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祝 日本サッカー協会会長就任 大仁邦彌氏スペシャルインタビュー

6月より、慶應義塾体育会ソッカー部OBの大仁邦彌氏が第13代日本サッカー協会会長に就任されました。
ご就任の祝福と共に、日本サッカーからソッカー部のことまで様々なお話を伺いました。

日本サッカーについて

―日本サッカー協会会長ご就任おめでとうございます。まず、会長として一番挑戦したいことは何ですか。
小倉前会長から受け継いだ4つのバトン(ブラジルW杯の出場権獲得、女子サッカーの拡大と充実、東日本大震災への継続的支援、公益財団法人としての組織強化)についてはもちろん実行したいです。その上で、まずは日本にとって一番良いカレンダーを考えたい。日本が世界やアジアとサッカーをやっていくためにはそこを変えないといけない。前からやろうとはしているがなかなかうまくいかず時間が掛かってしまっていますがまずはそれをやりたいです。

二つ目は、育成の部分。現在海外で活躍出来る選手がいるのは選手育成がしっかりしているからではあるが、世界と比べるとまだまだ不十分。育成はトレセン、Jのクラブ、民間クラブ、学校など様々なカテゴリーで行っているがそれを整理すれば、もっと多くの良い選手が出てくるのではないかと。皆が同じ方向で取り組むことが日本サッカーの強化に繋がると思っています。

三つ目は、日本サッカー協会自前のトレーニングセンターを作ること。日韓W杯で出た収益で各都道府県にトレーニング施設を作る支援をしてきたが、それが大体行き渡ったので、今度は日本サッカー協会のトレーニングセンターが欲しい。海外チームの練習は西が丘や秋津などグラウンドを借りることになってしまっている。だから自由な時間に使える施設が欲しい。お金も大分掛かってしまうが、成田・羽田の空港、国際マッチを行う競技場へのアクセスを考え、ホテル・病院なども付近にある立地の良い所に夜間照明付きの天然芝2面、人工芝、クラブハウス、室内練習場など全て兼ね備えた物を作りたいと思っています。

あまりたくさんのことが出来るとは思っていないので、とりあえずこの3つかな。

―日本サッカーに今一番足りていないことは何だと思いますか。
野球と比べてまだまだ生活に入り込んでいない。新聞には毎日1~4面は野球の記事が載っているけど、サッカーは週末しかない上に試合がある時も4、5面辺りに載るだけ。もっと日本の生活に無くてはならないものにしたい。実際にプレーすることも、観ることもだが、全ての部分でまだまだ浸透していないと思います。

―海外と比べるとやはり文化の面で違いがあるが、日本が真似出来る部分、違いはありますか。
日本には海外と比べると歴史がない。しかし指導者養成については40年ほど前から始め、その成果は大きなものがあると思っています。トレセンについても40年前位ですが、これは海外のサッカー先進国のシステムを参考にしてやって来ましたが、、今大きな成果をあげています。日本ではJリーグが土台であるし、また日本人特有の真面目さ、一生懸命さ、皆でやろうという精神などの部分では海外を上回っていると思います。

―現在、日本人選手の海外進出が増え、Jリーグにスター選手がいなくなってきていることについてどうお考えですか。
そういうことを言うのは情けないこと。子供は海外で活躍する選手を見て憧れて、自分もああなりたいと夢を持つわけだから、全然悪いことではない。

ソッカー部について

―ソッカー部での思い出として何を思い出されますか。
やはり山中湖はきつかったね。汚いしきついし。当時は山中湖1周走も走ったり歩いたりしていたけどね(笑)あとは最後の卒業引退前のインカレ決勝で得点をしたことだね。左足で入れたんだよね。その得点で優勝したんだよ。

―早慶戦については何か思い出はありますか。
早慶戦は一回も勝てなかった。気持ちばっかり入っちゃって。1年生の時は後楽園競輪場でやったんだけど、早稲田はメンバーがすごかったよ。あれは勝てない。初めての公式戦だったから感激した。負けたけどね…。今は有り得ないが、早慶戦には6年間出たしね。(※大仁会長は6年間在学)

