オフィシャルブログ

「感謝をピッチで」(佐藤海徳)

2019.11.22

佐藤海平素より大変お世話になっております。
ブログリレーの最後を務めさせて頂きます。主将の佐藤海徳です。

4年間のソッカー部での活動を通じて、大変貴重な経験を数多くさせて頂きました。
多大なるご支援を頂いたOBの方々や社会人スタッフの方々、ソッカー部に関わる全ての皆様に心から感謝申し上げます。

今回はこの場をお借りし、優勝がかかった大一番を明日に控えるチームメイトに向けて、ブログを書かせて頂きます。

 

みんなに伝えたいことがある。

それは「自分達で創り上げたソッカーを信じて戦おう」ということ。

後期リーグを振り返ると、徹底的に守りを固めてくる相手がたくさんいた。慶應が得意とするカウンターやクロスを警戒し、特殊な陣形を構えてくる相手もいた。後期の引き分けは5回。簡単には勝たせてもらえない戦いが続いた。
明日も難しい試合になるだろう。相手は天皇杯でも前期リーグでも負けた日大。2位との勝ち点差は少なく、負けたら優勝を逃すかもしれないというプレッシャーとも戦わないといけない。

でも、これまでやってきたことを信じて戦えば、絶対に勝てる。そう思う。

なぜなら俺たちは、
早慶戦とアミノバイタルカップでの悔しい経験を糧に、ハードな練習を乗り越えてきた。山中合宿の走りも、毎週火曜日のラントレも前向きに取り組んできた。絶対に関東2部の中で一番きつい練習をしてきたんだ。

それだけじゃない。
俺たちには、相手が引いてきても絶対にゴールをこじ開ける戦術があるじゃないか。
例えば、ウィングバックが優位性を発揮するポジションでボールを受けた時、たくさんの選択肢がある。ニアゾーンに抜けた1得点ランナーを使って④から線で合わせたり、直接②からクロスをあげてZか最悪ヤマで合わせたり、押し込む時間帯ならストッパーからの③だったり、新作のデ・ブライネゾーンだってある。(企業秘密)

他にも、苦しい時間帯でもセットプレーから得点する技があるんだ。
例えば、ウルグアイ、コロンビア、マック、たつきち、オセロ、虎、クイック、そして超必殺技のスペ魔。(企業秘密)

まだまだある。
セットプレーからの失点を防ぐべく、マークの原則やチームとしての規律を定めてきた。合言葉の「我よ先」を守れば、キッカーが中村俊輔だろうと決められることはない。毎試合振り返りをして議論し合い、追究してきた「ソッカー」は、間違いなく最強だ。

自信を持って、明日の試合で全てを出せば、絶対に勝てる。「ソッカー」を信じて戦おう。

そして最後に。

シーズン当初、チームが苦しい時にみんなを助けられるような存在になりたいと思ってキャプテンを志願させてもらった。
しかし、前期の9節からピッチに立つ事さえ出来ず、チームを助けるどころかたくさん迷惑をかけてしまったことを謝らせてほしい。早慶戦にも、アミノバイタルカップにも、下田開催の関東リーグにも出られず、「有言実行」を言い出した自らが年間個人目標を達成できそうにない状況にある。情けない自分に落ち込む日々が辛くて、みんなを手助けする余裕が全くなかった。

申し訳ない。

代わりにキャプテンマークをつけて指揮をとってくれた八田や、慣れないウィングバックのポジションで戦ってくれた選手のおかげでここまでこれた。
彼らだけでなく、ピッチ外からチームを強くしてきた学生スタッフやマネージャーのみんな、共にトップチームで切磋琢磨した選手たち、毎週たくさんの時間をかけてスカウティングをしてくれたリサーチのみんな、各カテゴリーで目標に向かって結果を残して刺激をくれたみんな、関東の大学の中で一番気持ちのこもった応援をしてくれたみんなにも、心から感謝している。
今、慶應が自力で優勝を決められる立ち位置にいられること、みんなのおかげだ。ありがとう。

こんなことばかりで頼りないかもしれないが、実は俺のメンタルは強い。
チームに迷惑をかけたのは過去の話だ。明日の試合で何もかも変えられると信じている。
今年の不甲斐なさをすべて払拭するくらいの活躍を残したい。

昇格を目指してやってきたんじゃない。優勝を決めるこの日のためにやってきたんだ。最後にみんなで、「リーグ最少失点で2部優勝」を有言実行し、チャンピオーネを歌おう。

 

読んで頂きありがとうございました。
全員で力を合わせ、勝利のために全力を尽くしますので、ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「信頼」(塩木康平)

