オフィシャルブログ

「さらけ出せ」(大田原響)

2020.11.30

平素より大変お世話になっております。今回ブログを担当させていただきます、経済学部4年の大田原響です。
拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけると幸いです。

ピチピチの黄ユニを着て、試合に出て、得点を決める。150人の部員がメガホンを持って自分の応援歌を歌ってくれる。

入部して初めての公式戦応援であった天皇杯予選を見て以来、そんな妄想を何度も何度も繰り返して来ました。
ただ、この妄想は妄想のまま終わろうとしています。
自分はこの4年間で何一つ結果を残せていません。

C、Dチームから抜け出せなかった下級生時代から何故自分は結果を出せないのか、何故成長出来ないのか、ずっと考えていましたが、思い付く答えは「無名高出身だから」とか「元々のレベルの差が大きすぎる」とか、いつも本当にしょうもないものばかりでした。
そもそもこんな答えが出てくる時点で、この問いに対して本気で向き合えていなかったと思います。

しかし、高校から同期の2人がトップチームに上がったあの日を境に、これらのしょうもない理由で自分をなだめることは出来なくなりました。
茨城のスタンドにいた自分の目の前で立石は関東リーグデビューを果たし、あまりに調子が悪く落ち込んでいた3年時の大阪遠征終了後、沖縄遠征で結果を残した守永はトップチームに昇格しました。
同期の前では必死に何とも思っていないフリをして、あいつらは運が良かっただけだとか言っていたけど、彼らが成長していることなんて高校からずっと一緒にサッカーをやってきた自分が誰よりも分かっていました。
死ぬ程悔しかった。

2人はトップチームで練習している。自分は当時Cチームでメンバーにさえ入れない。

この差は何なのか。
何故自分はソッカー部で結果が出せないのか。

去年のオフシーズンも、コロナウイルスの影響で練習が出来なかった時も、ずっと考えていました。しょうもない考えをしていたあの時よりももっと真剣に自分と向き合いました。

 
「自分をさらけ出すこと」

 
これは、僕が圧倒的に苦手としていることです。
幼い頃からそうで、自分の弱みを人に見せるとか、本音をぶつけるとか、人を頼るとか、そういったことが全くと言って良い程出来ません。
これこそ僕が成長出来ない理由なんじゃないかというのが、辿り着いた1つの結論でした。

ソッカー部生活を振り返っても、思い当たる節が数多くあります。
何百回と行った、学年ミーティング。
思っていることがあっても結局何も出来ずに終わってしまいます。
ピッチの中でもそう。
ミスを恐れたプレーを選択することが非常に多いです。
初めて崇太朗とプレーをした日、調子は良かったはずなのに「お前ってどういう選手?何がしたいのか分からなかった。」と言われたのも今では納得です。(本当はもっと柔らかい口調で伝えてくれました。)

サッカーとは自己表現だと思います。
サッカー程自由度の高いスポーツはありません。
そんなスポーツで、自己表現をしない選手が突き抜けた結果を残せるはずはないのです。
今一部で戦っているトップチームの同期や後輩がこんなにも輝いて見えるのは、彼らが目一杯自分を表現しているからだと思います。
入部初日の練習、同期の選手と大きな差を感じた理由は、サッカーのレベルとかではなくてそれ以前に僕が自己表現を微塵も出来なかったからだと思います。

僕が結果を出せていないのは至極真っ当なことでした。

サッカーに限らず、自分をさらけ出すことがどれ程大切なのか。
周りによく見せたいとか、弱みを隠したいとか、そんなチンケなプライドは成長の邪魔でしかない。
背伸びをする必要なんて全くない。いつでもありのままの自分でいればいい。何か思ったことがあるなら感情を隠さずに相手にぶつければいい。等身大でいるからこそ、時には自分を否定されて傷つくことがあるかも知れない。本音で人と接するからこそ、もしかしたら大切な人に嫌われてしまうかも知れない。でもそうやって初めて自分と向き合える。人からアドバイスを貰うことが出来る様になる。自分の考えと行動を修正してそれが成長に繋がる。

こう思う様になったのは身の回りにいる人達のお陰です。特に同期の皆。
自分にないものを持っている皆から沢山の学びと刺激を4年間貰い続けていました。ありがとう。

そんな大切なことに気付き始めて臨んだラストシーズン。

3年時、評価されにくい守備で体力を使うのは馬鹿らしいと思ってどんどんプレスの距離が遠くなっていたけれど、対人能力は自分の武器でした。だから、例え攻撃にフォーカスした練習であろうとひたすらボールを奪いに行って必死に自分を表現しました。
とにかく苦手だったビルドアップ。試合中は下手くそなことを隠すことで頭が一杯で、攻撃時のポジショニングはどんどん低くなる一方だったけど、自分の武器はスピードとドリブルでした。だから、紅白戦では高い位置からとにかく裏に走って必死に自分を表現しました。
(いつも最高のボールを供給してくれる草、たけま、てる、こば、ここには書ききれないけど皆んなありがとう。)

ピッチ外でも同じです。周りがどうとかじゃなくて、自分がやる必要があると思うならグラウンドに早く来て率先してアップ設営と掃除をやる。こんな些細なことだって大切な自己表現のうちの1つだと思います。

殻に籠って自分で選択することから逃げるのは一番簡単で楽なことだけど、その分日々の生活は退屈なものになります。勿論そこには成長もありません。一方、本当に徐々にですが自分を表現出来る様になって来ると、環境は変わらずとも毎日が見違える様に充実します。結果も自然と付いてきます。1年ぶり位にスタメンで試合に出た日は最高の気分でした。

