オフィシャルブログ

見えるものと見えないもの(本田完)

2018.10.23

本田new平素は大変お世話になっております。常に切れ味鋭い意見を持ち、頼りになる「いとしゅん」こと、伊東駿からバトンを引き継ぎました、総合政策学部グラウンドマネージャーの本田完です。
最後のブログということで、後輩へのメッセージも込めて書こうかなと思います。

 

 

 

わたしが普段どのようにサッカーを捉えているか、読んでいただいている人と共有できたら嬉しい。
将棋とサッカーは似ている。玉を奪うために、ピッチ上を所狭しと選手たちは動く。選手それぞれに特徴があり、局面を突破すると盤面優勢になる。チームによって得意とする形があり、玉を囲う(ゴールを奪う)瞬間は至ってシンプルであることが多い。

せっかくなので、もう一つ例を挙げてみる。
「じゃんけん」とサッカーも良く似ている。でも単に確率任せってわけではどちらも勝てない。人は硬くなると初手にチョキを出しづらいし、負けられない局面になればなるほどグーを出してしまう。(初手にチョキは確率が低いというのに。)緊張する試合で、いかに冷静さを保てるか、いつも通りを貫けるか、最後勝負の分かれ目になるのかもしれない。

だから!話がくどい。
今日も誰かに怒られそうだ。でも最後のブログである。お付き合い頂きたい。
野球とサッカーは似ていない。そもそも手でボールを扱うなんて、サッカーの世界では考えられない。私は野球も好きだが、ある友人は野球が嫌いだと言っていた。理由を聞くと「なんで守ってる方がボール持ってるんだ」と怒ってた。これには納得である。

大学3年生に上がるタイミングで私は学生コーチ(グラウンドマネージャー)になった。今思えば、当時サッカーを辞める決断ができたのは、選手としてプレーする自信がなくなったからのようにも思えるし、体が想像以上に動かなかった自分に嫌気がさしたからのようにも思える。一方で、サッカーは大好きだし、浪人していても入部を受け入れてくれた慶應のソッカー部に何か貢献できる道を探していたのもまた事実で、同期からの温かい推薦もあった。

学生コーチになってからは、見える世界は途端に変わった。あれ程ボールの移動中に周りを見なさいと言われていたのに、まったく見なくて良くなった。あたりまえといえばあたりまえで、相手のプレスとは無縁の所(ピッチ脇)で戦況を見ていられるからである。

2つ目もなかなか共感してもらえると思う。
監督の顔色ももちろん見なくなった。コーチになってこそ、そんなものは二の次と分かるのだが、選手たちはなかなかそう行かない。自分のプレーへの評価が気になるのは当然だし、ベンチを見てしまう気持ちも分かる。(もちろん気にしすぎるのはダメな選手だけれど。)当然、コーチになれば監督の顔色よりも見なくてはならないものの数が増え、見ている余裕がないと言うこともできそうだが。

来季は何を見なくなるのか、少し楽しみで、少しさみしい。と時々思う。
一方で、見えるようになったものもある。
例えば、選手の調子だ。単にプレーが良い、悪いだけではない、より深い意味での調子について。毎日グラウンドで選手を見ているからこそ、気づいた発見でもある。
さらに言えばプライベートをピッチに持ち込んでしまう選手もいれば、寝坊してもあっけらかんとしてプレーできちゃう選手もいる。良し悪しではなくて、どの選手にも個性やその人となりが出ているということなのだろう。(この点将棋の駒とは別物なのだが)

年中、選手に向き合っていれば失敗やうまくいかないことは多々ある。
その中でもちろん、私は学生コーチとして接し方や声のかけ方も変えるし、時には気に留めないことも必要なのかもしれないと思って振舞ってきたつもりだ。
迷惑も散々かけた。
でも、いろんな選手がいる中で、名前を呼ばれることだけは、共通して嬉しいのかなと選手を見ていて思う。良いプレーはもちろん、ミスをしたときも名前を呼ぶだけで、頬が緩むこともある。確かに、逆も然りであり、声のトーンやタイミングには細心の注意が肝心なのであるのは間違いない。

