オフィシャルブログ

「みんなのおかげ」(荻原瑶)

2021.09.24

平素は大変お世話になっております。
李くんよりバトンをもらいました、商学部4年マネージャーの荻原瑶と申します。
同じクラスの李くんには何度学期末に助けてもらったことでしょうか。
多すぎて数え切れませんね。
進級させてくれてありがとうとここで伝えておきます。(読んでくれることを願って。)
彼が学連になったのも、またまた同じクラスの日川(4年・高崎高)からの熱烈アタックに根負けしたのがきっかけだったような記憶があります。
彼はそんな優しい人です。
学連の李くんのことをあまり知る機会もないかなと思ったので、
通常より長めの特別バージョンでエピソードトークをお送りしました。

では、そろそろ本題に入りたいと思いますが、学年唯一のマネージャーのブログであり、
少し内輪的な話になってしまうので、箸休め程度に流し読みしていただければと思います。
口下手なので、この場をお借りして4年間のお礼を伝えさせていただきます。

入部から約2ヶ月が経った頃、唯一の同期マネージャーから”辞めたい”と話をされました。
正直、驚きと戸惑い、そしてこの先同期マネージャーがいないという不安が一気に押し寄せてきました。
けれど、今でも変わらずに仲良くしてくれていて、あの時、気持ち良く送り出せたから今がある、
そう思えています。

そんなこんなで始まった私のマネージャー生活。
9人の先輩方の中、たった1人の1年生だった私は、厳しくも沢山沢山甘やかしてもらいながら、
まだまだ未熟な赤ちゃんのまま、あっという間に1年間が過ぎました。
そして、ついこの間まで赤ちゃんだった私が最高学年になり、遠い未来だと思っていたはずの
4年ブログを書く時が来てしまいました。
先輩方は不安で心配で仕方ないと思います。
なぜなら引退を目前の今でさえ、私も不安と心配でいっぱいだからです。
でも、9人の先輩方にはぜひとも安心してもらいたいなと思います。

ー私には42人の頼れる同期と11人の頼れる後輩がいるんです。ー

同期のみんな。
こんな、ぶっきらぼうで可愛げのないマネージャーを、大事にしてくれてありがとう。
冷たそうな人だと度々言われる私に、めげずに話しかけてくれた人たち
(俺かな!と思ってくれてる人たちがいたら、正解ですと伝えたいです。)には、特に感謝をしたいです。
マネージャーに同期がいない心細い私を誘って遊んでくれたり、飲みに行ってくれたり。
私の母の電話番号をこっそりマネ部屋で聞き、連絡先を入手し、そして連絡してまで、
自宅でサプライズ誕生日会を開いてくれたこともありました。
1人だからと、大人数で学年写真を撮る時は必ずと言って良いほど私を真ん中に置いてくれるところも優しいなぁと
密かに思っていました。
どれもこれもみんなは自然とやっていて、大したことじゃないよ、と言われることかもしれません。
でも、私にとっては、知り合いなんて誰もいなかったソッカー部に思い切って飛び込んでみて良かったと
思えた瞬間たちです。
みんなは、マネージャーの私の意見をとても大切にしてくれて、
ゴール目前まで来ていた話し合いを少し巻き戻してまで全員で親身になって考えてくれる、
そんな素敵で優しい同期たちです。
4年間、業務連絡で一言二言しかLINEをしなかった同期も、Instagramでフォローし合ってない同期も
沢山いますが(笑)、そんな同期がいてもいいのかなと私は思っています。
同期という事実は変わらないし、これからも同期でい続けるからです。
改めて、私を同期として受け入れてくれた42人、ありがとう。
“最後に笑えるように”引退まで全員でやり切ろうね。

マネージャーのみなさん。
大して頼りにならないし、大雑把な4年生、たぶんと言うか絶対に今までいなかったと思います。
もし私が後輩の立場だったら、「頼りにはならないんだよなぁ」と思う先輩に今なっているかもしれません。
なのに、みんなは私を頼ってくれて、わからないことは聞いてくれて、相談してくれました。
「瑶さん1人で大変だから私たちが頑張ります!」とみんな口を揃えて頑張ってくれました。

–先輩方–
こんな私を根気強く育ててくれてありがとうございました。
立派な、とはとてもじゃないけど言えませんが、なんとか4年間走り抜くことは出来そうです。

–3年生–
まず、この1年間沢山サポートしてくれて、カバーしてくれて、ありがとう。
同期みたいに仲良くしてくれて、気さくに話してくれて、ありがとう。
ここまで、大変なことも沢山あったと思うしこれからもあると思います。
けど、1人も欠けずにここまで来れたことに誇りを持って下さい。
“一心不乱”に最後まで3人で駆け抜けてね。

