オフィシャルブログ

今思うこと(豊川功治)

2016.10.22

豊川2

今回ブログを担当させていただく、総合政策学部4年豊川功治です。
前回のブログで大志がおちゃらけつつ書いていましたが、自分は真面目に書こうかと思います。後、一切俺の名前を入れてくれとは頼んでいません。
そんなことは置いといて、このブログで自分が4年間思ったこと、感じたことをただただ書こうと思います。

ソッカー部に入って、楽しいことも、苦しいことも、悔しいことも沢山の経験をしてきました。人よりも色んな意味で濃い時間を過ごしてきたんじゃないかと思っています。

その濃い時間を思い返してみて、一番に思うことは夢が叶わなかったことです。
人生で初めて夢が叶わなかった。これからもあまり出来る経験ではないと思います。
このソッカー部に自分はプロサッカー選手になって活躍するという、小さい頃からずっと思い描いていた夢を持って入部しました。4歳からサッカーを始めて、どんなに辛い時でもこの夢があるから、夢を叶えたいから頑張ってきました。大学では苦しく、悔しいことの連続でしたが、それも夢があったからこそ頑張れていたと思います。絶対に叶えてやる。試合で活躍するんだ。という思いがどんなにプライドをズタズタにされても、自分を信じてやれていたと思います。
しかし、3年の夏。練習を途中で帰り、Bチームに落とされました。もう夢は叶わないのではないか。この部に自分は適さないから辞めた方が良いのではないか。夢を叶える為に辞めた方が良いのではないかという選択肢さえ生まれたのです。
さらに、「夢が叶わないのが分かったら、自分はサッカーを頑張れるのだろうか」という思いで自分は不安になったことを覚えています。そのくらい自分にとって夢の存在は大きかったのです。
そんな不安を抱え、どん底に落ちた時頑張れたのは同期の支え、後輩の存在でした。
俺の失敗を温かく笑い飛ばして、側にいてくれるやつ。愚痴をこぼしながらも、めっちゃくちゃ頑張るやつ。同じ状況なのに、びくともせず努力をし続けるやつ。
そんな同期がいて、俺を慕ってくれる後輩がいて頑張ることが出来ました。というより頑張らないわけにはいきませんでした。だから、微かな夢の可能性を信じつつ、夢どうこうという問題ではなく頑張り続けられました。

今、自分は夢を叶えることは微かな可能性しかありません。むしろ、もう叶えることは出来ません。でも、今最高に楽しいし、サッカーをめちゃくちゃ頑張れる。どんなに苦しい状況でも戦い続けることが出来る。それは、最高の同期、弟の様な後輩がいるからだと思います。夢の存在をも上回ることが出来る仲間に出会えて、それを知ることが出来て本当に良かった。サッカー人生の集大成として、自分の出来ることを全てやり尽くす。必ずインカレ出場をみんなで摑み取ろう。引退するその日まで走り続けます。

《NEXT GAME》
10/23(日) 関東リーグ戦 第19節 vs法政大学
@川口市青木町公園総合運動場 14:00キックオフ

仲間(藤田大志)

2016.10.22

水野

今回部員ブログを担当させていただく、理工学部4年の藤田大志です。
文系の人達とは比べ物にならない程勉強も頑張ってきた、文武両道を体現する、全部員の中で2人しかいない理系です。この場を借りて理工学部に通いながら体育会に所属することの凄さをお伝えしたいと思います。と言いたいところなのですが文系の人達から批判が来そうなので今回は止めておきます。
と、まあ冗談はこの辺にして早速ブログを書いていきたいと思います。久しぶりであり、最後のブログということもあり、何を書こうか迷いましたが、今までの自分のサッカー人生は仲間に恵まれてきたな、と実感しているので、同期のことについて書きたいと思います。(本当はあまり書きたくなかったのですが要望があったので仕方無く)

