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僕とサッカー(角晋太郎)

2017.02.17

角

こんにちは。総合政策学部新2年の角晋太郎です。

日頃から素晴らしい環境の下でサッカーをさせていただいていることに感謝申し上げます。

今回は、僕がこれまで歩んできたサッカー人生について書かせていただきたいと思います。僕は、生まれが鹿児島、育ちが福岡の九州男児です。

僕が幼稚園の年中の時、仲が良い友達に誘われたことがきっかけで、福岡の幼稚園でサッカー教室に入りました。これが、僕のサッカー人生の始まりです。初めは2週間に1回だけ行われるサッカー教室に通っていただけでしたが、日韓ワールドカップでスター選手達が披露するプレーに魅せられて、サッカーに没頭するようになっていきました。この頃だったと思いますが、僕は近所にあるおばあちゃんの家である遊びを始めるようになります。それは、リビングと和室を仕切っている戸をボールぴったりのサイズに開いて、離れた位置からその隙間を狙うというものです。連続で通すとたまにお小遣いを貰えるということもあり、僕は何回もその隙間を狙ってボールを蹴り続けました。僕はFKやCKが得意なのですが、もしかするとこの頃の遊びが生きているのかもしれません。

小学校に進学した僕は堤丘FCというクラブに入ります。この頃にはサッカー熱もかなり高まっており、学校にドリブルで登校したり、授業中の机の下でボールを触っていたりととても迷惑な小学生でしたが、本格的に公式戦を経験したり、キャプテンを務めたりする中で人間的に成長し始めた時期でした。堤丘FCは僕が試合に出始めた4年生の時には、区でも弱小と言われるチームでした。練習は火木土日でしたが、強くなろうと練習が無い日にもみんなで練習をし、6年生になる頃には区の中では上位につけられるようになりました。決して強豪と呼べる様なチームではありませんでしたが、協力すればチームを強く出来るという貴重な経験をすることが出来ました。

中学、高校は、サッカーが単純な足元の技術だけで成り立つものではないと学んだ時期です。

中学では、周りを見てより良い判断をすることや、ランニングで持久力を付けること、コーチングで周囲を助けることを学びました。中学の時に顧問をしていただいた黒松先生は自由な方で、遠征の移動中のパーキングエリアで突然選手に腕立て伏せをさせたり、遠征の日にちを1日間違えたりと、日々様々なことが起り、面白かったです。そんな黒松先生に教えていただいた言葉があります。それは、「下手いからです。」という博多の方言の言葉です。この言葉は、プレーに失敗した時、試合に負けた時に常に意識するようにと言われたものです。上手くいかない理由は自分が下手いからで、仲間や環境のせいではないということを思い出させてくれます。

高校に入ると体の大きさで先輩に圧倒されました。これまで出来ていたプレーをさせてもらえず悩んだことを思い出します。そこで僕は食事と筋トレで体重を増やすことを決意しました。毎回の食事が辛かったけれど、続けていく内に体重も増え2年が終わる時には入学時から体重が14kg増加していました。実際に体重が増えると、力強いプレーが出来るようになり、プレーヤーとしての成長を実感できました。高校の顧問である中村先生は、中学の黒松先生と全く指導法が異なり、日々沢山の檄を飛ばしていただきました。中村先生の指導により、規律や忍耐力といった人間としての幹となる部分を高めることが出来たと思います。

僕を選手としても人間としても成長させて下さった黒松先生、中村先生には本当に感謝しています。

そして、1年の浪人期間を経て、僕は再び大学サッカーという舞台でサッカーをすることが出来ています。今ここにいることは当たり前のことではなく、今まで僕のことを応援して下さった沢山の方々、そして何よりも家族の支えがあってのことだということを心に留めて日々努力していきたいと思います。最後まで読んでいただいきありがとうございました。

《NEXT GAME》
未定

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