オフィシャルブログ

見たこともない景色(岩崎湧治)

2018.11.19

岩崎2今回のブログを担当します商学部4年の岩崎湧治です。4年ブログリレーのバトンをちびれおこと小山怜央から渡されたことに、何かの縁を感じています。同期のみんなが書く素晴らしいブログの数々。それによって、4年間の様々な出来事が思い出され、大変感慨深い気持ちになっています。
引退を1週間後に控えたこのタイミングでブログが回ってきたこともあり、私は、私の人生に大きな影響を与えた「サッカー」そのものと向き合ってみようと思います。

私は「キャプテン翼」の大空翼に憧れ、小学校にもサッカーボールを蹴って通い、サッカーボールと一緒に眠るサッカー小僧でした。(登校初日に先生に怒られ、禁止されてしまいましたが。)
サッカーは、いつも私のそばにいました。
幼稚園からずっと飽きることのなかったサッカーの魅力とは何なのでしょうか。

きっと、子供ながらに楽しかったからです。友達と共に心から笑い合える「なにか」であれば何でもよかったのだと思います。それが私にはサッカーでした。しかし、サッカーだからこそ、大学生の今に至るまで続けてきたのだと思います。
サッカーは楽しいものです。豪雨の中、残留争いの東洋戦で取ったゴール。試合に出られず苦しんでいた自分が活躍したことで、心から喜んでくれた同期。勝利の喜び、ゴールの歓喜の瞬間、サッカーには沢山の感動があります。

しかし、大学に入って多くの困難がありました。試合に出られない、試合に勝てない、サッカーは楽しいだけじゃないことを突きつけられました。プロサッカーを目指す自分にとって、人生の中心がサッカーの私にとって、それは苦しすぎる瞬間でした。深い泥沼の奥底にいるような感覚。ここから抜け出すことは出来るのだろうかと、何度も何度も悩み、もがきました。
しかし、この困難を乗り越えた時の景色を、私は一生忘れません。悔しさを知っているからこそ、喜びは大きくなります。簡単にいかないからこそ、強くなれます。サッカーは、私たちが苦しい時こそ何が出来るか、辛い時にそれをどう考えられるか、ということを教えてくれました。
サッカーという「なにか」がなければ、ここまで悩むこともここまで喜ぶこともなかったと思います。
本当にサッカーに感謝しています。

僕ら4年生は、1週間後には多くの人がサッカーを引退します。様々な辛いことがあって、何度も逃げ出したくなって、それでも大好きで続けてきたサッカーをやめることになります。
サッカーをやめても、僕はサッカーが大好きだと思います。どこか公園でサッカーをしてる子供達を見ると嬉しくなって、サッカーの話題になるとおしゃべりになって。
サッカー小僧だった僕は、いつしかサッカーが大好きな立派な大人になります。
僕の学生時代をサッカーに費やせて、僕は幸せでした。

夢とは、感動とは一瞬です。一瞬の喜びのために来る日も来る日も汗を流します。いつの日か来る、笑顔いっぱいの自分をイメージして走り続けます。
後輩たちには、ギア全開で走り抜いてほしい。途中でガソリンが切れても、ゴールまで届かなくても。思いっきり走り抜けて、死にたくなるくらいの苦難を経験して。そうして、僕らはサッカーを通して大人になっていくのだと思います。
苦難を乗り越えた先に見える景色は、きっと一生の宝になります。僕らが見たくても見れなかった景色を自らの手で掴んでください。

そして、最後に。僕らの主将松木が、来年からプロサッカー選手になります。写真は、僕がゴールを決めた時のものですが、松木がゴールを決めたかのように、満開の笑顔で喜んでくれています。
今度は僕の番です。松木が岡山で、日本代表で決めるゴールを心から喜びたいと思います。
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次回のブログは、誰よりも深い泥沼から這い上がった男「直木希翔」です。仕事で応援でチームに貢献し続ける彼らしさ全快のブログを期待したいと思います。

《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

生涯の友(小山怜央)

