オフィシャルブログ

リサーチと共にあらんことを(河原悠人)

2018.10.17

河原こんにちは。経済学部4年の河原と申します。
母なる大地こと高松からバトンを引き継ぎました。私が今、こうやって笑顔でいられるのは美味しいごはんと彼女のおかげです。

私は大学二年からリサーチを担当しています。就任してしばらくは仕事というよりも作業という言葉がぴったりな、コストパフォーマンスのこの上なく悪い業務をただひたすら無心になって取り組んでいました。ミーティングに向け一週間をかけて作る動画の再生回数はなんと平均にして4回。自分のチェック込みでこの回数なので下層ユーチューバーですら思わず心が折れてしまうことでしょう。
また、こういう仕事をしていると出場する選手や監督・コーチから「ありがとう、助かっているよ」と感謝の言葉をかけられることが多く、もちろんそれ自体嬉しいことなのですが、自分自身がその作業に時間を割いていること自体に感謝されているようにしか感じることが出来ず、本当にチームの勝利の助けになっている実感は到底ありませんでした。
そして、極めつけはその立場です。例年、主務やグラマネ、学連などに比べてリサーチは速やかに担当が決まります。要するにやる気さえあれば出来ます。逆に言えばその程度のポジションなのです。なので、例えば誰かが粗相を繰り返すとその取返しでやれとか、部員一人ひとりの存在意義が厳しく問われる中で逃げ道呼ばわりされたりと、結局、こういう扱いをされるのもチームの中で絶対的な役割を果たしていないからだと考えていました。
ラストシーズン、折角ならリサーチをチームにとって不可欠な存在、いやソッカー部のアイデンティティにしてしまおう。反骨心からか、怪我も相まってか、とてつもないエネルギーが漲ってきました。そんな時、チームは降格しました。チャンスです。大きな二つ、1部昇格、そして早慶戦勝利。

私は高校時代を含め殆ど慶應が負けている試合しか見たことがありません。毎年早慶戦での恒例行事は、心の底から今すぐにでも早稲田に編入したいと思えるくらい楽しそうな応援風景と、試合後に場所も雰囲気も暗いなか行われる全体ミーティングです。そして、各主務の決まり文句は、「早稲田に試合でも、仕事でも組織でも全てにおいて下回った。」
―ちょっと何を言っているのかわかりません。試合にこそ勝てれば全てにおいて上回った事になるのでしょうか。あまりにも曖昧だなーと曖昧に思ってました。
そこで、リサーチ班はある一大プロジェクトを始動しました。名門「ア式ゼミ」です。活動内容はカテゴリーの違う早稲田の試合を七夕まで全試合拝みに行くというものでしたが、彼らは圧倒的な強さを発揮し、ぶっちぎりの1位で前期を折り返しました。ゼミ員は絶望の淵に立たされ、その恐怖に泣きじゃくる者もいました。嘘です。
それでも時間をかけ、監督コーチを含め全員で議論に議論を重ね対策をし、あとは出場する選手に託して当日を迎えました。試合は1対2で終了。一瞬ではあったものの7年ぶりに奪ったリードに狂喜乱舞する応援、最後まで気の抜けない白熱した試合展開に、私自身悔しさよりも充実感に満ち溢れていました。
後日、我らがダース・イトぺー卿(伊藤洋平コーチ)がボソッと「あのコーナーこそ組織の縮図だったのかもよ」とおっしゃられました。あれだけの準備をして、最高のプレーを見せたのに結果セットプレーで2失点。思えば去年もそうでした。そこで、サッカー面以外にも目に見えない敗因がある事にハッと気づき、同時にあの時彼らがちょっと何を言っていたのかが分かったのです。でも、本当にちょっとです。

