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私にとっての早慶戦(新居俊介)

2017.08.12

新居

平素より大変お世話になっております。今回ブログを担当させていただくこととなりました、法学部法律学科1年の新居俊介です。今回『私にとっての早慶戦』について書かせていただきます。初めてのブログで拙い文章ですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

私は慶應義塾中等部サッカー部から川崎フロンターレU-18を経て、大学で慶應義塾体育会ソッカー部に入部しました。中学で慶應のユニフォームを着て戦い、高校で1度そこから離れた後に、また慶應に戻って来るという珍しい経験をしています。本当に下手くそな私も、少しずつ成長してここまで来ることが出来ました。私がこうした経歴を辿れているのも、その時々で素晴らしい指導者や仲間に出会えたからです。また、川崎フロンターレU-18ではサポーターの方々の存在もとても大きかったです。トップチームの試合等と上手く日程を工面しながら練習や試合に足を運んでいただき、多くのサポーターの方々に後押ししていただきました。とても感謝しています。高校3年間で慶應の部活ではサッカーをしていなかったことで「お前には慶應の血が流れていないんじゃないか」と言われることもありますが、それは違います。むしろ、高校3年間の方が慶應を意識して生活をしていました。なぜならユースチームで活動する時、自分の言動が慶應生の言動として見られているからです。特にピッチ外では良いことをした時も悪いことをした時も「お前は慶應だから…」と言われることが多く、最初はなんでこんなに周りは慶應と言ってくるんだろう、と思っていましたが、段々と自分が慶應生の代表として見られていると感じるようになりました。その為、大げさかもしれませんが、私生活から慶應の名を背負っているという意識のもとで生活する癖が付きました。卒業してから等ではなく、在学中にこの様な経験が出来ることは、あまりない良い経験だったなと思います。またこうして今、慶應のユニフォームを身に纏ってピッチで戦えることがとても嬉しいです。

さあここで今回のタイトルにもある早慶戦の話に移りましょう。私が初めて早慶戦を見たのは昨年のことです。私は、前半が始まって5分くらい経った頃に等々力陸上競技場に到着したのですが、その瞬間にとても驚きました。そこにはJリーグ並みの大勢の観客がいました。また、早慶戦ならではのバチバチした雰囲気、ピッチの熱気が溢れていました。その光景に鳥肌が止まりませんでした。J1で戦う川崎フロンターレの等々力陸上競技場での、たくさんのサポーターの方々が作り出す試合の雰囲気とも違い、学生が作り出す雰囲気にとても高揚しました。結果は0-1で敗戦してしまい、早稲田に5連敗を許す結果となってしまいましたが、その試合を見た後から私の心は、勝敗等は忘れて、「あの早慶戦のピッチに立ちたいな」という気持ちでいっぱいになりました。

そして今年の早慶戦で、運営や試合の準備をする主務・副務やマネージャーを見ながら、早慶戦が近づくに連れて1年前の早慶戦の光景を思い出してワクワクが止まりませんでした。当日は応援席からピッチで戦う選手達を応援しました。しかし結果は1-5と大敗を喫してしまいました。スタンドから早稲田の喜ぶ姿、慶應の下を向く姿を見ることしか出来ませんでした。悔しいという気持ちでいっぱいになりました。自分の出ていない試合に負けて悔しいと思うことはあまりないのですが、これはきっと他の大学に負けることとも違い、早稲田には絶対に負けたくないという気持ちがあったからだと思います。今までの人生で、早稲田に負けたくないと考えることは殆どありませんでしたが、この早慶戦を機に早稲田とは絶対に負けてはならない相手なんだなと強く思うようになりました。また、昨年感じた「早慶戦のピッチに立ちたい」という思いは増し、今は「早慶戦のピッチに立って慶應を勝たせたい。早稲田には絶対に負けたくない。」という風に思う様になりました。ソッカー部に入部してから早慶戦を経て自分の中の意識が変わったように思います。しかし自分はまだまだ下手くそです。試合に出たりするには足りないことだらけですが、その思いを表現出来る様に、1日1日を大切にしてこれからもっともっと精進していきたいと思います。そして、必ず慶應のゴールを守って早稲田を倒したいと思います。