–2年生–
たぶん、後にも先にも6人同期がいる代はないと思います。笑
同期がいない私にとっては、羨ましいくらい仲が良くて、今後も特に心配はしてません。
これからも支え合いながら、”俺がやる”という想いを持って、
絶妙なバランスで残り半分のソッカー部生活を楽しんでね。

–1年生–
男女1人ずつという今までにないコンビだけど、なんだか上手くやっていけそうな予感がしてます。
新鮮な”風を吹かせて”2人でいつかマネ部屋を引っ張るナイスコンビになっちゃってね。

ソッカー部に入って、自分の新たな得意なこと、好きだと思えることを見つけることが出来ました。
広報活動を通じてOB・OGの皆様、保護者の皆様、そして部員を楽しませ、感動を伝えることです。
努力の分だけ、みんなの嬉しそうな表情を見ることが出来ました。
その姿が私の活力であり、やり甲斐でした。
普段は影の存在かも知れませんが、少しはみんなに恩返し出来ていたら本望です。
この楽しさ、面白さに気付かせてくれた歴代広報担当のマネージャーの先輩には感謝をしてもしきれません。
そして広報活動を楽しいと思わせてくれたのは、紛れもなく協力してくれた選手のおかげです。
ハードな練習で疲れているのに楽しそうに撮影に協力してくれてありがとうございました。

そして、勝手ばかりの私たち学生を優しく見守り、そして厳しく指導して下さいました社会人スタッフの皆様、
OB・OGの皆様、本当にありがとうございました。
人として成長させていただきました。

最後に、一人っ子の娘をここまで育ててくれた家族。
6:30シフトの時には必ず私より早く起きておにぎりを作り、玄関の外まで見送ってくれた母、
毎晩次の日の部活の予定を聞いてくるほどに気にかけてくれた父、
モフモフの毛並みと愛くるしさで毎日私を癒してくれた愛犬2匹に、
改めてありがとうと言いたいです。
ニューヨーク校に行かせてくれたから、
ソッカー部に入ることを後押ししてくれたから、
毎日見守ってくれたから、
充実した学生生活を送ることが出来ました。
今度は私が恩返しをしていく番です。
あくまでも期待はし過ぎずに(笑)待っていてください。

拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
残り約1ヶ月となりました4年生総勢43名の想いを読んでいただけると幸いです。
今後共、ソッカー部への温かいご支援ご声援の程、宜しくお願いいたします。

次の担当はゾノこと大薗慶悟です。
ちょっぴり危うい(?)ソッカー部員生活を送ってきた彼ですが、
ここまで部に残ってきたからにはきっと何か熱い想いがあるんだと思います。
普段自分のことをあまり多くは語らない人の話を読めるのが4年ブログの醍醐味です。
楽しみですね。

《NEXT GAME》
9月25日(土)関東リーグ戦 第17節vs立正大学
@江東区夢の島競技場  14:00キックオフ

「今の自分でいれるのは」(李公平)

2021.09.23

平素より大変お世話になっております。学連幹事を務めさせていただいている、商学部4年の李公平です。今回の卒業ブログでは、私がソッカー部への入部に至った経緯と入部を決めた理由、現在の想いについて書かせていただきます。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。

「学連幹事募集しているよ。」
私にバトンを渡してくれた日川(4年・高崎高)が掛けてくれた言葉です。彼とはクラスメイトであり、大学生活での多くの時間を共に過ごしました。あの時、彼からのこの言葉がなければ、自分はソッカー部には入部していませんでした。本当に感謝しています。ありがとう。
1年生の頃、私はサークルでサッカーをしていました。振り返ると、自分にとってこの選択は逃げでした。「もうしんどい思いはしたくない」、「強豪校出身の選手が多いから試合には出れない」、こんな気持ちで3歳から始めて高校まで真剣に続けてきた部活動でのサッカー人生を終えました。ですが、「もし体育会に入部していれば、、、」という考えが頭から離れませんでした。このような状態では当然サークルでも上手く過ごすことが出来ず、いつしかサークルの練習にも行かないようになりました。
2年生になっても何にも打ち込んでおらず、このままでは大学生活を棒に振ってしまうと悩んでいました。悩む日々の中、日川が誘ってくれました。そうして私は2年生の夏にソッカー部に入部しました。