 
弱い所を隠そうとする臆病な自分。
すぐに背伸びをして見栄を張る器が小さな自分。

 
ソッカー部は、22年間もかけて出来上がったそんな自分を変えようと思わせてくれました。
結果を出してなんぼのスポーツで、結果を出せていないことを正当化する気はありません。
ただこの経験がなければ、臆病な僕が自分を変えようなんて思っていなかったんだろうなと考えると、この4年間が今後の人生の大切な転機にさえなり得ると本気で思っています。

ここまで少々悲観的な内容になってしまいましたが、プロを目指すどころか高校で辞めようと思っていた自分が、今までのサッカー人生で決して交わることのなかった様な選手達に囲まれながらサッカーが出来る毎日は最高でした。僕が頑張ろうと思う理由はこれだけで十分でした。時間こそ掛かりましたが、自分を変えようと思う程の大きな気付きだって得ることが出来ました。この4年間が自分にとってどれだけ贅沢で貴重なものだったのかは言うまでもないと思います。
ソッカー部で自分に関わってくれた全ての人に感謝しています、ありがとう。
ありったけの勇気をかき集めて入部を決意した高校3年生の頃の自分にも感謝しておきます、ありがとう。



こんな所でブログを締めくくりたいところですが、『さらけ出せ』というタイトルを付けておきながら自分を隠しては意味がないので最近の話を最後にさせて貰うと、未だにもがき苦しんでいるのが僕の現状です。というのも先日行われた開幕戦では、直前までスタメンだったにも関わらず結局メンバーにさえ入れず、2戦目では途中出場こそしたものの何も出来ずにチームは負けてしまいました。
今シーズン、確実に手応えを感じていたはずなのに、この様な結果になってしまっていることに本当にやり切れない想いで一杯で酷く落ち込みましたが、そんなにすぐに人は成長出来る程甘くはないと言うことだと思います。

学んだだけでそれを100%行動に移せていないのなら結局今の僕は何者でもない訳で、行動を起こして結果を出した時、この4年間は初めて意味のあるものになる。そんな風に今は思っています。

ただこの様に嘆いている時間ももう自分には残されていません。
残り1ヶ月、目一杯の自己表現をします。
残り3試合、自慢の対人能力でマッチアップする奴には絶対に何もやらせません。ボールを奪ったら自慢のスピードで最終ラインをぶち破って得点を生み出します。
自信を持って自分をピッチの中でさらけ出します。

そして、例え自分からサッカーがなくなろうと、勇気を持ってこの学びを実行します。
妄想を妄想のまま終わらせるのはもう懲り懲りです。

最後にこの場をお借りして、16年間何一つ不自由なくサッカーをさせてくれた親に感謝を伝えたいと思います。どんな時でも何も言わずに見守ってくれてありがとう。

拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうざいました。今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程、宜しくお願い致します。

 《NEXT GAME》
12月5日(土) 関東リーグ戦 第20節 早稲田大学
13:00キックオフ @駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場

「明日からDチーム」(渡辺穣)

2020.11.15

平素よりお世話になっております。
三浦より紹介に預かりました商学部4年の渡辺穣と申します。彼女とは昨年の縦割り班が同じで、瀬戸班長(R1年卒)と共に多くを語り合った仲です。にも関わらず、先日の紹介文は酷すぎではありませんか。私のことをまるで分かっていません。全部員からなめられているのではありません。敢えてなめさせてるのです。(これは瀬戸班長とも実証済みです。)

冗談はさておき、早速本題に入ります。
私がソッカー部に於いて感じたこと、学んだことを素直に書きたいと思います。
文章を書くことは得意ではないので、物語形式となっております。私が伝えたいことを想像しながら読んでいただけると幸いです。