はい。結局、何が言いたいかって言うと、人によってモノの見え方は違うってことだ。立場によっても違うし、精神状態によっても違うし、比較する対象が変化しても違う。
モノサシを変えれば、きっと「亀が遅い」と決めつけるのには、まだはやいことに気づくに違いない。ウサギと競争なんかするから、遅いと言われる。

勝ったのは亀だ!と誰かにつっこまれそうだ。
でも、本質はそこじゃない。ここで真に伝えたいのは、モノを見るための眼(モノサシ)はたくさん持った方がいいってこと。誰かの思考を借りることはできても、その人になることはできない。だとしたら、自分が持つモノサシの数を増やしておく必要があると思う。もっと勉強すべきだし、もっと本読むべきだし、もっと多くの人と話してみるべきだと思う。その積み重ねが、大学生活で一番大事なんじゃないかなと、大学4年生の今強く感じている。

ついでに、最後のブログ執筆なので、おこがませながら、最後のお願いをしておこう。
ここまで読んでくれた人にお手数だが、一番はじめに戻り、空白の後(各段落)の最初の文字だけを抜き出してほしい(最初の文字はわたしはの「わ」)。また新しいこのブログへの見え方があると期待し、それを後輩たちへのエールとして、このブログの締めくくりにしたい。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

次にブログを書くのは、チーム随一のテクニシャン、キムさんこと木村健志です。

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

積み重ねが全て(伊東駿)

2018.10.21

伊東1平素は大変お世話になっております。共に励まし合いながら多くの怪我を乗り越えてきた山村桂介からブログのバトンを引き継ぎました、商学部4年の伊東駿です。

最後のブログということで、ソッカー部生活を経て、自分が感じたことの中で最も後輩に伝えたいことを綴りたいと思います。

4年間のソッカー部生活を振り返ると、とにかく怪我に悩まされた期間が長かったと思います。今思い出せるだけでも6回は大きな怪我を経験し、手術2回、合計すると2年以上の間リハビリ生活を強いられました。
入部当初思い描いていた理想とはかけ離れた現実に苦しむ日々でしたが、この誰も味わったことのないような苦境を乗り越えてきたからこそ見えてきたものもあります。

それは積み重ねることの大切さです。一見当たり前のことのように思えるかもしれませんが、私自身16年間サッカーをやってきた中で、それに気づき、本当に意識をして取り組み始めたのは大学3年生の時でした。当時は望月大知監督の元、Bチームで毎日のように対人練習と 走りの繰り返しでした。アップをしたら、すぐにコロシアム(1vs1の地獄のミニゲーム)が始まり、最後はダブルボックスで追い込むのが定番の練習メニューで、時にはボールを使わず中山の公園まで行って、ひたすら走る日もありました。今までのサッカー人生を振り返っても、日々の練習がこんなにきつかったことはありません。始めはただ練習がきつくて、対人プレーにも自信の無かった私は、練習についていくだけで精一杯な状態でした。それでも大知君は決して妥協を許さず、声を荒げて選手を鼓舞し、練習の強度と質を追求し続けていました。そんな情熱的な監督のおかげで密度の濃い1年間を過ごす事ができ、自分自身大きく成長できたと感じています。選手として秀でた特徴をなかなか見い出せず、伸び悩んでいた私にとって、対人プレーでの球際の強さや最後まで走り負けない走力いう武器を身に付ける大きなきっかけとなり、結果として初のトップチーム昇格にも繋がりました。