拙い文章でしたが最後までお読みいただきありがとうございました。
今後共、ソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
第54回慶應・延世サッカー定期戦
8月19日(土) 15:00kickoff @日吉陸上競技場

感謝(山村桂介)

2017.08.09

山村

こんにちは。平素より大変お世話になっております。この度、初めての部員ブログを担当することになりました、法学部政治学科3年の山村桂介です。今回、私は「怪我をした際に支えてくれた全ての人たちへの感謝の意」をこの場をお借りして表したいと思います。
拙い文章ですが、最後までお付き合いください。

私は大学3年になって、サッカー人生初の怪我による約半年余りの長期離脱を経験しました。幸い先月の7月に復帰することが出来たのですが、この約半年のリハビリ生活は幼少期からのこれまでのサッカー人生で1番過酷なものでした。実際、グラウンドでも家でも何度も泣きました。サッカーが出来ないことがこれ程までに辛いことなのかと痛感した日々でした。また、私が負った怪我は、完治することが難しいグロインペインという怪我でした。その為、復帰の目処を中々立てることが出来ず先が見えなかったので、正直、挫折しそうにもなりました。

しかしそんな時、周りには私の怪我の状況を気にしてくれる同期、先輩、後輩がいて、常に激励してくれる病院の理学療法士の方や家族、友人がいました。ちょっとしたことでも声を掛けて気にしてくれただけで、本当に心の支えになりましたし、このように支えてくれた人達の為にも早く復帰したいと前向きに考えられる様になりました。また、怪我から復帰した時には「良かったな」と声を掛けてくれたり、自分のことの様に喜んでくれたりと、そのような周囲の人達の心遣いが何ものにも代え難い喜びでした。
本当にありがとうございました。

確かに、怪我は時間の無駄ですし、周りのライバルには置いていかれますし、マイナスなことしかありません。しかし、私は今回の長期離脱を経験して、周囲の人が支えてくれるありがたみをものすごく実感しました。そしてその人達のサポートがあって初めてサッカーをすることが出来るんだと改めて認識する事が出来ました。また、この経験を糧に怪我をしない体作りをしていくと共に、ライバルに差を付けられた分を取り戻し、更なる向上心を持って自分の目標へ突き進もうと思います。
そして、これからは自分がその支えてきてくれた人達への恩返しをしていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
今後ともソッカー部へのご支援、ご声援の程よろしくお願いします。

《NEXT GAME》
第54回慶應・延世サッカー定期戦
8月19日(土) 15:00kickoff @日吉陸上競技場

なぜ大学サッカーを続けるのか(中畝楓流)

2017.08.06

中畝

こんにちは。平素より大変お世話になっております。今回ブログを担当させていただくことになりました、法学部法律学科1年の中畝楓流です。今回は「なぜ大学サッカーを続けるのか」をテーマに自分の思いを綴ろうと思います。拙い文章ですが最後までお付き合いいただけると幸いです。

私は物心が付いた時からボールを蹴り始め、小学生になってからプロサッカー選手を夢見て、本格的にサッカーを始めました。これまでの人生の中で、サッカーは今まで自分が生きてきた全てと言っても過言ではなく、本気でプロサッカー選手になって活躍することを夢見て今までのサッカー人生を歩んできました。

しかし段々と年を重ねるに連れて、本気でその夢は叶うのかと考える様になり、小さい頃から一緒にサッカーをしてきた仲間がプロサッカー選手になったり、選手権などで活躍する姿を見たりすると「自分にはもう無理なのかな」と思うことが多々ありました。その様な中、本気でプロサッカー選手を目指さないなら、サッカーを続けても意味がないし、大学では他のスポーツや全く新しいことに挑戦しても良いのかなと本気で考え込む時もありました。(お前、バカだし、変人だし、何も考えてないし、絶対にそんなこと考えていないだろって思う友達が大半かもしれませんが結構悩みました……。)でも、幼い頃から続けてきたサッカーをそんな簡単に辞めることが出来ず、また桐蔭学園サッカー部から慶應に進んだ同期全員がソッカー部に入部した為、中途半端な気持ちで入部したというのが正直なところです。