2018.11.18

小山怜平素より大変お世話になっております。部内外問わず男性を虜にする高橋美沙子よりバトンを受け取りました、ちびれおこと小山怜央です。

最近、私に対するオフでのイメージに大きな誤解があることが大きな悩みの一つとしてありますが、ペラペラと自分の話をしすぎてしまったこの4年間に対しての後悔が少しあるのと同時に、もっと深く追及されるべき人間がいるはずと思います。最後のブログで何を書くか最後まで悩みましたが、シンプルに私自身のサッカー人生を振り返らせていただきます。

4歳からの18年間、週1オフ、旅行や遊びもほとんど行かずに続けてきたサッカーが、遂にあと4回の練習と、関東リーグ1試合を残すのみとなりました。嬉しいような悲しいような不思議な感覚です。引退してからの生活が待ち遠しい一方で、生活からサッカーがなくなる自分への不安の方が圧倒的に勝ります。
私のこれまでのサッカー人生は、「常にギリギリ」そのものでした。身体が小さい、スピード、ドリブル、パワーどれをとっても人並み以下の私は、とにかく周りを見て、ギャップに顔をだし、簡単にボールをはたいて身体を当てられないようにすることで、なんとか乗り切ってきました。そのせいか一度も大怪我をしたことがありません。(決して闘っていないわけではないのです)
高校、大学ともに Aチームには所属しているものの、輝かしい結果や活躍を収めることは出来ませんでした。一度も目標にしていたことを成し遂げることは出来ませんでした。しかし、そんな私がサッカーを一度もやめたいと思ったことも、嫌いになったこともなかったのは、各年代のかけがえのない仲間が私を支えてくれたことにあります。サッカーが私に残してくれたものは、一生付き合っていく仲間、付き合っていきたい人たちに出会えたことだと思います。バディ、ジュスティ、桐蔭、ソッカー部のひとりひとりにお礼を述べたいところですが、割愛しますので、一言欲しい方はご連絡ください。

ソッカー部生活のほとんどをBチームでプレーしてきましたが、幸せなことにラストシーズンをトップチームとして過ごすことが出来ました。しかし、神戸定期戦と関東リーグ1試合の出場機会しか得ることは出来ませんでした。全員が毎週末の公式戦で活躍するために、日々練習をしていると思いますが、残念ながらスポーツでは、選ばれる選手と選ばれない選手が必ずいます。これは天と地の差です。前者は最高の応援のある舞台で最高の準備をし、活躍し、プレーすることが出来ます。後者は悔しい想いを抱きながら6時半練に向かい、ピッチ脇で応援です。毎日一緒に練習している同期や後輩たちがあんなにも遠くの存在に感じる瞬間はありません。あと一歩で出場することが出来ない、活躍することが出来ない、もどかしいという言葉そのものの一年でした。悪い時こそ何が出来るか、気持ちを切らさず次の準備が出来るか。そんなかっこいいことを言ってみたかったですが、私は正直100パーセントの準備が出来ていたわけではないと思います。弱い人間だと思います。そんな時でもだらしない自分を笑ってくれる同期や、いつも自分の話しかしない同期、共に死線をくぐってきた同期たちがそばにいてくれました。これからも末長く、宜しくお願い致します。

最後にはなりますが、この場を借りて、いつもお世話になっている両親に一言綴らせていただきます。22年間ほとんど我慢をしたことがないと言ってもいいほどに我儘に育ててくれてありがとうございました。日吉でのひとり暮らしを始め、なかなか結果がでない中でも、信じて応援し続けてくれたのは本当に支えになりました。私が出場する試合はすべて応援に駆けつけてくれる父親、ほとんど毎日(母が二日酔いの時はなかった)おにぎりを作ってくれた母親には、もっとゴールをたくさん見せてあげられなかったことがサッカー人生の後悔です。今現在、これまでにないくらいの心配をかけってしまっていると思うので、もう少しの間一緒に頑張ってください。宜しくお願いします。

次のバトンは、仙台の申し子、ソッカー部副将、岩崎湧治です。同じ日吉組、トレーニング仲間にもかかわらず私のことが嫌いだと言われ続けてきましたが、私はたじゅじのことが嫌いではありません。ただもっと仲良くなってみたかったというのが本心です。彼のブログに乞うご期待ください!