私には同期が25人います。ここでその25人全員について書くのは難しいので、その中から特に仲の良い3人をご紹介したいと思います。(※2・3人目は書いてくれと本人から言われました。)
1人目はフジ(藤川裕章・慶應義塾湘南藤沢高等部)です。大学1・2年と同じチームでプレーし、一緒にリハビリをした時間は一緒に試合に出た時間より間違いなく長いです。怪我をする辛さ、苦しさを分かち合える彼がいたからこそ今までサッカーを辞めずに続けることが出来ていると言っても過言ではありません。
2人目はこうじ(豊川功治・ジェフ千葉U-18)です。部室で同じロッカーを使っている相棒です。大学4年間で一番仲良くなったかもしれません。一緒にサッカーをする時間こそ少なかったですが、慶應らしくない彼と居ることで4年間自分の軸をぶらさずサッカーを続けることが出来ました。
3人目はしょーま(森下翔馬・大阪桐蔭高)と言いたいところですがこれ以上ダラダラ書くと長くなってしまうので割愛させていただききます。
あれ?俺の名前が出て来ないな、と思った方、嫌いではないので安心して下さい。
私は今、上に書いた人だけではなく、様々な人からモチベーションを貰ったり、様々な人に相談に乗ってもらったりしながらソッカー部生活を送ることが出来ました。

私がこのブログで後輩に伝えたかったことは、信頼出来る仲間を持つことの大切さです。そんなの当たり前だろと思っている方も居るかもしれませんが、実際、精神的に追い込まれたりすると普段は気付かない有り難さに気付きます。2・3年生は来年上級生となり、今まで以上に困難に直面し、仲間を頼る場面が出てくるでしょう。そんな時に頼れる仲間を1人でも多く作って欲しい。助けてくれる仲間を作って欲しいです。

最後になりましたが、リーグ戦も残すところ4試合、インカレに向けて負けられない戦いが続きます。試合に出る人、出ない人、一丸となって戦いますので、会場に足を運んでいただいた際にはご声援の程宜しくお願い致します。

《NEXT GAME》
10/23(日) 関東リーグ戦 第19節 vs法政大学
@川口市青木町公園総合運動場 14:00キックオフ

納得出来る事と納得出来ない事(水野功太郎)

2016.10.20

水野

去年、4年生の引退試合である4年生早慶戦で悪の大先輩比留間さんに花束を渡す時に泣いてしまい、たくさんからかわれた時から、もう1年経つのかと考えると、この1年間がとても早かったなと感じております。
自分のキャラには合いませんが、今回は少し真面目なブログを書かせていただきます。「納得出来る事と納得出来ない事」というタイトルです。

まず納得のいく事です。
この四年間で努力の分だけ、結果が出る事を改めて感じました。
当たり前のこと過ぎて、何だそんなことかと思われた方もいると思いますがお付き合いください。

自分は高3の頃からトップチームの練習に参加させてもらい、1年時からアカデミーに所属し、2年次、トップチームに昇格は出来ませんでしたが、Bチームでスタメンを張り続けていた期待されている選手でした。
3年次には念願のトップチーム昇格を果たし、韓国の延世大学校への留学のチャンスを得ました。しかしシーズンイン3日目に手術を伴う怪我をしてしまい、ようやく手にしたチャンスを失ってしまいました。
そして4年次、Bチームでスタートし、またも4カ月に及ぶ怪我をしてしまい、復帰した時にはCチームでした。
学年が上がる毎にチームが落ちていきました。しかし決してサッカーが下手になったとは思いません。
「もっと出来るのにな」と何度も言われました。
しかし間違いなく自分はCチームの選手だと今は納得しています。

じゃあなんで今Cチームなのか。
それは全て「努力の分だけ結果が出る。」
この一言に尽きると思います。
決して努力を全くしてこなかったとは思いません。しかしこのソッカー部の同期には何倍も努力する人がたくさんいました。
学年が上がる毎にチームが落ちていく情けない自分に比べ、周りにはCチームであろうと努力を重ね、学年が上がる毎にチームを上げていく同期がたくさんいました。
そして今、自分と同期の何が違ったのかを考えてみると、何となく答えが分かる気がします。
まず第一に「努力の差」、これはもちろんですが、それと同じくらい大きな理由があると思います。それは「報われない努力だと知っていてもやり続ける事が出来るかどうか」です。

