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「4年早慶戦を終えて」(山田盛央)

2019.11.19

山田平素より大変お世話になっております。グラウンドマネージャーの角からバトンを受け取りました、総合政策学部4年の山田盛央です。角が書いた紹介文に対する反論を4年ブログで書こうと思いましたが、すんでの所で思い留まりました。彼とは同じ日吉住みということもあり、1年の頃からとても親しくしてもらっています。昔は山田(岐阜出身)、角(福岡出身)、福本(愛媛出身)の地方3人組でよく飲みに行っていたものです。しかし最近はそういう機会もめっきり少なくなってしまいました。また是非飲みに行きましょう!
ソッカー部最後の大切なブログに、父親譲りの「呑んべえ」的発言から入ってしまったことを後悔しながら始めたいと思います。

4年早慶戦を終えて。

11月13日早稲田大学グラウンドにて、毎年恒例の4年早慶戦が行われた。週末に関東リーグを控えたトップチーム数名の選手はこの4年早慶戦には出場せず、他の4年生のサポートに回った。私もそのメンバーの一人だった。1年の頃から毎年、4年生の引退間際に行われているこの4年早慶戦だったが、正直自分の中では「お遊び」、「お祭り」の様な印象があり、この試合に懸ける意気込み等は微塵もなかった。しかし、そこで繰り広げられた闘いはそんな生温いものではなく、自分の心が激しく揺さぶられる程熱く、素晴らしいものだった。

「モリオってほんと下のカテゴリーの選手と関わらないよね」
何度これを言われただろう。高校時代にも言われていた気がする。
でも確かにその通りだ。私は元々社交的な性格ではないし、1年時からA.Bチームでしかプレーしたことがなかった為、必然的に下のカテゴリー(C.Dチーム)と練習時間が被ることはなかった。3年に上がって以降はずっとトップチームだった為、2年の終わりまでにBチームに上がっていた選手以外とは殆ど一緒にサッカーをしたことがない。いつもトップチームの同期と一緒にいた。
そんな自分が当初(と言っても最近までそうだったが、)思っていた下のカテゴリーの選手への印象はこうだ。「絶対に自分の方が真剣にサッカーをやっている。」「サッカーに対する熱量で負ける訳がない。」そう信じて疑わなかった。

私が2年生の頃こんなエピソードがある。
私はこの年、10ヶ月程あるシーズンの内の7ヶ月を怪我でプレー出来なかった。練習に復帰しては痛みが再発し、それを何度も繰り返した。シーズン当初はトップチームのスタメンの位置にいた私だったが、春過ぎからずっとBチームのパラとして過ごしていた。本当に苦しいシーズンだった。
そんな私も、秋頃になると回復し、徐々にBチームの練習に参加出来るようになった。そして久々の試合。相手はソッカー部のDチーム。BD戦だった。復帰したての私は最後の15分から20分程度しか出場しなかった。相手のDチームにはそれまで関わりの少なかった同期が数名いて、マッチアップとなった相手は永澤、隅谷だった。(あまり正確な記憶はない。)
久々の試合で心が躍ったが、正直試合に出てみると何か「物足りなさ」を感じた。何ヶ月もまともにプレーしていなかった自分が15分程度出場しただけで2ゴールを記録し、8割位のスピードで裏に抜け出していたつもりでも、何度も容易にDFの裏を取ることが出来た。試合後マッチアップしていた永澤の感想を誰かから聞いたが、「モリオが目の前から消えた。。」と言っていたらしい。「消えてないよ。」
この時私の中のDチームの印象(絶対に自分の方がサッカーに真剣に取り組んでいる)は動かし難いものとなった。

時は流れ、2019年11月13日4年早慶戦。
2年当時Cチーム以下のカテゴリーに所属していた選手を中心にメンバーが組まれていた。一方、早稲田はというと関東リーグにも出ている様な選手が多く出場していて、試合開始前から「この試合は厳しいな。」と一人思っていた。しかし試合が始まると両チームとも好プレーの連発。そしてその熱は私が想像していたものを遥かに上回るものだった。