それまでの私は、選手として上に這い上がっていくには、人以上に自主練を行い、練習量こなしていくしかないと考えていましたが、この1年間を通じて、チームの練習の中での強度を高めることが最も大切だと身を以て感じました。怪我でピッチを離れる時間が長ったからこそ、試合同様に味方がいて、相手がいて、ボールが常に動いて、状況が変わり続ける練習の中でしか得られないものは非常に多いように感じます。その中で強度と質を追求することは、どんな自主練をするよりも、どんな筋トレをするよりも大切なことなのではないでしょうか。周りの人よりも積極的に筋トレに励んだり、怪我をしても前よりも強くなって戻ってこようと努力してきたのに、なかなか成長を実感する事が出来ていなかったそれまでの自分には、練習に対する姿勢が足りていなかったのだと今になって痛感しています。

毎日の練習に対して100%の準備をして、練習中の1つ1つのプレーにこだわりを持ち、全ての力を出し切ること。上手くいかなくて先が見えなくても投げやりにならず、とにかく毎日少しでも成長してやるという気持ちを持つこと。自分の身体の事を1番に考え、怪我なくピッチに立ち続け、毎日の練習を積み上げること。
これがソッカー部での4年間を通じて私が感じた選手としてのレベルアップに最も大事なことであり、後輩に最も伝えたいことです。このブログを読んだ後輩達が一度立ち止まって自問自答し、練習への取り組む姿勢を見直す機会にしてくれれば嬉しいです。

長々と書いてしまいましたが、これはあくまで私自身の経験であり、人それぞれに成長のプロセスは異なると思います。ただ、2年までの自分のように伸び悩んでいる選手にはまず日々の練習を大切にしてほしいという想いがあり、最後のブログで書かせて頂きました。

最後になりましたが、今まで自分のサッカー人生で出会った仲間や指導してくださった監督・コーチの方々、そして常に何不自由なく支えてもらった両親には感謝の気持ちしかありません。
私のサッカー人生に関わって頂いた全ての方に感謝を伝えたいと思います。

本当にありがとうございました。
そしてこれからも宜しくお願いいたします。

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次にブログを書くのは、ベンチに座っているとベテランの名将のような風格を漂わせるグランドマネージャー本田完です。

《NEXT GAME》
10月28日(日) 関東リーグ戦 第18節 vs東京農業大学
@立正大学グラウンド 11:30キックオフ

教育の場としてのスポーツ(山村桂介)

2018.10.20

山村平素より大変お世話になっております。
同じCチームのメンバーとして苦楽を共にする北川からバトンを受け取りました、法学部政治学科4年の山村桂介と申します。 今回は私がブログを担当させて頂きます。
大学4年になり就職活動を経験したり、あらゆる活動の終わりを迎えたりしております。そのような状況下で、私が今頭の中で常に考えていることをこの場をお借りして皆様にお伝えしたいと思います。そして、皆様がこのブログを読み終えた時に自分にとってサッカーとは何か、なぜサッカーを続けているのかということを真剣に考えるきっかけになっていただければ幸いです。

『何でそんなにサッカー好きなの?』『何でそこまでサッカー続けられるの?』
幼少期から現在に至るまで長年サッカーを続けている学生は、これらの質問を就職活動の際に必ずと言っていいほど耳にすることになると思います。また、我々Cチームの選手達はCチーム監督の戸田和幸コーチから『プロじゃなくてアマチュアの人間が何で大学生にもなってサッカーをしてるのかよく考えろ』と言われたこともありました。正直、これまで私は、サッカーを続けてきた理由なんて『ただ、サッカーが好きだから』としか考えていませんでした。大学生にもなってサッカーをしている理由も同様です。しかし、私はなぜここまでサッカーを続けてきたのか。サッカーを続けてきたことで得られるものはあったのか。ただ好きだからという理由だけで続けてきたサッカーが社会に出た際にどう役に立つのかと、サッカーを続けてきたことの意義を近頃、真剣に考えるようになりました。そこで、今回のブログを通じて『学生がスポーツに打ち込む意義』について私が考えていることを少しお伝えしようと思います。