「志木高から関東へ。」
そんな想いを持ち入部したソッカー部。強豪校出身でもなく、仮入部期間の1年生練習で突出したアピールをした訳でもなかった私は1番下のC2チームに入った。当時のC2チームは約50人、その中でアピールしC1に上がることを当分の目標とし、日々の練習に取り組んだ。C2の練習環境は十分でなく、朝練時はアップもほとんどせずに半ゲ(半面ゲーム)を開始し、30分後にはグラウンドをC1に明け渡し、グラウンドの外周を走ることも多かったが、意外にも充実した日々を送っていた。そして1年目のIリーグ開幕戦、日々のアピールが募り、スタメンとして名を連ねることが出来た。それからも継続的に出場機会を得ることが出来、1年目は順調な出だしだった。けれども、C1に上がるとこれまでとは違うプレースピード、強度についていけず大きな壁を感じた。さらに、周りの強豪校出身の選手や自己主張が強い選手に勝手に萎縮し、自分らしさを忘れ安易なプレーを繰り返した。そうこうしているうちに気付いたらC2に戻っていた。何も自信を掴むことも出来ないまま私の初めてのC1へのチャンスは終わった。思えばここから私の苦いソッカー部生活が始まった。2年目のシーズンインこそ、Cチームにいたが、遠征で怪我をし、そのままDチームへ降格。(体制が変わり、C1→C、C2→D)
正直、怪我をしていなくても落ちていたのではないかとも思う。それだけ自分のプレーに自信がなかった。怪我だから仕方がない。周りにはそう言いDチームで再出発。しかし1年目とは状況が変わり、活きの良い1年生も加わっており、昨季程出場機会を得ることも出来ず、活躍も出来なかった。シーズン中にCに上がることも出来ず2年目を終えた。迎えた3年目、引退した4年生の穴を埋めるように私はCチームにいた。これが最後のチャンスだ。絶対に落ちてはいけない。毎日、死んでも食らい付け。そう決意して臨む。
べきだった。春の大阪遠征までは好調だった。得点に多く絡むことが出来、最終日に私の名前はボード上の1番上にいた。しかし、シーズンが始まり気付けば、ポジション内の序列は1番下。怪我人などのチーム状況もあり、人が足りていないポジションをやらされた。屈辱的だった。
そしてある日、1〜2週間後にDチームへの降格があるかも知れないとチーム内全員に告げられた。ハッとさせられた。このままでは自分が落ちる。そう思った。そこからは、目の色を変えて毎日の練習に取り組んだ。一つひとつのプレーでアピールする。ゴールを決める。アシストをする。相手からボールを奪う。自分の中の闘志をむき出しにした。今まで、勝手に周りの選手に萎縮して遠慮することが多かった私だが、エゴを全開で出した。エゴを出しながらも、味方にパスも出した。全ては自分が評価される為に。
そういう想いで臨んだ2週間は納得のいくプレーが多かった。これなら落ちない。自分はもっと出来る。そう思った。
けれどもある日の夜、全体ラインで私のDチーム降格が告げられた。気付くのが遅すぎた。もっと毎日、死に物狂いでやっていればと後悔した。翌日、Dチームの練習に行くと、1年目とは全く違う景色に厳しい現実を突き付けられた。C2時代には約30人程いた同期がたったの6人。沢山の同期がカテゴリーを上げ、中にはトップチームで活躍してる選手もいた。入部当時から自分だけ成長していない。そんな感覚に苛まれ、自分が情けなくなった。
この3年間の間に自分とトップチームで活躍してる同期との間にはどんな差があったのだろうか。才能や環境のせいにするのは簡単だろう。しかし、少なくともトップチームで活躍してる選手は、毎日の練習に手を抜かず最後の一歩にこだわっていたのだろう。自分の短所を改善する為、ジムやトレーニングに通っていたのだろう。自分の立てた目標に執着し、揺るがない意志を持っていたのだろう。弊部フットサル部門四戸監督も練習前によく仰っている。「毎練習後に、自分の胸に手を当てて考えて欲しい。練習前より、どこが上手くなっただろうか、成長しただろうか。」そんな少年の時にはよく考えていた当たり前のことが自分には出来ていなかったのだろうか。そう考えさせられた苦い3年間だった。

これまで長々と私のソッカー部での出来事について書いてきたが、決して人に誇れるような4年間ではなかった。ただ、中身のない空っぽな4年間だったとは思わない。ソッカー部を通じて自分の弱さを知り、自分と向き合い続けた4年間は価値のあるものだと思う。
特に2年時のグラマネ選出ミーティングでは、同期の中からサッカーを辞めコーチに転向する人を出す為、サッカー面や人間面を考慮し、深く議論した。その中で私も多くの弱みを指摘された。今までただ生活するだけでは気付くことが出来なかった弱みと向き合うことが出来た。本気で変わりたいと思えた。自分の内面的な部分がサッカーで上手くいかない理由にも繋がっていると思った。だからこそ、ピッチ内に於いて闘志を出すこと、ピッチ外から自信を持つ為ウォームアップリーダーとしてチームを引っ張ったこと、自分の意見を持つこと、部室でのコミュニケーション、くだらないと思うかも知れないが、これら全てサッカーで成功する為、自分の成長の為にやった。当初描いていた大学サッカー生活とはかけ離れているが、自分の弱みに気付き、向き合ったこの大学4年間には心から価値があったと思う。実際に入部当初の私と比べて、今の自分には大きく自信を持っている。足りない所も含めて自分を認めることが出来てる。これからの人生でもっと自分らしく生きていこう。そう思っています。

ここまで、長々と私のブログに付き合っていただき、ありがとうございます。

少し、フットサルについても書かせてください。
C2時代の内山コーチに推薦され、入部したフットサル部門。サッカーと比べピッチも狭く人数も少ない為、よりゴールに近い局面が多いのがフットサルの楽しさでした。フットサル部に所属する自分よりもカテゴリーの上の選手が沢山いる中で、自分がドリブルで1人外す、ゴールを決め、周りを驚かせた時、自分の中で自信が生まれていく感覚がありました。そして何よりも自分のプレー1つでチームを勝たせることが出来る、私達が少年の頃に魅了されたサッカーの原点をフットサルは思い出させてくれました。サッカーで上手くいかない時もフットサルでサッカーの初心を思い出し、調子を上向きにする、そんなモチベーション的役割が実はありました。本当に感謝しています。フットサル部門の皆、フットサル関東リーグで四戸さんを胴上げ出来る様に頑張ろう。

話は変わり、現在、慶應のトップチームは関東一部リーグ、私が所属するSチームはIリーグを戦っています。私のサッカー人生はまだ終わっていません。残された期間、全身全霊で取り組みます。私の最後のテーマは「起点と終点」です。FWとして、攻撃の起点を作り、ゴールを奪います。ご声援の程宜しくお願いします。

長くなりましたが最後に、これまで17年間のサッカー人生を通じて出会えた全ての人達に感謝して、このブログを締めたいと思います。
フェリーチェ、みなとSC、スポーカル六本木、青山SC、志木高で出会えた皆、本当にありがとう。また会いましょう。
そして、両親。22年間、何不自由なく自分のことを支えてくれてありがとう。少しずつ恩返ししていきます。

