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基盤(塩木康平)

2017.01.20

塩木

こんにちは。平素より大変お世話になっております。商学部新2年塩木康平です。ソッカー部での日々も早1年が経ちました。この1年間は多くの方々のご協力のもと、様々な経験をすることが出来ました。素晴らしい環境でサッカーが出来ていることに感謝しています。
今回ブログを担当するにあたりテーマとしたいことは、自らが生きていく上で基盤となっている中学・高校時代についてです。時間のある方は読んでいただけると幸いです。

私は、東京都新宿区にある成城中学校・高等学校という中高一貫の私立男子校出身です。ほとんどの方には、世田谷区にある成城学園中学・高等学校と勘違いされてしまいますが、別の学校法人によるものです。成城は1885年に文武講習館として軍人志望の少年の養成のため、現在の中央区に創設されました。その後、宮内庁より牛込区原町の校地を下賜され、現在地へと移転しました。そして、1925年に第二中学校として併設していた学び舎を分離、別団体として現在の成城学園が誕生しました。このように、成城学園は成城から誕生したにも関わらず、成城学園の方が有名となってしまい悔しい気持ちがあります。
そのような歴史ある学校で中高の6年間を過ごしたわけですが、多くの教員や先輩、同輩、後輩に恵まれたと感じています。特に、中学1年生の頃からお世話になったサッカー部の顧問の先生には多大な影響を受けました。あれ程の情熱を持って生徒と接してくれる指導者はそう多くないでしょう。入学したての頃、入部説明会において、この部では、生活・勉強・サッカーの全てを大切にしなくてはならないということ、死ぬ直前まではやるが死ぬまではやらないから安心しろということを言われたことが印象に残っています。実際に中学1年生時の夏休みに行われた合宿ではグラウンドから宿舎に帰れない程疲れ果ててしまい、おんぶされているところを回収され車に乗せられました。死ぬんじゃないかと感じることは多々ありましたが、結局今生きているので人間は肉体的限界のはるか前に精神的限界に到達するのだなと身を以て感じました。当時は先生の意図が分からないことが多々あり、なぜこの程度のことで怒鳴られないといけないのか、走らされないといけないのかなどの不満や、練習中にいつ集合が掛けられてゴールラインにて出走準備をさせられるかなど不安もありましたが、そのことで鍛えられたメンタルは一生のものだと感じています。

私が中学2年生の時、創立130周年記念事業の一環として、校舎改築が開始しました。その後高校2年生の末まで、工事の影響で校庭が狭くなったり、使えなくなったりするという状況となってしまいました。校庭がうまく使えない中、屋上の狭いスペースや室内、たまに外部のグラウンド、近隣のランニングコースなどを使いながらの練習となりました。そんな中でも、毎日のように「出来ることはある、もっと出来る」と私たちを鼓舞してくれる先生の存在は非常に大きなものでした。高校生の頃、完全にグラウンドが使えなくなり、職員会議等の影響で外部のグラウンドにすら行けなくなってしまった時は、毎日のように、ひたすら階段をダッシュで往復しました。他の部活動からは、サッカー部ではなく階段部と揶揄されることもありましたが、私の今の武器はこのような中高生活で築かれたと感じています。

このようにがむしゃらに過ごした中高での6年間があったからこそ、レベルや環境の異なる大学での活動で身を以って気付き感じることが出来る部分があったと思います。高等学校から大学に進み、身を以って感じられたことを大切にしながら基盤を忘れずに、ソッカー部での活動の質を高めていきたいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今後共、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

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