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“Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.”(鈴木大勇)

2018.10.30

鈴木大2タケ、紹介ありがとう。
タケとの思い出は数え切れないほどあります。例えば、、、、、

平素より大変お世話になっております。
このブログを担当するのは、経済学部の鈴木大勇です。

“Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot”

この言葉は今年に入ってから、いつものようにネットで記事を読んでいるととあるインタビューの中で紹介されていて知りました。まさに自分のソッカー部での四年間にも通じていると思ったので、今回のブログではこの言葉を私の四年間と重ね合わながら紹介していこうと思います。

この言葉は説明するまでもないかもしれませんが、”人生は近視眼的に見ると悲劇であるが、遠巻きに見れば喜劇である”ということを言っています。喜劇王として知られ、私も尊敬するコメディアンであるチャップリンの言葉です。

とはいえ、私のソッカー部での四年間において悲劇とまで感じたエピソードを例として多く挙げることは難しいかもしれません。

私が一年生、二年生のとき、私は毎日退部することを考えていました。
例えば、練習中にいきなり笛を吹かれ、グラウンドを走ることを命じられたり、
例えば、GK三人で練習にいったところ、自分だけ厳しいフィジカルトレーニングが始まったことがあったり、
例えば、肘を脱臼して痛がっていると、うるさいと言われたり、
例えば、同期のGKがネックウォーマーをしていると、暑いならアップが必要だと言われ、目の前でグラウンドを走らされていたり、

と、例を挙げるとキリがありませんが、とにかくその時点で私にとってソッカー部にいることは悲劇でしかありませんでした。毎日かりそめの理由を自分に言い聞かせ、サッカーをしていたように思います。いまでも、当時のことを思い出すとセービングしてしまいそうになります。

だがそんなこと、断じていい思い出とは言いませんが、いまとなってみれば全て面白く、エピソードトークの仲間入り。

二年間退部せずに続けていると、三年生のときにはフットサルというスポーツと監督である四戸さんに出会うことができ、貴重な経験をさせてもらいました。四年生の初めに、四年間で初めてCチームでプレーすることを命じられ激しく落ち込んでいたけれど、Cチームであの戸田さんに教わることができ、そこで人生で一番サッカーがうまくなりました。そして、その二人は私の考え方に大きな影響を与えてくれました。なにより、人生においてサッカーをやる意味を教えてくれました。
息子が産まれたときには髪型を赤色のモヒカンにし、四戸と名付けることはもうとっくに決めている。

一、二年生のとき、次の日の練習が嫌すぎて夜は眠れなかったことが嘘のように、いまは次の日の練習が楽しみすぎて眠れません。結果、四年間で私は一睡も出来ていないことになります。二年間で大嫌いになっていたサッカーも、今ブログを書いている時点では大好きです。

加えて、ソッカー部では正直、ここまで考え方が合わないのかという人と出会い落ち込んだこともありました。しかし、私の考えが否定される度に、その言葉は薪となり、炎はより強くなりました。そして反対に、生涯付き合うことになるであろう友達も見つけることができたのは良いことです。夜な夜な中目黒で乗り換え、トレーニングに励んだ関田トレーニングの皆にも本当に感謝しています。ありがとう。

その時点で激しく落ち込んだり、悩んだりすることは人生で必ずありますが、今の私にとってそれは全てコメディにしか過ぎないように思えます。「人生ウケ狙い」この精神を私はソッカー部での四年間から学ぶことができました。悩んでる後輩がもしいたら、一杯ひっかけに行きましょう。

長々と綴ったブログではありますが、この人への感謝を抜きにして終えることはできません。全く、母への感謝はいつだって照れくさいものです。
先日はフットサル全国大会をはるばる大阪まで応援に駆けつけてくれました。高校生のときから常に支えていただき、気にかけていただいて本当に感謝の気持ちでいっぱいです。そしてこれからもよろしくお願いします。お体には気をつけて、ノリコさん(H30卒 田野稔明の母)。

次はいでっちこと井出くんのターンです。その器用な右足から綴られる文章には期待を抱かざるを得ません。乞うご期待!