一方でリサーチにとっては大きく自信をつける機会ともなりました。後期も中盤に差し掛かり、厳しい戦いが続き昇格という目標からは遠ざかっていますが、前期に比べ確実に成長を遂げています。何より嬉しいことは、試合後選手から「リサーチの分析がはまった」など、選手や監督に頼りにされ以前よりも強固な信頼関係を築けている事です。今年は特に下級生の頑張りに支えられている部分が大きいです。一人ひとりが分析に取り組む姿勢は私が就任した当初に比べ劇的に変わり、だんだんと他大学に警戒され始めているところからも、目に見える形となって表れていることが伺えます。そして何より、ここまで分析能力が向上したのはデータスタジアム社の方々の、惜しみない尽力があったからこそです。普段なら帰宅する時間であるにも関わらず、夜遅くまで我々に指導して下さり、実際に試合会場まで足を運び共に改善策を練って下さったりと感謝してもしきれないことばかりです。

最後にボロボロの膝にメスを入れ続け、万全の状態にまで治して下さった三浦さん、松永さん、新旧リサーチ班、Dチーム同期、イトペーさん、関田、そして両親に感謝の意を述べて終わりにしたいと思います。

次は高校時代から今に至るまで、リサーチ、そして怪我を負う部位まで、苦楽を共にしてきた北川です。
数少ない志木高の頼れる彼のブログに乞うご期待!

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

ソッカー部のためか、自分のためか(高松由佳子)

2018.10.15

こんにちは。風間からバトンを受け継ぎました、商学部4年マネージャーの高松由佳子です。
風間とは中学の時から10年来の付き合いであり、SFC出身者の希望の星として特に応援してきました。皆さんご存知だと思いますが、昨日の関東リーグでは遂にメンバー入りを成し遂げました。本当におめでとう。

さて、今までマネージャーとしてのオフィシャルブログはよく書いていましたが、遂に最初で最後の個人ブログを書く日が来てしまいました。今まであまり書くことができなかった、個人的な思いを綴ろうと思います。

部外の友達に、私が体育会のマネージャーをやっていると話すと、「人のためによくそんなに働けるね」とよく言われます。普段、「誰のため」だとかはあまり考えない私ですが、友達から不意にそう問われると、考え込んでしまいます。数年前だったら、私は「自分のためにやってるよ」と答えていました。しかし、最近はその返事に困ることが多いです。その心境としては、4年間の活動が一口に自分のためだけだったと言うには申し訳ないほど、様々な人がこの部を支えていることを感じているからです。今回のブログでは、そう思うようになった経緯を話したいと思います。

私は高校まではサッカーとは全く無縁の水泳漬けな生活を送っていました。一方で、中1から文化祭実行委員会で文化祭の運営をした経験から、大学でも何かを運営することに携わりたいと思っていました。そこでたどり着いたのが体育会マネージャーとして、早慶戦に携わるということでした。その中でもソッカー部の早慶戦は、定期戦でありリーグの運営下ではないことでマネージャーが運営に大きく関われることを知り、入部することを決めました。その時点では「自分の成長のために自分の手で何かを創り上げたい」という漠然とした理想を掲げていたように思います。

入部してからは年間を通して常に何かに追われ、それと同時に充実感溢れる毎日を送りました。マネージャーの仕事は本当に多岐にわたっていて、マネージャーの先輩方に手取り足取り教わりながら、試合の準備やOBの方々への対応などを学んでいきました。仕事面だけでなく、マネージャーとしての在り方や試合へのマネージャーなりの心構えなど、気持ちの面でも教わることはとても多かったです。また、関東リーグやIリーグのチーム付き、遠征などでは数々の忘れられない瞬間に立ち会うことができ、言葉では書ききれない程のチームスポーツの素晴らしさを身をもって経験することができました。選手の必死に戦う姿を見て勇気付けられることも多く、ひたむきに勝利に向かって走る様子には尊敬の気持ちが自然に生まれました。また、試合後に選手から「由佳子がいたからこの試合勝てると思っていたよ」と声をかけられた時があり、自分のサポートが認められたんだと実感して嬉しくなったこともありました。