自分は報われる努力だけを信じサッカーをしてきたなと思います。何かにチャレンジして、結果が出なければ辞めてしまう。その繰り返しをしてきたなと思っております。その一方、同期は、この努力が実を結ばなくとも、無駄な努力になったとしても同じ気力、同じモチベーションで努力を続けていました。
4年の動画でも話した通り、同期は本当に凄いと思います。
あんなに長い時間グランドで練習、ケアをする慎太朗(浦和レッズユース)、何度もAからBに落ちてきては一緒に練習をしていましたが、彼の行いはAにいようがBにいようが1ミリも変わりませんでした。そして今年早慶定期戦にスタメンで出た時は本当に凄いと思いました。
しかしあれだけの努力を積み重ねていることを考えるとそれは納得です。

1年の頃は粗相マスターであった冨田(桐蔭学園高)は、今では全部員を纏め上げる主務であり、同じく川原(桐蔭学園高)はグラマネに。
挙げるときりがありませんが、自分の同期にはすげえヤツしかいません。
こんな素敵な同期を持てたこと、一緒にサッカー出来たこと本当に誇りに思っています。
そしてこんな情けない自分を支えてくれた同期にとても感謝しています。
そして後輩に伝えたいことはビデオの内容と被りますが、もっと同期に注目してたくさん刺激を貰って欲しいと言う事です。
確かに4年の背中を見て刺激を貰って欲しいですが、結局1番心が動く瞬間は先輩よりも同期が頑張っている姿だと思います。
そんな同期を見ながら成長出来ることはこのソッカー部で出来る最高の成長だと思います。
自分はこのことに気付くことが遅すぎたことが1番の後悔です。

そして最後に納得のいかない事について書かせていただきます。
それは現在降格圏内とインカレ出場圏内の勝ち点が3しか差がない状況で、目標である「インカレ出場」が達成出来なくなってしまうことです。
4年はもう一度この4年間を思い出して欲しい。
この4年間、辛い練習、ランにも耐え、そして何百時間もやったミーティング、グラマネ川原、田村(桐光学園高)を出す時にみんな泣きながらやったミーティング、今考えると凄い議題だったと思いますが、嫌いな人を言うミーティング等々。
これだけ努力をし続けてきたこのチームが「インカレ出場」という目標を達成出来ない訳がないと信じています。
インカレ出場、そして日本一、この4年間、目標達成の為の納得のいく努力を間違いなくしてきたはずです。
残り4試合、今までやってきたことにもっと自信を持って戦おう。

そして11/12(僕の22回目の誕生日)最終戦(僕の22回目の誕生日)にみんなで笑ってインカレ出場を決めましょう。
大事なことなのでもう一度言います。

必ず11/12(僕の誕生日)にインカレを決めましょう!
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2年前の誕生日ミーティング(今年も待ってます)

 

 

 

 

《NEXT GAME》
10/23(日) 関東リーグ戦 第19節 vs法政大学
@川口市青木町公園総合運動場 14:00キックオフ

いや、いこう(前田啓介)

2016.10.19

前田
いつもお世話になっております。4年前田啓介です。日頃よりOBを始めとする様々な方々に支えられてサッカーに取り組むことが出来ていることに大変感謝しております。今回ブログを担当したことにより、チームに対し少しでも良い影響を与えられたらと思います。

これまでの人生を振り返って、私は誰にも負けない武器を持つことで助けられてきた、そしてかけがえのない経験をすることが出来たと思っております。人生の中で、私にとってサッカーが1つの武器でした。サッカーを一生懸命やってきたからこそ、道が拓けた場面があったり、色々な所に行き、多くの人と触れ合い、様々な経験を積むことが出来ました。これまで得られてきた経験には自信を持っており、これからも一生財産になるものであると確信しております。

しかし、サッカーの中での武器は何なのか。これが大学時代、見つけられなかった、磨き切れなかったことが、第一線で活躍する選手になれなかった原因であると考えております。
大学では、高校時代までの武器からさらに洗練された武器が必要になります。今、自分が得意で絶対に負けないと思っている武器であったとしても、常に鍛錬し続けなければ素晴らしい武器もただの鉄くずになってしまいます。
後輩には常に自分だけの武器を探し、磨き続けてこのソッカー部を引っ張っていってほしく思います。

そして、ソッカー部にいる以上、プレー以外でも武器を持つことが重要です。同期を見渡してみても、誰にも負けない芯を持つ者、リーダーシップ、優しさ、姿勢など様々な強みを生かす者が、部を引っ張っていっています。特に2年生はこれから辛い時期が来ますが、サッカーでも部に対しても自分の強みを武器にできる様、磨き上げていってください。