《NEXT GAME》
11月4日(日) 関東リーグ戦 第19節 vs日本体育大学
@Shonan BMW スタジアム平塚 11:30キックオフ
★集中応援日となっております★

好敵手(竹内浩貴)

2018.10.28

竹内平素は大変お世話になっております。選手皆から愛され、個人的には10年の付き合いになるかっしー(鹿島)からブログを引き継ぎました。法学部政治学科4年の竹内浩貴と申します。既に16人の同期がブログを書いてくれましたが、どれも個性ある面白いものでした。綴りたい想いは山程ありますが、今回は少し皆とは違った切り口で書いてみようと思います。

私には中学1年生の時から、勝手にライバルだと思い続けてきた選手がいます。名前は伏せますが、部員であればすぐに分かると思います。私のライバルは、常に私の一つ上を進んでいました。
中学2年、2人で受けに行った藤沢市選抜のセレクション。ライバルは合格。私は不合格。
中学3年夏、高校に向けて2人でパーソナルトレーニングを始めました。そしてライバルは1年からレギュラー。私はたまにベンチ入りさせてもらえる程度。
高校3年、主将と副将の関係に。
ソッカー部に入部してからは同じCチームでスタートしたものの、今では二つ上へ行ってしまいました。
そして1週間前の10月21日(日)、ライバルはついに関東リーグデビュー。嬉しさ半分、悔しさ半分みたいな心境でした。本人には恐れ多いですが、私なりの分析では身体的な強さなどは優れている前提として、何を武器に勝負するか、いつが勝負どきか、これらに対する直感や集中力が群を抜いていると思います。手を抜くのが上手いのに、結果が必要な場面で必ず結果を残す。そういう選手かなと。偉そうで申し訳ないです。
今では手の届かないところへ行ってしまいましたが、10年間、このライバルの存在が私のモチベーションの一部であったことは間違いありません。プライベートでめちゃくちゃ仲がいいという訳ではないですが、意識しなかった日はないです。ライバルにも色々な関係がありますが、サッカー人生が終わりに近づいている今、感謝の思いでいっぱいです。

さて、「最後に、後輩に残したいものが一つあります。それはIリーグ1部の舞台です。」
と、ここから先は抱負を綴っていたのですが、本日の作新学院大学との残留決定戦に敗れ、内容を変えざるを得ません。「皆の前では喜ばないと決めている。」と言っていた戸田コーチを、皆の前で滅茶苦茶に喜ばせてやるつもりでしたが、それも叶いませんでした。正直、頭の中は真っ白です。後期開幕の前日に骨折し、復帰の二文字が手の届くところまできていましたが、結局間に合いませんでした。キャプテンとして、ベンチから仲間を見守ることしかできない最期でした。それでも、戸田コーチと過ごした1年は最高に素敵なシーズンだったということだけは胸を張って言えます。Cチームの皆にも、頭をフル回転させながら、毎日の練習にドキドキしながら過ごしたこのシーズンに胸を張ってほしい。そして、この先もサッカーに対して真摯に向き合ってほしい。それがせめてもの戸田さんへの感謝の示し方だと思う。頼みます。

どこか自己満足な文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただき有難うございました。次は、人生で出会った仲間の中で1番面白い鈴木大勇(トモハヤ)にバトンを渡します。お楽しみに!

《NEXT GAME》
11月4日(日) 関東リーグ戦 第19節 vs日本体育大学
@Shonan BMW スタジアム平塚 11:30キックオフ
★集中応援日となっております★

負け方(鹿島祐平)

2018.10.27

鹿島new平素は大変お世話になっております。法学部政治学科の鹿島祐平です。
山浦敬史からバトンをもらいました。1浪した上に1年の夏に入部して来た彼は、サッカーを辞めることにより発生する体型の変化に一番理解を示してくれそうな人でありながら、少しばかり太ってしまった僕の事を容赦無くいじります。僕はそんな彼が結構好きです。練習後グラウンド横に座っていれば、Cチームの同期から「アザラシが座礁してるぞ!」と言われ、合宿所に戻ると「おい!カピバラ!!」と言いながら歩み寄ってくる副務にお腹の肉を摘まれる日々にも終わりに近付いていると思うと、清々するような、寂しいような、なんとも言えない気持ちに見舞われます。
 
僕は入部してから最初の2年間は選手として活動し、2年間はグラウンドマネージャーとして主にCチームのサッカーを支える立場で活動しています。サッカーへの携わり方は変わったものの、ソッカー部で過ごした時間は、自分の不甲斐なさ、至らなさを突き付けられ続けた日々のように感じます。思うように結果を出せていなかったが故に、プレーに悩み、存在意義に悩み、とにかく走りまくっていた選手時代。数えきれないほど怒られ、トラブルが発生したり、ミスをしたりしては先輩、後輩、そして同期のみんなに救われているグラマネとしての毎日。目を背けたくても、なるべき自分と今の自分との差を見つめなくてはいけない。僕個人にとってソッカー部とは、4年間を通してそういう場所でした。僕がグラマネとして関わるCチームはIリーグの1部リーグで公式戦を戦います。そこで対戦する相手は基本的に他の大学のBチームです。選手個々人のレベルで身体的にも技術的にも上回ってくる相手に対して2年間、苦しい戦いを強いられてきました。サッカーとは思えない点差で負けたことも何度かあります。