《NEXT GAME》
11月24日(土) 関東リーグ戦 最終節 vs神奈川大学
@柏の葉公園総合競技場 11:30キックオフ

原動力(高橋美沙子)

2018.11.16

平素は大変お世話になっております。KSS代表として子供達から大人気の鈴木将太よりバトンを受け取りました、経済学部の高橋美沙子です。プライベートを明かさないと言われましたが、それは将太が疑い深いからだと思います。笑 4年目なので、そろそろ私のことも信用してほしいところです。

ソッカー部生活も残すところあと1週間となりました。毎年、4年生ブログを読むのが大好きで、尊敬する先輩たちの熱い思いを読んでは4年生のために、と気を引き締めていたのがつい最近のことに思えます。マネージャーとしては何度もブログを書いてきましたが、個人として書くのはこれが最初で最後のブログになります。最後のブログは私が今思うことを素直に綴りたいと思います。

この4年間を振り返ると、嬉しいことも、悔しいことも、楽しいことも、悲しいことも、全てソッカー部での出来事です。それくらい多くの時間をソッカー部に費やしてきました。
私はこの4年間で一度、「努力は報われる」という言葉が嫌いになりました。総力を挙げて取り組んだ早慶定期戦は全敗、結局4年間で一度もシーズン開幕当初に掲げた目標を達成することはできませんでした。それに、マネージャーの仕事は決して楽なものではありません。早慶戦前は終電で帰れずに朝方まで下田にいるなんていうことはざらにありますし、下級生の頃は仕事が終わらなくて同期3人で夜遅くまでマネ部屋に残って仕事をしていたこともありました。2年生の時は1年間毎日のように学年ミーティングをして、選手と一緒にひたすらチームのことを考えました。そんな中で、思うようにいかないシーズンが続き、こんなに頑張っているのになぜ結果はついてこないのだろう、と思ってしまったことがありました。今思うと結果を求めるほど努力は足りていなかったのだ、と思うのですが、それでもソッカー部のマネージャーという選択を後悔したことは4年間で一度もありません。自分なりに、その理由を考えてみました。

1つ目は、この瞬間のために頑張った、と思えるような歓喜の瞬間の存在です。これは他の同期のブログでも時々述べられていますが、スポーツに携わっていると、何にも代えがたい瞬間に出会うことがあります。例えば、今年の早慶戦で同期の増田が先制点を決めた瞬間、3年生の時の後期法政大学戦で決勝点を決めた瞬間、2年生の時の最終節桐蔭横浜大学戦でインカレ出場が決まった瞬間、1年生の時の首位奪取をかけた専修大学戦での同点弾など、この4年間でたくさんの歓喜の瞬間を目の当たりにしてきました。この一瞬のためならなんでもできる、そう思える瞬間があることを知っていたからこそ、苦しい状況にも向き合ってこれたのだと思います。

2つ目は、応援してくださる方々の存在です。マネージャーとして仕事をしていると、保護者の皆様やOBの皆様、ソッカー部をいつも応援してくださる皆様に触れ合う機会が多くあります。リーグ戦の受付では、どんなに遠方での試合であっても足を運んでくださる方がいて、いつも温かい言葉をかけていただきます。リーグ戦で勝てない状況が続いている時こそ、多くのOBの皆様が応援メッセージを送ってくださいました。そんな温かい言葉にいつも励まされ、こんなに愛されているチームでの一員であるという喜びを感じることができました。普段は中々知る機会がないと思うけど、ソッカー部は本当に多くの人に愛され、支えられていると言うことを選手のみんなも知っていてほしいです。

3つ目は、尊敬できる仲間の存在です。決して簡単ではない仕事とサッカーを両立している主務副務、毎日練習メニューを考えて選手を管理するグラマネ、慶應の代表として仕事をしてくれている学連幹事、夜遅くまで残ってTOPチームのために相手校の分析を行うリサーチ、選手のために横断幕を作り、応援歌を考えてくれる応援部門、練習後何時間も自主練を続ける選手、オフの日も下田に来て練習する選手、大きい怪我をしても曲がらずに向き合い続ける選手、ここには挙げきれないくらい、ソッカー部には尊敬できる仲間がたくさんいます。私は常にそんな仲間の姿から刺激を受けてきました。みんなが喜ぶ瞬間が少しでも良い舞台であってほしい、自分がその舞台を作りたい、この思いが一番の力になりました。

