オフィシャルブログ

ソッカー部との出会い(多治見駿吾)

2018.12.17

多治見平素は大変お世話になっております。今回のブログを担当させていただきます、商学部2年の多治見駿吾です。僕がソッカー部に入ろうと思ったきっかけについて書きたいと思います。

ソッカー部と出会ったのは僕が高校1年生の時でした。関東リーグ最終節が行われると知り、当時のチームメイトを誘って味の素フィールド西が丘へ行きました。当初は、第2試合の専修大学の4連覇が掛かった試合を見るのが主な目的で、第1試合に行われた早慶戦は正直、「ついで」に見ようという感じでした。しかし、試合を見ると一瞬にして心を奪われました。観客で埋め尽くされた会場、両校の意地を掛けたハイレベルな戦い、選手達を後押しする応援の熱量。結果は1ー0で慶應の勝利。その瞬間でした。僕が大学サッカーをやりたい、ソッカー部に入りたいと思ったのは。
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(写真はその試合で慶應が点を取った時の様子です。)

この試合は僕の人生に大きく影響を与えました。サッカーを始めて以来ずっと同じクラブチームでプレーしていた僕にとって、全く頼れる人もいない中たった1人で部活という別世界に飛び込むにはとても勇気が要りました。他にも多くの選択肢があったと思いますが、その決断が出来たのも多くの人の支えがあったからだと思います。そして、幸いなことにソッカー部に入部出来、こうして今、数多くの仲間と素晴らしい環境の下でサッカーをすることが出来ています。もし、あの試合がなかったら、慶應が勝っていなかったら、また違った人生を歩んでいたかもしれません。それだけ忘れられない一戦です。

それからあっという間に月日は経ち、気付けばソッカー部で過ごす時間も残すところあと2年となりました。きっとこの先においても難しい選択を迫られる時が来るでしょう。たとえどんな選択をしたとしても、後悔だけはしないように、その選択をして良かったなと思えるようにしたいです。その為には、毎日を大切に過ごし、日頃からよく考えることが大事だと思います。そして引退する時に、「ソッカー部と出会えて良かった」と心の底から思えるように残された時間を大切にしていきます。

最後までお読みいただきありがとうございました。来シーズンこそ関東リーグ1部の舞台に復帰出来るよう、部員一丸となって戦います。今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

ライバル(田嶋凜太郎)

2018.12.14

田嶋2平素は大変お世話になっております。総合政策学部1年の田嶋凜太郎です。今回、初めてブログを担当させていただきます。内容は自由ということで、何を書くかとても迷いましたが、自分の弟について書こうと思います。

僕には1歳年下の弟がいます。僕と同じくサッカーをしていて、小さい頃から一緒にボールを蹴ってきました。年子ということもあってか、友達のような関係性で、2人で楽しくサッカーをしていた記憶が鮮明に蘇ります。今でも、サッカーに関するアドバイスを送り合い、互いのプレーを見て切磋琢磨しています。

「喧嘩するほど仲がいい。」この言葉は自分たち兄弟のためにあるのではないか、と思うくらいよく喧嘩をしてきました。現在は2人とも成長して大人になり、優しさを持った対応が出来るようになりましたが、小学校時代は毎日のように喧嘩をしていました。学校もサッカーチームも、ほほ同じ所に所属していたこともあり、毎日些細なことで喧嘩になりながらも、いつの間にか仲直りをしている、そんな間柄でした。

僕の弟は、今も昔も変わらずかわいい存在です。小学生の頃、父親と3人で近くの公園に行き、サッカーの練習をしていた時は、父親からの毎回の厳しい指摘に、弟は練習中に拗ね始め、最終的に泣きながら家に帰る、これが彼のいつものルーティンでした。