こうして4年間を振り返ると、何かと向かい風であったなと感じます。「逆境」という言葉がぴったりです。自分でも底なし沼に足を踏み入れてしまったような日々をたくさん経験しました。死ぬ気でやっていてもなかなか結果が出せないチームメイトの姿を目の当たりにしました。加えてグラマネとして格上ばかりのリーグで敗戦を重ねるチームに関わり、苦しんだ分だけ状況が良くなるとは限らないと、必死にやったからと言って結果が約束されている訳ではないこと痛感していました。
そこに戸田コーチのある言葉が刺さりました。Iリーグ後期の法政大学戦後、負けて項垂れるCチームのみんなに投げかけられた言葉です。「負け方にも色々ある」。全員がチームとしてやるべきことを意識し、実行しようとした上で、試合終了のホイッスルが鳴った時には立っていられない程走り、戦い、それでも相手に上回られてしまった敗戦には価値があると。結果だけ見ると負けた事実に変わりはないが、次の試合に繋がるものの大きさは違ってくると。これはソッカー部で活動する上で、絶対に忘れてはいけないことだと僕は思います。

160人の部員がいる中、トップチームで試合に出られるのはほんの一握りだけです。大半の人は入部時に掲げていた早慶戦、関東リーグ出場の目標を達成できずに4年間を終えてしまいます。一人一人がどれ程努力をしようとこの事実は揺らぐことはありません。結果のみを見ると、その人達のチャレンジは失敗。大学サッカーを1つの試合に例えると、負けて終えることになる人が大勢いると言うことです。しかし、大学サッカーという試合では、結果を出すことと同じ位、その負け方も大事なのではないでしょうか。負けてしまったとしても、目標を達成することができなかったとしても、思考を止めず、やるべきことを考えて実行し、これ以上は無理だと言える位もがき戦えば、次に繋がる4年間となるのではないでしょうか。
大事なのは「次に繋がる」という部分だと思います。大学サッカーが1つの試合だとすると、人生というリーグ戦はこの先も長く続きます。大学はまだその序盤の1試合にしか過ぎません。卒業と同時に次の舞台で、次の試合が始まります。人生の中で大学サッカーは単体で存在してはいないのです。大学サッカーを通過点として捉えた上で活動することが大事であり、そうした時に初めて負けた中でどこまでできたかが問われ、結果以外の部分の重要性が生まれてくるのだと思います。
 このことを理解した上で、後輩達には大学サッカーという試合、勝てるように全力で取り組んで欲しいです。そして例え結果が出なくても、良い負け方ができたと言えるように。なるべく多くのものが得られるように。側で支えてくれている人に、次の舞台は期待したい、次も応援していたいと思わせるような、熱く、がむしゃらで、見てくれている人の心を動かす戦い。そんな大学生活を送って欲しいと思います。

そう言う自分はどこまでできたのか。次に繋がる4年間が過ごせたのか。もっと失敗を恐れず主体的に動くべきだったのではないか。もっと色んな人に興味を持ち、関わりを持つべきだったのではないか。あの時もっと熱くなれたのではないか。ここに来て、「もっとできたかもな」と思ってしまうことがあります。とても寂しいことです。しかし、今頃悔やんでも仕方ありません。残りの1ヶ月を大切に過ごすこと、後輩が引退を目の前にした時に同じ気持ちになっていないように気付いたことを伝えていくのみです。

 その先に待つものを見据えつつ、大学で過ごす4年間を考える内容のブログとなりましたが、最後に現在について述べて終わりたいと思います。Cチームはこの1年間で最も大事な試合を目前に控えています。Iリーグの1部残留決定トーナメントが明日から始まります。2連勝すれば1部という舞台を来年に残すことができます。ソッカー部の未来を懸けた試合と言っても過言ではありません。苦しい戦いになることは間違いないです。ピッチに立たない自分にできることは限られているのかもしれませんが、Cチームを、慶應を代表して戦うみんなの追い風となれるように、僕の4年間の全てを懸けてそこに臨みます。応援、宜しくお願いします。Cチームのみんな、必ず勝って笑顔でシーズンを終えましょう。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。次は共にサッカーをして10年目、Cチームをキャプテンとして引っ張ってくれている竹内君の番です。付き合いが長い分、僕の弱さを誰よりも理解し、フォローしてくれます。彼が支えてくれていなかったらと思うとゾッとします。ブログの内容に期待です。