2019.11.21

塩木平素は大変お世話になっております。
今シーズン主務を務めさせていただいた塩木康平です。

今シーズンも残す所1試合となりました。
日頃よりお世話になっているOBの方々をはじめとした関係者の皆様に感謝申し上げます。
今後共宜しくお願い致します。

奥山大より紹介いただきました。
彼は頭が良くて優しく、学年関係なく多くの部員に慕われています。
自分の方こそもう一度人生をやり直しても彼の領域には達することが出来ないと思います。
学年会については自分も酒を飲んでいたので、全裸になろうとした彼に格闘技の如く抱きついて力尽くで止めたことの代償は大きく、その後非常に苦しい思いをしたという記憶があります。
彼と飲みに行く際は気を付けて下さい。

さて、私達は前節昇格を決め現在自力で優勝を決めることが出来る状態にあります。
最終節何としてでも勝利し念願の2部リーグ優勝を決めましょう。

私はソッカー部で色々なことを経験させていただきました。
ピッチ内、ピッチ外、良いこと、悪いこと様々な経験をすることが出来た4年間です。
関わって下さった全ての人々への感謝の気持ちと自分へのメッセージも込めて最後のブログを書きたいと思います。
そこで引退するに当たり心の中に秘めてきたこと(かなり多くあるがその一部)や現在の自分について共有させていただきたいです。
何か感じていただけたら幸いでございます。

「信頼出来るのは誰ですか」というアンケートを採ると自分は上位に来るだろう。
だからリサーチも主務もやらせていただくことが出来た。
自分を信頼して重役を任せてくれたことに感謝している。

1年次、サッカーに取り組みつつ、ピッチ外で迷惑はかけられないと誰よりも必死に仕事をした。
2年次、1年次に培った「塩木は仕事が出来る」というイメージを壊したくなくて護身の為に必死にリサーチの業務を行った。
3年次副務に就任した。
自分達の学年の色を話し合い、誰よりも姿勢で示せるということで自分が務めることとなった。
そして4年次に主務となった。

振り返ると周囲からはある程度「信頼」を得ることが出来ていたのだろうと思う。
しかし私はこの4年間自分で自分のことを「信頼」することが出来なかった。

それは何故か。

自分が一番求めていた、「サッカーで結果を出すこと」が出来なかったから。

仕事はある程度出来たかも知れないが、自分が一番求めていたことに結果で答えることは出来なかった。
一番大事な所で結果を出すことが出来ない人間だ。
そんな人間を「信頼」出来るはずがない。

2018年8月、菅平合宿にて本当に様々な幸運が重なって偶然Bチームに昇格させていただいた。
それまでは1.2年時のC2チーム、3年時上半期のDチームと最も下のカテゴリーでプレーしてきて、更に膝の負傷もあってプレーすら出来ない時期も少なくなかった自分にとっては大きなチャンスであった。

それからというもの、より一層その日その日に集中してサッカーをすることが出来て、日に日に上達していくことが自分でも感じられた。
このチームの顔であるトップチームをより意識することも出来た。
下のカテゴリーの選手には絶対に負けてはいけないという責任を持ってプレーすることも出来た。

しかし、自分が目標としていた所へ辿り付くことが出来なかった。

2019年9月4日、過密日程の為ターンオーバー方式で臨んだIリーグ城西大学戦でもずっとウォーミングアップをしているだけで出場機会はなかった。
自分なりに全体練習や自主練習に精一杯取り組んできたつもりであったが、選手として慶應義塾体育会ソッカー部の力となれていないことは明らかであった。
老害とはこのことだ。
情けない。

高校まで走ることしかしてこなかった俺だけれど、こんなにサッカーが出来る様になったよ、と日頃から気に掛けてくれる親や中高のチームメイトに見せてあげる機会を作れずに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

その様な選手がBチームに所属していると「あいつは主務だから」「塩木さんだから」という声が聞こえてきそうだ。
実際にCチームのサブが慶應義塾高校と練習試合をして敗れた際、「あの人がBチームにいるからCチームの良い選手が中々Bチームへ昇格することが出来ない」という発言があったという話が耳に入った。

「だから何だよ、ベクトル外に向けるなよ」と思ったが、考えてみるとそう思われても仕方ないと感じる自分がいた。
「俺がいることで迷惑をかけていないだろうか」「技術的にはDチームの選手以下だよな」ということが頭に浮かぶ。