そういえば。泣き虫といえばあるエピソードを思い出します。幼い頃、1歳差というハンデがあるため、僕と1対1をすると弟はだいたい勝負に負けていました。それでも泣きながらボールを奪いに来て、負けてもまたすぐ立ち上がり果敢にボールを取りに来る。そんなハングリー精神剥き出しでボールを奪い取りに来る姿は凄まじく、僕にはなかったものだったので、その当時とても羨ましかったのを思い出します。弟にだけは負けられない。この気持ちを原動力に、僕自身少しでも負けないよう練習してきたし、同じく彼もそうだったと思います。これからも僕の1番のライバルは弟です。

彼は今、筑波大学サッカー部のトップチームで頑張ってます。彼がこれまでずっと厳しい環境の中でサッカーを続けていられるのは、負けず嫌い精神、そしてサッカーに直向きに取り組んでいる姿勢があるからこそだと思います。僕自身、年下の弟から見習う部分がたくさんあり、お互い良い刺激を与え合えているんだなと改めて思います。また、こうやって自分の身近に切磋琢磨し合える仲間がいることがどれだけ貴重なことかも、弟を通じて知ることが出来ました。兄弟という関係に限らず、幼馴染、今のチームメイト、皆それぞれにライバルがいることはとても幸せなことなのかなと感じます。

ここまでどうでもいい話をだらだらと話してしまいました。最後にちゃんと伝えたいことを書いて長い文章を終わらせます。

私はそんな弟との目標があります。それは、2人で関東リーグ1部の舞台で戦うことです。小さい頃から2人で競い合い、日々成長してきました。どっちが上手くなってるのか勝負出来るのは、サッカーの試合でしか叶えることが出来ません。簡単なことではないですが、決して叶わないことでもないと思います。僕は、1番の味方であり、1番のライバルでもある弟との目標を達成するためにも、まずは慶應を1部リーグに昇格させます。来年春からのリーグ戦、例年のごとく厳しい戦いになると思います。チームが一致団結することが何より重要です。今後共、ソッカー部、選手全員への熱い応援の程、宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

グラマネ日記①(隅谷雅治)

2018.12.12

隅谷平素より大変お世話になっております。今回部員ブログを担当する経済学部3年グラウンドマネージャー(以下、グラマネ)の隅谷雅治です。

こんな顔面をしている為、勘違いをしている人も多いと思うので最初に言っておきますが浪人ではありません。そこんとこ、宜しく。

自身初であり、4年生が引退して最初のブログとのことで上手く書けるか分かりませんが最後までお付き合いいただけたら幸いです。

私は2018年度から選手としてではなくグラマネとしてチームに関わらせていただいています。
今回は1年間グラマネをやって感じた事と、ラストイヤーへの抱負を書けたらなと思います。

2018年の2月、学年ミーティングを経て自分はグラマネとしての活動を始めました。
練習開始の集合、練習中の笛ひとつ取っても2時間の練習中はずっと緊張していたのを今でも覚えています。
というのも、「自分はグラマネになる事」=「学生コーチになる事」だと当初は捉えていたからです。
幼い頃からのサッカー人生で選手しかやった事ないのにいきなりコーチになれるでしょうか?
無理です。そんなわけないです。世の中のコーチに失礼です。

そこで、マインドセットを変えました。2年経って引退する時に少しでもコーチに近づけていたらいいなと。
選手と一緒に常に学びながら活動するということを意識する様になり、少し気が楽になると同時にグラマネという役割が楽しめる様になりました。
1年間Dチームを担当して、伊藤コーチ、先輩、同期、後輩から多くの支えを受けました。多いときには60人近くになる練習に頭を悩ませた1年間でしたが、自分の中で練習への工夫の幅が広がった様な気がしています。

この1年間で非常に良い経験を積むことが出来たと思います。
学生スタッフ、最上級生の務めは、下のカテゴリーからTOPチームまで関係なく目標に向かえる組織作り、であると思います。
だからこそ、ラストイヤーは、チームの関東リーグ1部復帰、学年で定めた日本一という目標達成の為に全力を尽くします。

