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「個性」(浦山昂大郎)

2022.04.17

平素よりお世話になっております。今回ブログを担当させていただく、法学部政治学科2年の浦山昂大郎です。時の流れは早く、私が入部してから1年が経ちました。今回は1年間の活動を通して私が経験したことや感じたことについて述べたいと思います。拙い文章ですが最後までお読みいただければ幸いです。

私がソッカー部に入部したきっかけは2020年度の早慶戦だった。私はその試合を観客席から見ており、レベルの高さに圧倒された。「自分もこの舞台に立ってプレーしたい」という思いを抱いてソッカー部に入部した。しかし私は思い通りのパフォーマンスができず、4月にフットサルとサッカーに取り組むC2チームに降格してしまった。私も森田(2年・慶應義塾高)と同じく、初めはフットサルをすることに納得しておらず、少なからず不満を抱きながらプレーをしていた。
そんな中、私はある日の紅白戦で自分の中で何かが変化していることを感じた。以前よりも相手のプレッシャーを感じず、余裕を持ってプレーできていたことだ。あとになってフットサルの練習の効果であると分かった。四戸前監督はサッカーにも活きるメニューを毎回考えてくださっていたことを実感した。今ではフットサルは自分を成長させてくれた素晴らしい経験だったと感じており、最初の頃から自分をメンバーに選び試合で使ってくださった四戸前監督、沢山ご指導してくださった宮川監督、ピッチ内外で大変お世話になった先輩方には本当に感謝している。

しかし私は、今年の3月に行われたフットサルの全国大会の決勝の舞台に立つことはできなかった。1年間フットサルをやってきた集大成の試合でもあり、4年生の先輩方と一緒のコートに立てる最後の試合でもあった。自分の実力不足を痛感させられ、自分も大事な試合で活躍できるくらい成長しなければいけないと強く思った。
全国の舞台で戦っていたフットサルプレーヤーは、ボールを足に吸い付かせるようにトラップしたり、体の一部のように自由自在にコントロールしたりと、他の人には真似できない、強烈な武器を持っている選手が沢山いた。その姿を見て、自分もこれだけは誰にも負けないという「武器」を作らないといけないと感じた。
「個性」というものは磨くことで「武器」になると考えている。例えば、「左利き」というのはただの個性だが、「正確で質の高いボールが蹴れる左利き」は武器になる。何年何ヵ月という長い期間を掛けて磨いた個性は、相手に恐さを与え、味方に信頼される武器になる。決して体格に恵まれていない選手でも、自分が磨いてきた個性を武器にまで高め、チームを勝利に導く姿は、サッカーの試合でもフットサルの試合でも見たが、一際輝いて見えた。

私はサッカーでは、左利きで左サイドのポジションを務めている。フットサルでは左足を多く使ってプレーする、右アラというポジションを務めていた。チームに貢献できるよう、個性を武器にまで高めるためにはもっと自分の左足の精度を磨くしかないと思い、練習に取り組んできた。このようなポジションを経験させてもらったこともそうだが、試合中に左足でパスを送ったとき、チームメイトから「ナイスボール」と声を掛けられたことも改めて自分の個性を実感し、武器へ高めようと取り組むきっかけになったと思う。
私は毎日自主練習で左足のキックの練習をしているが、自分の左足は、まだ「武器」と呼ぶには程遠いものである。「自分より上手い人はどうやって蹴っているのか」などこれからさらに工夫を重ね、磨いていきたい。「左足」も「フットサルでの経験」も個性として終わらせず、磨いて強烈な武器にして、チームの勝利に貢献したいと強く思っている。そして四戸前監督を初めお世話になった方々に活躍という形で恩返しがしたい。

長く纏まりのない文章となってしまいましたが、これで結びとさせていただきます。最後までお読みいただきありがとうございました。今後共ソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願いいたします。

《NEXT GAME》
5月1日(日)関東リーグ戦 第5節vs 東海大学@栃木市総合運動公園陸上競技場  11:00キックオフ

「恩返し」(立石宗悟)

2022.04.15

平素より大変お世話になっております。今回ブログを担当させていただくことになりました、法学部法律学科1年の立石宗悟と申します。
拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

「支えてくださる方々のために戦う」
一昨年の春に新型コロナウイルス感染症で他界した祖父から学んだことです。
私は、「利他的思考を持つこと」の重要性を身に染みて感じました。

常に笑顔が絶えず、よく皆を笑わせていた祖父は沢山の人々から愛され、信頼されていました。そんな祖父が私は大好きで、自分も将来は彼のように沢山の人々に愛される人になりたいと強く思っていました。
力士のようながっしりとした体つきをしていたこともあり、祖父がコロナに感染したという知らせを耳にした時は、きっと彼ならすぐコロナに打ち勝ってくれるだろうと思っていました。
しかし、現実はそんなに甘いものではありませんでした。病状は良くなるどころか、信じられない程のスピードで悪化していき、発症して僅か1週間で緊急治療室に移動となってしまう程でした。
毎朝、医師の方から送られてくるその日の祖父の生存率。家族宛に送られてくるそのメールほど怖いものはありませんでした。「死なないで。どうかもうひと頑張りしてほしい。」という思いで、家族や親戚一人ひとりの励ましの言葉を録音し、祖父の耳元で流していました。しかし、コロナに感染してから僅か1ヶ月で祖父は他界してしまいました。
10%〜15%の生存率と言われ、意識のない中、必死にウイルスと戦っている祖父は、最後まで私の尊敬するかっこいい祖父でした。
高校生の誰もが憧れる舞台である選手権出場を懸けた試合が迫ってきている中、突然祖父の死に直面した私は、サッカーをしている最中も祖父のことで頭がいっぱいでした。
会う度に私を気遣い、サッカーの調子を尋ねてくれた祖父。私は選手権という大きな舞台に立つことが、ずっと私を応援してくれた祖父に対する「恩返し」だと思い、今までよりもなお一層真剣にサッカーに向き合おうと決心しました。
学業や食生活といった間接的にサッカーに繋がっていくことについても一から見つめ直しました。
一試合一試合愛する祖父への恩返しのために必死に戦った結果、遂に選手権出場という目標を達成することができました。家族を始めとする応援してくれる全ての方々に感動を与えられました。
何を伝えたいかというと、自分を支えてくれる方々のために自分が努力することで、結果的により多くの人々に感動を与えることができるということです。
夢だった全国の舞台に立てたこと、沢山の人々に感動を与えられたこと、天国の祖父もきっとこのことを心から喜んでくれていると思います。

ソッカー部に入部してまだ間もないですが、マネージャーやグラウンドマネージャーを始めとする組織をサポートしてくださる方々の、選手を気遣う温かいエネルギーを強く感じます。組織を支えてくださっている方々のため、家族のため、天国で見守ってくれている祖父のため、応援してくださる全ての方々のために「勝利」という形で恩返しできるよう、日々の練習をひたむきに取り組んでいきます。

最後になりますが、中学生の頃に兄に連れられて見に行った早慶戦の、あの眩しい光景は今でも忘れません。あの舞台でチームを「勝利」へ導くことが私の4年間の目標です。
長くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後共ソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願いいたします。

《NEXT GAME》5月1日(日)関東リーグ戦 第5節vs 東海大学@栃木市総合運動公園陸上競技場  11:00キックオフ

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