得たことで、サッカー選手としての可能性が無くなったと判断した颯亮が、辞めると言い出した時に書いた言葉です。
颯亮に対する思いをノートに書き殴りました。下のカテゴリーにいながらも本気でトップチームを目指す同期が辞めることは、自分を否定されてる様にも感じたからです。
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僕が副務、主務という役職に就くにあたって影響を受けた言葉、大事にしていた言葉をまとめてみました。
今思い返すと、非常に安直な考えや頑固な考えもありますが、その時々で本気で考えていたのを思い出します。

何を言いたいかと言うと、ソッカー部での4年間ってこんなにも人を変えるものなんですね。というより色んなものが削ぎ落とされて逆に身に付いて自己形成が出来ると言うことかもしれません。
1万人を超える早慶戦の運営を出来たとか、170人をまとめる経験が出来たとかそんなものよりも、ミーティングや日々の活動を通して本気で取り組めたことが一番自分に返ってきています。そして同期との時間が、同期からの言葉が、自分を突き動かしてきました。

ブログを執筆する前、同期に対して「もっとやれ」と思っていました。言わなければ出来ない、言っても出来ない。この期に及んでそんなことを感じていました。
それでも色んなことを思い返して気持ちを整理して書き出してみると、感謝の言葉がつい出てしまいそうになります。
こんなに不甲斐ない結果で最終節を迎え、どう考えても4年生の取り組みが足りていない結果だと思っているのに、です。

同期のみんなにもきっと心に残る瞬間や言葉があるはず。恭平のゴールシーンかもしれないし、大晟の涙かもしれないし、手塚の言葉かもしれない。
後輩のみんなにとってもそう。先輩の姿かもしれないし、同期のゴールかもしれないし、もしかしたら同期の怪我や対話での一言かもしれない。
そういう瞬間があるから、僕達はソッカー部で活動しているんじゃないかな。
ただサッカーが好きなだけじゃなくて、特別な理由は思い当たらないかもしれないけどきっとそういう積み重ねが部に所属して応援する気持ちを突き動かしてる。

そんなソッカー部が降格して納得出来るのか。ここまでやってきてこんな感覚を味わう集団が、ちょっとやそっとサッカーが上手い他のチームに負けていいのか。
僕は絶対に嫌です。
これが学生スポーツだと思わせてやりたい。ここまできたら気持ちでしょ、と。こんなにも同期の為に、後輩の為に戦える集団は中々無いと思う。

実は、上で紹介した言葉にあったことはほとんど実現してきました。
主務でトップチームに一度昇格しました。田中健太とトップで一緒にサッカーしました。今は苦しくても孤独は感じていません。そして今までの人生で一番スパイシーな時期を過ごしてきました。

そしてもう一つ言葉を紹介したいと思います。
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「グラマネが笑って引退出来る様に。」

僕達は大晟と内山という、誰よりもサッカーに真剣に取り組んでいる2人をグラマネに選出しました。
テスト期間にも関わらず、ほぼ1日中下田に篭り、全員でスタミ対策をしました。昼はえぞ屋の唐揚げ弁当、夜は新施設のミーティングルームで夜通し原稿作り。
晴れてグラマネとなった2人と一緒に行ったミニゲームは今までで一番楽しかった。
しかし、正直怖かったです。人の人生を変えるとはこういうことなんだ、と。それでも最後には「ソッカー部はそういう組織だ。強くなる為に。」と自分に言い聞かせ、日記にこの言葉を記しました。
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同期のみんな。
この時に誓ったことは覚えているかな。感じたことは胸に刻まれているかな。
このままでグラマネ2人に顔向け出来るかな。

僕は今まで孤独を感じながらも必死に取り組んできた大晟と内山が、泣き叫んでとことんブサイクに笑ったところを見たい。

だからこそ最後の一戦。みんなで勝とう。勝って喜んで叫んで、同期全員で泣きたい。
あのミニゲーム以上に楽しい経験をしよう。
日曜の早慶戦を超える歓喜をみんなで掴もう。

だから、今週末出場する4年生。頼むぞ。
そして出場出来ない4年生には敢えて、「もっとやろう。」

続いては我らが主将・手塚朋克です。
彼は話すのが大の苦手でしたが、最近少しだけ主将らしく話せる様になりました。
最後のブログでその成長を見ることが出来るのかは未知数ですが、僕は彼には期待をせず静かに見守ります。
ブログで空振りでも最終節で決めてくれると信じてます!

《NEXT GAME》
11月18日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs流通経済大学
@味の素フィールド西が丘 14:00キックオフ

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