そして、同期とは2年の冬のミーティングを経て皆の考えを知り、長い時間を一緒に過ごすにつれて絆も生まれたと思います。一緒に練習をすることもない立場が違う選手とマネージャーでは深くまで理解し合うことは難しいことでした。しかし、お互いのことを考え抜いた経験で信頼関係が深まり、私の中でこの同期のみんなを応援したいという気持ちが強まっていくのを身をもって感じていました。

また、OBの方々に対しては関東リーグの受付やOB総会などでお話する機会を通じて、現役への多大なるご支援と愛情をいただいていることを知りました。OBの方々と接することの多いマネージャーだからこそ得られた経験だと思います。また、社会人スタッフの方々と学生スタッフが部をより良くしようと夜遅くまで部にコミットしてくださっている姿もマネ部屋にいたからこそ、近くに感じることができました。

このようにソッカー部という組織の全容が分かり始め、様々な人が活動を支えてくださっていることを日々感じる中で、3年目の早慶戦の準備に取り掛かる頃に自分の心境に変化がありました。私がソッカー部に入って本当にやりたかったことは、この一戦に関わる人々がそれぞれのフィールドで輝く姿を、多くの人に知ってもらうことだ、と気付くことができたのです。つまり、私が信頼する選手たちが90分に命を懸けて戦う姿、そして出場する選手以外もそれぞれの仕事を全うし試合を創り上げる姿を、多くの人に伝えたいと考えるようになりました。その結果、ソッカー部のことをあまり知らない人に、心に残る1日だったと思っていただくこと。それを通して今後も慶應のサッカーを応援してもらうこと。このようにして、多くの人にソッカー部の物語を共有できたらと感じるようになりました。その為には、部内の人間だけでなく、一般学生、地域住民の方々も巻き込むことで早慶戦をより開かれたイベントにしていくことが重要だと思い、競技場外イベント「クラシコパーク」の開催に取り組まさせていただきました。

入部当初に思っていた「自分の成長のために自分の手で何かを創り上げたい」という気持ちに加え、「ソッカー部の未来のために多くの人に心に残る早慶戦を作りたい」という理想ができました。この気持ちを持って早慶戦の準備に死にものぐるいで取り組むことが、この部を支えてくださっている様々な人に対して私ができる恩返しであり、私の心の糧になると感じました。

 

4年目の今年度の早慶戦は17872名の来場者数を記録することができました。その一人ひとりに心に残る早慶戦となっていればいいなと思っています。そして、来年度以降の早慶戦でも受け継いでいってもらえればいいなと思っています。そして早慶戦が終わった今、部を支えてくださっている方への感謝をリーグ戦の会場や、普段の練習の際に多くの人に伝えられるよう、日々努力していきたいと思います。

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最後に、今までお世話になった方への感謝を改めて述べたいと思います。
マネージャーとして未熟であったにも関わらずご指導くださった、OB・OGの皆様。マネ部屋ではいつも優しく温かく見守ってくださり、組織を支えることとは何かを教えてくださった、織井さん、冨田さん、草太郎さん、かなさん、ちーさん、りささん、駒野さん。一緒にどんなことにも立ち向かって支え合った、同期の美沙子、真帆、松井。頼りない私たちに付いてきてくれたマネ部屋の後輩たち。何だかんだで私たちを気にかけてくれていて、信頼できる約40人の同期。6:30練に向かう暗い朝の道を一緒に歩いてくれたりと、いつも支えてくれた家族。

ソッカー部、そしてサッカーに出会えたことで毎日充実した大学生活を送ることができました。ソッカー部に関わる全ての皆さまに感謝したいと思います。

リーグ戦は残り6試合となりました。遠方での開催も多いですが、是非会場にてご声援をいただけますと嬉しいです。ワールド全開で拙い文章でしたが、ご高覧いただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

私が次にブログを託すのは、リサーチとしてチームを支える河原です。彼の周りはいつも笑顔で溢れていて、いつも皆を温かく見守ってくれています。この4年ブログに対してはすぐに諦めずに取り組んでくれているはずなので、彼の渾身のブログにご期待下さい。