平方の気迫溢れるディフェンスと欧州リーグさながらの激しいジェスチャー。
永澤のカバーリングとスーパーなロングフィード。
よしきの左サイド1対1での好守備。(ゴルフ以外も出来るんだな。)
かけるの早稲田DFを切り裂く圧倒的なスピードドリブル。
小島を中心とした流れるボール回し。
体格の良い早稲田DFに一度も競り負けなかった晴斗のヘディング。
相手に囲まれても簡単にボールを取られない佐々木。
(他にも色々あるけどこの辺りで切り上げます)

「皆こんなに上手かったの。」「どれだけ成長してるんだ。」と内心驚いた。
そして何よりも、4年生皆が持っている「サッカーに対する情熱」「ソッカー部としてのプライド」に強く心打たれた。
自分が今まで抱いていた印象は全く違っていたことを引退2週間前に思い知らされた。

4年ブログを読んでいると、全ての選手に濃密なドラマが存在していたことを痛感する。むしろ上のカテゴリーに中々上がれない、試合に出られない下のカテゴリーの選手の方が、苦しみ、もがき、挫折を繰り返していたのではないかと感じる。正直今は、当時下のカテゴリーにいた選手より「自分の方が4年間サッカーを頑張った」等ということは決して言えない。いや、むしろ下のカテゴリーにいた選手の方が大学4年間で成長したに違いない。
サッカー選手としても。人としても。
試合に出られない中でも必死にチームへの貢献の仕方を考え、行動し、サッカーに集中しにくい環境下の中であれだけ成長したのだから。

この数日で私はこの代がより好きになりました。本当に最高の代です。心の底からそう思っています。
だから私は皆の思いを背負い、全力で関東リーグ2部優勝の栄光を勝ち獲りにいきます。
この代で絶対に獲りたい。
ラスト1試合。全力で相手を倒しにいく。足が折れたって構わない。最後にぶっ倒れる位、走って、走って、走る。

自分がソッカー部にいる存在意義はそこにあるから。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次回は“早慶戦に命を懸けた男”、奥山大です。
圧倒的女社会であるマネ部屋の中で彼が何を思い、どんな行動をしてきたのか。今ではソッカー部外からも絶大な信頼を得ている彼のブログに注目です。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「本音」(角晋太郎)

2019.11.18

角いつもソッカー部を応援して下さり誠にありがとうございます。

マネージャーの桑原からバトンを預かりました、総合政策学部4年、肝据わり人間・角晋太郎です。確かに私は大抵のことでは動じない様に見えるかも知れませんが、実は単純に危機が迫っていることに気付いていないだけの場合がありますので、ご注意下さい。
それでは早速ブログを始めさせていただきます。

「ピクピク…ピクピク…」
2019年8月30日、チームメイトが阪南大学と戦うグラウンドの脇で、私は一人仰向けで痙攣しながら意識を朦朧とさせていました。
グラウンドマネージャーという役職を任せてもらって2年目、選手という立場を離れ、実戦から遠ざかっていた私にとって、夏の試合に出場するということは、あまりに高いハードルでした。
この日は神戸定期戦前日。夏場の遠征で帯同メンバーが少なく、選手に休んでもらうという目的もあり、私は急遽試合に出場することになったのです。ポジションはCBでした。

前半25分のこと。相手の抜け出しに付いて行ってフルスプリントをした後に、明らかに身体に異変が起きたのを今でも覚えています。手足が鉛の様に重くなり、身の危険を感じました。このままでは本当にまずい…。最悪の事態を覚悟した丁度その時、淺海監督が私を呼ぶ声が遠くの方で聞こえました。
これでようやく交代出来る…。
安心してピッチを離れようとした次の瞬間、投げ掛けられた言葉は私の想像を遥かに超えるものでした。