あの時ああしておけば、、、
こんな後悔をしたい部員は一人もいないはず。
決して楽な1年間ではないと思いますが、それぞれの立場で1日1日を大切に猛烈に努力すればきっと結果は付いて来ます。

いやあ、1年後が楽しみだ。

P.S
ちょうどグラマネミーティングをしている後輩たちへ
グラマネも楽しいぞ。

拙い文章でしたが最後までお付き合いいただきありがとうございます。
今後共、ご支援ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
未定

延世遠征(Aチーム)

2018.12.04

早いもので今年も師走となりました。皆様、お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、つい先日の関東リーグ閉会式をもって4年生が引退しましたが、休む間もなく新チームでの活動がスタートしております。Aチームは11月30日(金)から12月2日(日)の2泊3日の日程で、延世大学校との定期戦の為、韓国遠征に行ってきました。以下、その様子をお伝えしたいと思います。

初日は、延世大学校の練習場を借りてトレーニングを行いました。トレーニングの様子の前に、どうしてもお伝えしたいのは大学の規模です。延世大学校は、キャンパスがとても広く私たちが宿泊した寮から練習場までは歩いて20分程かかります。大学には121の学士課程、大学院には93の修士課程と博士課程、また特殊大学院には17の修士課程があり、5万人以上の学生が通う場所だと考えるとその規模にも納得出来ます。日本よりやや寒い中でのトレーニングになりましたが、一同次の日の定期戦に向け集中してトレーニングを行っていました。

中日はいよいよ定期戦当日です。OB戦は負けてしまったものの、現役戦は見事に勝利で終えることが出来ました。新チームの初陣を見事勝利で飾ることが出来たのは大変嬉しく思います。この勢いをこれからの新チームの活動に繋げていきたいです。なお、得点を挙げたのはかつて延世留学を経験した中畝楓流と杉本崇太朗。かつて大きな期待を背負って留学に来た2人が、途中交代ながらしっかりと結果を残してくれました。
試合後には、キャンパスから少し離れた会場にてレセプションが執り行われました。盛大な歓迎を受け、両校OB、現役部員共に交流を深められたと思います。

最終日は、荷物を片付け、最後の食事を摂ってから空港に向かいました。3日間、寮の食堂には大変お世話になりました。振り返ると、異文化に触れることが出来たフリータイムを含め、充実した時間を過ごすことが出来た遠征になったと思います。延世大学校との交流は長い歴史に支えられており、今後も継承していくべき大切な繋がりです。来年は、彼らが来日することになります。その際は精一杯のおもてなしをしたいです。

この遠征を迎えるにあたってご尽力いただきました延世大の皆様、ソッカー部OBの関係者の皆様、ありがとうございました。皆様のお力添えなしにはこの遠征は成立し得なかったと思います。大変有意義な遠征になりましたが、いつまでも余韻に浸っているわけにはいきません。今週末に控えた天皇杯予選に向け、部員一同精進して参ります。今後共、温かいご声援の程宜しくお願い申し上げます。

文責:奥山大

出逢い(松木駿之介)

2018.11.23

松木平素は大変お世話になっております。

カメラを向ければ二重の妙なキメ顔をし、みんなで話をしていれば何かと自分の話に持っていく。そんなかわいい一面を持ちつつも、ピッチに入れば相手を切り裂くスーパードリブラーになる。彼とは1年時から常にポジションを争ってきました。ライバルの小谷春日からバトンを引き継ぎました、主将の松木駿之介です。4年生ブログリレーも私で最後になりました。長く拙い文章ではありますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