この3つが、私を4年間突き動かした原動力でした。こうやって振り返ると、周囲の人に恵まれた、幸せな4年間でした。

最後に、私に関わって下さった全ての方々に感謝の言葉を述べてこのブログを締めくくりたいと思います。
いつも温かく見守ってくださった先輩方、いまだにマネ部屋を気にかけてくださるのがとても嬉しいです。どんどん頼もしくなっていく後輩たち、気づかないところでたくさん努力しているのを知っています。いつも支えてくれてありがとう。なんだかんだいつも一緒にいた同期のみんな、個性あふれるみんなが大好きです。どんなことも一緒に乗り越えた同期の真帆、由佳子、2人がいない4年間は想像できません。何度も助けてもらいました、ありがとう。そして何より、文句ひとつ言わずに何不自由なく好きなことをやらせてくれた両親には、感謝してもしきれません。中々面と向かって伝えることはできないけど、感謝の気持ちでいっぱいです。
多くの人のおかげで、かけがえのない4年間を過ごせました。本当にありがとうございました。

まとまりのない文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
次のバトンは、ソッカー部きってのテクニシャンこと小山怜央に渡ります。普段些細なことで私と喧嘩することも多いですが、なんだかんだ仲良しだと私は勝手に思っています。笑 テクニック溢れる彼の熱いブログに乞うご期待ください!

《NEXT GAME》
11月18日(日) 関東リーグ戦 第21節 vs立教大学
@立教大学グラウンド 14:00キックオフ

信じてみること(鈴木将太)

2018.11.14

鈴木将平素より大変お世話になっております。ボーリングピンのコスプレが最も似合う男であり、また学連幹事でもある飯塚から紹介に預かりました、環境情報学部4年の鈴木将太です。写真は彼のFacebookにありますので、お時間のある方は是非ご覧になってください。

さて、今回が最後のブログという事で、ソッカー部生活をはたまたこれまでのサッカー人生振り返りながら、感じたこと綴ろうかと思います。少し長くなりますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

私は元来、自信がなく臆病な人間です。サッカーを始めた小さい頃から常に周りは上手で、チーム内で下手に分類される選手でした。こんな言い方をすると今は違うのかと勘違いされてしまいそうですが、安心してください現在も下手くそな選手のままです。それでも指導者に恵まれ、周りより少し足が速い私の適性ポジションを見出してくれたおかげでなんとか試合に出ることができました。それは現在にも言えることです。ですが、試合に勝っても特段チームの役に立っていたわけでも、活躍していたわけでもありませんでした。その頃からか、私は自信が持てなくなり、自分を信じることが出来なくなっていたように思います。別の言い方で“謙虚”なんて言葉がありますが、これはとても綺麗な言葉で、実力がある人に対して使われて初めて意味を成すのではないでしょうか。このソッカー部での4年間を経て、サッカー人生の集大成を迎え、自分を信じることの大切さを学べたような気がします。正直時間がかかり過ぎた気がします。そんなこと当たり前だ、周知のことだと思う方は多いかもしれませんが、私は出来ていませんでした。題名とここまで話して、「あ、またこの話か」と思い始めた人もいるかと思いますが、今回はチームに対してではなく自分自身に対してです。暫しお付き合いください。

大学受験に失敗し、1年間の浪人期間を経て、早慶戦に憧れソッカー部の門を叩いた4年前、一番下のC2チームからのスタートでした。初めは、紅白戦を横目にリフティングと一周走の繰り返しでした。それでも現監督のとみけんさんの目に一瞬だけ止まりC1チームの夏遠征のメンバーに入るなんて事もありました。しかし、高校生に競り負けるなど振るわず、最終日の夜の人狼(会話と推理ゲーム)で「いやあ、嘘つきのセンターバックはいらないよ」と言われ、本当にその遠征を境にC2に落ちました。その後は先輩方が抜ける新学年のタイミングでカテゴリーを上げ、C1チームの一員としてIリーグ1部昇格や翌年の1部残留を果たしましたが、数試合に絡むものの特に貢献したなという記憶はありませんでした。それでも自分なりの努力は続けてきましたが、通じて言えることは、満足のいく結果が出ていない以上、これまで積み重ねてきた事、そして自分自身に自信が持てていませんでした。