「ポジション上げてボランチに入って」

_________そこから先の記憶はありません。

私はこの時、サッカーというスポーツの恐ろしさを知った気がします。

ソッカー部の歴史に刻まれた、この「角ピクピク事件」以外にも、私はグラウンドマネージャーを務めさせて頂いた2シーズンで、沢山の恥ずかしい経験や失敗をしてきました。
ここからはその失敗とそこから考えたことを綴らせて下さい。

私は基本的に落ち込まず、楽観的な性格です。多少嫌なことがあっても翌日には忘れるし、そもそも気付いていないことも多々あります。周りの状況に関わらず、いつも元気にKnowsを同期している僕の姿を見て、皆さんもその様に感じているのではないでしょうか。これは生まれ持った性格であり、自分のそういう所は結構気に入っています。
しかし、サッカーに於いてはそう割り切れることばかりではありません。TOPチームで試合に出ることを目標に努力している選手同様、私にとってもサッカーは生活の全てであり、ありとあらゆる情熱を懸けてきたものです。仕事でミスをしてしまった時には酷く落ち込み、自分を責めまくりました。しかもミスのレベルがめちゃくちゃ低い。私は人前で落ち込んだり、弱音を吐いたりすることが苦手なので、そんな時にはレンタカーを借りて、深夜ドライブを決行します。その車内で自分の気持ちに整理をつけ、翌日の練習までには何とか前向きな状態を作るということを繰り返しました。この機会なので正直に言うと、自分が何をしたら良いのか本当に分からなくなり、退部を真剣に考えたこともあります。
失敗が多すぎる月には、深夜ドライブが増えたことが家計に甚大な被害を与え、電気代を払えなくなるという衝撃の事件まで飛び出す始末でした。

サッカーを辞めて、その分チームの為に動き活躍すべき自分が、その役割を十分果たせていないという現実は、今でも常に自分の頭の中を巡っています。

その状況の中で、何とか前向きにやってこられたのは、二つの支えがあったからです。

それは、僕を指導して下さる方々への感謝と、仲間への愛情です。

まず、指導して下さる方々に関して。
自分を客観的に見て、本当に指導者泣かせな人間だと思います。気付かないし、覚えていない。ここは気付いて欲しいと思う所もスルーしているだろうし、一回言われただけでは身に付かないことも多いです。そんな自分に対して、根気強く高い基準を求め、本気の基準を教えて下さった、友峰さん、高橋さんを始めとする社会人スタッフの皆様。本当にありがたく思っています。まだまだ求められているレベルには達していないかと思いますが、最後の日まで成長出来る様精進していきたいと思います。

そして、愛する仲間に関して。
俺は皆のことが大好きです。個人名を挙げたらキリがないけど、皆が楽しくサッカーを出来ること、サッカーが上手くなること、試合に勝つこと、目標を達成することを心から願っています。練習中、試合中、俺は結構静かに見る方かも知れないけど、内心めちゃくちゃ感情が揺れ動いていて、チームが負けたり失点したりしたらめちゃくちゃ悔しいし、結果が出ずに苦しんでいる選手が点を取った時なんかは飛び上がって喜んでいます。心の中で。最近では草野が関東リーグにデビューした時、泣きそうになりました。
皆の頑張りや努力が俺の力になっているし、皆にとって俺もそういう存在になりたいと常々思います。

今難しい状況にある人達へ
俺から何かを教えたり、解決策を提示したりなんて生意気なことは出来ないけど、最後まで一緒に戦おう。拓海もブログで言ってたけど、今ある状況がどれだけありがたいことなのか、どれだけの人のお陰で自分がここにいられるのか理解出来れば、力が湧いてくると思うし、一緒に戦う仲間もいるはず。そして何より、サッカーが大好きな自分の為に、毎日最大限の努力をしよう。