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

兄を越えるために(山浦敬史)

2018.10.26

山浦平素より大変お世話になっています。Bチームのムードメーカーで、試合でキャプテンマークを巻くと大活躍すると有名なキムさんこと、木村からバトンを引き継ぎました、商学部の山浦敬史です。

いきなりですが、後悔とはなんなのか、どうすれば後悔のない人生にできるのか、ということを一度真剣に考えてみました。ネットで「後悔」と検索すると、初めに目についたのがKathryn Schulzという女流作家のスピーチでした。『Don’t regret regret』というタイトルの講演でした。
「後悔を感じないことは 実際には精神病と診断される特徴」で「後悔のない人生」を送るためには、「脳の眼窩前頭皮質に損傷を与えるロボトミーを行うしかない」と彼女は述べています。「もしも十分に脳が機能する状態で 十分に人間らしく人道的でありたいなら、後悔しないのではなく、後悔とともに生きることを学ぶ必要がある」。彼女は若い頃に彫ってしまったタトゥーを見せつつ教えてくれました。さて、なぜ、「後悔」から入ったのか。少しお付き合いください。

私は1年の夏にサッカーサークルから体育会ソッカー部へ転向してきました。体育会は強豪校出身が多く、都立進学校出身では活躍できないと、入学時にサークルを選びました。高校では主将を務め、10数年ぶりに都大会ベスト16まで進みましたが、最後の試合で0−10で負けました。越えられない壁があると感じたからです。
思えば、私の人生は挑戦する事から逃げ続けたものでした。とても頭の良い長男(でも変人です)や、サッカーで大活躍していた次男(ソッカー部OBの山浦新)を尻目に、自分はプロにはなれないだろうと、サッカーの強豪校ではない都立の進学校を選び、浪人してでも行きたかった東京大学に数点差で落ちた時にも、再挑戦する事は選びませんでした。兄と比較される事から逃げ、辛い事から逃げていました。
そんな自分を変えたいと思ったきっかけが、サークルの仲間に連れられて大学1年の時に観た早慶サッカー定期戦でした。実は、兄が何度も出場していたのにも関わらず、それまで一度も見にきたことがありませんでした。本気でサッカーと向き合い、大舞台で活躍する兄と自分を比べることが怖かったからです。(今でも後悔しています。この場を借りて兄に謝罪します。)
あの夏に観た早慶戦のことは今でも鮮明に覚えています。体育会部員の体を張ったプレーや、応援の部員までもが涙する姿を見た時、結果が出ないことを恐れ、挑戦から逃げている自分に気づき、たまらなく恥ずかしくなりました。逃げ続ける自分を変えたい、自分の壁を越えたいと思いました。逃げて後悔したくないと、翌日には入部を願い出ました。
入部直後の夏の走りでは、毎日のように吐いて倒れ、ボールを使う練習にすら参加できないこともありました。「あの山浦新の弟」として社会人や部員から見られ続ける毎日でした。(当時Cチームコーチだった冨田監督に、間違えて「新」と呼ばれることが何度もありました。)そんな時に支えてくれた同期には本当に感謝しています。途中入部なので、人一倍練習に真摯に取り組むのはもちろん、自分の強みや課題、チーム状況を分析し、FWからCBにポジションを変えてでも、自分の壁に挑みました。その姿勢が評価され、3年生ながらBチームの副将を任され、その後トップチームに昇格を果たしました。「いつかはあの早慶戦の舞台に・・・」。それが全ての原動力でした。しかし、順調に目標に近づいていると感じていた時にこそ、落とし穴が待っていました。