ではなぜこの様な中途半端な気持ちであったにも関わらず、ソッカー部に入部して本気で大学サッカーを続けようと思ったのか。その理由は大きく2つあります。

1つ目は「仲間の存在」です。その同期の中でも私が特に「ライバル」だと勝手に思っているのが、高校のサッカー部から一緒の井上と草野です。この2人は高校時代から特に一緒に過ごす時間が長く、ポジションも同じで、練習後は一緒に自主トレを行い、ずっと切磋琢磨してきました。正直言って大学でも特にこの2人には負けたくなく、絶対に2人よりも上手くなる、強くなるという思いで今まで努力を重ねてきました。しかしソッカー部に入部してしばらく経つと、自分はCチームで草野と井上はAチームやBチームに所属していました。正直、負けず嫌いな私にとって相当悔しかったですし、絶対にあいつらに追い付いてAチームで活躍してやろうと日々努力しました。「仲間に負けたくない」そして「仲間と共に同じ目標に向けて日々高め合っていきたい」という気持ちが、今の私がサッカーを続ける上での大きな原動力になっています。この様に高校時代から切磋琢磨してきた仲間はもちろんですが、他にも、ソッカー部に入部して出会った多くの同期や先輩方に日々強い刺激をもらいながら、これからも自分の目標に向かって猛烈に努力していこうと思います。

2つ目はソッカー部という組織が、「自分が人として自立し成長出来る場所」だと強く実感したからです。ソッカー部ではサッカーだけでなく、練習の準備や片付け、審判派遣、ミーティングなど、サッカー以外にも自分が成長出来るチャンスが多くあります。しかし、ただそれらの仕事やミーティングをこなすだけでは、自身の成長には繋がりません。またソッカー部では普段の仕事だけではなく、早慶サッカー定期戦などの際は部員全員で運営に携わります。今年になり、初めてソッカー部員として早慶戦に携わったのですが、私の中で特に印象に残るシーンとして、試合はもちろんですが、メンバーに入れなかった4年生の姿にありました。4年生が、早慶戦のピッチに立つことが出来ず一番悔しいはずなのに、挨拶や仕事を率先して行い、誰よりも声を枯らして応援している姿を見て、純粋にこういう人間になりたいと強く思いました。この4年間で全てを自分の成長に繋げていける様に、そしてサッカー選手としてだけでなく、1人の人間として日々成長し、少しでも多くチームに貢献していきたいです。

これまで様々なことを書いてきましたが、ここで最後に私が尊敬してやまないキングこと三浦和良選手の言葉を記したいと思います。
「チームに忠誠を尽くすことと、チームの真の戦力になることは別問題だ。他人がどうこう言う前に、自分でやる!という気概を持つことが何よりも大事。一人ひとりが反骨精神を持って全力を尽くす集団が、結局は一番強いのだ。」

昨日をもってオフ期間が終了し、今日から勝負の夏が始まります。この厳しい夏の期間でどれだけ個人としてもチームとしても成長出来るかによって、これからの未来が変わってくると思います。個人としては、サッカー選手として日々の練習から反骨精神を持って自分の持てる全てを出し切り、日々コツコツと全力で取り組み、チームを勝利に導ける選手になります。また、1人の人間として自立し成長出来る様に、時間を無駄にすることなく取り組んでいきたいと思います。そして恵まれた環境や周りのサポートに感謝の気持ちを忘れずに、ソッカー部の4年間でサッカー選手としても人としても大きく成長していきます。さらに自分の決めた目標を達成出来る様、少しでも多くチームに貢献出来る様、日々精進していきます。