そういう批判を気にする必要はないことは承知していたが、いかんせん結果を出せていなかった自分を信頼することが出来ていないので気にしないことは難しかった。

サッカーをしている時は集中出来るから問題ないがチームと向き合う時はこんな俺が主務で良いのかということがどうしても頭をよぎる。

このことは非常に苦しかった。
主務とはいえ選手と兼任であり、選手として結果を出さなくてはならない中で結果を出せず、主務としての活動の中で生まれる葛藤。

どんな仕事よりも寝不足よりも走り込みよりも遙かに苦しい。
自信を持って主務となったはずだが、色々な人の意見や視線が自分に対する攻撃の様に思えてしまう。

それまでLINEの文末は必ず「。」であったが、明るい雰囲気を作る為に一部の人に絵文字やスタンプを使う様になったのはこの頃からだろうか。

姿勢で示すことが出来るということで主務になったが、結果の出ない姿勢には何の意味もない。
ただの自己満足だ。
自分は主務で多くの仕事をする上に誰よりも練習していると勝手に思うことで自分は成長出来ていると思い込みたかったのかも知れない。
そして今の自分が存在する。
それが紛れもないソッカー部に於ける4年間の結果だ。

そんな中でも何とかやってこられた(と言って良いのか分かりませんが…)のは、友峰さん、高橋さん、大俊さん、三浦さんをはじめとする社会人スタッフの支えや喝、更には闘う学生スタッフの姿があったからだ。

海徳が誰よりも熱くチームを引っ張る姿、やつが模範的な姿勢で周囲に感動を与える姿、ハナテンが一切隙のない仕事ぶりやアップのオーガナイズで勝てるチームの雰囲気を出す姿、角が選手と監督の間に入り自分の立場に悩み苦しみながらも勝利の為にもがく姿、隅が平日のBチーム練習を仕切り、我の強い選手達とチームを作っていく姿、なべしゅんが学連と選手を両立して(皆が思っている以上に大変です)Iリーグでチームを勝利に導く姿。
勿論スタッフ以外の部員からも多くの刺激を貰った。

更には首位で優勝争いをしてくれているソッカー部に助けられた。
ピッチに立っている選手達、スタンドで熱い応援をしてチームを鼓舞する部員達。

自分は何も貢献出来なかったが、リーグ優勝目前のチームの主務でいさせてくれたことに感謝したい。

その様な姿を一番近くで見てきて俺はどういう状況でも自分がやるべきことをしっかりやろうと思えた。

逆に自分がどういう状況でも与えられたやるべきことをやらずに逃げ出すのは相当ダサいなというマインドは持てていた。

自分の憧れはその様な人間ばかりだ。

「苦しい時に人間の真価が問われる」
このことを中学生の頃、指導者の影響で意識し始めた。
上手くいかない時にどう振る舞うことが出来るか、置かれた状況をどう捉えることが出来るかでその後は大きく変わると信じたい。

俺は何の為にサッカーをやっているのだろうか。
姿勢で見せる為にボールを蹴っているのか。
塩木は姿勢で引っ張れるからと信頼して主務にしてくれた同期の為に自主練習をやっているのだろうか。

この様に振り返ると「サッカーが好きか」という問いに「大好きです」と目を輝かせて答えることが出来ないのではと思われるかも知れない。
確かにそういう時期もあった。
しかし、プレーが出来なくなるという現実を間近にした今、紛れもなくサッカーが好きだと言える自分がいることに気付いた。
今後の人生に於いて選手としてプレーすることはないが、サッカーを辞めることは絶対にない。

将来、俺がこの文章を見返した時にあの頃の全てが現在の糧になっていると胸を張って言えることを信じて。

最後までお読みいただきありがとうございました。
そして皆、冒頭でも述べた様に、最終節にしっかりと勝利し自力で優勝を決めよう。
最高の形で今シーズンを締め括ろう。

最後のブログは主将佐藤海徳です。
文中にもある様に熱くチームを引っ張り、誰よりも厳しい姿勢でチームに向き合うカピターノです。
「有言実行」という彼が提案した今年のスローガンは驚く程チームを活性化させていて流石だなと感じております。
度重なる負傷にも負けずその度に強くなって帰ってくる不死鳥の様な彼のブログに期待しております。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「拝啓 未来の自分へ」(奥山大)

2019.11.20

奥山拝啓 未来の自分へ

引退を間近に控えた今、
未来の自分に手紙を書くことにした。
大学4年間で考え抜いたことを、自分に言い聞かせるためだ。

この手紙を読む未来の自分は、どこで何をしているのだろう。
価値観も夢も変わっているかもしれない。青臭い表現を鼻で笑うのかもしれない。でも、こんな考えを持っていた自分がいたということを、どうか忘れないでほしい。