《NEXT GAME》
11月21日(土) 関東リーグ戦 第18節 筑波大学
11:00キックオフ @流通経済大学龍ケ崎フィールド

「捻くれ者」(三浦亜由美)

2020.11.14

平素よりお世話になっております。
本吉より紹介に預かりました、経済学部4年の三浦亜由美と申します。下級生の時は、ひたすらにお喋りなおじさんという印象が強かった彼ですが、最近はSチームで後輩を厳しく指導する頼もしい4年生になっていました。感慨深いです。彼とは家が近いことから、部活の行き帰りに、部内外の多くの話をしてきましたが、結局の所、真面目なのか適当なのか、今でもよく分かっていません。ただ、誰にでも優しく、分け隔てなく接するその人間性にはこれまで沢山助けられてきたので、頼りにしています。

さて、本題に入らせていただきます。マネージャーは日頃ブログを書くことがないので、非常に悩みましたが、素直な想いをお話させていただきます。

私がソッカー部に入部した理由は、至極単純に、サッカーが好きだったからです。幼少期は家族の影響で、何かとサッカー観戦をする機会が多く、暇な時はサッカー番組を見たり、選手名鑑を眺めていたので、好きというよりは、なんかいつもそこにある、という感覚でした。明確にサッカーの面白さに気付いたのは、2006年ドイツで開催されたワールドカップです。(ジダンの頭突き事件でお馴染みですね。)日本vsブラジル戦で、奇跡的に日本が先制点を決めた後、本気を出したブラジルにボコボコにされました。あの時の興奮は、今でも鮮明に覚えています。そんなことを話していたら「サッカーやってないくせに」と言われそうですが、間違いないです。私はサッカーを始めなかったことが自分の人生最大の後悔ですし、きっとこれから先もこの後悔を超えることはないと思います。女子部の選手を見る度にかっこいいなと思っています。

前置きが長くなってしまいましたが、つまり私は別に、「マネージャー」をやりたいと思っていた訳ではないということです。「観客」という立場から、一歩踏み込んでサッカーチームの一員としてサッカーに携わりたい、勝利した時の喜びを味わいたい、ただその思いだけでソッカー部に入部しました。
そんな単純な思考でマネージャーになってしまったので、入部当時はもどかしさの連続でした。ソッカー部のマネージャーは室内での事務作業がメインなので想像以上に日頃サッカーに触れる機会はなく、目の前のエクセルと向き合う毎日だったからです。勿論どれも重要であり、組織を成り立たせる為に必要なことだと、引退を目前にした今なら分かりますが、当時の私は自分のやっている仕事が何に繋がっているか分からず、納得感を得られませんでした。持っているエネルギーのぶつけ所が分からず、ロボットになった感覚で仕事をこなし、次第に「私がこの業務をミスしなければチームは勝つのか?」「完璧にこなした所でチームになんら影響を与えることはないし。」等、何とも最低な、捻くれた考え方をする様になりました。しかし、当時の私の最大の欠点は、それを完全に環境のせいにしていたことです。

その間違いに気付いたのは、大学3年生になった頃、上級生として客観的にマネ部屋を見る様になってからです。その頃には、マネージャーという立場を通して、ソッカー部の仲間や、早稲田大学ア式蹴球部、応援指導部、他の体育会の友人等、多くの人々と関わり、親交を深めていました。そこでふと、高い視座感を持ち、自分より遥か高い次元で闘っている仲間と比較し、何も成していない、ただ環境に身を置き、「ソッカー部のマネージャーはこういうものだから」と思い込んでいた自分がとても虚しくなりました。振り返ってみると1年目の捻くれ時代、当時4年生でマネージャーをされていた駒野さん(現アドバイザー)はいつもサッカーに対する愛と熱量を持ちながら、マネージャーという立場に誇りを持ち活動していたことを思い出しました。1個上の奥山さんも、当時からサッカークラブを経営したいと言う夢を抱いていて、よくお話を聞かせていただきました。彼の目標に対するバイタリティは日々感じていたので、実際に今実現しているのも、納得出来ます。皆同じマネージャーという立場でありながら、何故ここまで違うのか、環境のせいではなく、自分のマインドと行動の問題なのだと、これらを通してはっきりと認識しました。

そこから、具体的に何が出来るのかという所までは難しかったので、「チームの勝率を0.001%でも上げられるマネージャーになろう」という目標を掲げました。私がソッカー部に入部した目的そのものです。
その目標を掲げることで、自分が何をすべきなのか、道が徐々に見えてきました。後輩が、自分の力を最大限引き出せる環境を整えること、選手や監督がピッチに集中出来る様、信頼してもらえる様、業務に真摯に向き合うこと、マネ部屋に籠らないこと等、皆さんから見たら、なんて小さなことだと思うでしょう。しかし私は大真面目にこう考えています。冷めて客観的に見ているだけでは、何も変わりませんし、時には熱くなり突き進むことも必要だと思っています。
思考を転換させてからの毎日は、まるで違いました。以前は、名前ではなく「マネージャー」と言われるのが違和感で苦手でしたが、現在はマネージャーであることに誇りと責任感を持っています。