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

千里の道も一歩から(風間真哉)

2018.10.13

風間平素より大変お世話になっております。
退部危機を乗り越え、多分難しい本を読むことが趣味の堤惠杜から紹介を受けました。今回のブログを担当させていただきます、法学部政治学科4年の風間真哉です。
入部当初、まともにボールも触れず走ってばかりいた時からあっという間に4年が経とうとしています。この4年間でサッカー選手としてはもちろん、一人の人間として大きく成長し、とても充実した大学生活を送ることができました。
今までお世話になった先輩方の熱く個性的なブログを読んでは刺激を受けていた側でしたが、いよいよ私自身の順番が回ってきました。最後のブログは私自身が今思うことをありのまま綴りたいと思います。

全国各地から集まった150人以上の部員が日々しのぎを削っているソッカー部で、内部進学で無名校出身の私にとってこの部でのライバル達は「くぐってきた修羅場が違う」人達でした。これまで真面目にサッカーに取り組んできたつもりでしたが、努力の量、質、メンタル、全てにおいて私自身の甘さを痛感させられました。越えなければならない壁が見えないほど高かったのを今でも鮮明に覚えています。
そんな中、一番下のチームからはじまり、少しずつカテゴリーを上がり、4年目に初めて関東リーグ開幕をトップチームで迎えることができました。理不尽と闘い、ライバルと闘い、相手と闘い、自分と闘ってきましたが、4年目に待っていたのはスタメン争いではなく怪我との闘いでした。高校時代からうまく付き合ってきた怪我がラストイヤーに再発しました。サッカーが出来ず、治るかもわからない怪我と闘うのは非常に苦しく、ありとあらゆる負の感情がありました。それでも、サッカーが好きだから。このままじゃ終われない。頑張る理由はそれだけで充分でした。家族をはじめ、たくさんの人に支えられて今なんとかサッカーをすることができる状態になりました。本当に嬉しいです。また怪我で離脱を繰り返す私をトップチームに残し続けてくれた社会人スタッフの方々には感謝の気持ちで一杯です。

振り返るとソッカー部で数えきれないほどの悔しい思いをしてきました。しかし、どれだけ追い込まれても最後は結局、「やるしかない、なんとかするしかない」という気持ちに立ち返りました。何度もここに立ち返りました。そこからたくさん学習し、初心を思い出し、試行錯誤を繰り返しました、「勝つ為に」。サッカーに夢中になり、1日1日の小さな成長を積み重ねてきたらいつの間にか、たくさんのものを乗り越えることができていました。そこには、それぞれの現状と闘っている仲間が沢山いました。時には彼らと愚痴をこぼしながら、鼓舞しあい、来たるチャンスを掴むため想いを溜め込んでいました。どんな状況でもいつかの時のために進み続けることの価値を今強く感じています。
1年生の時、訳の分からなかったミーティングに怯えながら雑用をこなし、今は監督のケンさんに下手すぎてたくさん怒られたこと。CチームでのIリーグ1部昇格。Bチームで初めて吐くほどきつい練習を経験したこと。新人戦のオーバーエイジ枠で才能溢れた後輩達に交じり、全国の切符を掴めたこと。どれも最高の経験です。

今までサッカー選手としてひたすら上を目指してきました。そんな終わりが見えているサッカー人生、最高のクライマックスを迎えるべく、自分がこれまで積み上げてきたものを全て体現し、必ずチームの勝利に貢献します。
最後に、毎日自分より遥かに上手い選手達と一緒にプレーできることは非常に楽しく、毎日学ぶことばかりでした。ソッカー部に入ったことで鳥肌が立つような貴重な瞬間を味わえたし、面白くて刺激的な人にたくさん出会えた。みんなのおかげで強くなれた、ありがとう、これからもよろしくお願いします。

さて、私が次にブログを託すのは慶應義塾湘南藤沢中等部から10年の付き合いになる高松由佳子です。中高時代からの心の友が数人同期にいますが彼女は誰よりも強いです。由佳子ワールド全開、勝利の女神顔負けの迫力満点のブログをご期待下さい。