「夢中の世界、努力の世界」
大学サッカー界はいつも「なぜ」に溢れている。
留学に行く友人を見て、サークルで遊ぶ友人を見て、起業した友人を見て、勉強を極めるあの人を見て、この部を辞めていく仲間を見て、ESの「学生時代に最も力を入れたこと」の欄を見て、ホコリを被ってしまった少年時代の写真を見て、そして今の僕は考える。
「なぜ大学サッカーなのか」
僕にとっての理由は、「怪我で途絶えた選手生命を、アスリートを支えることに使いたい」だった。半分本当で、半分嘘みたいな言葉だ。結果を出したいのは本当で、でもこれといったシンプルな動機は、どこを探しても見つからなかった。だから、自分の存在意義を話すMTGでは、本気ではない綺麗事で弱い自分を守っていた。悔しくて、寂しくて、でも何をしていいかわからなくてよく泣いていた。
「なぜ大学サッカーなのか」
この答えを探し続けて4年、結局自分が納得のいく答えは見つからなかった。なぜなら、僕は夢中の世界から、努力の世界へとやってきたからだ。
夢中の世界は時間軸が存在しない。極論、報われる必要なんてない。楽しさがリターンで好きなことをやれているだけで幸せだ。
努力の世界では、「犠牲」を対価に「成功」を手にする取引が行われている。目標を達成するために努力をし、プロセスは常に結果によって評価される。もし結果が伴わない時、なぜ報われなかったのか、という言葉にならない後悔が残ってしまう。努力では辿り着けない領域に存在する才能を見たとき、絶望する。
「好き」「楽しい」という感情だけでやっていたサッカーに、どうせなら何かを成し遂げたい、という感情が伴うようになった。こうして、僕は夢中の世界から、努力の世界へと移り、「あれ、そもそもなんで大学サッカーを選んだんだっけ?」という理由探しを始める。努力の世界で初めて気がついた、ちっぽけな理由。でも、そのちっぽけな理由がたくさんの出会い、学び、景色をくれたことに間違いはない。僕の4年間はそう言っている。
だから未来の自分へ。何か上手くいかなくて落ち込んだときは、思い出して欲しい。何かを成し遂げることではなく、悔しくても諦めたくないほど大切なものがあることが本当の幸せであること。そこに大げさな理由なんていらないということ。

「もし僕の持っているものが僕を意味するのなら、また僕が持っているものを失ったら、一体僕は誰なのか」
高校サッカーの最後の試合をもって、自分の人生からボールとゴールが消えた。その時にこれまでの自分は、スコアボードでしか自分の人生を評価してこなかったことに気がついた。これから人生の幸せをどのモノサシではかればいいのだろう。ピッチの外に出て初めて、キックもドリブルもトラップも、価値を持つのは全てピッチの中だけと気がついた。いつか終わりが来ることが分かっていた世界で、自分以外の誰かに勝つためだけに生きていたから、自分にとって何が幸せか、何が大切か、さえも見失っていたんだ。
今シーズン積み上げてきた勝ち点44
早慶クラシコの来場者数や協賛金
SNSのフォロワーやいいねやリツイート
TOEICの点数や学校の成績
それらが全てなくなった時、私に残るものはなんだろう。
4年前に自分の人生から、サッカーゴールや審判や倒すべき明確な敵がいなくなった時のように、今上述した数字で測れるものが失われた時に自分に残る価値はなんだろう。
だから未来の自分へ。何かに熱中している時は、思い出して欲しい。人生に永遠なんて存在しないということ、そして幸せのモノサシは自分の中にしっかりと持たないといけないということ。

「何かを変えたいなら」
こんな自分を変えないと、と必死に考えた。
大学生になったら、地元を離れて上京したら、慶應に入ったら、自分は変われる。そう思った。でも、入学して気がついた。変わったのは、環境だけだったということ。何かを変えたいなら、真っ先に目を向けるべきは自分だということ。
大学一年生はこの間までは高校生、一部昇格を決めたチームも今年までは二部リーグのチーム。
上級生になったから?社会人になったから?ソッカー部に入部したから?一部に昇格したから?それで変わったと呼べるものは自分の一番外側についた名札だけで、中身が一瞬で変わることなんてないんだ。そんなに人生は甘くないんだ。
だから未来の自分へ。役職や立場、環境が変わるたびに問いかけてほしい。変わったのは外側のラベルだけではないのか、自分自身に大きな変化を起こすことが出来ているのか。外側のラベルだけで何かが変わったと思ってしまう自分でいいのかと。