最後に
俺は皆と絶対に関東リーグ2部優勝を成し遂げたいです。試合に出るメンバーは勿論凄く重要な役割を担うけど、優勝にはソッカー部員全員の力を集結させる必要があります。綺麗事ではなく、部員一人ひとりに出来ることは、本気で探せば物凄く多いです。
ラスト一週間、あと一試合。ソッカー部の持てる力を全て出し切って、優勝しよう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
次のブログは、山田盛央が担当します。一日に一升瓶2本の焼酎を飲み干す肝臓の強さ、その野性的な外見に裏打ちされた圧倒的なフィジカル能力、将棋に於いては数十手先まで読み切る洞察力(ちなみに初段)、そしてTSUTAYAに入って真っ先に興味を示すのがトイストーリーという可愛らしさ。人間的魅力の宝庫とも言える、慶應が誇るアタッカーは一体どんなブログを書き綴ってくれるのか。私も今から楽しみで仕方がありません。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「掛けた時間を糧に」(桑原美里)

2019.11.16

桑原副将の八田から「天然マネージャー」という紹介を預かりました、法学部法律学科4年の桑原美里です。自分のことを天然とは認めたくないですが、幼稚園生の時に、母が「見てごらん」と指差した景色ではなくその母の指をガン見していた経験談からして、元から備わっているものはあるのかもしれません。認めたくないのですけどね。
そして野村くんはそろそろ自重してください!

このブログを公開する本日、ソッカー部の関東リーグ1部昇格が決定致しました。
日頃よりご支援いただいているOBの皆様、保護者の皆様、ご尽力いただいた全ての方に、この場をお借りして御礼申し上げます。

思えば、この4年間はソッカー部としても激動の年でした。
2年前、降格が決まった最終節のあの日。暗雲に覆われ冷たい小雨の中で迎えた降格の瞬間、私はカメラ担当でピッチにいました。たった1人でその瞬間を迎えていました。応援席もベンチにいるチームの人も、とても遠くに感じたのを覚えています。

でも、2年後の今日、快晴の空の下、私はチーム付きとしてピッチで選手と共に昇格の喜びを分かち合うことが出来ました。何よりも迎えたかった瞬間を、最高の仲間と迎えられて私は幸せ者です。

さて、長い前置きとなりましたが、私のブログを書かせていただきたいと思います。
私はとても主観的な人間です。主観8割・客観2割で生きていると、主観的に思っています。そんな私が率直に思うことをつらつら書きました。少々のお時間お付き合いいただけますと幸いです。

学生の時間は、無限にあるようでやっぱり有限でした。
中学も高校も3年間であるのに対し、1年多い4年間という大学生活を与えられたのは、まるで私に、「これで学生生活は本当に最後なのだから、思う存分悔いのない時間を過ごしなさい。目一杯自分の好きな事に時間を使いなさい。」と言われているようでした。
そんなアディショナルタイムのような4年間。世間的にモラトリアムと言われ、子供にも大人にも片足ずつ突っ込んでいる私は、大学生活4年間の大半をソッカー部に充てようと決めました。理由は至ってシンプルで、組織の一員として歓喜の瞬間を選手と一緒に味わいたかったのです。学生最後に本気で向き合って、本気で喜ぶ経験がしたかった。
そしてどんな理由であれ、そういう決意をした人間が集まっているのがソッカー部という組織なのではないでしょうか。学生に平等に振り分けられた4年間という時間を、ここで過ごすと決めたのは当時の私達です。

3200時間。

私がマネ部屋で過ごしたであろう下限時間です。1日4時間のシフトを週5日。それを4年間だから単純計算でざっとこれくらいです。
もちろん、これは私が帰宅部よろしく定時きっかりに帰宅すればの話。実際はもう少し長くマネ部屋にいただろうし、早慶戦直前の、ブラック企業も真っ青の残業時間も合わせたら4000時間いくのではないでしょうか。いかないかな。