前向きに取り組めている一方で、先日、アイスホッケー部でマネージャーをしている友人と話していた所、このまま後悔なく引退出来るか?という話になりました。少し考えましたが、2人とも後悔がない訳ではないがここから何が出来るか分からない、という結論に至りました。つまり私はまだまだ1㎝位しか、ピッチや各々のフィールドで闘う皆には近付けていないということです。今から何が出来るか、引き続き考えていかなければなりません。

そして、有難いことにIリーグも無事に開催される運びとなりました。各カテゴリーリーグ戦が続いている非常に重要な時期ですので、まだまだ気を引き締めて頑張っていく所存ではありますが、そう自信を持って言える様になったことが、私の4年間の最も大きな変化だと思います。

この様な身分で大変恐縮でありますが、私が4年間で学んだことを踏まえ、マネージャーの後輩に伝えたいことがあります。それは、マネージャーもチームプレーだということです。仕事をひたすら一人でこなし、仮に全ての業務がミスなくこなせたとしても、そこで生み出せる力はごく僅かなものだと思います。皆、選手の為、組織の為等、各々想いを抱いているとは思いますが、その気持ちと同じ位、お互いのことを考え、尊重して欲しいと思います。そうすることで初めて、組織の屋台骨としての役割を果たすことが出来るので、仕事仲間だから割り切ろう、というのではなく、一番身近にいる仲間を大切にしてもらえたら嬉しいです。

最後にはなりますが、このブログを読んでいただいた皆様に感謝の言葉を伝えたいと思います。私の様な人間のブログを読んで下さる方ですから、何かしらの思い出があり、刺激や学びを与えて下さったと思います。人との出会いは、この4年間で手に入れた最大の価値です。名前を挙げるときりがなくなってしまう為、省略させていただきます。
ただ、どうしても名前を挙げて感謝の言葉を伝えたい人がいます。兄です。兄とはいつも喧嘩しているので基本的に話しませんが私とサッカーを繋ぐきっかけを与えてくれました。だから心から感謝しています。(このブログは読まれないことを祈っています。)これから先も何かしらの形で、ずっとサッカーと関わりを持ち続けていきたいです。

長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
次のブログは、ファッションセンスには少々難ありですが、ソッカー部内で最も愛されている(なめられている)渡辺穣です。口下手ではありますが、彼のナヨナヨしい一面や親しみ易さは、周囲の人をいつも笑顔にさせます。優しさのあまり、実はあまり本音を語らない人間ですので、この機会に曝け出してくれることを期待しています。

《NEXT GAME》
11月21日(土) 関東リーグ戦 第18節 筑波大学
11:00キックオフ @流通経済大学龍ケ崎フィールド

「真っ直ぐに突き進め」(本吉航介)

2020.11.13

平素より大変お世話になっております。武明からバトンを受け取りました商学部4年の本吉航介です。

武明は入部当初からとても同い年には見えず、「同じ1年だよ。」と言われるまでずっと敬語を使っていたのを覚えています。そう、武明の多浪いじりを始めたのは私です。これまで武明のことを知らない先輩や後輩に、「同期に武明ってやつがいる。あいつは3浪」というくだらない嘘をついてきました。この場を借りて謝罪させて下さい。正しくは「2浪」です。

さっそく本題に入ります。
皆さんは今チームや組織に対してどの様に貢献していますか?役職に就いている人にとっては愚問かと思います。では、役職に就いていない方々はどうですか?「俺ってチームにどう貢献しているんだろう?」迷走している人はいませんか?

今回引退ブログを書くにあたっては、「私自身のチームへの貢献に対する考え方」について述べさせていただきたいと思います。私自身、ソッカー部では何の役職にも就いていない平民でした。でも、チームや組織に於いてはそんな平民が大多数を占めるのもこれまた事実。貢献という言葉に振り回されている人も多いはず。そんな方々の参考になればと思い書かせていただきます。

2019年12月、私は幸いにもトップチームへの昇格を果たし、天皇杯予選にも3試合出場することが出来た。トップチームへの昇格は入部当初から掲げてきた大きな目標の1つ。選手としてチームを引っ張ることが自分にとってのチームへの貢献だと考えていた。だからリサーチや副務、学連、グラマネなどの役職に就くことを避けてきた。選手として成功する為の支障になる、そんな風に考えていた。トップチームに昇格したことでようやく、これまでサボってきた分チームに貢献出来る。ここからがスタートだ。そう考えていた。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。年明けから徐々にチーム内での序列を落とし始め、沖縄遠征後には遂にトップチームからの降格を告げられた。3年間のソッカー部生活でカテゴリー落ちを経験するのは初めてで、明るい未来をイメージしていただけにそのダメージは大きかった。

そして何より自分が考える貢献の形を失った。
3年間役職など就かず選手として貢献することしか考えていなかった為、これからのプランは何もなかった。4月から始まった就職活動で何人もの面接官に尋ねられた。「本吉君はソッカー部でどんな役割だったの?どんな貢献をしてきたの?」何ひとつ的を射た回答が出来なかった。1〜3年生まで何もしてこなかったから。自分が追い求めた貢献の形の土俵にも立てていなかったから。

新しく始めようとも思えなかった。自分のスタイルじゃない。トップチームで活躍したいという本心が邪魔して、あらゆる行動に気持ちが入らず受け身になっていた。だからいっそのことそんな本心をも捨て去ろうと思った。トップチームを諦め、関東リーグの存在も頭の中から消した。同期にも自分の本心を隠した。「明日からは下のチームで伸び伸びと出来る。」「ようやくサッカーを楽しめる。」そう伝えて降格先のSチームの練習に向かった。