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10月14日(日) 関東リーグ戦 第16節 vs青山学院大学
@日本体育大学グラウンド 11:30キックオフ

潰えた夢とラストチャンス(堤惠杜)

2018.10.11

堤ここ3日間、寝るために横になると発生する原因不明の咳のせいで、ハンパない睡眠被害を受けています。いやほんと何なのこれ。申し遅れました、商学部4年の堤惠杜です。突き出た顎が特徴的で常に前髪をいじっている、「アゴレオ」こと中島玲央からバトンを受け取りました。いよいよ最後のブログの時間です。

前置きが長くなって申し訳ないのですが、実は「恩師」というタイトルで、ある人について綴ろうと思っていました。その人物とは、趣味は読書と筋トレ。「あさみ、ささみを食べる」こと浅海友峰(社会人コーチ)さんです。今回は人物紹介だけにしておきます。そろそろ不真面目系なブログを期待していた方々、申し訳ありません。誰かがぶっ飛んだブログを書いてくれることでしょう。私は自分のサッカー人生を振り返ります。最後までお付き合い頂けたら幸いです。

サッカーを始めたのは4歳の頃でしょうか。これまでの人生の大半をサッカーに費やしてきました。多くのことを犠牲にし、大学生活もサッカーに捧げました。しかし、サッカーの神様は未だに微笑んでくれません。むしろ残酷な結果ばかり私に与えてくれます。

「これまで何のために頑張ってきたんだろう」

中学高校と最後の大会が終わり、目標としていた全国への道が絶たれた時、何度もそう思いました。本気で何かに取り組んで、自分の納得する成果を出せなかった経験がある人にとっては、何となく共感してもらえる気持ちではないのでしょうか。
中学時代から「全国大会でプレーする」という強い気持ちを持って、誰よりも練習してきました。

いつかきっと、自分の努力が報われることを信じて。しかし、そのいつかは訪れませんでした。夢が絶たれて、様々な想いが込み上げてきます。一番込み上げてくるものは、「後悔」という感情でした。目標に向かって、日々本気でサッカーと向き合ってきたはずなのに、その日々に対して後悔を抱く。もっとこうしてればよかったんじゃないか、ああしてればよかったんじゃないか。そして本気になればなった分だけ、結果が出なかった時の後悔は大きく、どこにもぶつけようのない悔しい気持ちも込み上げてきます。人一倍努力してきたのに、何も成し遂げることのできない自分が情けなくて、悔しくて、惨めでした。こんなに悔しい思い、後悔をするのであれば頑張らなければよかったとも思いました。

それでも、このまま自分のサッカー人生を終わらせたくはありませんでした。そして何より、これまで自分のことを応援してくれた家族に、サッカーで恩返ししたかった。あと4年間、チャンスがあるのであれば、頑張ってみようと思いました。そんな想いもあり、大学でもサッカーを続ける決意をしました。
しかし、サッカーの神様は試練を与え続けます。現実はそんなに甘くありません。一番の試練は、退部危機事件でしょうか。私のソッカー部生活での思い出でもあります。2年の冬、ようやくつかんだトップチーム初昇格。しかし1ヶ月もしないうちにBチームに落とされ、そのまま3年目を迎えました。すぐにトップに戻ってやると意気込んでいたのですが、Bチームでも試合になかなか出れず、メンタルブレイクしました。

自分のこれまでのサッカー人生は何だったのだろうか。今まで積み重ねてきたものが崩れ去っていきました。こんなことでくじけている場合じゃない。そんなことはわかっているけど、「これ以上頑張っても無理かもしれない」と初めて自分の限界が見えてしまったような気がして、ずっと続けていた自主練もやめました。練習にはもちろんしっかり取り組んでいました。ただ何か、サッカーに対するモチベーションが無くなっていくのを感じました。そして3年の冬。忘れもしないあの日。自分の立場が危ういことなど全く知らずミーティングに出向き、スタッフから除名宣告を受けました。つまり、この部を辞めてくれと言われました。果たして排除されるほど自分はヤバかったのかと、今でも疑問に感じますが、そのようなこともありました。(ちゃんと反省しています。)ちなみに、私の他にもう1人除名宣告を受けました。そしてついに、彼が戻ってくることはありませんでした。