「人を幸せにしない努力」
大学2年の夏。地元・青森からある先輩が東京に遊びに来る時に、アパートに泊まらせてくれとお願いされた。当時の私はよく、仕事の忙しさを理由にプライベートの人間関係を大切にできていなかったと思う。この日も、仕事があるので先に家に帰っていてくれとLINEを入れた。別に大した仕事なんてなかったはずなのに。別日にやることだって出来たはずなのに。深夜、家に帰ると先輩はもう寝ていて、テーブルを見ると1本の高いお酒があった。
そこでやっと気がついた。
こんな後輩にお酒を買っていろんな話をしようとしてくれた先輩の優しさに。
目の前の仕事を消化する安心感と自分を大切にしてくれる存在を天秤にかけて、前者を優先した自分の愚かさに。
「俺を支えてくれる人の為に頑張っていたはずが、気が付いたら頑張れば頑張るほど大切な存在との距離が遠くなっていく」そう思った。「仕事を優先した」なんてかっこいい表現は出来ない。大切な人からの応援を台無しにした僕は、そのお酒を見てただ泣くことしかできなかった。
だから未来の自分へ。仕事と成長、利己と利他の間で迷う時、忘れないで欲しい。自分を支えてくれた存在を忘れた人間が、誰かを支えることなんて出来ないということ。誰かの思いを背負うことのできない人間が夢を叶えた時、残るものは成果だけだということ。

「自分を否定することは、自分を創ってくれた人の想いを裏切ることになる」
これまでは努力は報われると思っていた。
だけど、実際はそうじゃない。埋もれる才能もあって、報われない努力がある。つじつまが合わないことだらけだ。大学に入って、それを痛感した。
何もかもがうまくいかない日々の中で、頑張る意味すら見出せなくなった。別にこれは特別なことじゃない。だってこれまでの成功の多くは、周囲の人のおかげだったから。頑張る環境を整えてくれる人、評価してくれる人、頑張れば報われることを見せてくれた人。その人たちのおかげで、僕は「努力が報われる」と思えていたんだ。上京して、うまくいかなくなった時、
両親、学校の先生、部活のコーチ、近所のおじさん…
「偉そうにして、こいつらは何も分かってない!」と勝手に決め付けていた大人の顔ばかりが浮かんだ。その人たちが、僕の人生の当たり前を支えてくれていたんだと思った。でも、その支えを失った僕は、かっこ悪くて、かっこ悪い自分が嫌で、いつも逃げたかった。
逃げ出そうとした時、たくさんの人が止めてくれた。
逃げ出した時、たくさんの人が追いかけてきてくれた。
失敗したはずの僕に、かっこ悪い僕に手を差し伸べてくれる存在を知って、その人たちが僕に期待しているのは成果ではなく姿勢なんだということを知った。何かを生み出すためではなく、僕らしくいられるために仲間がいるのだと思った。
だから未来の自分へ。何もかもがうまくいかなくて、疲弊し、孤立した時に思い出して欲しい。自分で自分の挑戦を否定するのは、自分を創りあげてくれた多くの方の想いを否定することと同じであること。その応援を受け止めるために、環境や運、失敗した時の屈辱を言い訳にせずに本気の自分であり続けること。

こうして手紙を書きながら、初めて気がついた。
自分の守備範囲を大きく超えてやってきた試練
自分の知っている言葉では表現できない喜怒哀楽
過去の自分では想像もつかなかった景色や学び
が、この4年間に詰まっていたんだということ。
そして、それらがいつまでも色褪せないものであってほしいと強く願う自分に。
未来の自分は、これを読んで何を考えるのだろう。

何度書き直しても、納得のいく文章を書くことができなかったこの部員ブログ。だけど、未来の自分へのメッセージなら、素直に表現できる気がした。
この4年間をずっと大切にできる気がした。

これから社会に出る。
スポーツ界よりずっと多様で、ずっと不条理な世界だ。その中で、今の僕には、本気で喜べて本気で悔しがれるまっすぐな心を持つ強さはあるだろうか。

あの時間違っていなければ気がつかなかった学びがあり
あの時間違った選択をしなければ出会わなかった人に出会えた僕の人生。
そんな間違いだらけの4年間を過ごして今思う。
世間が決めた勝敗とは無関係に、自分の人生を愛していたい。
胸を張って未来の自分に会いに行きたい。

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最後までお読みいただきありがとうございました。
部員ブログを担当させていただきました、4年の奥山大です。大学スポーツ界を代表する棋士である山田盛央名人からのバトンをお預かりしました。名人は、サッカーや将棋だけでなく、日本酒、ゴルフ、読書などと多趣味です。よく自炊もしているとのことで、同じ一人暮らし勢としては自炊をしない言い訳ばかりが上手くなっていった自分をとても恥ずかしく思います。