けど、Sチームに「伸び伸びと楽しんでいる選手」なんて1人もいなかった。剛は当時キャプテンとしてチーム状況を変えようと必死で下級生に向かって働き掛けていた。カズは誰よりも早くグランドに来てアップの設営を手伝っていた。穣もウォーミングアップリーダーとして毎日チームの先頭を走っていた。上級生はチームの為に献身的に行動していた。一方下級生は上を目指す熱い思いを心の奥底に秘めていた。一見そうは見えない。普段は緩い。でも、Zとのカテゴリー戦や早稲田との練習試合では急激に熱くなる。異常なまでしぶとくなる。ビックリする程走る様になる。「上を食ってやる。」そんな思いに溢れていた。

そんな彼らを見て、何の感情にも突き動かされていない自分が恥ずかしくなった。
本当に伸び伸びとしたいのか?
本当に楽しみたいのか?
4年生らしく後輩に何か残さないといけないのか?
それとも新しく何か始めないといけないのか?

迷走し続けて4ヶ月。
突然転機は訪れた。関東リーグ開幕戦。vs立正大学。YouTubeを通して、勝利を喜ぶトップチームのメンバーを見て心の奥底にある感情が動いた。
やっぱりトップチームに行きたい。あの舞台でもう一度戦いたい。勝って皆で喜び合いたい。

「自分の本心は変えられないんだ。」そう気付いたからこそ、深く考えないことにした。折角下級生チームにいるんだから、彼らに混ざってもう一度トップチームを目指してみようと思った。チームのことを考えるのは一旦後。そう決めた。

決心が着くと、自ずとすべき行動が決まった。
練習の空気が重い時は自分が盛り上げたし、戦術を理解出来ていない奴がいたら何度でも教えた。最後の挨拶で誰も話さないんだったら、自分が話した。
別にチームに何かを残したくてした訳じゃない。4年生だからした訳じゃない。全ては自分が少しでも成長出来る環境を作る為。活躍出来る環境を作る為。そして、最終的にトップチームに上がる為だった。

最近よく「本吉さんが一番走る。」と後輩から言われる。ごめん。チームの為に走ってる訳じゃない。4年の意地でもない。アシストしたいから、点を獲りたいから走ってる。全てのチャンスに顔を出すつもりでやってる。どうしてか。トップチームに上がる為には結果が必要だから。

ピッチ内の行動が決まると今度はピッチ外の行動が決まる。もっと練習を効率良くするにはサッサとアップ設営をしないといけない。下級生に指示出しするなら自分が1番になって取り組まないと言葉に重みが出ない。だからアップ設営を手伝ったり、掃除をしたりする様になる。これまで受動的だった取り組みが能動的になっていく。

突き進んでいくと自分の周辺にも変化が現れる。自分が活躍する為の環境が徐々に出来上がってくる。跳ね回るインサイドパスばかり出していた牧野が、ポジショニングで相手を剥がし絶妙なスルーパスを出す様になった。秀太が粘り強くプレスを掛けて相手からボールを奪える様になった。中江・廣田・瀬賀・健翔の4人が教えた守備を出来る様になった。的井と雄介が集合の一言でチームの為積極的に発言してくれる様になった。

勿論、自分の取り組みが彼らに大きな影響を与えたとは思っていない。むしろ剛や友己、もっちゃんのお陰だと思っている。でも、本心に従ってひたすら真っ直ぐに行動したことが結果的に仲間に多少なりとも影響を与えた。「結果的に」チームへの貢献になった。 

「真っ直ぐに突き進め」
引退を迎えるにあたって私が伝えたいのはこの言葉。組織・集団・チームの中で「貢献」という言葉に打ちのめされた時は、まず自分の本心に向かって真っ直ぐに突き進んでみて欲しい。本心は何でもいい。カッコよくなりたいから、モテたいから、何となく楽しいから、仲間が好きだから。将来に役立ちそうだから。ホントに何でもいい。ただ、それを突き詰めること。どうしたらカッコよくなれるか?どうしたらモテる様になるか?どうしたら楽しいか?本心から逆算して行動に移して欲しい。徹底的に。すると自然とチームの為になってます。仲間の為になってます。自分の為になってます。必ず。

ただ、「突き進む」というのは必ず痛みを伴う。
それは受け入れなければならない。
4時起きの練習は眠すぎて毎回サボりたくなる。
往復4時間の関東応援は心身共に疲れる。
練習を1人で盛り上げるのは辛くなる寂しくなる。
けれど、それでも続けられるのはその先に本心で目指したいと思うものがあるから。人生を懸けて達成したいものがあるから。

突き進められないと感じるならすぐに辞めた方が良い。多分本心は別の所にある。ならそっちに行った方が良い。別に負けじゃない。逃げじゃない。そっちを選択することの方が正しい。自分の為だし周囲の為でもある。この機会に是非考えてみて欲しい。

ここまで偉そうに語ってきたが、これが正解ではない。あくまで一選手としての意見。「参考程度」にしてもらいたい。本題は以上。

ここから先は、これまで私のサッカー人生に関わってきてくれた人へのメッセージ。
この場を借りて伝えさせていただきたい。

Sチームの皆へ。
Sチームで本当に良かった。Sチームだったからまた上を目指せた。正直、皆の成長を実感出来ることに楽しみを見出している自分もいた。それでも、俺はトップチームを目指したい。Iリーグは絶好のチャンスの場。最後まで諦めの悪い4年生でいることを許してほしい。いよいよ今週末から始める。大城コーチ、友己、もっちゃん、横幕を中心にちゃんと準備はしてきた。絶対勝てる。全国に行ってやろう!