―6年間で1番記憶に残る試合は何ですか。
やはり決勝点を決めたインカレ(全日本選手権)決勝は思い出深い。あとは入れ替え戦かな。駒澤の照明ががなく真っ暗なグラウンドで日本体育大学とやった。暗くてボールも見えないから石灰塗りながらやった。史上初の入れ替え戦で、結局試合は引き分けて残留したんだけどね。

▲当時の大仁会長

―当時ソッカー部はどのようなチームでしたか。
大学のなかでは普通の実力のチームだった。1年の時はユース代表など良い選手が多かったね。当時は進学校がサッカーが盛んだったから慶應に集まったからかな。

―大学時代の経験で活きていることはなんですか。
やはり練習が大事ってことを学んだね。練習をしっかりやらないと結果は残せない。試合が終わったら、そのあとに修正をしないと。試合だけやってれば良いわけではない。1人ひとりが練習を大切にしないといけない。全員が同じタイプではないんだから、自分のことを研究してどういった練習をしなければいけないのか考えることが必要だね。
あとは人間関係の部分。選手1人ひとりが約束・ルールを守るという自覚がないとチームにはならない。そういったことは学べた。あとはサッカーだけではなく、勉強しなければいけないことを学んだね(笑)。

―現役ソッカー部に期待していることは。
慶應独自のサッカーを見つけ出してほしい。自分たちの力が今どんなものなのか分析して、どんなサッカーをやるのかを考える必要がある。皆と同じサッカーをしたら良い選手が多いチームが勝つんだから、その辺でみんなの頭を使って自分たちのサッカーをして欲しい。監督のしたいサッカーをしてれば良いわけではない。選手中心で考え、選手の力が集まったサッカーをした方が良いと思うよ。

▶インカレ(全日本選手権)優勝時の写真

 

大学サッカーについて


―大学サッカーの日本サッカーにおける位置付けをどのように考えていらっしゃいますか。
Jリーグ発足時は高校の良い選手がJリーグに行ってしまい、大学サッカーが空洞化してしまった。しかし現在は高校からJリーグに行き即戦力として活躍出来る選手は少なく、そのうちくすぶってしまうというのが現状。その半面、現在は大学からJリーグに行く選手が増加しているため、大学の存在は重要だと思います。また特別指定制度を利用する選手も増えている。JFAとしても大学との連携を図って、その部分でも育成を強化出来ればと思っています。ただ、1人ひとりの選手が大学に進学するか、Jリーグに行くか、そこの選択はどちらが良いというのは一概には言えないね。

―大学でサッカーをする意味をどのようにお考えですか。
やはり大学で得られるものといったら友達でしょ。ずっと続いていくそういう人間関係の広がりは得ることが出来たと思っています。

―大学でサッカーをやるにしても100人以上の部員の中から試合に出るのはとても難しいことです。大学の4年間の中でサッカー向上に必要なものは何だとお考えですか。
自分自身どこが足りないのか、どこを伸ばすのか模索することが大切。それを継続して1日1日の練習を、強くなるという意思を持って、どれだけ集中して出来るかどうかで差が出てくると思う。

―大学サッカーの知名度アップについてなにかアドバイスはありますか。
簡単な策があれば既にやっているよね。昔はJリーグがない時代で大学スポーツ中心だったから今と環境が違っていた。今はJリーグがあるからJリーグのように一般の人を相手にするよりも大学生をターゲットにした方が良いんじゃないかと思う。アメリカの女子大学サッカーには3万人入るらしいし、そういう対抗戦という意識を持たせてあの大学とやるから来いという呼び方をした方が良いんじゃないか。案外試合を見ればリピーターになるだろう。

 

―最後に、現役部員へのメッセージをお願いします。
勝て! それだけです。試合だけじゃなくていろいろな面を考えてそれぞれが勝つためにベストを尽くして欲しいと思います。試合も見に行きたいと思ってますよ。

 

大仁会長から現役部員へのメッセージ       JFAハウスにて。現役部員、福井総監督(右)と共に。