私は青森山田高校から慶應ソッカー部へと入部させていただきました。高校時代無名だった私は、「プロになる」という小さい頃からの夢を叶えたい一心でこの4年間を仲間と共に過ごしてきました。振り返れば言葉の通り、「あっ」という間でした。そして縁があり、来シーズンよりファジアーノ岡山でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせていただけることになっています。
圧倒的なフィジカルやスピード、テクニックを備えていない平凡な私が(オフザボールと集中力には自信があります)プロサッカー選手になることができたのは、吸収力があったからだと自分自身は考えています。ピッチ内外における様々な刺激から何を吸収できるかを考え、それらの刺激と向き合ってきました。サッカーで言えばプレーのジャッジ基準やオフザボールの動き、身体作りを年々変えながら過ごしてきました。ピッチ外で言えばサッカーへの向き合い方や時間の使い方、なんなら性格までもが少しずつ変わってきたかと思います。変化することで上手くいったこともあれば、もちろん上手くいかなかったこともありますが、”No Attack , No Chance .”です。成長することを求めて恐れずに取り組んできたという自負があります。
そして、その私の吸収力という強みを存分に引き出してくれたものが、今回のブログタイトルにも設定しました「出逢い」です。これまで同期の部員ブログを読んできましたが、多くの同期が出逢いに感謝をしていることが印象的でした。自分にとって一生懸命になれるもの、大好きなもの、つまり私たちにとっては「サッカー」が与えてくれた出会いはやはり特別な出逢いになるのでしょう。前置きが長くなってしまいましたが、最後のブログではその「出逢い」についてと、慶應ソッカー部への感謝を綴らせてください。

これまでの人生を振り返ると、「もし、あのとき、あの人に出逢うことができていなかったらどうなっていたのだろう。」という思考、感情が生まれます。私の人生は、面白い程に人との縁で幸せなものとなっています。ここには書ききれませんが、本当に多くの人との出逢いが私を変化させ、成長させてくれました。決してすべての出逢いが良いイメージだったという訳ではありません。中には強烈な反骨心を与えてくれた指導者や、日々刺激と悔しさを与えてくれたライバルの存在もありました。ただ、そういった人々と出逢えたのも単なる出会いではなく、心の底から出会う必要のあった出逢いだと感じるのです。
ソッカー部に入部してからも例外ではありませんでした。様々なバックグラウンド、性格、人間性を持った仲間との出逢いは刺激的なものです。サッカーへの考え方から組織での振る舞い方は部員の数だけあります。対戦相手の分析を行い、勝利のパーセンテージを上げる作業を夜な夜なしてくれるリサーチ部門。大好きなサッカーを続けたくても組織のためにサッカーを辞め、コーチとなり先導してくれるグラウンドマネージャー。自分自身の時間を割き組織の運営管理、組織マネージメントに徹する主務。他にも、試合に出れなくて悔しい気持ちもある中で声を枯らして応援してくれる仲間やマネージャーなどの存在は、今後もサッカーを続ける私に大切なものを教えてくれました。
「支えてくれる仲間がいるからこそサッカーができる。そして、そのサッカーで仲間に恩返しができる。」
プロの世界で言えば、これらはクラブスタッフやサポーター、スポンサーだと考えます。だからこそどんな状況であってもクラブのために魂を込めて闘わなくていけないのです。それがこの4年間は慶應ソッカー部でした。チームの勝利で一体となって笑顔が咲いた景色を見れたことは、主将として最高に幸せな瞬間でした。
そして指導者との出逢いは、直接私のサッカー人生を変えました。私をここまで押し上げてくれたのは、これまでに出逢えたすべての指導者のおかげです。