グラウンドの傍に建つ合宿所の一室で、これだけの長い時間を過ごしました。
やらなければいけない事務仕事を黙々とこなす時も、広報用の画像作成や動画制作等やりたいこと(最近、同期の角に「お遊び」といじられていますが、れっきとした仕事ですよ)を夢中でこなす時も、同じように時は流れていきました。

時というのは、残酷な程に容赦なく平等に過ぎ去っていきます。

私は、何事にもこだわってしまう人間なので、どうしても時間が必要になります。
好きで続けている活動だからこそ、捨て切れないこだわりが私を圧迫しました。
時には、仕事に忙殺され、時間が足りなすぎてパンクしたりもします。オーバーヒートした機械を冷ます冷却水のように涙が止まらない時がありました。自分の意思をまるっきり無視して。

「こだわりは、掛けた時間に比例する」

これは私の持論ですが、この大学4年間をソッカー部に費やし、存分に時間を掛けたからこそ実感出来ているものです。
ただ、時にこう思ってしまうことがあるんじゃないでしょうか。自分がこれだけこだわって取り組んでも、意味を成さないんじゃないか。これは本当に意味のあることなんだろうかと。
でもだからこそ私は言いたい。

「掛けた時間は自分の糧となる」と。

費やした時間が決して成果に結び付く訳じゃない。そんな甘っちょろい世界でないことは分かっています。でも、成果に結び付かなくても、やってきたという事実を、掛けてきた時間を、自分で否定する必要はないと思う。頑張ってきたことを自分が一番分かっているのだから。

その努力は必ず次に進む糧となる。
捨てなかったこだわりは自分の芯となる。

そして何より、時間を掛けて取り組んだからこそ味わえる感情があると思っています。

歯を食いしばる程の悔しさも、心を震わす達成感も、味わうことが出来るのは時間を掛けた者だけだ。こだわったからこそ感じることの出来る特権なんだ。と。
その瞬間をも糧として、また次のステップへ進んでいけば良い。

これは私へ向けた言葉でもあります。
自分で自分を責めて、目から冷却処理水ばかり流れてどうにもこうにも前へ進めなくなった時、私はこの考えで自身を守り、突き進んできました。

そうして突き進んだ先で、自分だけが見える景色を見たい、と私は思います。
この大学4年間で、私の見る景色は変わりました。かつてワールドカップ放送を熱心に見ている父の横で携帯をいじっていた私が、関東リーグの1試合1試合を、セットプレーの瞬間を息を止めて見守るようになりました。時間を掛けてこの組織の一員となり、選手の人となりを知り、陰の努力を知り、切に勝利を願えるようになった。選手たちが私の好きな世界を変えてくれました。

あと8日。実働32時間。3200時間を掛けた中のたった32時間しか、ソッカー部のマネージャーとして過ごせる時間は残されていません。どんなに願っても、時間は平等に過ぎて行きます。だったら、最後の最後まで与えられているこの時間を大切に、取りこぼさないように精一杯丁寧に駆け抜けていきます。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次のブログは、グラウンドマネージャーの角晋太郎です。角は本当に肝が据わっていて、大抵のことはどうにかなると思っています。むしろ窮地に立たされている時こそ、顔をニヤつかせて余裕の表情でどう乗り越えてやろうか思考を巡らせているくらいです。
そんな肝据わり人間・角も、グラマネになってからの2年間は本当にチームの為に時間を惜しまず活動していました。抱えきれない苦労も沢山あったことでしょう。最後に角が想うことをどう文章にするのか、私も楽しみです。

《NEXT GAME》
11月23日(土・祝) 関東リーグ戦 最終節 vs日本大学
@中央大学グラウンド 11:30キックオフ

「ソッカー部に残すもの」(八田和己)