「右膝半月板損傷」
3年の11月に全治4ヶ月と診断されました。手術のために入院中のベッドの上で、Twitterを通してチームの2部降格を知りました。監督が交代し、新チームが始動し、着々と力をつけていく仲間たちが試合で活躍する姿を、ただ黙って見ることしかできない。そんな状況のせいか、焦ってリハビリをしては膝を痛めることを繰り返し、結局全治8ヶ月かかってしまいました。あんなに憧れていた早慶戦も、ついにはトップチームにおいてメンバー争いをすることすら叶いませんでした。
後期はBチームでIリーグに全試合出場するも、トップチームへの昇格も叶っていません。最後まで諦めていませんが、サッカーをするのが辛いと感じてしまう自分がいました。同期の堤や風間が関東リーグデビューを果たし、周りの部員たちが喜んでいる状況でも、私はあまり素直に喜ぶことができませんでした。自分に言い聞かせずにはいられませんでした。
ソッカー部への入部を決断し、自分と向き合い続けた4年間に後悔は無い。怪我などの過去に起きたことを嘆くのはまったく時間の無駄で、後ろ向きにならず常に前向きであるべきで、残りの期間で私にできるのは後悔のない人生にするよう努めることである、と。
そこで、「後悔」を考えてみたのです。(冒頭に戻ります。)

目標があって、夢があって、ベストを尽くそうとするなら、うまく行かないときに後悔して痛みを覚えるのは当然です。大切なのは後悔しないで生きることではなく、自分の後悔と向き合い、後悔とともに生きていくことなのです。後輩たちにはこの痛みとともにソッカー部での生活を頑張って欲しいと思います。
私自身も先日、トップチームへの昇格をかけ、やっとの思いで出場の機会を得たJr.リーグで、PKを外して負けてしまいました。大きな胸の痛みを感じています。

長くなりましたが、最後は、どんなに遠い会場でも欠かさず応援に来てくれる両親への感謝と決意表明で締めくくりたいと思います。
いつも応援に来てくれてありがとう。あと少しの間だけど応援よろしく。
残り少ない時間ですが、本気でサッカーと、自分と向き合っているからこそ感じることのできるこの痛みを楽しみつつ、トップチーム昇格、関東リーグ出場を目指して努力し続けます。

「山浦新の弟」ではなく、兄のことを「山浦敬史の兄」と呼ぶ人が多くなることを信じて。

さて、バトンはグラマネとして戸田コーチ率いるCチームを支え、私生活でも私の飲み友達である鹿島祐平の手に渡ります。グラマネとしての自信と共にお腹にぜい肉もついてきました。日本語より英語のほうが得意という噂もある彼ですが、きっと熱い想いを述べてくれるでしょう。
どうぞご期待ください。

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

ラスト1ヶ月に向けて(木村健志)

2018.10.25

木村こんにちは。名将本田完からバトンを受けました、今回ブログを担当する法学部法律学科の木村健志と申します。完から引き継ぐということで大学3年になる前の3月に完にめっちゃ怒られたことを思い出しました。すみませんでした。笑

ついに自分も4年生ブログを書く時がきて感慨深いです。
みんな今までのソッカー部生活を通して感じてきたことを書いている人が多いと思ったので、今回自分は引退まで1ヶ月切ったということでこのラスト1ヶ月について書こうかなと思います。
前置きとして、4年目のラストシーズンは一番試合に出場することができています。BチームのIリーグは就職活動期間を除いて全試合スタメンで使っていただき、フットサル部門でもインカレ準優勝までの16試合に加え、夏の御殿場遠征中に日帰りドライブでリーグ戦に出たり、本当に充実したシーズンを過ごしています。さらに、自分はフットサル部門の関係でどのカテゴリーに所属していようと、11/24、つまり引退の日まで公式戦が用意されています。運が良いんです。
最後の最後まで成長するチャンスがあります。自分はもっともっとサッカーが上手くなりたいんです。というかまだまだ足りていません。
誰しもが入部時に思っている、トップチームで関東リーグに出場するということが達成できていません。
そもそもトップチームにすらいないのでスタートラインにも立てていません。
幸いにも(トップの選手にとっては嬉しくないかもしれませんが)来週にはAB戦が予定されています。僕を含めた4年生にとっては最後のトップ昇格のチャンスです。4年生だけでなくBチームの選手はみんなギラついていると思います。笑
ここで結果を残せるかどうか。そこでラスト1ヶ月が決まってくるんじゃないですかね。
そこでダメならしょうがないです。Bチームの最後の公式戦、フットサル部のリーグ戦に全部勝つだけです。楽しむことも忘れずに。
何が言いたいかというと、「ラスト1ヶ月最後まで上を目指して成長します!」ということです。
まずは来週のAB戦、Aチームの道を切り拓けるかは自分次第。楽しみです!
プレーがダメダメだったら笑ってください。笑

最後の最後に寝坊やケガ、当日気合い入りすぎて空回りしないよう最大限気を付けます。笑

最後までお読みいただきありがとうございました。
続いてバトンを渡すのは同じくBチームの最年長DF山浦敬史です。ベテランの味のあるブログをお楽しみに!

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

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