まず、体育会の学生として活動する上では『競技力の向上』と『人間力の向上』の2つが求められると思います。『人間力』というと曖昧な表現になってしまうのでここでは『人間力』を『精神的タフネスさ』や『考えて行動する力』などの総称としておきます。私は、学生がスポーツに打ち込む意義はこの後者の『人間力の向上』にあると思います。日々、真剣にサッカーをしていると自分のプレーが不甲斐なく監督やコーチに強く指摘されたり、怪我で長期離脱してしまったりという経験は誰にでもあると思います。しかし、大事なのはそこからであり、その現状を受け入れ、監督やコーチに指摘された理由や怪我を負ってしまった原因を分析し、そこから這い上がる為に自分には何が必要なのかを考え、行動を起こす。そして、失敗をしてはまた考え直し行動する。おそらく真剣にスポーツをしている人の大半がこのサイクルを自然と行っていると思いますが、この行動こそがスポーツを続けることで鍛えられる人間力であり、スポーツに打ち込む意義なのではないかと思います。
勿論、サッカーを通じてできた仲間のことを考えればそれも1つの意義だと思います。中学時代のチームメイトとは今でもよく会いますし、塾高サッカー部のメンバーに会うと家に帰ってきたかのように落ち着きます。ソッカー部の学部が同じ仲間とはテスト前になんだかんだ異様な結束力を発揮して修羅場を切り抜けますし、戸田さんの下で切磋琢磨し苦楽を共にする仲間もいます。日を追うごとにCチームの後輩を好きになっている自分もいます。確かに仲間の存在もスポーツに打ち込む意義だと思いますが、サッカー人生が終盤に差し掛かりこれまで自分がサッカーに費やしてきた時間をふと振り返ってみると、人としての基礎づくりこそスポーツに打ち込む意義のように思えます。『俺はプロになる為に中学で勉強を辞めて全ての時間をサッカーに費やしたけど、ここには(グラウンドを指差して)社会で必要な全てが詰まっていると思うよ。』戸田さんが集合の際に何度か仰っていた言葉の意味が理解できます。

大学4年の4月。就職活動解禁と共に様々な学生や社会人の方にお会いしました。体育会で日々真剣にスポーツに打ち込んでいる学生や体育会出身の社会人の方も大勢いましたが、中には「この人相当勉強してきたんだろうな」と思うほどその知識量の多さや論理的思考能力の高さ、頭の回転の速さなどに驚愕させられる方も大勢いました。社会に出たらこのような人達と一緒に働き、時には争うことになると思うとゾッとします。しかし、我々、体育会の学生には失敗をしたりダメ出しをされたりしても折れない不屈の精神や、考えたことを行動に移すチャレンジ精神、常に上を目指そうとする向上心など、組織や社会の中で生き抜いていくための礎ができたのではないかと思います。そして、この礎を確固たるものにし、その上で知見を広めたりスキルを磨いたりすることが優秀な方々に追いつき、追い越すことに繋がると信じています。私自身、このような根性論はあまり好きではないのですが、約20年間費やしてきたサッカーに意味を見出した時このような結論に至りました。
正直、プロにならない限り競技の上手い下手はあまり関係なく、大事なのはその時起こした行動に自分の考えや意図があったか、だと思います。勿論、体育会の部員である以上、競技力の向上に心血を注ぐことは大前提です。しかし、競技力の向上と同等又はそれ以上に人間力の向上を図ることが体育会という社会に出る一歩手前の段階では特に大事になってくるのではないでしょうか。

ここまでつらつらと持論を述べてきましたが、このように物事を考えるようになったのも、決して安いとは言えない部費を毎月毎月文句一つ言わずに払い続けてくれている両親のお陰です。最後に両親へ感謝の言葉を述べて終わりにしたいと思います。
いつもありがとう。

最後までご覧いただきありがとうございました。
次回のブログは、最近、筋トレに目覚め共に駒沢公園のトレーニング施設に行くことになったJ―Poeこと伊東駿です。

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

雪に耐えて梅花麗し(北川直樹)