2019.11.15

八田平素より大変お世話になっております。グラウンドマネージャーの隅谷雅治からバトンを受け取りました、総合政策学部4年の八田和己です。スミは僕がグラマネ部屋に行くと、いつも試合映像を振り返る等、ヘッドフォンを付けてパソコンに向かっています。声を掛けた時によく無視されたことはここで伝えておきます(笑)。紹介にもありましたが、今年から僕はリフォーム部門の班長も務めています。リフォーム出来た時の喜びや達成感は入部してみないと分からないものです。今からでも入部受け付けているので、入りたい方はぜひご連絡を。

前置きが少し長くなりましたが、本題に入りたいと思います。
これまで毎年この時期の4年生のブログを読んでは感動していましたが、とうとう自分が書く時が来てしまいました。同期のブログも読みながら、何を書こうか非常に迷いましたが、最後のブログは、僕が今年どんな気持ちを持ってソッカー部と向き合ってきたのかを綴らせていただきたいと思います。拙い文章ですが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

僕は今年から副将としてチームをまとめる立場になり、日々「自分がこのチームに残せることは何か」自問自答する様になりました。
就任してから間もなくは、組織として改善するべき点が沢山あると感じており、一人ひとりの意見がもっと尊重される仕組みを作るべきではないか、とか、コミュニケーションを活性化する機会をもっと作るべきではないか、とか、そんなことばかり考えていました。副将になったからには、チーム全体を見渡し、チームを一つにしなければ、という思いが強過ぎて頭でっかちになっていたかも知れません。

ある時「もし“1年生の自分”が“4年生の自分”を見たら、どんな人であって欲しいんだろう」ということを考えてみました。僕が1年生の時の4年生(宮地元貴君の代)はとにかく大きく見えて、憧れの存在であり、目指すべき存在でした。練習ではバチバチと削り合い、練習後には欠かさず自主練習をし、試合は”本気”で慶應魂を前面に出して闘う。そんな4年生の姿を見て、当時Cチームにいた僕は「この人達がこれだけ練習しているんだったら、自分はもっと練習しないと追い付けないんだな」と素直に思いました。当時の4年生を見て、自分なりに大学でサッカーを続ける意味とか、慶應で闘う意味を見出せた様な気がします。

このことを思い出した時、これまで考えていた、組織のあり方がどうとか、戦術がどうとかよりも、自分が残せるものは他にもっとあるのではないかと思いました。
心の底から「上手くなりたい」「強くなりたい」という気持ちを持つこと。
慶應魂を背負った泥臭いプレーで、最後まで絶対に諦めずに闘うこと。
これこそ、”1年生の自分”が今一番見たい”4年生の自分“だと思いました。

僕が1年生の時の4年生が引退してから、結果から見ても分かる様に2部リーグに降格して、ソッカー部が弱くなっているのは確かです。しかしこの近年、どこか弱くなった原因を、組織のあり方に向けてみたり、監督のせいにしてみたり、そんな状態になっていることに疑問を感じていました。足りないのは自分達が強くなりたいという気持ちとか、練習に臨む姿勢とか…そういうものではないんだろうか…

その時、自分が残したいものがはっきり見えました。
僕が今年やるべき事は、
「普段の練習に全力で取り組み、試合では応援してくれる人が感動する位走る」
これに尽きると。
今年のリーグ開幕前のブログでも書いたことですが、アップでは全力でマーカーまで走り抜けるとか、走りのメニューでは絶対にフライングをしないとか(今では「フライング取り締まりおじさん」とか言われていますが…笑)、試合ではどんなにきつくても走り続けるとか。
こういった姿勢をプレーで伝え続けていくことが、自分に出来る最大限のことであり、このソッカー部に残すべきものであると思う様になりました。

この気持ちを持つ様になってからは、個人としても非常に成長出来たと思っています。これまでは試合に臨む時、「勝たなきゃいけない」「結果を残さないといけない」と思っていましたが、今は「結果は後から付いてくるものだから、自分は観に来てくれた人が感動する位泥臭く走ろう」と考える様になりました。この気持ちを持てるだけで、自分のするべきことが明確化され、“今“に集中出来る様になりました。これは自分の中では大きな成長と感じており、今後社会に出ても役に立つことを学んだと思っています。また、この気持ちに付随して、技術的な面から精神的な面まで今も尚まだまだ成長出来ている実感さえあり、最後の最後まで、個人としてもチームとしても、成長し続けたいと思っています。