4年目。ラストシーズン。全国につながる公式戦は全て終わり、ついに「全国大会でプレーする」という目標を達成することはできませんでした。早慶戦にも出場できませんでした。今振り返れば、それは当たり前です。凡人である自分、努力することが唯一の取り柄であった自分が、努力することをやめてしまったのですから。多くのことを犠牲にしてきたのにも関わらず、大好きだったサッカーで何も成し遂げることができませんでした。

時が経つのは本当にあっという間で、自分のサッカー人生も終わりが近づいています。しかしこのタイミングで、サッカーの神様が最後のチャンスを私にくれました。つい昨日、トップに上がることができました。全国の舞台はもうないけれど、関東リーグに出場できるチャンスはあります。正真正銘のラストチャンスです。チームのために闘います。どんなに不恰好でも、最後まで泥臭く走り抜けます。そして関東リーグでのゴールを、家族に届けます。今達成することのできる最高の結果を残します。最後くらい、笑って終わろうと思います。

何だかんだ、自分はサッカーをやってきてよかったです。社会人になれば、死ぬほど悔しい思いをすることも、ここまで熱くなれることも、こんなに刺激的な日々を送ることも、苦しさを乗り越えた先にある仲間と最高の歓喜を味わうことも、なかなかないでしょう。サッカーは自分に様々な経験を与えてくれました。本当に何が起こるかわからない、面白いサッカー人生でした。最後に必ず関東リーグという舞台を経験してきます。

自分でも何を伝えたいのかよくわからないブログとなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。もし何か感じとってもらえたのであれば、嬉しい限りです。

次のバトンはSFC高期待の星、風間真哉の手に渡ります。1年目は1番下のチームで死ぬほど走らされていた彼も、4年目にはトップチームでプレーしています。これ以上ない困難を乗り越えた彼は何を語ってくれるのか、非常に楽しみです。皆さんもご期待ください。

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10月14日(日) 関東リーグ戦 第16節 vs青山学院大学
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サッカー人生への終止符(中島玲央)

2018.10.09

中島玲平素より大変お世話になっております。
きのぴーこと、桐蔭の奇才木下から紹介を受けました、今回の部員ブログを担当させていただきます、総合政策学部の中島玲央です。
最上級生としての最後のブログとして、現在の私を形成したサッカーと自身との繋がりを赤裸々に書かせていただきます。少々長くなりますが、最後までお付き合いください。

私とサッカーとの出会いは、小学1年生の頃、田舎の小さな町にある弱小サッカークラブに遊び心で入団したのがきっかけでした。サッカーのルールさえままならない中で、熱中しているうちに他の選手より抜きん出ていることに気づき始め、日々自身が上手くなっていく楽しさ、それ以上に自分のプレーで周囲の人をワクワクさせる喜びを感じるようになりました。それ以来、プロサッカー選手になりたいという夢を持ちはじめ、本気でサッカーに打ち込む毎日が続いていた一方で、現状にもの足りなさを抱くようになりました。
ここでプレーし続けてもスキルの向上に限界があると感じた私は、小学4年生の時に実家を離れる決断をし、Jリーグの下部組織に入団しました。優秀な選手が集まる高い競争力と厳しい環境の中でしたが、主力メンバーとして活躍し続け、己の能力はここでも通用することを実感していました。
小学6年生には全国大会第3位という輝かしい成績に貢献するなど、何の不満もなく順風満帆なサッカー生活を送っていました。
しかし、ジュニアユースに上がり、はじめて大きな壁にぶつかることになります。得意なプレーは全く評価されなくなり、大事な試合には出場できなくなり、中学最初の2年間はもはや「空」の状態でした。
サッカーから離れようか悩むくらい何もかも上手くいきませんでしたが、なんとか努力を続けていた私に好機が訪れたのが、中学最後の全国大会でした。同ポジションの選手が怪我を負い、代わりに出場した試合で今までの不満を爆発させるような最大限のプレーをすると、その後も出場し続け、結果的には全国準優勝、さらには一番可能性が低かった私がユース昇格を勝ち取りました。