2018.10.19

北川平素より大変お世話になっております。志木高から唯一の同期である河原からバトンを受け継ぎました、経済学部4年の北川直樹です。
河原とは入部当初、厳しい練習に圧倒されながらも「ひとまず今週いっぱいは頑張ろう」と、自分の大学4年間をどこに捧げ、より濃いものにしようか、悩みながら励まし合いながら、帰途についていた事をとても懐かしく思います。
さて、今回が最後のブログという事で、自分の大学4年間を振り返りつつ、今思う事を素直に綴ろうと思います。長文にはなりますが、最後までお付き合い頂けますと幸いです。

4年間を振り返ると多くの思い出が蘇ってきます。陸上部なのかと勘違いするほど走らされた入部当初、初めての公式戦、深夜まで分析作業に取り組んだリサ部屋での日々、何時間もやった毎日ミーティング、そしてサッカーの奥深さを知れたラストイヤー。
多くの方々との出会いにも恵まれ、とても刺激的な4年間を過ごす事が出来ました。
私が1年生であった当時、引退される4年生が「ソッカー部はサッカーだけでなく、ひとりの人間として大きく成長できる場所なんだ」と何気ない会話の中で仰っていましたが、今になりようやくその意味を理解する事が出来た気がします。
こうした経験を通して、達成感や充実感を感じる事があった反面、その何倍もの悔しい事がありました。

グラウンドが使えず、ゴール裏での練習を余儀なくされた事。
紅白戦を横目に何本も走る一周走。
劣等感を抱く事は多くありましたが、そうした経験があったからこそ、初めて出場したIリーグはとても感慨深いものでした。

また、選手としてだけでなく、リサーチとしても多くの悔しさと、そして興奮、感動を味わう事が出来ました。
リサーチ就任当初、夜遅くまで先輩方と議論を重ねて行う対戦相手の分析は、費やす時間の割にチームにとって有益となっていないと感じました。自分達を信用し、熱心に作成した資料を読み、聞いてくれる選手もいれば、そうでない選手もいたからです。
何故、ここまでして作り上げる分析に聞く耳を傾けてくれないのだろう。
当時はそう感じ、悪いのは聞く耳を持たないトップの選手の方だと、いつしか本質を忘れ、作業を淡々とこなすようになる事もありました。
しかし昨年、チームの降格を目の当たりにした時、この考えは間違っている事に気付き、大きな後悔に襲われました。
聞く耳を持たないトップの選手が悪いのではなく、聞かせてくれと思われるような分析を行えていない私達に責任があるのです。
そうした後悔から、リサーチ班こそ慶應の強みだと言われる様、人見さんや冨田監督、SFCの教授である永野さんのご協力のもと、データ分析を手がけるデータスタジアム株式会社から「分析とはなにか」という事から、プレゼンの伝え方に至るまで、半年間講義を受け、少しずつではありますがリサーチも変化、今では自信を持ってチームに有益となる分析を届ける事が出来ている自負があります。
先日の早慶定期戦、アミノ杯での早慶戦では、関東1部リーグを戦う早稲田大学の前期全11試合を何度も何度も見返しては、早稲田の狙いを分析しました。結果こそ勝利を収める事は出来なかったものの、「これで負ける気がしない、最高の発表だった」と多くの選手から言ってもらえた事は凄く嬉しかったですし、実際に分析した事が現象として多く表れる試合には、選手としてプレーする喜びとはまた違う、これまで味わった事のない興奮を感じる事が出来ました。迷惑をおかけする事も多くありましたが、自分達の主体性を買っていただいた人見さん、冨田監督、永野教授、そして何でも相談に乗ってくださったリサ部屋の先輩方、同期、そして頼りある後輩にはとても感謝しております。

こうして振り返ってみると、文章には書ききれない程の素晴らしい出会い、経験をする事が出来ました。選手として、本気でサッカーの出来るラストイヤーである今年には、私がサッカーを始めるきっかけとなった日韓W杯で、4試合にフル出場し日本の初の決勝トーナメント進出に大きく貢献された戸田和幸監督の指導を受ける事が出来ました。