もうひとつ。私がプロサッカー選手になるという夢を叶えるために必要不可欠だった、忘れられない出逢いがあります。それは、コンサドーレ札幌に所属する深井一希選手との出逢いです。
私は大学2年生の12月、練習中に軽い接触プレーで膝がロッキングしてしまいました。一瞬にして歩けなくなり、怪我の怖さを身に染みて感じたことを今でも鮮明に覚えています。幸いなことに周りの靭帯は傷付かず左膝半月板損傷、全治4〜5ヶ月という診断でした。しかし、大学3年の夏に開催されるユニバーシアード世界大会へのメンバー入りを目指し焦ってリハビリしてしまったこともあり、7月に再手術をすることになりました。再手術が決まった時、私は夢への挑戦を諦めかけました。「膝が治らない。もうフルのパフォーマンスに戻せないんじゃないか。」と不安に押し潰され、本気で就職することを考えていました。全日本選抜で共にプレーしていた選手は、ユニバーシアード日本代表として世界で金メダルを取って帰ってきました。周りの選手にどんどん差を付けられるという劣等感は、ポジティブで楽観的な私を自分でも驚く程に悲観的にしました。そんなときに希望をくれたのが深井選手でした。先輩の近藤貫太さん(H30年度卒)を通じて「諦めるなよ」とメッセージをくれたのです。私の再手術をどこかで知り、自分と似た境遇だったからでしょうか。関係を全く持たない私を気にかけてくれました。前十字靭帯断裂という、私とは比にならない大怪我を3度乗り越えプロとして活躍している深井選手の言葉は重く、一瞬にして私の消えかかっていた火を灯してくれました。
「プロサッカー選手だからこそできることは沢山ある。プロになってピッチ内外において多くの人々、子どもたちに夢を与えたい。」
私がプロを諦めずにリハビリを励み、ここまでやってこれた大きな原動力です。これもソッカー部に貫太さんが帰ってこなければ出逢えていなかったものだと考えています。
ずっと一緒になってリハビリと身体作りを指導してくださったトレーナーの三浦さんの存在も忘れられません。再手術が終わった後、復帰まで約1年かかってしまいましたが周りの人達の支えがあったことで復帰することができ、ひとつの夢を叶えることができました。約1年サッカーができなくなると面白いくらいサッカーが好きになるんですね。今はサッカーができるだけで楽しい。サッカーを続けられる環境を与えてくださったファジアーノ岡山に、心から感謝しています。幸せを噛み締め、お世話になった方々に恩返しができるよう、プロの世界でもフルファイトしたいと思っています。

本当にたくさんの出逢いが私を変化させ、大きくし、幸せな時間をつくってくれました。今後これまでの出逢いを糧に、プロサッカー選手として更なる夢に挑戦します。ソッカー部で過ごした4年間で学ばせてもらったことは、今後のサッカー人生、そしてその先の長い人生において大切なもののひとつであるはずです。
出逢ってくれた仲間に、指導者に、携わってくれたすべての方々に感謝しています。4年間ありがとうございました。

これからも出逢いを大切に、自分らしく謙虚に、熱く生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ソッカー部への感謝を綴り終わりたいところでしたが…どうしても謝りたいこと、後悔があります。

それは関東リーグ開幕前の決起会において、後輩のみんなに約束したことです。私は主将として、「後輩のために」昇格させると言い切りました。後輩のみんなに1部の舞台でやらせてあげたいという想いで挑みましたが、結果は付いてきませんでした。力が足りなかった、申し訳ない。これが数少ない大学サッカーでの後悔です。
3年生が中心となって、今年の経験を活かし来年昇格してください。応援することしかできませんが、慶應ソッカー部が1部の舞台に戻れることを4年生一同願っています。後輩のみんなに、「4年生のあの人と出逢えてよかったなあ」なんて思ってもらえる学年になれていたら嬉しいです。

明日、今年のチームの最後の試合です。先日怪我をしてしまい、私自身出場することはできません。残り90分、お世話になりまくったソッカー部への感謝をピッチで表現したかった。最後みんなとピッチに立てないことは寂しい気持ちで一杯ですが、よく私の母が口にする「難が有って有難う」です。きっと外から見ることで、また何かに出逢うことができる90分になる気がしています。
私や試合に出れない4年生の想いは試合に出場する4年生が表現してくれるでしょう。4年生の生き様を、最後ソッカー部に残そう。私自身ピッチに立つことはできませんが、仲間たちと一緒に思いっきり闘い、思いっきりサッカーを楽しみます。

頼りない主将だったとは思いますが、みんなに支えられて本当に素敵な時間を過ごすことができました。みんな、ありがとう。

最後、みんなで笑って解散しましょう。

バトンは後輩たちに繋ぎます。

 

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《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

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