晴れてユースに上がってからも、やはり簡単にはいきませんでした。最初は1つの公式戦に出場することさえとても苦労し、もがく日々が続きました。それでも2年生の時には不動のサイドバックとなり、トップチームの練習や練習試合にも参加させていただく機会が増えるにつれて、もしかしたら自分の夢が叶うのではないかという淡い希望を抱くようになりました。
しかし、プロという世界はそんなに甘くはありませんでした。3年生の夏に昇格できないことを監督との面談で言い渡されました。夢はうち砕かれ、目の前が真っ暗になり、サッカーへのモチベーションもどん底まで落ちていきました。目標がなくなり、「私にはサッカーが向いていなかったんだ。」と、その後の練習に意味を見出せなくなり、今後の進退に葛藤していました。
「サッカーを諦めようか。いや、ここで諦めてしまっては費やしてきた時間や苦労、努力が水の泡になってしまう。ここまで支えて応援してくた両親にも申し訳ない。」後者の感情が勝った私は、大学サッカーという舞台で夢に再挑戦する決意をしました。1年目からAチームの中心選手として活躍するビジョンを描きながら入部した私ですが、待ち受けていたのは理想とはほど遠い現実でした。
まず、Bチームからのスタート。自分の得意なプレーは評価されず、短所を指摘される毎日でした。今までとは真逆のサッカースタイル、慶應の欲しい選手像とはまるで違う。いろいろな要因がありましたが、監督やコーチの求める水準には決して達していませんでした。
1年生の夏終わりにAチームには上がったものの、公式戦に出場することは一度もなく、AとBとの当落線上で存在意義を見出せずにいました。プロなんて夢のまた夢。手の届かない遥か先にありました。
何とか腐らずにもがき続けていましたが、高校まではどこかでチャンスが巡ってきて、そこで結果を出せば現状を変えれることができたのに大学ではその機会すら掴めない。そのまま3年目が過ぎ、長期離脱も負い、もう公式戦に出られずに4年間を終えてしまうのではないかと半分諦めてかけていました。
しかしそんな最終学年の年、偶然にも監督が交代し、自身のオンリーワンを認めてもらえるようになり、4年目にして遂に関東リーグデビューを果たすことができました。あれだけ長い期間苦しんでいたのに、描き続けていたものが形として現れたのは一瞬でした。あの特別なピッチに立った時の感動と緊張感は今でも覚えていますし、一生忘れることはないと思います。

結果的に、「プロサッカー選手になる」という自身の夢を叶えることはできませんでしたが、幼少期から現在までを振り返ってみると、結局何が起こるのかわからないということに尽きるのではないでしょうか。「人間万事塞翁が馬」という言葉があるように、いつどこにチャンスが転がってくるかなんて誰にも予測できないし、絶好調の時もあれば苦難の連続の時もある。人生においても同じことが言えるのではないかと私は感じています。そのため、物事に一喜一憂せず、自分を信じてできる努力を精一杯継続すること、それができる人間が一流だということをサッカーを通じて学びました。改めて、私のサッカー人生は波乱万丈ではありましたが、誰も真似できない唯一無二の経験を積むことができたのは将来にとっての大きな財産です。引退まで残り2ヶ月を切りましたが、ここでしか味わえない瞬間を日々噛み締めながら過ごしたいです。

さて次回の4年生ブログは、自称イケメン、私に次いで勉強が大好きな静岡が生んだスピードスター、堤惠杜君です。乞うご期待下さい。

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