最後の部員ブログのテーマに選んだのは「手紙」でした。
この手紙は、私のソッカー部生活を象徴するものです。何かの答えに辿り着いたわけでも、何かを成し遂げたわけでもないけど、沢山の後悔や未練の先にありえないと思っていた奇跡がありました。大局的に見ると大きな変化があり、近視眼的に見るとかけがえのない一瞬を確かに過ごしていたということ、そしてこれらは他の誰の人生にも起こることのない私だけのものであるということを、これから卒部後に生きる人生の果てしなさと共に、このブログで表現出来ていたら嬉しいです。これがブログにふさわしいのかと葛藤する自分もいますが、書き残したことはもうありません。

最後になりますが、
大学4年間、何者でもない私が身の丈に合わない挑戦ばかりを繰り返してきました。にも関わらず、その過程を支えてくれた全ての皆様、本当にありがとうございました。まだまだお返しの出来ていないご連絡、ご報告、お誘いがあり恐縮続きではございますが、皆様方への最大の敬意と感謝を申し上げて、最後の部員ブログとさせていただきます。

さて、次回このブログリレーのバトンは主務・塩木康平に渡ります。
彼は本当に頑張り屋さんで、彼と話す度に「俺はもう一度人生をやり直しても、この領域には辿り着けないだろうなぁ」と思うぐらい「数々の限界に挑戦してきた人生経験」が表に出ています。学年会で全裸になろうとした酔っ払いの奥山を必死に止めてくれたこともありました。(結果的にパンツ一枚までで留まることが出来ました。)
チームの先頭を走り続けた彼のブログ、奥山も皆様と一緒に心待ちにしたいと思います。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「4年早慶戦を終えて」(山田盛央)

2019.11.19

山田平素より大変お世話になっております。グラウンドマネージャーの角からバトンを受け取りました、総合政策学部4年の山田盛央です。角が書いた紹介文に対する反論を4年ブログで書こうと思いましたが、すんでの所で思い留まりました。彼とは同じ日吉住みということもあり、1年の頃からとても親しくしてもらっています。昔は山田(岐阜出身)、角(福岡出身)、福本(愛媛出身)の地方3人組でよく飲みに行っていたものです。しかし最近はそういう機会もめっきり少なくなってしまいました。また是非飲みに行きましょう!
ソッカー部最後の大切なブログに、父親譲りの「呑んべえ」的発言から入ってしまったことを後悔しながら始めたいと思います。

4年早慶戦を終えて。

11月13日早稲田大学グラウンドにて、毎年恒例の4年早慶戦が行われた。週末に関東リーグを控えたトップチーム数名の選手はこの4年早慶戦には出場せず、他の4年生のサポートに回った。私もそのメンバーの一人だった。1年の頃から毎年、4年生の引退間際に行われているこの4年早慶戦だったが、正直自分の中では「お遊び」、「お祭り」の様な印象があり、この試合に懸ける意気込み等は微塵もなかった。しかし、そこで繰り広げられた闘いはそんな生温いものではなく、自分の心が激しく揺さぶられる程熱く、素晴らしいものだった。

「モリオってほんと下のカテゴリーの選手と関わらないよね」
何度これを言われただろう。高校時代にも言われていた気がする。
でも確かにその通りだ。私は元々社交的な性格ではないし、1年時からA.Bチームでしかプレーしたことがなかった為、必然的に下のカテゴリー(C.Dチーム)と練習時間が被ることはなかった。3年に上がって以降はずっとトップチームだった為、2年の終わりまでにBチームに上がっていた選手以外とは殆ど一緒にサッカーをしたことがない。いつもトップチームの同期と一緒にいた。
そんな自分が当初(と言っても最近までそうだったが、)思っていた下のカテゴリーの選手への印象はこうだ。「絶対に自分の方が真剣にサッカーをやっている。」「サッカーに対する熱量で負ける訳がない。」そう信じて疑わなかった。

私が2年生の頃こんなエピソードがある。
私はこの年、10ヶ月程あるシーズンの内の7ヶ月を怪我でプレー出来なかった。練習に復帰しては痛みが再発し、それを何度も繰り返した。シーズン当初はトップチームのスタメンの位置にいた私だったが、春過ぎからずっとBチームのパラとして過ごしていた。本当に苦しいシーズンだった。
そんな私も、秋頃になると回復し、徐々にBチームの練習に参加出来るようになった。そして久々の試合。相手はソッカー部のDチーム。BD戦だった。復帰したての私は最後の15分から20分程度しか出場しなかった。相手のDチームにはそれまで関わりの少なかった同期が数名いて、マッチアップとなった相手は永澤、隅谷だった。(あまり正確な記憶はない。)
久々の試合で心が躍ったが、正直試合に出てみると何か「物足りなさ」を感じた。何ヶ月もまともにプレーしていなかった自分が15分程度出場しただけで2ゴールを記録し、8割位のスピードで裏に抜け出していたつもりでも、何度も容易にDFの裏を取ることが出来た。試合後マッチアップしていた永澤の感想を誰かから聞いたが、「モリオが目の前から消えた。。」と言っていたらしい。「消えてないよ。」
この時私の中のDチームの印象(絶対に自分の方がサッカーに真剣に取り組んでいる)は動かし難いものとなった。