だらだらと書きましたが、僕は今年、こんな想いを持ちながらソッカー部と向き合ってきたつもりです。後輩の皆が、僕から、そして今年の4年生から、「何か」を感じ取ってくれたらと思っています。そして感じたことを自分達なりに解釈し、ピッチで表現して、また後輩に受け継いでいってくれたらとても嬉しいです。

さて、明日は今シーズンで大一番のゲームです。
2018年シーズン関東リーグ閉会式では、表彰されているチームをただただ羨ましそうに眺めることしか出来ませんでした。これがとにかく悔しかったのを今でも鮮明に覚えています。それと同時に来年は必ず優勝して表彰されると決意しました。あの日以来、2019年シーズンの閉会式で慶應が優勝カップを掲げている姿を何度もイメージしてきました。
そして今、僕達は、このイメージを自分達の力で現実に出来る位置にいます。掴み取れるかどうかは本当に一人ひとりが自分の役割を全う出来るかに懸かっていると思います。
明日、試合に出る選手は勿論、ベンチメンバー、応援するメンバー、監督、コーチ、全員で一つになって勝利を掴み取りにいこう。
そして必ず皆でチャンピオーネを歌おう。

長くまとまりのない文章になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。次回のブログは、天然なのに、天然と認めない、生粋の天然マネージャー桑原美里です。バレない様にいつも笑顔で誤魔化そうとしていますが、誤魔化し切れていません。そして最近は野村にギリギリのいじりを受けていますが、どんなことがあってもめげないメンタルも持っています。そんな彼女はどんなブログを書くのか。ブログでも天然ぶりを発揮しそうで少し不安ですが…お楽しみに!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

「グラマネ日記②」(隅谷雅治)

2019.11.15

隅谷平素より大変お世話になっております。
“はなてん”こと学生トレーナーの花田佑からバトンを受け取りました、経済学部4年グラウンドマネージャーの隅谷雅治です。
彼は部車の中で私のボケやモノマネで笑顔を見せてくれる唯一の同期です。いつも気を遣ってくれてありがとう。笑
彼の紹介にあった様に私は部車の中で永遠に喋っている訳ですが、ただ自己満足で喋っている訳ではございません。
「試合前の緊張感を程良くほぐす」ことが私の部車の中での役割なのです。
内容は様々ですが、最近はSNSのパワーを得た幣部主務の〇〇〇いじりがトレンドです(気になる方は私か三浦トレーナーまでお問い合わせ下さい)。前置きはここまでにして私の最後のブログを始めます。

長い文章に移る前に、同期の皆にまずメッセージを送りたいと思います。
同期の皆、自分をグラマネに選んでくれてありがとう。お陰で自分が選手をしていたら到底見れなかったであろう景色を何度も見ることが出来ました。残りの10日間、本当に悔いのないように全力で駆け抜けよう。
綺麗事に聞こえるかも知れませんが本当にそう思えています。勿論グラマネになった当初はこんな風に思えていた訳ではありませんが今となっては本気で思えています。

早いもので残されたソッカー部生活も残り10日になり、自分のサッカー人生が終わりに近付いていることをひしひしと感じています。私は入部してから選手、リサーチ、グラウンドマネージャーと様々な役割、役職を経験し今に至っています。
私の下級生時代を知らない後輩も多いと思うのでここで私がグラマネになるまでを振り返りたいと思います。
1年目はC2(現在のD)チームに所属していました。周りのレベルが自分より高く、何をやっても上手くいかず、週末の練習試合でさえもピッチの外から見ている時間の方が長い、そんな選手でした。「どうして自分はここにいるのだろう?自分はこの部活にいるべきなのか?存在価値はあるのか?」等と自問自答を繰り返す日々を送る中でシーズン終盤、リサーチ決めの時期に突入しました。Topチームに関わり選手として関東リーグを戦う所まで遥かに距離が遠かった自分は裏方としてでも関わりたいと立候補をしました。同期の承認を得た時は選手として努力をしながら、自分にもTopチームの結果に何かしらコミット出来る可能性が出来たことにワクワクしたのを覚えています。