拙い文章でしたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後ともソッカー部へのご支援、ご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
第54回慶應・延世サッカー定期戦
8月19日(土) 15:00kickoff @日吉陸上競技場

19の夏(中井晴斗)

2017.08.03

中井晴2

平素より大変お世話になっております。今回ブログを担当させていただきます経済学部2年中井晴斗です。あらゆる分野に於いて夏のこの時期は重要であり、勝負の夏と言われます。2年前の私は浪人生として勝負の夏を過ごしていました。今回はそのことについて書きたいと思います。

19の夏、それは多くの人にとって大学1年目で迎えるとても楽しいイベントだと思います。私はそれを横目に毎日河合塾池袋校に通い、正に勉強漬けの日々を送っていました。予備校の授業は1~5限まであり学校の様で、高校生活4年目を送っているような中々楽しいものでした。夏までは。

そして自分は他の浪人生と少し違った経験をしたことは間違いありません。なぜなら、私の家族は海外に住んでいたので、河合塾直営の寮に入り、約1年間寮生活を送っていたからです。その寮の環境は、勉強するには最高の環境で、私にとっては地獄の環境でした。というのも門限は8時で、テレビは食堂に1つあるだけで自分の部屋にはありません。そのテレビも門限の8時と同時に消されてしまうので私達がテレビを見られるのは、長くて夕食時の7時からの1時間のみです。その為、その年のサッカー日本代表の試合は全試合前半のみの観戦となり、月9ドラマは我々寮生にとって程遠い存在でした。もちろんWi‐Fiなど飛んでいません。そんな環境下で1日10時間近く、多い日には13時間勉強という今では信じられない生活を送り、中々寝付けない日には飛び起きて机に向かい、机の上で朝を迎えることもありました。

そんな辛い生活の中で私の心の拠り所となった存在が2つあります。まず1つ目は寮内で唯一の友人である健吾君という存在でした。彼とは毎夕食を共にし、塾帰りには道草をして、鯛焼きを食べに行ったりして、何でもないことをお互い幸せに感じていました。もう1つは両親の存在です。毎週末、日本から見て地球の真裏の異国の地とSkypeを繋ぎ、2,3時間お喋りをしました。その時間がどんなに自分にとって支えとなったかは計り知れず、実際とても不安にさせてしまい、両親には感謝してもし切れません。

そんなこんなで勝負の夏を何とか乗り越えると、待っていたのは試練の冬でした。冬休みになると予備校の授業や模試なども終わり、ただ自習を続ける1番精神的に辛い時期が訪れます。その頃の私は髪の毛も自分で切るようになり、見た目も中身もすっかり浪人生でした。センター試験が近付くと不安と緊張からかご飯が喉を通らず、ひたすら孤独との戦いが続きました。そして合格発表は正に劇的なものでした。これに関しては直接自分に聞いてください。

そうしてソッカー部の門を叩いて来た訳ですが、浪人時代は1年間友人や家族の支えがあったと言っても結局は個人戦で、とことん自分次第でした。その時と比べて現在は、試合に出ている人を応援したり、彼らに自分の思いを託したり、また、自分のミスをカバーしてくれる仲間がいるというチームスポーツの素晴らしさを改めて感じています。そしてこのソッカー部では、部員一人ひとりの存在価値が問われる機会が多くあります。浪人時代、偏差値やテストの点数でしか評価されないシビアな世界にいた分、ソッカー部に於いてサッカー以外の面で自分の存在価値を与えてくれることを有難く感じます。ひたすら自分の為だけに頑張った1年と、チームの為に自分に出来ることを突き詰める4年間の両方を経験出来ることは、自分にとって非常に意味があると思います。この大学生活を有益なものとする為、1日1日を大切にしていきたいと思います。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

《NEXT GAME》
第54回慶應・延世サッカー定期戦
8月19日(土) 15:00kickoff @日吉陸上競技場

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