時は流れ、2019年11月13日4年早慶戦。
2年当時Cチーム以下のカテゴリーに所属していた選手を中心にメンバーが組まれていた。一方、早稲田はというと関東リーグにも出ている様な選手が多く出場していて、試合開始前から「この試合は厳しいな。」と一人思っていた。しかし試合が始まると両チームとも好プレーの連発。そしてその熱は私が想像していたものを遥かに上回るものだった。

平方の気迫溢れるディフェンスと欧州リーグさながらの激しいジェスチャー。
永澤のカバーリングとスーパーなロングフィード。
よしきの左サイド1対1での好守備。(ゴルフ以外も出来るんだな。)
かけるの早稲田DFを切り裂く圧倒的なスピードドリブル。
小島を中心とした流れるボール回し。
体格の良い早稲田DFに一度も競り負けなかった晴斗のヘディング。
相手に囲まれても簡単にボールを取られない佐々木。
(他にも色々あるけどこの辺りで切り上げます)

「皆こんなに上手かったの。」「どれだけ成長してるんだ。」と内心驚いた。
そして何よりも、4年生皆が持っている「サッカーに対する情熱」「ソッカー部としてのプライド」に強く心打たれた。
自分が今まで抱いていた印象は全く違っていたことを引退2週間前に思い知らされた。

4年ブログを読んでいると、全ての選手に濃密なドラマが存在していたことを痛感する。むしろ上のカテゴリーに中々上がれない、試合に出られない下のカテゴリーの選手の方が、苦しみ、もがき、挫折を繰り返していたのではないかと感じる。正直今は、当時下のカテゴリーにいた選手より「自分の方が4年間サッカーを頑張った」等ということは決して言えない。いや、むしろ下のカテゴリーにいた選手の方が大学4年間で成長したに違いない。
サッカー選手としても。人としても。
試合に出られない中でも必死にチームへの貢献の仕方を考え、行動し、サッカーに集中しにくい環境下の中であれだけ成長したのだから。

この数日で私はこの代がより好きになりました。本当に最高の代です。心の底からそう思っています。
だから私は皆の思いを背負い、全力で関東リーグ2部優勝の栄光を勝ち獲りにいきます。
この代で絶対に獲りたい。
ラスト1試合。全力で相手を倒しにいく。足が折れたって構わない。最後にぶっ倒れる位、走って、走って、走る。

自分がソッカー部にいる存在意義はそこにあるから。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は“早慶戦に命を懸けた男”、奥山大です。
圧倒的女社会であるマネ部屋の中で彼が何を思い、どんな行動をしてきたのか。今ではソッカー部外からも絶大な信頼を得ている彼のブログに注目です。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「本音」(角晋太郎)

2019.11.18

角いつもソッカー部を応援して下さり誠にありがとうございます。

マネージャーの桑原からバトンを預かりました、総合政策学部4年、肝据わり人間・角晋太郎です。確かに私は大抵のことでは動じない様に見えるかも知れませんが、実は単純に危機が迫っていることに気付いていないだけの場合がありますので、ご注意下さい。
それでは早速ブログを始めさせていただきます。

「ピクピク…ピクピク…」
2019年8月30日、チームメイトが阪南大学と戦うグラウンドの脇で、私は一人仰向けで痙攣しながら意識を朦朧とさせていました。
グラウンドマネージャーという役職を任せてもらって2年目、選手という立場を離れ、実戦から遠ざかっていた私にとって、夏の試合に出場するということは、あまりに高いハードルでした。
この日は神戸定期戦前日。夏場の遠征で帯同メンバーが少なく、選手に休んでもらうという目的もあり、私は急遽試合に出場することになったのです。ポジションはCBでした。

前半25分のこと。相手の抜け出しに付いて行ってフルスプリントをした後に、明らかに身体に異変が起きたのを今でも覚えています。手足が鉛の様に重くなり、身の危険を感じました。このままでは本当にまずい…。最悪の事態を覚悟した丁度その時、淺海監督が私を呼ぶ声が遠くの方で聞こえました。
これでようやく交代出来る…。
安心してピッチを離れようとした次の瞬間、投げ掛けられた言葉は私の想像を遥かに超えるものでした。