「思考を止めるな。常に頭を働かせ続けろ」

これは初めて指導を受けた日に、戸田さんが仰っていた言葉です。当初、勝手なイメージから、練習は対人メニューが多く激しいものだろうと予想していた私でしたが、実際は正反対のものでした。

練習時間の何倍もの時間を費やし考え抜かれたトレーニングメニュー。
練習や試合を通じて浮かび上がった個々の課題を、動画と共にメールでアドバイスを送る徹底ぶり。

例を挙げればキリがなく、解説業もされる中で、一体どこにそんな時間があるのかと思うほど、半端ではない熱量を注いでいただきました。
14年間のサッカー人生で、この監督の為に勝ちたいと、ここまで思えた事はありません。
だからこそ、身体的にも技術的にも優れる相手の多いIリーグ1部の舞台で、思考を巡らし、チームとして意図的にボールを保持しながら狙った事をピッチで表現出来た事、そして勝利を収める事の出来た流通経済大学との一戦では、とても大きな喜びを感じる事が出来ました。
しかし、残念な事にチームは今、残留か降格かの瀬戸際に位置しています。
どれだけ素晴らしい1年を過ごせたと思っていても、結果が全てと言えばそれまでです。
内容では勝っているように思えても、結果がついてこない、そんな悔しい思いはたくさん経験しました。
だからこそ、残り2戦、勝って残留を決める事が出来たのならば、その時の喜びは計り知れないものでしょう。
最後の最後で怪我を負い、プレーする事が出来ない事は大変悔しいですが、自分に出来ることを最大限行い、必ずや残留を掴み取って喜びを分かち合いたいと思います。

最後に、ソッカー部は今、大きな変革期にあるように思います。
私が入部した年には100人ちょっとであった部員数も、今では174人になりました。
長く部員から恐れられてきた粗相制度もなくなり、ミーティングの回数もかなり減ったと思います。
正直、部員数がこれだけ多くなる中で、目に見えたルールがなくなる事は、チームを良い方向にマネジメントしていく上で、難しい選択だと思います。
ただ、大切なのはチームが強くなる為に考え抜いて実践していくことです。
数々の偉大な先輩方が残していった伝統は多くありますが、ただそれをそのまま引き継ぐのであれば、時代に取り残されてしまいます。
まさに、「思考を止めるな。頭を働かせ続けろ」です。

リサーチの方法だって同じです。今年大きな変化を遂げることが出来ましたが、受け継いでいくべき良い伝統もあれば、変化させていくべき事もあると思います。その際はどんどん「こうあるべきだ」と思う方向へ挑戦していって下さい。

拙い文章となりましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。
次は、ラストイヤーを共に過ごす事の多かった山村桂介です。一見クールに見えて、内に秘める思いが熱いヤマ、どんなブログを書いてくれるのか、ご期待ください。

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

リサーチと共にあらんことを(河原悠人)

2018.10.17

河原こんにちは。経済学部4年の河原と申します。
母なる大地こと高松からバトンを引き継ぎました。私が今、こうやって笑顔でいられるのは美味しいごはんと彼女のおかげです。

私は大学二年からリサーチを担当しています。就任してしばらくは仕事というよりも作業という言葉がぴったりな、コストパフォーマンスのこの上なく悪い業務をただひたすら無心になって取り組んでいました。ミーティングに向け一週間をかけて作る動画の再生回数はなんと平均にして4回。自分のチェック込みでこの回数なので下層ユーチューバーですら思わず心が折れてしまうことでしょう。
また、こういう仕事をしていると出場する選手や監督・コーチから「ありがとう、助かっているよ」と感謝の言葉をかけられることが多く、もちろんそれ自体嬉しいことなのですが、自分自身がその作業に時間を割いていること自体に感謝されているようにしか感じることが出来ず、本当にチームの勝利の助けになっている実感は到底ありませんでした。
そして、極めつけはその立場です。例年、主務やグラマネ、学連などに比べてリサーチは速やかに担当が決まります。要するにやる気さえあれば出来ます。逆に言えばその程度のポジションなのです。なので、例えば誰かが粗相を繰り返すとその取返しでやれとか、部員一人ひとりの存在意義が厳しく問われる中で逃げ道呼ばわりされたりと、結局、こういう扱いをされるのもチームの中で絶対的な役割を果たしていないからだと考えていました。
ラストシーズン、折角ならリサーチをチームにとって不可欠な存在、いやソッカー部のアイデンティティにしてしまおう。反骨心からか、怪我も相まってか、とてつもないエネルギーが漲ってきました。そんな時、チームは降格しました。チャンスです。大きな二つ、1部昇格、そして早慶戦勝利。