そして迎えた最終学年。Bチームでキャプテンを任されるも、試合出場も少ない上に、なかなか結果が出ず、Iリーグ前期最下位で折り返すことになりました。やはり、ここでも私は一番下手くそで、それなのにキャプテンを務め、自信なんて全くなく、人を引っ張る資格なんてないと、恥ずかしながら悩んでいました。しかし、周りを見てみれば、怪我でサッカーが満足に出来ないながらも必死で復帰しようとするBチームの同期の姿がありました。それに、毎日私を後輩のように可愛がってくれる1〜3年生は曲がりなりにも私についてきてくれ、友峰さんは勝利のためにプライドを捨ててまで決断し、角はいつでも選手のために懸命でした。なんて言うとまた同期から、偽善だ、と言われるかもしれませんが、みんなの為に何よりもプライドの高い自分の為に、なんとかして残留という結果を残したいという思いの前では、くよくよ悩み自信を無くしている自分が馬鹿らしく思えました。
そこで行き着いた結論が、簡単ですが、自分を信じてみよう、でした。行き着いたと言うよりこれしかありませんでした。少し言い直すと「自分自身に対して肯定的な思い込みをしてみよう」です。これは就職活動を通じて感じたことでもあるのですが、自己分析では欠点ばかりに目がいき、自信を喪失しがちでした。そこで自己分析で気づいたことを肯定的に捉えてみる、あるいは多少違っていても、自分は理想に近づいていると思い込んでみるのです。すると案外腑に落ち、事が上手く進んだりしました。このように自分に対して肯定的な思い込みをすることをサッカーに置き換え、ちょっとした長所や得意なプレーに目を向け、些細な成功にも喜んでみるようにしました。すると少しずつですが自分に自信が持てるようになり、自ずと結果が伴ってきたように感じます。今までの私の「自信がない」というのは、自信というモノが欠落しているのではなかったのです。逆でした。自分で自分に対して否定的な解釈や思い込みをしているのが「自信がない」状態だったのです。「自信がある人」とは、「自分はできる」という思い込みをしている人。「自信がない人」とは、「自分はダメだ」という思い込みをしている人。この違いだけなのです。この両方とも「思い込み」なのです。決して、うぬぼれや傲慢になれと言っているのではありません。積み重ねてきたことを、自分のことを信じてみるのです。この気づきのおかげで、結果的にチームを残留に導くことに多少なりとも貢献できたのかなと自負できています。
後輩の中には、こんなこと必要ない選手も多いと思います。ですが、上手くいかないな、と感じたら、自然と私のような「自信がない」状態に一時的に陥っているのではないかと思います。そんな時は、自分を信じ、思い込みを変えてみてください。少しずつですが自信が持てるようになり、プレーも変わってくると思います。

最後に、これまで一番近くで私を支え続けてくれた両親への感謝の言葉で締めくくりたいと思います。普段はどこか恥ずかしく面と向かって言えませんが、何不自由なくここまで育て、好きな進路に進むことを許し、文句の一つも言わずに私を支え応援してくれて、ありがとう。もっともっと試合に出ている姿を見せ、恩返しをしたかったな、と多少の後悔が残っています。

纏まりがなく、拙い文章でしたが、最後までお付き合いいただき有難うございました。

さて、次に私がブログを託すのは我らがねえさんこと、高橋美沙子です。なかなかプライベートを明かさないみさこ、どんなブログを書いてくれるのでしょうか、同期後輩一同、期待しています。

《NEXT GAME》
11月18日(日) 関東リーグ戦 第21節 vs立教大学
@立教大学グラウンド 14:00キックオフ

自分を知る(飯塚寛人)

2018.11.13

飯塚平素より大変お世話になっております。法学部政治学科4年、学連幹事の飯塚寛人です。
高校時代からの盟友であり、今ではパーマが欠かせなくなったリサーチの最古参、メロスこと佐藤隼人からバトンを引き継ぎ、ブログを担当致します。
はじめに、一昨日の4年生早慶戦に来て下さった方々、応援してくれた後輩達、ありがとうございました。最後に最高の雰囲気の中、宿敵早稲田と試合ができたこと、何にも代えがたい思い出となりました。ついにそんな4年生早慶戦まで終え、リーグ戦も残すところあと2節。ブログリレーも終盤に差し掛かかり、引退を間近に感じます。これが私にとってはこれが3度目のブログとなりますが、今回はこの1年で得た「気づき」について綴りたいと思います。長くなりますが、最後までお付き合い頂けますと幸いです。