Zチームの皆へ。
正直ラストイヤーで同期の皆とプレー出来ないのはすごく悲しい。大佐古、穣、高津が嫌いな訳じゃないけど、部室で3人(大佐古は忽然と部室から姿を消しました。マネ部屋にいるのかな?分からないけど。)はやっぱり寂しい。けど、今はSチームで自分の目標に向かい続けることに物凄く満足している。どうせ嫌でも皆とは今後もお世話になるはず。Iリーグ全国の舞台をかけて戦おう!

Iチームの皆へ。
かっきー、武明、りょーへい、泰輔。個性豊かで大好きな同期のメンバー。4人の力でIチームを勝たせてS・Z・TOPを突き上げて欲しい。そして3チームで全国を戦おう!後輩達は遠慮せずにガンガンチャレンジして、上を目指し続けて欲しい。これまで多くの選手が一番下から這い上がっているから自分を信じて!

TOPチームの皆へ。
TOPの同期が一番チームの為に頑張っている。一緒にはいないけれど分かる。だからメンバー外になっても試合で上手くいかなくても嘆かないで!皆と同じステージで戦える様俺も残り1ヶ月頑張るから死に物狂いで頑張って欲しい。後輩達は頑張っている同期を支え続けて欲しい。気落ちしているときは引っ張って欲しい。そして絶対残留しよう!

学生スタッフ並びに社会人スタッフの皆様へ。
私達選手がサッカーに本気で取り組める環境を作っていただきありがとうございます。至らない部分も多々あるとは思いますが、残り1ヶ月、最後まで責任とプライドを持って戦い続けます。今後とも宜しくお願い致します。関・多治見宜しく!

両親へ。
16年間自由にサッカーをさせてくれてありがとう。陰ながら支え続けてくれてありがとう。今週末からSチームの公式戦が始まる。自慢のチームです。良い結果を持って帰ります。そして関東リーグの舞台、諦めずに目指し続ける。最後まで応援して欲しい。

その他、小中高大と私のサッカー人生に関わってくれた先輩・後輩・同期・コーチの皆様、本当にありがとうございました!

明日のブログはマロこと三浦亜由美が担当します。マロには公私共に大変お世話になりました。ライネンモ、シュウカツガンバロウネ。男子部員に負けないパワーとコミュ力が彼女の持ち味です。1年生諸君は話したことがない人もいるかと思うので、是非声を掛けてみて下さい!そんなマロのブログ、楽しみにしちゃいましょう!

《NEXT GAME》
11月21日(土) 関東リーグ戦 第18節 筑波大学
11:00キックオフ @流通経済大学龍ケ崎フィールド

「僕、ちょっと興味あります」(山田武明)

2020.11.12

平素より大変お世話になっております。今回、4年部員ブログリレーを担当させていただく、山田武明です。

入部当初から、浪人&地方出身と、同じ境遇で、日頃から仲良くして貰っている政哉から4年ブログのバトンを受け取ることが出来、嬉しく思います。彼と初めて会った翌日、諸事情により、図々しくも、彼の家に泊めてもらったのですが、実は泊めるのめちゃくちゃ嫌だったみたいです。それを4年になってから、直接伝えられ、動揺したことを覚えています。彼とは、同じ境遇というのもあり、卒業後も長い付き合いになると思うので、今後共宜しくお願いします。

さて、どういった内容を書こうか。ここまで、素晴らしい内容のブログばかりで、後ろに控えている人達も気が気でないでしょう。任せて下さい、ここで一旦、私がハードルを下げます。

正直、この4年間、入部当初に描いていた青写真とは全く異なるものとなっていました。一番下のチームから這い上がり、早慶戦で活躍するという姿は、夢に終わってしまいそうです。人生そんな簡単には上手くいかないもんだなあと身に染みて感じています。とは言え、この大学4年間、真剣にサッカーに取り組んできた中で、挫折や喜びなど、サッカーを通して、人生の難しさなどを学ぶことが出来た様に思います。

振り返ってみると、俗にいう大学デビューの意とは、真逆の大学サッカーデビューを飾っていました。30分間走に入れなかったり、罰ゲームとして、ムツビシを走らされた時には、周回遅れという醜態を晒してしまったり…挫折に始まったソッカー部人生でした。その後も、サッカーでは、なかなか結果を出せず、只々身体だけがゴツくなる日々…

そんな4年間の中で、何か同期や後輩に伝えられることがあるのか。サッカーで全く結果を残せていない自分が、自分より結果を出している人に対し、伝えられることがあるのか、色々考えましたが、私にしか伝えられないこととして、このソッカー部で、私しか経験していないことを基に、何かメッセージを残すことが出来ればと思います。

前置きが長くなってしまいました。

ようやく本題に入りますが、勿論題名にある通り、「僕、ちょっと興味あります。」、これについて話していきたいと思います。

これは、1年時の終わり頃に学年を代表してリサーチを出す時のこと。今の後輩には、あまり想像が付かないかも知れませんが、当時のリサーチは、基本的に、信頼された者が多数決等で、決まる流れでした。私は、当時のリサーチの4年生の話を聞いて、面白そうだと、純粋に興味を持っていました。