残り少ないソッカー部生活で何を残せるのか。その全ては私達の学年、4年生全員の一人ひとりの取り組みに依ります。それぞれが大学4年間、ひいては人生22年間積み上げてきた経験を伝え、磨き続けてきた武器を結集させて目標を達成しよう。
ソッカー部の武器は140人の部員が1つの目標に向かって進む推進力、色々な価値観を合わせる事ではないでしょうか。140人がただ居るだけでは部員数が半分しかいない早稲田に勝つ事が出来なかった。今全員が「本気」で目標に突き進もう。

そして4年は全員先頭に立って引っ張ろう。いや、もう失うものは何も無い。いこう。

肌寒い季節になってきましたが、寒さを感じさせないくらい部員全員が力を精一杯出し切り、インカレ出場を勝ち取ります。是非ご声援の程宜しくお願い致します。有難うございました。

《NEXT GAME》
10/23(日) 関東リーグ戦 第19節 vs法政大学
@川口市青木町公園総合運動場 14:00キックオフ

友(宮永一希)

2016.10.18

岡端2
環境情報学部4年の宮永一希です。

「俺の足が止まりそうになった時は、背中を押してくれ」これは、私が今年の年賀状で同期の李元(4年・慶應義塾高)に書いた言葉です。柄にも無く、恥ずかしげも無くこんな言葉を書いたのには理由がありました。サッカー人生ラスト1年後悔の無い様全力で走り切るという覚悟と、大学3年間で何度か足が止まりかけていたことによる不安に駆られて、こんな言葉を書きました。

何かこの部に爪痕を残すんだ。そしてお世話になったサッカーに後悔だけは残したくない。それが今年の自分に課した「使命」でした。

しかし、私は春先に全治6か月の膝の大怪我をしてしまいました。自分の覚悟とは裏腹に残念な結果が待っており、周りで躍動する4年生を見ることはとても悔しく、羨ましく思っていました。きっとやり切れない後悔を抱いたまま私のサッカー人生は終わるのだろう、心の中はこの様に思っていました。半年間ずっと思っていました。

しかし、その薄暗い思いと私の実際の行動は違いました。雨が降ってもグラウンドに残り声を出す、ボールを拾う。チームの雰囲気が緩くなれば自分の声で雰囲気を変える。試合前にゴミを拾う。出ている選手を応援する。自分を褒めている様で気持ち悪いのですが(笑)これが私がした実際の行動でした。それは今年、自分の理想と現実に思い悩み、苦しむ同期達のおかげで生み出された行動でした。

将来の夢が打ち破れそうな選手が必死に足掻き、努力し続ける姿に心を打たれました。ベンチで誰よりも声を出すその姿を素直にかっこいいと思いました。腐ってはいけない、今の自分はチームの為にあるべきなのだと背中で伝えられた気がしました。また、怪我をしてプレーが出来なくても、応援隊長としてただひたすら大きな声を出し続ける姿をかっこいいと思いました。自分がした大きな膝の怪我と同じ重度の怪我を過去に3回も味わっても尚、走り続ける同期を心の底からすごいと思いました。数え上げればきりがありません。

私の同期は皆、たくましく強い同期ばかりでした。彼らへの「憧れ」は私の止まりかけた足を何度も前に運んでくれました。言葉ではない他の何かで引っ張り上げていた彼らは本当にすごいと思います。

私はこの関係を「友」と呼びたいと思います。見たい映画を一緒に行ったり、休日に頻繁に遊びに行ったり、夜ご飯を進んで一緒に食べるわけではありませんが、私は「友」だと言い切ることが出来ます。

きっとこの関係はこの組織だからこそ築けたもので、他ではきっと築くことは出来なかったのだろうと思います。口先だけの「ともだち」ではなく、切っても切れない「友」を作れたことは一生の財産です。
私は、一生誇りに思います。

将来、苦しくなった時に、壁にぶち当たり成長しなければと思った時に、彼らの存在がまた僕の背中を押してくれるのでしょう。私もまたそんな彼らのような存在になりたいと思います。

同期万歳。

(※ちなみに年賀状の李元は何もしてくれませんでした。)

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10/23(日) 関東リーグ戦 第19節 vs法政大学
@川口市青木町公園総合運動場 14:00キックオフ

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