【変わった姿を見せたい】
これが学連幹事としてソッカー部に入部した1つ目の理由です。これまでの人生を振り返ると、自分は流れに身を任せて生きてきました。姉が通っていた幼稚園、小学校に通い、両親と相談を重ね中学受験をして中高一貫校に通い、当たり前のようにサッカーをしていました。
そんな中でも「高校までサッカーを続けてきたこと」、「内部進学で甲南大学に進学するのではなく、指定校推薦で慶應への入学を目指したこと」の2つについては自分の意思を貫いての行動でした。ですが、そのサッカーをあんな理由で諦めてしまったことは非常に恥ずかしく思います。また、指定校推薦で慶應への入学を目指すにあたり、両親にはいつも助けられました。
自分は本当に周りの人達に恵まれてきました。甲南大学でサッカーを続けている親友2人、同じ高校から共に慶應に入学し常に近くで刺激を与えてくれている蹴球部の親友、慶應でもクラスメイトだけでなく、ずっと関わっていきたいと思える友人が出来ました。その他にも今まで自分に関わってきて下さった全ての人の支えがあって今の自分があります。
そんな皆に自分で大きな挑戦をする決断をし、変わった姿を見せたいという気持ちが一歩を踏み出す要因となりました。

【今まで所属してきた組織の中で最大規模のチームで役に立ちたい】
これが学連幹事としてソッカー部に入部した2つ目の理由です。
私が入部するまでは選手が兼任で務めていた学連幹事という役職を、自分が専任として務めることになりました。まず簡単に学連幹事の仕事について説明すると、関東大学サッカー連盟の一員としてリーグ戦の現場運営から事務管理など、大学サッカー界の中心となって競技環境を整えています。チームの中では、練習などには行かずに、連盟との懸け橋となって選手登録などの作業を行います。
約150人の部員の中の学連幹事という一人の部員として、大きな組織の中でも自分の居場所を見つけてチームに貢献するために入部を決意しました。小中高と副将を務め、チームのために行動してきた経験を無駄にしたくはありませんでした。
そこで、「専任の価値をどう生み出していくのか」、「専任としてどうチームに貢献するのか」について考えてきました。しかし、正直今も明確な答えを出せていません。
学連幹事の仕事はチームにマイナスを与えないことに過ぎないと思います。それでも選手達が勝利を目指して進むスタートラインをマイナスにする訳にはいかないと、責任感を持って仕事をしています。しかし、プラスを与えることが出来ない力不足な自分が嫌いになることもありましたが、「選手達が慶應を代表して試合で活躍する姿」があるから今も頑張れています。
今シーズンから廣田(3年・暁星高)と雄大(2年・慶應義塾湘南藤沢高等部)が新たに学連幹事に就任し、選手兼任の彼らに助けられた場面は多くあります。ですが、自分が専任として入部したからには、専任の存在を無くしたくないと強く思っています。そのためにも卒業までに「専任の価値」を必ず見出したいと思います。

最後に、2年の夏からの途中入部を引き受けてくれた監督、スタッフの方々、本当にありがとうございます。最後まで感謝の気持ちを持って自分の仕事を全うします。
同期の皆、こんな自分を同期として迎え入れてくれてありがとう。1部残留、早慶定期戦での勝利を信じています。

長くまとまりのない文章になってしまいましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。今後共ソッカー部へのご支援とご声援の程、宜しくお願い致します。

明日のブログは、荻原瑶が担当します。日川と同じく瑶もクラスメイトで、日川が自分を誘ってくれた時は3人でいて、瑶もソッカー部の話をしてくれました。4年生唯一のマネージャーとして、チームのために強い責任感を持って多くの後輩マネージャーをまとめてきた瑶が最後にどんなブログを書くのか楽しみにしたいと思います。

《NEXT GAME》
9月25日(土)関東リーグ戦 第17節vs立正大学
@江東区夢の島競技場  14:00キックオフ

「自信」(日川優太)

2021.09.22

平素より大変お世話になっております。飯塚亮貴からバトンを受け取りました、商学部4年の日川優太です。彼とは4年間常に同じカテゴリーだったので、沢山の思い出があります。引退するまでに、関東リーグの試合結果で「得点者…飯塚(日川) 」が出来たら最高です。

これからソッカー部最後のブログを書かせていただきます。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【高校サッカー】
高校3年生10月21日、群馬県高校サッカー選手権大会で前橋育英高校に0-2で負けた。最後の大会ということもあり、応援にはサッカー部の関係者だけでなく、野球部やバスケ部の部員も来てくれていた。そして試合後、記念に集合写真を撮った。0-2のスコアボードの下で。