ミーティングの終わり際、

(当時の司会)「誰かリサーチに興味ある人いますか?」

一瞬の沈黙の後、

(私)「(ソッと手を挙げ)僕、ちょっと興味あります…」

この日は、それを最後にミーティングは終わり。まさか翌週のミーティングの投票で、あんな事態になるとは…

翌週、実際に投票を行うことに。

開票をすると、「○○○(投票者)、武明」、「○○○、武明」、「○○○、武明」…と、

次々と自分の名前が呼ばれ、”開いた口が塞がらない”とは正にこのこと。私の名前の上に、”正”の文字が物凄い勢いで積み上がっていました。突然の事に、驚いたのと、同時に、多数決の力というか、圧力の様なものを感じたのを覚えています。

この様な状況に、戸惑いながらも、同期からの多くの票に背中を押される形で、リサーチに就任させていただくことになりました。

思わぬ形で就任した訳ですが、そこには多くの学びがありました。具体的には、「どの様な視点で試合を見るか」、「スカウティングで得た情報をどれだけ伝えるべきなのか(必要な情報を取捨選択しないと、聞いている選手は何が重要か分からないから)」、「どの様な話し方で説明をすれば選手は理解してくれるのか」、等々、サッカーに関することだけでなく、これからの社会人での生活にも活かすことが出来る様な学びが多くありました。分析をし、その結果をロジカルに伝える。リサーチという仕事は、本当に勉強になり、素晴らしい仕事だとつくづく感じています。

あの時、「僕、ちょっと興味あります」と発言したことが、ソッカー部での生活を大きく変えるきっかけになりました。所謂ターニングポイントです。あの時、手を挙げていなかったら、このソッカー部に、何も力になれず、4年間が終わりに近付いていただろうと思います。

今回、この経験から伝えたいことは、「興味があることには、チャレンジしてみて欲しい」ということです。人生とは不思議なもので、思いもよらない所で、経験してきたことが活きて来ます。例えば、私の場合、リサーチとして、監督・選手の前という緊張感のある中で、プレゼンをしてきた経験が、人前で何かプレゼンをする際に、大きく活きました。

何かの役職に就くということは、チームの為に自分の時間を割くなど、理不尽なことも多くあります。リサーチの仲間と、リサ部屋に午前2時まで籠って、作業をし、冷水しか出ない寮風呂で汗を流し、翌日6:30練参加ということもありました。(ちなみに、この経験をしてから、自分は、どんなブラック企業でも、余裕で働けるのではないかと思っています。)

ですが、そんな4年間を振り返った時に、この歴史ある、慶應義塾体育会ソッカー部という大きな組織の中で、責任ある役職に就くことが出来たことは、今後の自分にとって大きな財産になるでしょう。

他の大学では出来ない様な経験がこの組織にはあります。少なくとも、私は、リサーチを通して、その様な経験をすることが出来たと思います。これまでのリサーチの先輩方、リサーチのブレインとして活躍している啓太(4年・名古屋高)、スパイスの効く一平(4年・國學院大學久我山高)、背中の大きな理雄(4年・國學院大學久我山高)、主務として活躍している亮平(4年・三鷹中等教育学校)、そして後輩達、一緒に仕事をしてくれてありがとうございました。特別な経験をすることが出来ました。残りの試合も頑張りましょう。

もし、何かチームの為に貢献したいと思っているなら、是非、勇気を出してチャレンジしてみて下さい。4年生になって振り返った時に、自分しか経験していないことが、自分にとって大きな強みになり、その後の人生を支えてくれることを実感すると思います。

長い文章になってしまいましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。最後に、感謝の気持ちを述べて4年ブログのバトンを本吉に渡したいと思います。

Iチームの皆へ

毎年、下のカテゴリーはクセの強い面々の集まりだと感じていますが、今年も例年に負けない位癖の塊です。個人的には、丸く収まるより、何か一つでも尖っている方が面白いと思います。癖大好きです。その力を発揮出来ればとんでもないことが起きる様な気がします。泰輔も綴ったけど、全員で成長して、全員で勝って、全員で全国出ましょう!

同期へ

皆が皆口を揃えた様に、最高の同期と言っていて、そんな同期に出会えて最高です。1年浪人しているし、無名高出身で、知り合いもいない自分を受け入れてくれて。この同期じゃなければ、続けることが出来なかったと思います。誰が言い始めたか覚えてないけど、僕のことを多浪弄りし始めた人、実は感謝しています。弄られるのって結構、美味しいです。お陰様で、溶け込むことが出来ました。ありがとう。これは僕の願望ですが、折角サッカーを通じて出会えたので、全員でサッカーが出来る機会があれば幸せだなと思います。また、全員で親方コールをしたいです。本当に4年間ありがとう。

家族へ

この4年間、自由に、やりたいことをやらして貰い、心身共に成長することが出来ました。本当にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。

明日のブログの担当は、本吉です。慶應の韋駄天として名を馳せる彼ですが、ナイターでのトレーニングや試合の時には、足の回転が速すぎて、残像が見えてしまうそうです。彼はとにかく楽しいことが好きで、彼がいれば確実に、飲み会は盛り上がります。よく笑い、おちゃらけている印象が多い彼ですが、頭脳明晰なので、彼の人生の深みを感じさせるブログとなると期待しています。コートの端から端まで走り抜き、ソッカー部人生も走り抜いてきた彼の最後のブログ、乞うご期待!

《NEXT GAME》
11月14日(土) 関東リーグ戦 第17節 vs順天堂大学
13:30キックオフ @流通経済大学龍ケ崎フィールド

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