私がこの4年間何度も耳にした言葉の一つに「自覚」という言葉があります。ソッカー部員としての自覚、上級生としての自覚、20歳を超えた大人としての自覚。様々なシーンで誰かに問われるたび、自分ごとではない、自分は大丈夫だ、きっとそんな風に心のどこかで思い、気に留めることすらしなかった言葉でした。しかし、こうしてブログを書くにあたって自らの4年間を客観的に振り返ってみると、この「自覚」こそが私自身に最も足りていなかったものなのではないかと思うのです。
広辞苑で「自覚」という言葉を引いてみると、
「自分のあり方をわきまえること。自己自身の置かれている一定の状況を媒介として、そこにおける自己の位置・能力・価値・義務・使命などを知ること。」
とあります。これは私なりの解釈ですが、つまりは自分自身の立場で何ができ、何ができず、また何をしなくてはいけないのかを理解していること。そして、それを行動に起こせること。これこそが自覚であり、それができる人こそ自覚を持った人なのではないでしょうか。
しかし私はそうあることができませんでした。本来地道に一歩ずつ積み重ね、苦しい時こそ泥臭く前に進み続けなくてはいけないはずだったのに。いつしか努力と呼べない程度の頑張りを努力だと自分自身に言い聞かせ、体裁ばかり気にしてスマートに格好付け、うまくいかないことがあると本当はこんなはずじゃないと等身大の自分から目を背けていました。そしてようやくそれに気付けた時には、もう目標としていたものは目標にできないくらい程遠いものになっていました。期待してくれていた人、応援してくれていた人には申し訳なく思うと同時に、心から自分自身を情けなく思います。後悔は数え切れません。
ただ一方で、こうして自らの4年間を悔い、反省できるだけまだ幸せだとも思うのです。多くの同期がすでにブログで語ったように、プロになるわけでもない私にとってこれから大事なのはサッカーが上手いか下手かではなく、サッカーを通し、この4年間を通して何を学び、それをどう活かせるかということであるならば、私にとってこれらの経験は学びでしかなく、今後に活かすほかないと考えることができます。むしろ今気づくことができてよかったとさえ思えます。これまでの時間も、これから倍以上続くであろう長い人生のイニシエーションであったと思えば、少しは気が楽になるものです。そういうことで自分を納得させたいだけなのかもしれませんが。

もちろん、私の大学サッカーが結果として大失敗であることには変わりありません。結果が全てと言われればそれまでです。目標のたった一つも叶えられていません。多くの後輩には、結果を一番に追い求めて欲しいと思っています。学連幹事としてチームの力になれていただなんて露程も思えません。それでも、ここでの4年間は必ず自分の糧になったと信じて疑わない自分がいます。いや、糧にしなくてはいけない。そのために私はもう少しだけ自分と向き合い、次のステージに向けて準備したいと思います。

最後に、選手、マネージャー問わず慕ってくれる後輩、いつまでも刺激であり続けてくれる同期。ありがとう。同期が僕に与えてくれた学連という場所でも、出会いに恵まれました。馬鹿話で笑い合える後輩、尊敬できる永遠の宿敵の同期、それに登録部のメンバーは最高です。これまで僕を可愛がってくれた先輩の方々もありがとうございました。全ての出会いに感謝し、残り少ない時間を大切にしたいと思います。

拙い文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。このブログがもし誰かに考えるきっかけを与えられたとしたらそれ以上のことはありません。特に後輩達、これだけ沢山の部員がいるソッカー部ではきっといい思いができずに終わる人ばかりだと思う。けど、引退間近になって目標は叶わなかったけど学びは多かったなんてブログを書くのは本望じゃないはず。みんなを応援しています。

次にブログを担当するのは、ベテラン長身CBの鈴木将太です。彼の自宅と、洗いきれていないコップには何度もお世話になりました。熱い思いが込められたブログに、乞うご期待です。

《NEXT GAME》
11月18日(日) 関東リーグ戦 第21節 vs立教大学
@立教大学グラウンド 14:00キックオフ

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