「ポジション上げてボランチに入って」

_________そこから先の記憶はありません。

私はこの時、サッカーというスポーツの恐ろしさを知った気がします。

ソッカー部の歴史に刻まれた、この「角ピクピク事件」以外にも、私はグラウンドマネージャーを務めさせて頂いた2シーズンで、沢山の恥ずかしい経験や失敗をしてきました。
ここからはその失敗とそこから考えたことを綴らせて下さい。

私は基本的に落ち込まず、楽観的な性格です。多少嫌なことがあっても翌日には忘れるし、そもそも気付いていないことも多々あります。周りの状況に関わらず、いつも元気にKnowsを同期している僕の姿を見て、皆さんもその様に感じているのではないでしょうか。これは生まれ持った性格であり、自分のそういう所は結構気に入っています。
しかし、サッカーに於いてはそう割り切れることばかりではありません。TOPチームで試合に出ることを目標に努力している選手同様、私にとってもサッカーは生活の全てであり、ありとあらゆる情熱を懸けてきたものです。仕事でミスをしてしまった時には酷く落ち込み、自分を責めまくりました。しかもミスのレベルがめちゃくちゃ低い。私は人前で落ち込んだり、弱音を吐いたりすることが苦手なので、そんな時にはレンタカーを借りて、深夜ドライブを決行します。その車内で自分の気持ちに整理をつけ、翌日の練習までには何とか前向きな状態を作るということを繰り返しました。この機会なので正直に言うと、自分が何をしたら良いのか本当に分からなくなり、退部を真剣に考えたこともあります。
失敗が多すぎる月には、深夜ドライブが増えたことが家計に甚大な被害を与え、電気代を払えなくなるという衝撃の事件まで飛び出す始末でした。

サッカーを辞めて、その分チームの為に動き活躍すべき自分が、その役割を十分果たせていないという現実は、今でも常に自分の頭の中を巡っています。

その状況の中で、何とか前向きにやってこられたのは、二つの支えがあったからです。

それは、僕を指導して下さる方々への感謝と、仲間への愛情です。

まず、指導して下さる方々に関して。
自分を客観的に見て、本当に指導者泣かせな人間だと思います。気付かないし、覚えていない。ここは気付いて欲しいと思う所もスルーしているだろうし、一回言われただけでは身に付かないことも多いです。そんな自分に対して、根気強く高い基準を求め、本気の基準を教えて下さった、友峰さん、高橋さんを始めとする社会人スタッフの皆様。本当にありがたく思っています。まだまだ求められているレベルには達していないかと思いますが、最後の日まで成長出来る様精進していきたいと思います。

そして、愛する仲間に関して。
俺は皆のことが大好きです。個人名を挙げたらキリがないけど、皆が楽しくサッカーを出来ること、サッカーが上手くなること、試合に勝つこと、目標を達成することを心から願っています。練習中、試合中、俺は結構静かに見る方かも知れないけど、内心めちゃくちゃ感情が揺れ動いていて、チームが負けたり失点したりしたらめちゃくちゃ悔しいし、結果が出ずに苦しんでいる選手が点を取った時なんかは飛び上がって喜んでいます。心の中で。最近では草野が関東リーグにデビューした時、泣きそうになりました。
皆の頑張りや努力が俺の力になっているし、皆にとって俺もそういう存在になりたいと常々思います。

今難しい状況にある人達へ
俺から何かを教えたり、解決策を提示したりなんて生意気なことは出来ないけど、最後まで一緒に戦おう。拓海もブログで言ってたけど、今ある状況がどれだけありがたいことなのか、どれだけの人のお陰で自分がここにいられるのか理解出来れば、力が湧いてくると思うし、一緒に戦う仲間もいるはず。そして何より、サッカーが大好きな自分の為に、毎日最大限の努力をしよう。

最後に
俺は皆と絶対に関東リーグ2部優勝を成し遂げたいです。試合に出るメンバーは勿論凄く重要な役割を担うけど、優勝にはソッカー部員全員の力を集結させる必要があります。綺麗事ではなく、部員一人ひとりに出来ることは、本気で探せば物凄く多いです。
ラスト一週間、あと一試合。ソッカー部の持てる力を全て出し切って、優勝しよう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次のブログは、山田盛央が担当します。一日に一升瓶2本の焼酎を飲み干す肝臓の強さ、その野性的な外見に裏打ちされた圧倒的なフィジカル能力、将棋に於いては数十手先まで読み切る洞察力(ちなみに初段)、そしてTSUTAYAに入って真っ先に興味を示すのがトイストーリーという可愛らしさ。人間的魅力の宝庫とも言える、慶應が誇るアタッカーは一体どんなブログを書き綴ってくれるのか。私も今から楽しみで仕方がありません。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

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