2年目もカテゴリーは変わらずC2チームでした。この年からIリーグに参入することが決まり公式戦の舞台に立てるチャンスが出来ました。その年の自分の目標はIリーグ出場でしたが蓋を開けてみるとメンバー入り0試合と酷い結果に終わりました。同期の多くが試合に出場しており自分はピッチの横で応援歌を歌うという何とも情けない状況に毎週末、複雑な心境だったのを覚えています。またリサーチとしては分析結果を共有する中で、Topチームの緊張感であったり関東リーグの難しさを知ることが出来た一方で、降格を食い止める程の働きをすることが出来ませんでした。
そうこうしている内に学年のスタッフ決めが進み、グラマネを決めるミーティングの時期になりました。勿論、候補者の一人となりサッカーを辞める可能性が出てきました。候補者同士での話し合い、候補者以外の選手との対話は自分にとって何ともむごい時間でした。「信頼しているから、隅になら任せられる」等の言葉が全く信じられない時もありましたし、サッカーがここまで上手くいっていない自分に務まるものではないと感じたのを覚えています。しかしながらソッカー部での残り2年間を選手としてパッとせずに終わるのなら、新たな挑戦をすることの方が自分の成長やチームの勝利への貢献に繋がるとマインドセットを変えグラマネになることを決意しました。
この様な経緯で私は選手からグラウンドマネージャーへと役割を移してきました。

そうして昨年2月から始まったグラマネとしての生活は毎日が刺激的且つ緊張感に溢れています。練習メニューの策定、メンバー選考、カテゴリー移動等、チームの結果もさることながら選手個人のサッカー人生も左右しかねない責任重大な役割を任せてもらっていると認識しています。1日1日の練習が勝負で大事な週の練習前日は考え過ぎて中々寝付けなかったり、新しいメニューをやる日には緊張でどうにかなりそうだったりします。
実施したトレーニングが上手くいけばグラマネ部屋で後輩グラマネの関にダル絡みをし、上手くいかなければ30分でも1時間でも一人で萎えるという生活を送ってきました。
こうした中でトライアンドエラーを繰り返し、チームが結果を出せた時には何にも変え難い喜びがありました。
前期Iリーグで国士舘に競り勝った瞬間、筑波に競り勝った瞬間、チャンピオンシップ出場権を獲得した瞬間は体の底から嬉しかった。グラマネをやってて良かったという感覚を心の底から覚えました。勿論選手と努力があったからなのですが、、今シーズン残す所Bチームは順位決定戦、Topチームは関東リーグは2試合です。
私はこの感覚を何としても味わいたい。
今年のチーム目標である関東2部リーグ優勝して昇格を達成し皆で喜びを分かち合いたい。

全部員が自分の置かれた状況で出来ることをやって最高の10日間にしよう。

何ともまとまりのない内容でしたが今思うことを書かせていただきました。
次回は副将の八田和己です。
彼はその美しいお顔からは想像出来ない程に試合中に泥臭くピッチを走り回り慶應に勝利をもたらして来ました。
ピッチ外では施工屋さん顔負けの技術で合宿所をリノベートするという意外な一面も。将来はDIYパパになること間違いなし。そんな彼のブログに乞うご期待!

《NEXT GAME》
11月16日(土) 関東リーグ戦 第21節 vs拓殖大学
@中台運動公園陸上競技場 14:00キックオフ

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