私は高校時代を含め殆ど慶應が負けている試合しか見たことがありません。毎年早慶戦での恒例行事は、心の底から今すぐにでも早稲田に編入したいと思えるくらい楽しそうな応援風景と、試合後に場所も雰囲気も暗いなか行われる全体ミーティングです。そして、各主務の決まり文句は、「早稲田に試合でも、仕事でも組織でも全てにおいて下回った。」
―ちょっと何を言っているのかわかりません。試合にこそ勝てれば全てにおいて上回った事になるのでしょうか。あまりにも曖昧だなーと曖昧に思ってました。
そこで、リサーチ班はある一大プロジェクトを始動しました。名門「ア式ゼミ」です。活動内容はカテゴリーの違う早稲田の試合を七夕まで全試合拝みに行くというものでしたが、彼らは圧倒的な強さを発揮し、ぶっちぎりの1位で前期を折り返しました。ゼミ員は絶望の淵に立たされ、その恐怖に泣きじゃくる者もいました。嘘です。
それでも時間をかけ、監督コーチを含め全員で議論に議論を重ね対策をし、あとは出場する選手に託して当日を迎えました。試合は1対2で終了。一瞬ではあったものの7年ぶりに奪ったリードに狂喜乱舞する応援、最後まで気の抜けない白熱した試合展開に、私自身悔しさよりも充実感に満ち溢れていました。
後日、我らがダース・イトぺー卿(伊藤洋平コーチ)がボソッと「あのコーナーこそ組織の縮図だったのかもよ」とおっしゃられました。あれだけの準備をして、最高のプレーを見せたのに結果セットプレーで2失点。思えば去年もそうでした。そこで、サッカー面以外にも目に見えない敗因がある事にハッと気づき、同時にあの時彼らがちょっと何を言っていたのかが分かったのです。でも、本当にちょっとです。

一方でリサーチにとっては大きく自信をつける機会ともなりました。後期も中盤に差し掛かり、厳しい戦いが続き昇格という目標からは遠ざかっていますが、前期に比べ確実に成長を遂げています。何より嬉しいことは、試合後選手から「リサーチの分析がはまった」など、選手や監督に頼りにされ以前よりも強固な信頼関係を築けている事です。今年は特に下級生の頑張りに支えられている部分が大きいです。一人ひとりが分析に取り組む姿勢は私が就任した当初に比べ劇的に変わり、だんだんと他大学に警戒され始めているところからも、目に見える形となって表れていることが伺えます。そして何より、ここまで分析能力が向上したのはデータスタジアム社の方々の、惜しみない尽力があったからこそです。普段なら帰宅する時間であるにも関わらず、夜遅くまで我々に指導して下さり、実際に試合会場まで足を運び共に改善策を練って下さったりと感謝してもしきれないことばかりです。

最後にボロボロの膝にメスを入れ続け、万全の状態にまで治して下さった三浦さん、松永さん、新旧リサーチ班、Dチーム同期、イトペーさん、関田、そして両親に感謝の意を述べて終わりにしたいと思います。

次は高校時代から今に至るまで、リサーチ、そして怪我を負う部位まで、苦楽を共にしてきた北川です。
数少ない志木高の頼れる彼のブログに乞うご期待!

《NEXT GAME》
10月21日(日) 関東リーグ戦 第17節 vs関東学院大学
@青山学院大学グラウンド 14:00キックオフ

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